64話 勇気ある偽善さん
前回の続きです!
青龍が一度後ろに退く。しかし椿は、手に入れた能力、『逃走罪』によって一気に距離を詰める。
「っ!? 攻撃だ、父さん!」
青龍の父、黄龍は即座に椿の左横に立ち回ると、六本ある紫色の針を椿へと向かわせた。
しかし、椿は聖華の能力である『往来妨害罪』を駆使し、黄龍と椿の間に障壁を展開する。針はそこに吸収され、黄龍は攻撃できなくなった。
優貴の『暴行罪』で強化した腕を、青龍目掛けて思い切り振りかぶる椿。と、同時に天舞音の『窃盗罪』で能力の無効化を図る。
その瞬間、青龍は回想していた。走馬灯に似た回想を。
*
お母さんも、お父さんも、ボクも。みんな、みんな幸せだった。お母さんはとっても優しくて。お父さんも仕事ができて。
………………。
どうしてこんなことになったんだろう。
お父さんのせい? ボクのせい?
違う、違う違う。全部……全部っ!
*
「お前らのせいだぁっっ!!」
椿の右拳が撃ち抜かれた。青龍の左肩と共に。
青龍の背後には見慣れない姿の男。銃口からは煙が出ている。
青龍は自分の肩を犠牲に、椿の攻撃を防いだのだ。
椿はその痛みで我を取り戻したのか、優貴と聖華の近くまで撤退した。
一方、青龍は痛む左肩を抑えて、「ふふふっ」と笑いながら独り言を言う。
「そうだそうだった、ボクは死ねないんだ。ボクが死ぬなら、道連れだ。一般の奴ら、それを庇う奴らもみんなだ! ははっ、あははははっ!!」
青龍は次から次へと出していく。あらゆる理由で散っていった罪人達を、残酷に、無惨に。
三人は言葉を呑み込んだ。圧倒的な絶望、無謀、不可能の前に。
その量にして百人以上。視認できるだけでも、その内十人は椿たちを見ていた。
「これからは罪人の時代だ! 能力を持っただけで何が悪い!? 人を殺した意識を持ったからなんだ!」
青龍はタガが外れたように喋り続けた。それと同時に、生み出した罪人達の九割を外に向かわせる。この場に残ったのは十数名。
椿たちは僅か三人で、この罪人らと戦わなくてはならない。それがいかに無謀かは分かっていた。
「ここの十四名の罪人共に告ぐ! 今すぐあの三人の罪人を殺せ!」
三人は当時の覚悟をしっかり保ちつつ、目の前の巨悪に構える。
「二人ともいくよ……! 少なくとも、負けないようにね」
聖華と優貴は、椿の言葉に頷くと目をそらさずに前を見た。
*
結果は目に見えていた。
優貴は血を流しつつも、倒れないように必死に立っていた。
椿は未だ動き続けているが、いくらでも死者の湧く青龍の能力に段々と手数が減ってきた。
聖華はある一人の罪人に手を焼いていた。それ以外の攻撃は防げていたのだが……。
黄龍を中心として動く罪人らは、統率は取れていないものの、個人の強さで三人を圧倒していた。
残りの生み出された罪人は、あちらこちらでさまよう亡霊のように獲物を探していた。それらが避難場所に到達するのも時間の問題だった。
「もう一度……! はああっ!」
優貴は罪人の一人に飛びかかる。拳は罪人の頬を捉え、近くに設置されているパイプまで飛ばした。
しかしもう一人の罪人が、強化中の優貴を体当たりで突き飛ばした。さらに、飛ばされた罪人は突然消えると、青龍の能力によってまた生み出された。
攻撃した直後を狙われるため、優貴は思うように動けなかった。だからといって青龍の所には行けなかった。黄龍が青龍を、守るかたちで立ちはだかっていたのだ。
油断していた優貴に向かって、また突進するように罪人が走っていた。
「《発動》!」
間には障壁が張られる。「すみません」と謝る優貴に、聖華は言う。
「あまり油断しない! それにこの障壁──」
