6話 微かな希望と心の腐敗
扉が勢いよく開いたところから始まります!
扉を開けたのは、青髪のツインテールにワンピース姿がよく似合う少女だった。
班長の髪の色は紺に近いが、彼女の髪の色は晴天の色だ。少女のツリ目の中で光る瞳も、髪の色と同じで澄んだ青色だ。
「はあ……もう! 注文がひどすぎるでしょ!? 凛さんと美羽は必要な物だからいいとして、他の人は業務と関係ないじゃない!」
目つきの鋭い彼女は、大きな声で怒りを顕にした。しかし怒っているにも関わらず、気迫が感じられないのは彼女が幼いからだろうか?
彼女は絶賛ゲーム中の翔さんをキッと睨む。睨まれた本人は気づく様子もないことが更に気に食わないのか、少女は彼の元へ歩みを進める。
「中にはお菓子の人もいるし! しかも少し離れたところにしかないやつ……!」
「ん……感謝する、ありがとう」
少女は何かが入ったレジ袋を差し出す。翔さんは礼(?)を言って、彼女の手からそれを受け取る。一体何のお菓子だろう?
「はあ……もう!」
少女はため息を交えながらも1人1人丁寧に、買ってきた物を渡していく。
孤児院のテレビで放映されたアニメに、『つんでれ』という性格があった気がする。確か、口調は棘があるが性格は照れやすいというものだったような……彼女はそれだろうか?
「はい、これ!」
そんな彼女は俺の近くにいる班長に渡す。班長に対してタメ口ということからも、気の強い性格を漂わせる。
少女がようやく俺に気づいたのか、くりくりと目を丸くする。次に班長の肩をぽんぽんと叩いて聞く。
「……もしかして、この人が新人?」
「うん。新人くんだよ」
彼は手渡されたものを確認せずに手に持つと、少女の疑問に解答した。
「もう! 大事な時にも居れなかったじゃない……最悪!」
「じゃあ、今自己紹介したほうがいいんじゃない?」
「するわよ! ……もう!」
彼女は目を吊り上げて声を強める。その目つきのまま話すものだから、俺が責められてる気持ちになってしまう。
……相変わらず気迫は無いが。
「……私は叢雲 菫。まあ、宜しくね」
菫さんは強気な性格を感じさせるような人だ。しかし、子供っぽい所も隠しきれていない。 それより……少し引っ掛かる所もあるが、とりあえず自己紹介を優先する。
「上浦優貴です。こちらこそ、宜しくお願いします」
「口調は丁寧なのね。でもそう硬くならなくてもいいけど……」
「そう……ですね、ちょっとリラックスします。それより、これは偶然ですか?」
「これ……というのは?」
俺の問いに班長が食いつく。
……いや、あんなに珍しいのに偶然というほうがおかしいか。俺は単刀直入に尋ねる。
「班長と菫さんは……兄妹ですか?」
「うん、兄妹だよ。そっか、名字が同じだからね」
やっぱりそうか。……でも、兄妹揃って罪人? この2人、過去に一体何が……?
そんなことを考えては、班長との約束を思い出して思考をかき消した。
「はぁ……このバカ兄貴がお世話になるわ」
「バカはそっちだろ? 書類にお茶ぶちまけてダメにした人は誰だっけ?」
菫さんの言葉があまりにも聞き捨てならないのか、班長は綺麗な眉間にシワを寄せて反論する。
それに対して菫さんは顔を真っ赤にして声を荒げる。
「なあっ……! しっ、新人の前で言うこと!? そっちだって、いつになったらパソコンできるようになるのよ! この機械音痴!」
「うるさい! このおっちょこちょい!」
「機械音痴!」
お互いに1歩も譲らず言い争う。……あれ? そういえばなんでケンカしてるんだ、この人達。
もちろん俺は今、空気になっている。そもそも、なんでここで兄妹ゲンカを見せつけられているのだろう、とつくづく呆れた。
議論がよりヒートアップしそうなその時、
「お2人とも、ここではお静かに……!」
と、凛さんの鋭く刺すような眼光が飛んできた。2人は顔を青ざめて、一瞬で口を閉ざす。ここでの生活指導役は凛さんか、と重い笑みでそう思った。
「そうだ、忘れるところだった。優貴くん、少し俺と菫に付き合ってくれる?」
空気を入れ替えるためか、とっさに班長は低く口角を上げて言う。彼のその笑みが堅苦しいのは、状況がそうさせているのか、それとも元からか。
「いいですが、何するんですか?」
「またあれするの? 1週間前にもしたから嫌なんだけど……」
菫さんは露骨に嫌な顔をする。
1週間前というのは、確か美羽が来たのと同じ時期だったな。その彼女が嫌がることは班員全員にやってることなのだろうか?
