67話 再会とそれと
取締班側は、優貴と和也が前に、椿と聖華が後ろで構えていた。
一方のプロ・ノービス側は、凛と黄龍が前に、青龍と狙撃手が後ろで構えていた。
火蓋が切られないまま、互いに硬直していた。そんな中で最初に口を開いたのは聖華だった。
「あたしの障壁、あの狙撃手に撃たれたら一撃で壊れた。けど、和也が撃たれたときの威力は強くなかった。あたしのを一撃で壊す威力だったら、腕は破裂してたはずだ」
「俺も撃たれたけど、そこまでの威力はなかったよ。あの狙撃手の能力はおそらく、『異性へのベクトルが10倍になる能力の、強姦罪』の可能性が高いね」
椿が、自身の経験論から狙撃手の能力を割り出す。和也がそれを聞くと、足の甲を触って話した。
「要は、女には攻撃力が高くなるんだろ? なら問題ねぇな!」
「おい、あまり突っ走るなよ? あくまでも連携を──」
優貴は和也に、何を言っても無駄だと察した。和也は、連携などしなさそうだからだ。
だからといって、和也は仲間のことを考えてない訳ではない。あくまでも、単体で敵を抑える戦術のようだ。
そんな和也を一旦無視して、優貴は目をそっと閉じて話した。
「──とにかく、なるべく短期決戦で行きましょう。後衛の人も厳しそうですし……なにより、青龍に復活させられる前にケリをつけないと」
優貴の言いたいことが伝わったのか、優貴の後衛で椿と聖華が頷いた。和也も隣で、心の中で頷いていた。
こんなに会話してはいるが、もちろん余裕な訳ではなかった。あくまでも失敗しないために、段取りを完璧にする必要があったのだ。
その段取り通りいけるかは曖昧だった。
そんな時、椿が、頃合いだと言わんばかりに声を発した。
「皆、一瞬で終わらせるぞ! 生きてこの戦いを終わらせる! ──開始!!」
椿の号令を聞いた瞬間、優貴と和也は「《発動》!!」と声を上げながら、一斉に前へ飛び出した。
青龍が攻撃されるのを、黙って見ている敵ではなかった。狙撃手は銃を構え、黄龍は針を出し、凛はゆっくりと姿を消した。
「飛べ!」という聖華の言葉を聞き、優貴と和也は地面に足をつけた瞬間、前へ飛び込むように跳ねる。
「《発動》! 【憤懣・脚薙】!!」
この言葉と同時に、地面を這うような障壁が展開された。
黄龍だけが足を取られ、バランスを崩す。しかし、黄龍の針はそれでも的確に優貴と和也を狙っていた。
そこで聖華は更に、黄龍の針を防ぐように障壁を展開した。
狙撃手がそれを狙って、障壁を撃ち壊そうとしていた。
しかし、和也が二枚目の障壁を足で蹴って、突然方向を転換すると、その銃弾を体で受け止めながら、狙撃手の襟をグッと掴む。
聖華は体温の限界で、地面に倒れる。それでも、叫んだ。
「一撃は、優貴に託す! その代わり──あたしの怒りを込めろ!!」
和也は、狙撃手に跨るように抑え込む。
「一撃必殺をぶち込め!! お前が終わらせろ、優貴!!」
しかし、聖華の障壁の影響を何も受けない者がいた。それは凛だ。
青龍に飛び込もうとした所を、優貴の首元目がけてナイフを構えていた。能力を解除したのか、優貴には突然現れたように見えた。
(この体勢じゃ躱せない! このままじゃ──)
優貴がそう思った時だった。椿が逃走罪で凛の隣に忍び込み、暴行罪で凛にタックルする。
「凛、例え君が死んでても──君に誤った道を歩ませない!」
椿と凛はそのまま地面に落下する。これで、優貴と青龍の一騎討ちとなった。
青龍は、まさかこの防御壁が破られると思っていなかったらしい。ただ目を見開いて、真上にいる優貴の姿を見ていた。
青龍の想像以上に、四人の連携ができていた証拠だった。
「「「やれ! 優貴!!」」」
三人の声が重なる。優貴の右拳には重力、遠心力、腕力──そしてそれ以上の、意志が宿っている。
「【断罪の拳──」
全てが今までよりも完璧な、それでいて怒りを込めた一撃────。
「──罪滅雷】!!」
「っ────!!??」
その拳は青龍の脳天に向かって落とされた。
今までの罪を消滅させる雷のように、全員の怒りを具現化した天罰のように。
*
青龍はその場で倒れる。頭から大量の血が流れている。それは、もう生きてはいないだろうという程の致死量。
同時に、青龍が出していた死人の罪人も、全て跡形もなく消え去った。
終わった、と皆が胸を撫で下ろす。優貴も振り返って皆の顔を確認しようとしたその時だった。