と、聖華が言い終わる前に、障壁が砕かれた。
「くっ……! ほら、あいつに一瞬で壊されるんだよ!」
聖華の目線の先には、先程椿の拳を撃ち抜いた射撃手がいた。彼は銃口を、常に聖華に向けている。
もう一発撃たれる前に、聖華は障壁を再び展開した。しかし、それも一瞬で壊された。
「あいつがいる限り堂々巡りさ! リロードしてる間しか休む暇がないよ!」
聖華の体温はかなり限界に達していた。上手く会話できるのか奇跡だと、自分でも思うくらい。
椿は少しづつだが、青龍と黄龍の元に近づいていく。右手はもう使えなくなったが、左手と脚を器用に使って攻撃することができた。
しかし相手の罪人の能力を模倣することはできなかった。椿の能力は、『生きている罪人対象』だからだ。
「だああっ!」
椿は思い切って、『逃走罪』を使って黄龍の方に向かう。
今まで逃走罪を使わなかったのは、自分にも罪人を引き寄せて、直前まで優貴と聖華の負担を減らしたかったからだ。
しかし、打開策は直接黄龍と青龍を相手にするしかなかった。
横からの椿の上段飛び蹴りを黄龍は躱す。間一髪だったのか、黄龍の髪が椿の靴をくすぐる。
黄龍はすぐさま、三本の針を椿に目掛けて突き出す。椿は地面に着地すると同時に、地面に両手を置いて、美羽の『背任罪』で近くの鉄の断片と入れ替わる。
その断片の位置は、青龍の背後にあった。椿は翻して、青龍の背中目掛けて左手を伸ばす。触れることができれば、天舞音の『窃盗罪』で能力を解除できるからだ。
「なっ……!」
声を零したのは椿だった。直前になって左手を、狙撃手に撃ち抜かれたのだ。
黄龍はその隙を見逃さなかった。残りの三本の針を、再び椿に向かって突き立てた。
一本、二本……三本。椿が回避できたのは二本だった。
椿の左の二の腕、そこからドクドクと血が流れていた。同時に、脇腹以上の耐え難い苦痛が襲った。黄龍の針には、『毒』がある。
「ぐっ……!!!!」
椿は唇を噛み締め、声を我慢した。ここで声を発せば、班員を不安にさせるのは分かっていたからだ。
「いい立ち回りだったけど……惜しかったね」
青龍は椿を振り返らないまま言い放つ。黄龍の視界から、何が起こってたのか分かってたのだろう。
「お父さんの能力、『殺人罪』の力はどう? 猛毒以上の有害な毒。あらゆるものを死滅させる毒。キミの腕の細胞は、もう使い物にならないんじゃないかな?」
黄龍は針を再び出して、椿を攻撃する意思を見せる。今度は急所を外さない、というような態度だった。
椿は避けようとしても、二の腕が突き刺さったままのために動けなかった。ただ、黄龍を睨むことしか。
「じゃあね、勇気ある偽善さん」
青龍の言葉をかわきりに、黄龍は針を──。
「【五蕾・凶鐘】!!」
凄まじい速度の膝蹴り。黄龍はそれをもろに、顔に食らい、地表に頬を擦りながら倒れ伏した。それと同時に、椿に刺さっていた針も消失した。
椿と青龍が声の先に視線を移した。そこには、茶髪の少年──和也がいた。
「あいつ、確かボスだったよな? じゃあこれで解決か?」
どこかとぼけた様子で青龍に聞いていた。椿は最悪の気分の左手腕を抑えて言う。
「違う、そいつが本当のボスだ!」
「えっ、ええっ!? こいつがかっ!?」
青龍は和也を、新たな敵と見なして距離をとった。
「なんだ、キミは──? ……ああ、白虎の実験体か。洗脳に失敗したのか? あいつは」
青龍は再び、黄龍を作り直す。和也が完全に困惑しきっている。
「まあいい。命令変更だ! 三人ではなく、こいつを含めた四人だ!」
青龍は和也を指さすとそう言った。
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