「ごめん、これも必要なことなんだ」
班長は菫さんを真っ直ぐ見つめる。彼は、どこか悲しそうに目尻を下げた。
縁起の悪い思いを振り払うためなのか、彼はぎゅっと目を瞑る。さらに、そのまま左右に1、2回頭を振ると、次は俺の顔を見た。
「ああ、ごめんね。向かいながら説明しよう」
あまりにもわざとらしく彼が笑うものだから、返事もせずに目を背けてしまった。不承不承と笑われるのは、気を使わせてるようで苦手だ。
*
どこに向かっているかも分からず、3人仲良く亀のように歩く。静かな中響く足音をBGMに、班長は話の続きを語る。
「君の能力についてだけど、自分でどんな内容か分かる?」
「いえ。ただ、名前が暴行罪ということのみ……」
「奇妙だけど、罪人には『使用許可証』と呼ばれる紙切れが頭の中にある。それに能力の内容が書いてあるんだ」
班長の言う通り、頭の中……いや、記憶の中というべきか? そんな曖昧な所には、確実に1枚の紙がある。
表すなら、見たことないのに見たかのような感覚。そう、まさに『既視感』だ。
俺は紙の状態を正直に述べることにした。嘘をついてもよかったのだが、自分のことをもっと知るには致しかたないだろう。
「紙は確かにあります。ただ、まるで靄がかかったように見えないんです」
「まあ本当は時間が経つにつれて徐々に見えていくんだ。だけど、その人の脳の状態によっては、最悪1年かかることがあるらしい。そこで菫の能力を使って、手っ取り早く記憶を見ようと思う」
これは彼のミステイクか? 菫さんは記憶を見る能力者ということを隠喩しているではないか。
……いや罠かもしれない。そう易々と仲間の能力を教えるはずがない。
俺は確証を得るために探ることにした。
「さりげなく菫さんの能力を俺に教えていいんですか?」
「まあね。こちらとしても、君の能力は明確に知りたい。……ただ」
「ただ?」
彼は立ち止まって目を伏せた。そんな彼の手は目前のドアノブにかかっていることから、目的地はこの扉の先なのだろう。
ひとまずは菫さんの能力を認めた彼は、どことなく神妙な面持ちでこう言った。
「君の……上浦優貴くんの記憶全てを見たいんだ。怪しい記憶がないとき、初めて君を信用するよ」
と。
つまり、まだ俺は信用されてなかったわけだ。だから俺の記憶を見たい……そう言いたいようだ。
……待て。『俺の記憶』……? あんな醜いものを? あんな情けないものを……!? あんなに罪人の過去を詮索するなって言ったのは、他でもないあんただろ!?
「……はっ」
どす黒い気持ちが微かに溢れて、俺はつい乾いた笑いを堪えきれなかった。
その笑いが引き金となり、彼らの反応も待たずに話す。
「俺の記憶を見て、俺がスパイかどうか見極めるんですか。なるほど……合理的ですね」
「……うん、だから君の記憶を見たい。ただ、これはプライバシーに関することだ。もし君が嫌だったら断ってくれていい。これは……『俺の自己矛盾』でもあるから」
自己矛盾というのはまさに詮索の話か。自覚はあるんだな。
「ただね、優貴くん。もし君の過去を知れれば、寄り添ってあげることもできるかもしれない。もしかしたら少しは気持ちが楽になるかもしれない。実際、そんなケースもあった」
寄り添ってあげることもできるかもしれない。いや、無理だろ? 楽になるかもしれない。いや、不可能……だろ?
でも、もし……そんなことがあれば、俺は……。
……本当に、俺を過去からの苦しみから救えるものなら救ってみろよ……。
「……はい。宜しくお願いします」
会話上は従順な部下を維持できているはずだ。だから内心やけくそだが、表面だけはなるべく自然に頼むことにする。
自然に……。だから、彼を睨んでいる目はまぶたで隠す。食いしばる歯は唇で隠す。
そんな俺に、今まで無言だった菫さんは悪魔的にも、心を揺るがすことを言ってきた。
「本当に? 見られるの、嫌じゃないの?」
「……俺は、ここで生きるしかないんです。郷に入れば郷に従え……ですよ」
彼女に苦く笑った。わざと笑う人は嫌いだ、と言っておきながら。
ただ悔しいが、建前の俺の台詞にも一理あった。俺の生き場所は、ここを失ったら……。
*
そんな考えをほおり出すのと同時に、班長はやっと扉を開く。刹那の光の後、見えたのは、2つの椅子と、1つの机しかない無機質な部屋の中身だ。
菫さんに促されるがまま、俺は席についた。彼女は続けざまに言う。
「はあ……うん、じゃあ……始めるわよ」
彼女は見て取れるほどに乗り気でなかった。人の記憶を見るのは、もちろん自他共に嫌だろう。
記憶は自分だけ持っていて初めて価値があるのだ。
菫さんは黒いビニール手袋をはめた。なんのためだろう?
まさか直接脳にでも触れるのだろうか?
「《発動》。目を瞑って」
俺も覚悟を決めて、言われるがまま閉じる。さあ、俺を過去から……。
*
どれほど経っただろうか。もう記憶は見られているのだろうか。それも分からぬまま、無味な時間が流れる。
「はい、終わったわよ。目も、もう開けてもいいわ」
突如として菫さんの声が聞こえた。驚いたのか従ったのかは分からないが、俺は反射的に目を開いた。
机の上には写真のようなものが広がっていた。どれもこれも見覚えのある……。
「……これは『君の記憶』だよ」
混乱している俺を見てか、班長は声のない問いに答えた。
班長は写真を全て隠すと、菫さんの肩をぽんと叩く。菫さんは班長に向かって1つ頷くと、口から声を出し始めた。
「……私の能力は『秘密漏示罪』。対象の記憶を写真として取り出す能力だけど、あなたが今経験しているように、記憶が消されることはないわ」
彼女は自分の能力を話した。これが能力なのか……と思うも束の間、続くように班長は俺を見て話す。
「結論からいうと、君は信用できる」
彼の言葉を聞いて俺は、とりあえず寝床を確保したことに一安心する。しかし班長はこう続ける。
「だけど、俺の質問には答えてくれる? 君の記憶は……いや、少しずつ話すよ」
と。
彼はとても予想外だったような顔をしている。その顔の原因は、どうせ醜い過去が関係しているだろう。
信用されたものだから、こちらも信用したいものだ。俺に果たして救いがやってくるのかどうか……。
とにかく今の俺は、自身に救いがもたらされるのかどうか、ということしか考えていなかったのだ。
もし宜しければ、次回もよろしくお願いします!