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「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
5章 彼らが残酷な現実から理想の世界にするまでの英雄譚
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60話 果てには

回想→続きの順番です!

 * * * *




 当時のりんは、自分にできることはないか、ひたすらに模索していた。事務関係は人一倍できている自信があったが、如何いかんせん戦闘はできなかった。

 椿つばき頼渡らいとは自分の戦い方を見出して活躍しているのに。凛はそう感じ、時折二人と同行することがあった。しかし毎度毎度、運動神経の無さがどうにも目立ってしまった。



 そんなある日だった。凛は戦闘の役に立とうと、今日も能力の訓練を始めた。そして凛は能力を使う度に、一つ気がついたことがあった。

 もしかしたら、自分の透過度を調整できるのではないか、と。

 そして自分の感覚を頼りに、その日からずっと調整できるかを試していた。



   *



 積み重ねた練習の成果もあってか、ある程度はできるようになった。その日は特別で、椿に見てもらうことになっていた。


 息を整え、「《発動》」と唱える。するとゆっくりと、自分が透明になるのがわかる。


「落ち着いて……そう、自分自身がここにいることを忘れないで」


 今回の凛の目標は、自分を半透明にすることだ。椿のアドバイスを携えながら、透明化解除のタイミングを図る。


 ………………。


「で、できた……!」


 凛の口からは、喜びに満ちたような声が漏れた。しかし、自分が半透明になるということが、直接戦闘とどう関係があるかは分からなかった。

 だから──。


「どういう状態なのか、俺が少し攻撃して確かめるよ」


 椿はそういうと、攻撃……というよりは肩を叩こうとした。しかし、その手は空を切った。


「──あれ?」


 姿が見えるものだから、触れられると思っていた。しかし、今の凛は『物』として存在していなかったのだ。


「私が攻撃したらどうなるんだろう?」


 次に、本来の口調の凛はそっと椿に手を伸ばす。すると凛の手は、椿のスーツの襟に触れた。


「あれ? どういうこと?」


 凛も凛で、まさか触れることができる、と思っていなかったようだ。

 この状態はどうやら、『相手から自分は触れられないが、自分から相手には触れられる』という状態だろうと二人は推測した。


 ──しかし、本当に驚くべきことはここから始まった。


「っ!? 凛さん!!」


 突然凛が倒れたのだ。能力は強制的に解除されており、椿が触れられるようになった。

 そっと首筋に手を当てれば、心拍の状態がとても速く、危険な状態にあると判断できた。

 椿は急いでスマホを取り出して数字のパネルに『119』と打ち込んだ。



   *



「頻脈性不整脈ですね」


 椿は「頻脈性……?」と聞き直した。


「頻脈性不整脈とは、簡単に言えば脈が速くなってしまうことです。もっと言えば、脈が速くなることによって心臓が空打ちしてうまく血が巡らなくなります。──あなたは彼女の同僚とお聞きしましたが、なにか心当たりは?」

