61話 班員として
優貴達と白虎達の戦闘から始まります!
* * * *
話は少し前、黄龍との戦闘と同時に、優貴達もまた、白虎との死闘を繰り広げていた。
「和也……目を覚ませ!」
必死に避ける優貴の呼びかけに答えず、一心不乱に拳を振るう和也。優貴が誰かとかいう前に、声が聞こえていないような。
優貴は後ろに跳んで距離をとり、殴り合いを止めさせようとする。しかし、和也は優貴の腹めがけて飛び蹴りを放つ。
「うっ…………!」
短いうめき声を出した後、優貴は鋼鉄の壁に背中をぶつける。壁の腰の辺りにはヒビが大きく入っている。常人であればもちろん死んでいたが、優貴はまだ軽傷で済んでいる。
和也は仕留めきれていないと気づくと、さらに近くまで駆け寄って膝蹴りを食らわせた。重く、躊躇いのない一撃。
その後も一撃、一撃と和也の攻撃が突き刺さる。いくらほとんどが軽傷とはいえ、それを食らい続ければ想像に難くない。
しかし優貴は反撃しようとしなかった。殴られようが蹴られようが、こちらからは手出しもしなかった。
業を煮やした和也が放った、最高威力のハイキックが顔面に直撃する。すると突然視界が歪んだ。
「あ、れ……?」
優貴はその場で崩れた。完全に倒れそうになるのを必死に堪え、右膝を地面につけるように座り込んだ。左膝に腕を置き、呼吸を整える。
もう、あれから何度も能力を発動している。優貴の能力の欠点でもある「身体への負担の増加」によって、身も心も限界を超えていた。
もうこのまま倒れてもいいか、そろそろ肩の荷を下ろしてもいいか、と優貴が思った直後──。
「何、やってるんですか……! 優貴さん!!」
芽衣の、ボロボロの体から発せられた超えが響き渡った。恐らく──いや絶対に、反撃もせずただサンドバッグになっているのを糾弾しているのだろう。
「俺は、こいつを殴れない。たとえ何があっても──」
優貴は和也を傷つけたりなどしたくなかった。和也が守ってくれたこの命だ、絶対に恩を仇で返したくなかったから。ああ、どうやら自分は狂人なのだ、と思わず自嘲した笑みを見せた。
和也はもう人間の心がないかのように、会話の途中でも構わず、優貴の眉間に爪先をぶつける。決して軽くない。まるでハンマーで、段ボール箱を思い切り殴るような音が聞こえた。
「がっ──」
ただでさえ立ちくらみした頭に対し、その攻撃はかなり効いた。脳の手前から奥まで、貫くような鋭痛。数メートル飛び、眉間の辺りを押さえる。じわじわと汗以外の液体が手のひらに触れた。流れ落ちた先の地面を赤黒く彩る。
しかし、やはり反撃しようとしなかった。命の恩人でもあり、一人の親友でもある彼を攻撃することは、もはや彼を拒絶しているのと同じだ。
少なくとも、優貴はそう感じていた。
「殴れないならどうするんですか! そのまま殴られて、死ぬのを待つだけなんですか!?」
至極、その通りだった。優貴だって、そんなことは分かっていた。しかし──孤児院で過ごしてきたあの日々を、あの幸せを、自分の攻撃で壊してしまわないか悩んでいた。
そんなことはないのだろうと言う「自信」と、お前の攻撃が過去と和也を否定するという「固執」が、優貴の中で葛藤していた。
「ってる──」
思わず、声が出ていた。
「分かってる……!! だが……俺はっ──」
「分かってるなら!!」
芽衣の言葉に、優貴は怯んだ。
「……本当に分かってるなら、自分が何をすべきか考えてください!」
「何を、すべきか……?」
芽衣は、あまりに鈍感な態度の優貴に怒りを爆発させた。
「もう、なんなんですか! 罪人取締班は、悪事を働く罪人を捕らえる為のものじゃないんですか!?」
途端、ふと視界が晴れた。
すると和也は、もう目の前まで来ていた。
「──そうだった」
今、彼は私用でここに来ている訳ではない。
「俺は──『今は』班員だ」
例え過去に何があろうと、それが無視できない存在するだとしても、彼がすることは初めから一つだった。
