63話 許せないのは戦争か世界か
優貴、椿、聖華の視点から始まります!
* * * *
優貴は黒い手記、そして白虎の言葉を椿と聖華に伝えた。
「青泉……聞いたことない名前だ。青泉という人が黄龍でないなら、その人がボスの可能性はあるね」
「白虎のその、『あいつ』こそがその青泉かもねぇ。少なくとも白虎なら、黄龍のことをそう呼ばない。それに……」
聖華はちらりと後ろに目線を移した。そこには、凛の亡骸だけがあった。
「その話を聞いたら、あれの説明もつくしね」
「あれ……とは何ですか?」
「いつの間にか無くなってるんだよ。黄龍の死体がね」
椿と優貴は聖華の言葉に動揺したように、先ほどまで黄龍の死体があった位置を慌てて確認する。しかし、聖華の言う通り死体は無かった。
三人が会話に夢中になっていて気づかなかったのだろう。
「本当に消えているね……誰かがずらしたのか、黄龍がまだ生きていたのか、それとも──泡みたいに消えたのか」
椿は顎に手をかぶせた。彼の考えるときの癖だ。
そんな中、優貴は凛の亡骸に視線が止まった。
そのまま彼女の前まで近づいてしゃがみこむと、両手を合わせた。
「……驚かないのかい?」
「いえ、今も驚いてます。前まであんなに身近にいた人が……って。でも、凛さんの為にも、感傷に浸るのはまた後にしようって、震える体を動かそうって思ったんです」
椿や聖華も心の中で肯定する。長くいた分のショックは大きいが、優貴の言う通り、思い出を思い返すのはまた後にしようと。
優貴はすっと立ち上がると、二人を見て言う。
「ただ……次にすべきことは決まりましたね。会いに行きましょう──この、戦争の火付け役に」
椿と聖華は、優貴の言葉に頷く。三人とも、青泉が誰か、行きそうな場所はどこか、ある程度分かっていた。
青泉が黄龍を操っていたのなら、青泉はまだ生きている。しかし、白虎も朱雀もいない。
今までボスを黄龍と偽って、安全なところで見物していたのだろう。つまり、青泉はボスではないが、組織全体を見張れるような高い立ち位置にいるはず。
該当者は一人しかいなかった。聖華すら存在を忘れていた、あの──。
*
「また生体反応が消えた……はぁ、もっと頑丈に作るべきだったか」
男はそのような独り言を零しながら、ゆったりとした足取りで外を歩いていた。実験棟、カプセルやパイプ……無機質だらけの、無機質の外を。
今は劣勢、今回の戦争はおそらく負けるだろう。しかし、自分がいる限り戦争は起こるし起こす。
彼はそう考えていた。
「さて……仮のボスもとっくに居なくなったし、安全なところで作戦を──」
突然、男は足を止めた。後ろの気配に気がついたからだ。
ただの一般人じゃない。殺意がある。
その瞬間、男は察した。「はあ」とため息を吐いて、無造作の黒い髪を分けるように頭を軽く搔く。
「よく気づいたね、おめでとう」
「あたしが玄武だったときは気づかなかったよ。まさか、あんたとはねぇ。青龍……!」
その男、青龍は三人のほうに向き直る。気づかれるはずでなかった正体を、突き止めることができた三人への敬意からだろう。
しかし青龍の顔は、感情や関心が欠如したような、一種の人形のように冷たく無愛想だった。
「そしてどうするの? ボクを殺すのかい?」
「いや、俺は殺さないよ。生かしたまま、罰を受け続けてもらう」
一瞬、椿の頭に凛の顔が過ぎる。その一件は、椿にとって許されるものではなく、死よりも辛いことだった。
「司法による制裁を希望か、さすが警察の一端だね」
「でもまあ、動けなくなる程度にはぶっ潰してもいいんだろ? さあ、覚悟はできてるかい?」