「……いえ、特には」


 一般人の前で、口が裂けても『能力の練習を』とは言えない。椿は秘密にすることにした。



 どうやら凛はよほど重篤じゅうとくらしかった。医師の姿勢からも、その緊迫とした気配はひしひしと伝わってきた。

 椿が彼女の病室を訪れたら、棺の中にある顔のように、穏やかな表情の凛がいた。

 こんな例えをするということは、椿が、穏やかとは思えない心情に至ったからだ。


 頼渡曰く、半透明になるということは、その分自身の体に無理をさせて留めさせてるということになる。

 そもそも凛の透明化は、体力的消耗が激しいため、心臓に大きな負荷が生じた。

 そういう状態のままにしようというストレスも相まった結果、そのような事態になったのだろうと言っていた。



 しかし、そもそも能力という概念がある以上、ただの不整脈とは思えなかった。

 二人は、凛の半透明によって頻脈性不整脈に似た、命の危険のある症状を患うのだろうと結論づけた。



   *



 凛が万全の状態になるのに一ヶ月もかかった。


「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした。次はもっと上手くできるように……」

「いや、もう半透明は禁止にしよう。医師の方も言っていたけど、凛さんは生死の境界に居たそうだ。あんな短時間使っただけで、だ」


 しばらく使っていれば、そしてさらに心臓に負担をかける──運動等を行う──行為をすれば、凛は本当にこの世にはいなかっただろう。


 しかし凛は、心の底では椿の忠告を受け止めなかった。

 もしも本当に使わねばならない時、自分の命を犠牲にしなければいけない時、いつでも使えるようにしようと。


 凛はこれを、暗殺者(自分)が一夜だけ使える技として、【暗殺の一夜(アサシン・ナイト)】と名付けた。





 * * * *




 凛はいつでも覚悟していた。自分が使う日を、自分が命を落とす日を。

 彼女は、今この瞬間『自分自身』と『平和と仲間と世界』を天秤にかけたのだ。


 ──重かった(大事だった)のは後者だった。


 彼女は未だに、自らのせいで命を落とした親友に頭を下げ続けていた。

 あの一件で学んだのは、命の重さなんかではなく、自らの命の軽さだった。その時から誰かが死ぬ前に、自分の命を捧げると決めたのだ。




「【暗殺の一夜(アサシン・ナイト)】」




 凛の姿がみるみるうちに透明になる。しかし、完全に透明にはならずに、色と境界が凛であることを認識させた。


 凛は聖華せいか障壁バリアの、内側から外側にかけて何の躊躇ちゅうちょもなく歩く。ナイフを握る手は既に痙攣けいれんしていて、凛の余裕の無さを表していた。

 黄龍おうりゅうの太針の的は凛に集中した。凛はその針をチラリと見やるも、直ぐに視線を黄龍に戻す。


「【毒蜂(どくほう)害旋(がいせん)】」


 銃弾の比ではないほどの速さを有した、大きな針による突進。地面は抉れ、ひびは増幅し、やがて生きているように穴が広がった。

 凛は一階へ落ちないように、前方へ回避した。


「っ──!」


 凛の鼓動が一気に速くなる。しかし、ここで倒れることはできなかった。

 頭はぐわんぐわんと揺れ動き、足はフラフラになりそうなのを必死に抑え、鳴り響く心臓が壊れる前に殺すことを決心した。


「【海月(くらげ)崩擁ほうよう】」


 黄龍は自らの針で自分自身を囲った。もともとあの針は銃弾を防げるほど硬い。凛に攻撃が当たらないと判断した結果の対処だろう。



 凛は最後の力を振り絞って、黄龍にとびかかる。右手で握ったナイフのつかを、左手で抑えた。

 最期の一撃。凛はその刃に、その手に腕に、その目に意志を込めた。




「はああぁぁぁっ──!!!!」




 そして、黄龍の首めがけて上から下へとナイフを振り下ろした。

 針のところは透過させ、首のあるところで手を具現化させた。



 凛がナイフを下まで振り切ると、ナイフの刃には赤い血がしっかりとついていた。


 針がほどける。

 すると、首から血をあふれさせていた黄龍が、「が、あっ」と目を見開いていた。


 直後に黄龍はその場に倒れ、彼の背中にあった針は音もなく消えた。彼の周りの床にはカーペットが敷かれた。凛が用意した、赤いカーペットが。


 能力を強制的に解除され、その場に倒れ込む。椿と聖華は彼女に駆け寄った。


「凛、おい凛!!」

「班…………長?」


 凛はゆっくりと目を開けた。その目からは、涙が零れていた。


「わた、し…………役、に……」

「ああ、役に立った! 凛が黄龍を倒したんだ!」


 凛は「ふふっ」と笑みを浮かべる。


「良か、った…………」


 その言葉を聞いた途端、椿の視界がぼやけて、凛の表情もまともに分からなかった。

 ──だが、笑っていることは分かった。


 凛は震えた右手で、椿の頬を触る。


「班、長。わたし……この、世界も、っ…………この、班も、大好き。最、期のわが……ままだけど、どっちも、守っ──て」

「……守る、絶っ対に守るから…………!! だから──」


 椿は自分の頬にある、凛の手を抑え返すと、大きな声で凛に伝えた。

 その後の言葉は『見守っててくれ』だったが、今の椿の喉では伝えられなかった。


 凛の手の力が抜けた。椿の心に、彼女の手の重さが染み付いた。


 凛は、終始笑顔だった。

 死ぬ間際は周りの声が聞こえないと言うが、椿の決意は言葉でなくとも彼女に伝わったのだろう。


 椿は涙を抑えきれないままで、その雫が凛の手の甲に落ちる。何粒も、何粒も。


 聖華は凛から顔を背けたまま、肩を震わせていた。


「なんでだよ……。なんで、あんたが……っ」


 聖華の口からは、それ以降音が出なかった。



   *



 少しだけ落ち着いた椿は、上着を凛の顔に被せる。そしてワイシャツ姿で立ち上がると、一言言った。


「……いつまでも泣いてるままじゃ、いけないよな」

「──ああ、そうだね。よし、この後はどうすればいいんだい?」


 聖華は赤くなった目をぐしぐしとこすりながら話した。

 椿はその様子に顔をほころばせる。


「とりあえず他の班員に伝えて、残党を倒しにいこう」


 そうして部屋を出ようとしたその時、扉がとんでもない勢いで開く。

 そこには、白虎の戦闘を終えた、顔をうつむかせている優貴ゆうきがいた。


「優貴くん、今黄龍を……」

「──って、ません」


 椿は「え?」と眉をしかめた。優貴は息切れしつつも、二人の方に顔を向けて大きな声で話した。


「まだ終わってません! 黄龍は──本当のボスじゃありません!!」


 椿と聖華は、彼の言葉に耳を疑った。

次回は少し戻って優貴の話から始まります!


ご愛読ありがとうございました!

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