71話 まきびしと面会
* * * *
優貴と椿が事務室についた頃、美羽はポーチの中からあるものを取り出して、確認していた。
「美羽、それが『例のやつ』か?」
「うん、そうなんだけど……」
優貴の質問に、美羽は顔を曇らせた。そんな美羽の手には、三角錐形の針みたいなものがあった。
それはまるで、まきびしのようなものだった。ただ、優貴がゲームで見たそれよりも鋭そうに見える。
「翔さん、もう一度言いますが……私は投げやすい武器が欲しかったです。これはさすがに……」
「反論する。それはただのまきびしじゃなくて、投げるのに特化してる。使うときにソフトボールの投げ方をすると、空気抵抗やエネルギー減衰の影響を受けないまま──」
「と、とにかく、上手く投げられるように練習が必要だね、美羽さん!」
話が長く、難しくなりそうだと予感した椿は、話を下手なりに遮った。美羽は「確かにそうですね」と軽く頷く。
優貴が近くに行って、それを手に取った。思ったよりもずっしりしていて、四つあるうちの針の一つはより一層鋭利になっていた。
その針の根元にはなだらかな溝と、周りの針より低い鉄板が薄く存在していた。その溝に人差し指を添えて、鉄板を親指とで摘み、鋭利な針を敵に刺すのだろう。
「確かに、普通のまきびしよりは投げやすいかもな」
「それは、そうなんだけどね。でも、球体じゃない物を投げるのは、まだ慣れてないからなぁ……」
「補足する。一応、球体タイプもある。敵に当たった瞬間、針が飛び出る仕掛けのタイプ」
翔の話を聞いた瞬間、美羽は目を見開いて輝かせた。
「なにそれ、凄くかっこいい! 早くそれを──」
「ただ、持つだけでも針が出るけど」
翔の話を聞いた瞬間、美羽は「ひっ」と顔を青ざめさせた。
「……諦めて、それを使う練習した方がいいんじゃないか?」
「うう、そうだね……」
肩を落とす美羽に、優貴は辺りを見回して話す。
「そういえば和也は? 確か一緒だったろ?」
「和也くんならこれを見た瞬間に、無邪気に笑って外に出てったよ」
「なんだって!?」
優貴は急いで外に向かおうとした。和也がそんな表情をする時は、大体良からぬことを企む時か──良からぬことが起こる時だ。
その時、耳の奥を刺すような音とともに、黒い物体が通り過ぎた。それは扉のすぐ横に突き刺さっていた。
床には窓ガラスの破片、扉の横にはまきびしの穴。そして、「あっ」という外からの和也の声。
和也がここに来てまだ僅かだが、班員らが彼の評価と印象を一瞬で決める事件になった。
その後に菫に散々叱られた和也は、『かっこいいから使いたかった』などと供述している。窓ガラスの下の壁には数十箇所の刺傷があり、班員は余罪を調査している。
*
そんな日の夜、班員らは食事をしながらその事件を振り返っていた。聖華と芽衣も合流し、事の経緯を伝えていた。
「ははっ、ヤンチャな奴だねぇ」
「私は現場に居合わせませんでしたが……そんなことする人とは思ってました」
「思ってはいたんだね……芽衣ちゃん」
一方の和也の料理には、野菜が詰め込まれていた。これがどうやら、最後のお咎めらしい。
「そういや、芽衣の方はどうだった?」
「はい。今回は母との面会だけでしたが、元気そうでした」
「芽衣ちゃん、面会って?」
芽衣は、美羽を含めた全員に話した。親が片川夫婦だということ、そして自分らを助けるために捕まったことを。
話し終えた後は少しの沈黙があった。芽衣は取り繕うように言う。
「でも、私はその時も今も幸せです。なので、暗い話じゃないですよ」
「うん、なら良かったよ。ちなみに、その片川さんとはどんな話をしたの?」
椿の話を聞いた芽衣は、自然と口角を緩ませる。そして「ふふっ、内緒です」と声を弾ませて言った。
* * * *
バスから降りると、厳重そうで厳格そうな振る舞いの建物があった。芽衣は汗で服が透けていないかチェックしたあと、焦らずゆっくりと中に入った。
『罪人刑務所』。そこは、様々な罪人が収容されている施設。色んな能力を持つ罪人、それぞれに合った仕事や収容方法が規定されている。
その中に、芽衣の父と母にあたる片川夫婦がいる。今回、芽衣は母の方と面会する予定があるのだ。
*
芽衣は、面会室にある椅子に腰掛ける。直後、アクリル板の向こう側にある扉から、芽衣の母、片川爽子が出てきた。
刑務所で思ったことは、芽衣の想像以上に囚人の健康が確保されていることだった。実際、爽子の血色は悪くないように思えた。
「芽衣、いつもありがとね。それより、戦争でどこか怪我してない?」
「わ、私は平気だよ!」
芽衣は、自ら刺した太ももをこっそり擦りながら話す。
「それより、お母さんこそ元気そうで良かった!」
「そうね……ん? 芽衣、何かいい事あった?」
突然、そんな質問が来て芽衣は戸惑った。
「どうして?」と返す芽衣に、爽子は微笑みながら話した。
「だって、いつにも増して楽しそうな顔してたから」
「えっ……そんな顔に出てた?」
芽衣はムニムニと自分の頬を触る。どちらにせよ、芽衣はそれを話したかった。
「実はね私、罪人取締班の一員になったの! そしてね、友達ができて──あっ美羽さんっていうんだけどね! その人の好きな人が……」
芽衣の話が止まった。爽子が暗い表情をしてたからだ。
話が止まったのに気がつくと、爽子は慌てて「ごめんね」と言った。
「その……芽衣の性格だから、取締班に行きそうとは思っていたんだけれど、大丈夫なの? 私、芽衣が怪我とかするのは嫌だから──」
「大丈夫! 私はこれから怪我もしないし、平気だから。それに……」
「それに?」
「私には、頼れる人たちがいるから!」
爽子はそれを聞いて安心したのか、顔を綻ばせた。
「そう。なら、私は心配よりも応援しないとね。その友達と仲良く、楽しく過ごしなさい」
「──うん!」
芽衣は嬉しかった。認められたこと以上に、爽子の安心した笑顔が見れたことが。
心が温まるような感覚が、面会終了時間まで、そしてその後もしばらく続いた。
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