和也の蹴りを左に逸れることで回避、同時に立ち上がる。和也はすかさず、拳を優貴の顔目掛けて振る。その拳を、優貴は右手で掴む。
「…………来藤和也。取締班の班員として、お前を対処する!」
発言したとたん、優貴はついに気づいた。和也への最大の恩返しは、和也を洗脳から連れ出すことだと。
優貴は足を踏み込み、和也の腕を引く。倒れ込みそうになる和也の腹に、優貴は左手で殴る。
「うっ……!」
和也の声にならない悲鳴が、優貴の心の弱いところを強く抉る。
和也はその場に留まり、腹を押さえる。
「【伏罪の進行】」
優貴は足に力をため、疾風に近い速さで和也──ではなく、白虎へと向かう。優貴の視野が広がったことで気づいたことがもう一つあったからだ。
白虎は、優貴と和也が戦闘している間に、天舞音をずっと攻撃し続けていた。さらに天舞音は気絶しないように、必死に力を振り絞っていたのだ。
そして今、天舞音は力なく地面に項垂れていた。白虎の能力を消し続けていたとはいえ、何十回も踏まれ続ければいつか尽きてしまう。
優貴は彼女が生きていることを願いつつも、白虎に攻撃を仕掛ける。白虎はちょうど今、能力を発動したらしい。
優貴の拳と白虎の拳が交じり合う。火花が出そうなほど、拳骨同士が競り合っている。
しかし、競り合いに負けたのは優貴だった。
「っ──!」
優貴は飛ばされ、壁に背を打つ前に体勢を整える。どういうことだ、と優貴は感じた。というのも、白虎の力が圧倒的に高いからだ。
白虎の標的が優貴に変わった。目にも留まらぬ速さで優貴に近づいた。
優貴は必死に、両腕を重ね合わせて防御しようとする。しかし、踏ん張ることもできずにまた吹き飛ばされた。
「おい。こいつをどうにかしとけよ、役立たずが」
白虎は和也にそう命令した──はずだった。しかし和也は、優貴に殴られた腹を押さえながら動かなかった。
「──あ? 話聞いてんのかゴミ。とっとと動けよ」
白虎は怒りを露にした。しかし、また動かない。
と、そのときだった。
「白虎様! 大変です!」
白虎の部下と思われる者の声が、スピーカー越しに聞こえた。
「ああ?」と白虎が怒りをさらに募らせる。部下はこう続けた。
「システムエラーが起きましたっ!! 練習の際でさえ攻撃を食らわなかったせいか、この最新の洗脳装置が、衝撃に弱いことを確認できていなかったのです!」
「ちっ……もっと簡潔に言え」
「もっ、申し訳ございません!」と部下は言う。
「先程その若造が、洗脳体に強い衝撃を加えたことで、洗脳の状態が不安定になり、洗脳が解除される恐れがあります!」
「わあった、それでもいい。そもそも俺が和也を育てた理由が、そいつと闘いてぇからだ。……そもそも、『暴行罪』とかいう下位互換に俺は負けねえよ」
白虎は頭をかきながらも、少し楽しそうに笑っていた。
部下と白虎が話しているうちに、優貴は天舞音の息を確認しに行っていた。
彼女の鼻と口に手をかざすと、微かに息があった。どうやらまだ生きているようだ。
優貴が立ち上がろうとした直前、ボソボソと声が聞こえた。そう、天舞音の声だった。
「天舞音さん?」と優貴が口の辺りに耳を近づける。「ゆう……きくん?」という彼女の声。そしてこう続けた。
「あいつの、能力は……『傷害罪』。力を……十倍にする、能力──」
天舞音はそう呟いていた。「ありがとうございます」と優貴が返事する。
和也は腹から手を離すと、また焦点が合わない眼差しになってただずむ。優貴は白虎と部下の会話も聞いており、和也の洗脳が衝撃に弱いことを知った。
優貴は、一対二の状況でも億さずに立ち上がると、芽衣の方を見やる。上手く立ち上がれなさそうな芽衣は優貴の顔を見ると、一つ頷いた。
託しました、動けなくてごめんなさい、そんな意味の相槌だと優貴は捉える。
優貴もまた一つ頷くと、二人に向かって戦闘体勢に入る。
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