「ま……だだ。まだ…………終わって、ない……っ!!」
青龍の声だ。
優貴が見た班員の顔は、青ざめたり、驚いたりしていた。
優貴も青龍の方向を再び見ると、青龍が頭を抑えながら立ち上がっていた。
「ボクが……ボク、が…………っ!! はぁっ、やらない、とダメ……なのに…………」
意識は朦朧としているみたいだった。
立ち上がるのもやっと……いや、立ち上がるのも奇跡と言わざるをえない。
彼なりの正義が、意志が、執念が、彼の力を込み上げさせているのだ。
「能力を持っているから……なんだっ…………! 人を、殺した意識がなんだ……!」
その瞬間、青龍の後ろに黄龍が現れた。
「っ……! まだやる気か!?」
優貴の声に反応して、青龍はゆっくりと後ろを向いた。
「ちが……これは、ボクじゃ…………」
黄龍が、目を疑っている青龍に近寄る。ゆっくりと、穏やかな足並みで。
そして──両腕で青龍を包み込んだ。
「もう、やめよう。青泉」
「お、お父──さん?」
黄龍の目は悲しそうで、それでいて、ようやく言えたというような笑みを浮かべていた。
「青泉の言いたいことは分かる。だけど──だけどね、無理に殺そうとしなくていいんだ」
「だって……! お父さんは、なんでこの世界を酷いと思わないのさ!? なんで、一般の奴らを、憎まないのさ……」
青龍の目からは、血まみれで見えにくいものの、そこには涙が溢れていた。
「確かに、一般人を憎むこともある。私だって、一人の罪人だ。だけど、青泉が望んでいるのは、本当に『罪人だけの世界』ではないだろう?」
「えっ……?」
「青泉が求めているのは、『罪人と一般人が仲睦まじく暮らす世界』だろ?」
青龍は目を開く。そして、まぶたで留めていた涙が、三、四滴流れた。
「だけど、その手段がないから、殺すしかなかった。そしていつの間にか、その目標から目を背けていたんだよね」
「っ……うん──うんっ!!」
青泉は頷いた。
本当に自分がしたかったこと。それに気がついたのだ。
その時、青泉は腕の感触が更に増えていることに気がついた。細く、しなやかな腕。
「──お母、さんっ……!」
「青泉、共由さんの言う通り。もう大丈夫だよ。いつか、きっと、私たちが見たかった、平和な世界が来るから」
「っ! うんっ……!」
そして青泉はゆっくりと、二人に支えられながら旅立った。
最期の顔は、彼の人生の中で一番穏やかで、嬉しそうな笑顔だった。
*
「罪人取締班の方々。この度は息子の青泉……いや、青龍が迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
黄龍はその場に留まって、罪人取締班の全員に深く礼をした。
その体はまさに霊体といったように、少し透けていた。
班員の中にはあまりピンと来ていない者、何が起きてるか分からないものもいた。
そんな中、黄龍は続けた。
「今回、プロ・ノービスのことを公表する際、その際は、どうか私が、長と報じてくれ。青泉は──長じゃない、プロ・ノービスのメンバーでもない。青泉はただ──いや、言い訳はしない。ただの親心だと思ってくれ」
肯定したかはともかく、その場で反論する者はいなかった。
「私が伝えたかったのは、それだけだ。それでは──」
「待ってくれ! 最後に聞きたいことがある!」
優貴の言葉に、黄龍は目を向けた。
「あの黒い手記、青龍も把握してなかった! まさか、あれはあなたが死んだ後に……」
優貴の問いに、黄龍は答えなかった。その代わり、口に指を当てて「シーッ」と息を吐いた。
そして、神々しい光が辺りを包んだ。そこには色んな人の形が浮かんでは消えていくのが見えた。
その中に、凛らしき人影を見つけた椿。思わず声を上げていた。
「凛!? ……俺──俺、頑張るから! この世界を絶対守るから、だから──見守っててくれ!!」
凛は振り向く素振りをする。顔が少しだけ浮かんで見える。
そして声は聞こえないが、椿に向かって、「はいっ!」と元気よく頷いて、無邪気に笑うのが見えた気がする。
その後、辺りに静寂を残し、光はパッと消えた。
そしてそれが、罪人取締班の勝利を意味していた。
「sin・sense 〜罪人共による異能力の闘争〜」は次回で終わりです!
もちろん、RGBとの話を引き続き書く予定です!
はて、次のタイトルは……?
とりあえず、ここまでのご愛読、本当にありがとうございました!
最後まで見てくださると嬉しいです!