聖華は、朱雀──彩を悪へと進ませた張本人を目の前に、よく堪えられてると自分を褒める。
「覚悟は──してなかったね、まさかボクが手を下すと思わなかったからね」
「お前は、いろんな人を巻き込んで傷つけて……。例えお前が勝っても、そんな奴が作った世界は要らない」
傷ついた人たち、騙されて操られた人たち、命を落とした人たち……。
優貴は例え、彼がなんと言おうと許すことはできなかった。
「『色んな人』……? はっ、いいかい? ボクはね、この世界が大っっ嫌いなんだ……! 罪人を悪だと、一般人を正義だと決めつけてやまない固定概念、先入観! ……うんざりする」
青龍の感情が読めなかった。怒っているのか嘆いているのか、嘲笑しているのか。
少なくとも、青龍の逆鱗に触れたことは確かだった。
「君たちも思ってるんだろ? 罪人への差別、態度や価値観。その全てが物語ってるんじゃないか! 一般人はボク達を人として見てない。そんなの、変えないとだろ?」
正直、三人は反論できなかった。人を殺すことは悪いのは確かだ。しかし、罪人への態度の数々が悪いのもまた然り。
同時に、三人は気がついた。この戦争は、正義と悪の戦いではない。二つの、それぞれの正義の戦いなのだと。
「君たちはどうだ、この戦争に勝って訪れるものはなんだ。それは、平和と停滞だ。戦争前と何も変わらない。むしろ、この戦争は罪人のせいだと言われ、罪人の評価はさらに下がる。民主主義で窒息するのも時間の問題だ」
聖華は不信感と怒りを募らせる。動きそうになる体を必死に抑え、反論した。
「じゃあ、あんたはどうしてこの戦争を起こしたんだい!? 罪人の評価が下がるならなぜ──」
「評価を下げる奴らが悪いんだろ!? 民主主義で負けるなら、多数派の奴らを減らせばいいだけだ! 理由なき侮蔑がどれほどの罪なのか、一般人に思い知らせるんだ!」
彼にどんな言葉も届きそうになかった。自らの正義感を曲げようとしなかった。
しかし、彼は冷静さを取り戻すと、三人にこう言った。
「……君たちも罪人だ。気が変わったならボクを止めないでくれないか?」
それは暗に、『この計画に協力してくれ』と言っているようなものだった。
しかし、三人の正義感もまた強かった。今まで傷つけられて、中には命を落とした仲間もいる。
だからこんな戦争自体、許せなかった。
青龍は三人の態度を見て、『眉間を抑えながら』「そっか」と呟いた。
「まあ、薄々予感してたけど、それでもそっちにつくのか。なら、無理やり協力してもらうよ……《発動》!」
刹那、そこから出てきたのは……先程まで聖華と椿、凛と死闘を繰り広げた相手、黄龍だった。
「ボクの能力は『墳墓発掘罪』、死者を蘇らせる能力! 君たちを殺して、ボクの能力の礎としてあげるよ!」
「まさか、お前は黄龍──実の父親を殺したのか!?」
優貴の問いかけに、青龍は驚く。
「……キミがどうして、黄龍を父さんだと知っている?」
「黄龍の手記を読んだ。お前、青泉が暴走すると」
「手記……? まあいい、ボクが父さんを殺した。父さんは、一般人を庇う愚かな罪人だからね」
「それより」と青龍は言い放つ。
「ボクは死者と、視覚と聴覚を繋げるんだ。そこで、君たちの戦闘で面白いことがあったね。凛さん、だっけ?」
椿の顔が強ばる。
「あの人、ボクの作ったニセモノと共倒れしたよね。本当に無意味だったよね、彼女の犠牲は。ボクの仲間になっていれば──」
「……おいてめぇ、それ以上口にするなよ……?」
椿の気迫に、青龍は少し圧された。聖華も、優貴も。
椿は手袋を脱ぎ、「《発動》」と言った。
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