59話 せめて最期の前は笑って
椿、聖華、凛の話です!
ご感想等々も是非!
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「黄龍はいつも部屋を奥にしたがるんだ。本部が移動した後でもきっと……!」
そう言って聖華は、椿、凛と共に本部に侵入し始めた。元プロ・ノービスの彼女の話を信じ、椿と凛も中に入る。
そして三人は脇目も振らずに走る。薄暗い廊下を、ただひたすら。既に天舞音や優貴が、白虎と交戦しているのにも気づかずに。
その間に会話はなかった。最後の決戦、その緊張が三人を強ばらせていた。
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しばらく奥に進むと、荘厳な雰囲気と共に大きな扉が現れた。周りが金で装飾されており、まるで来る者を喰らうような扉が。
「……これだろうね。まあ分かりやすいこと」
聖華の表情は苦笑いではなく、どこか覚悟を決めたような表情だった。朱雀……彩に約束したのだから、今更気を抜けないのだろう。
「二人とも、最終目標は黄龍を倒すことだ。……過程に犠牲があろうとも」
椿もまた、何らかの覚悟を決めたようだ。死ぬつもりというよりは、死んでもいいという精神だ。
「ですが望む最後は、皆さんが生きて戦争を収束させることです。……何としてでも、生き抜く」
「……ふふっ。凛さんの言う通りだね」
凛は、椿の台詞に一つ付け足した。自分と親しい者が死ぬのは、もう見たくないのだろう。
椿は凛らしい回答に笑いつつ賛同すると、目の前の扉に手を置いた。そして一が二に、二が三となるように、徐々に押す力を増していく。
*
ギギと扉の軋む音、それが奥側の空間へと鳴り響いた。扉の隙間からは光が漏れる。
三人は廊下の暗さに差し込む光に目を細めつつも、一斉に中へと足を踏み入れた。
「……来たか」
机も何も無く、ただ一つの照明と大きな椅子があるだけ。その椅子には、黄龍が余裕そうな素振りで座していた。
「はぁ……さっさと終わらせよう。私は、この戦争を求めていない。──この戦争の、戦果を求めているのだから」
「「《発動》!」」
四人の声が一斉に揃う。その声が消える前に、彼らの闘争は急展開を遂げる。
黄龍は背中の辺りから、毒々しい紫色の鞭……いや、鞭のように動く針を計六本ほど出す。それは一斉に、殺意を乗せて四人を襲う。
しかしその針は、聖華の障壁によって防がれた。その間、椿と凛は姿を消し、速攻で決めようと黄龍へ翔ける。
「っ──威力が高いのか? 障壁の消費が激しい……!」
聖華は、二人が攻めきるのを必死に耐えている。障壁がまるで、腐敗するような、崩壊するような感覚を感じる。
二人の姿が元に戻り、椿は黄龍の目の前に、凛は少し後ろで銃を構えていた。
椿は黄龍にのみ聞こえるように言う。
「『黄龍が死ぬまで、誰も殺傷するな』」
翔の『命令罪』だ。これで椿と黄龍は攻撃を封じられたわけだが、凛はその命令を聞いていなかった。つまり──。
「行け、凛!」
「はい、終わりにします!!」
凛の銃口は、黄龍の頭を向いている。そして、トリガーが押された。
やけに呆気ない……そう思った瞬間だった。
「っ!? 班長危ない!!」
「なっ──」
黄龍の背中から出た針は、椿の腹を貫こうとしていた。椿は咄嗟に姿を消して回避しようとしたが、その針は脇腹を掠った。
同時に銃弾も針で防ぐ。もはや、常人の反応速度では説明のつかない瞬間だった。
「……そんな能力で、私を縛れるとでも? そんな下級の能力で」
黄龍の表情は初めと変わりなかった。余裕なんてものではなかった。まるで熟れた作業を永遠としているような、そんな億劫さが滲み出ていた。
椿と凛は一度、聖華のバリアの中へと逃げ込む。しかし、椿は途端に体勢を崩した。
「班長!? 気を確かにしてください!」
「…………あの針、毒がある」
「毒だって? ……道理で障壁が崩れやすいわけだ」
針に少し掠っただけで、常人なら倒れ込んで悶絶する程の痛さと苦しさを、椿に感じさせた。
しかし、椿は再び立ち上がる。「もう大丈夫」と、痛みを堪えて。
「その男は皮肉なことに、自らの能力で私を殺傷できなくなった。残りは二人だ」
その間にも、黄龍の針は障壁にしがみついた。
崩れる予感がした聖華は、また障壁を張り直す。この張り直しが四回目だ。
「君の能力は素晴らしい……玄武。だが、もう終わりにしよう」
突然、黄龍は針を全てしまう。その後、いくつもの針が結集したような、見る者を恐怖指させるほどの大きさの針を出す。
「【毒蜂──」
「っ──!!」
その針を、思い切り後ろに引き絞る。聖華は、今までのどの時よりも悪寒を感じ、障壁を更にもう一枚重ねた。
「──害旋】」
*
銃弾よりも速い針は、聖華の障壁を事も無げに貫いた。二つとも、だ。
もちろん、そこにいた者は全員死滅しているはずだった。
「──本当に助かったよ、班長」
咄嗟に椿が聖華の『往来妨害罪』により、更に障壁を二枚重ねたのだ。
おかげで最後の一枚が針を防いだ。
「これは、殺傷じゃないからセーフだったね。けど──さすがに、二度も防げる自信はないよ」
気がつけば、黄龍は再び針を引き絞っていた。
「負けを認めるといい。守る限り、勝ち目などない」
聖華と椿は再び協力して、障壁を四枚重ねる。
攻撃に必死に備える、そんなときだった。
「──『アレ』を使います」
凛はそんなことを言った。その言葉に──聖華は疑問を持ったが──椿は目を見開いた。
「……おい、バカやめろ──」
椿の口から思わず出た一言。それだけで、凛が何をしようとしているのか、聖華も察した。
「なあ、アンタが生きて終わるって言ったんだろ!? それなのに──」
「分かっています。けどわたくしは、わたくしの命よりも──この世界が大好きです」
凛は笑顔だった。
「ずっと考えてました。わたくしがここに来て、役にたったのか、と。今まで任務は全て失敗ばかり、この能力も使いこなせない──ただ、最期はせめて、と」
「待て、凛。やめろよ、なあ!!」
椿は結局、心の準備ができてなかったのだ。自己暗示のために言った初めの台詞も、自分に無意味なままだった。
「わたく──私は、幸せだったよ。班長」
凛は素を出して笑った。そして、構えて力を蓄えている黄龍に向き直った。
「《発動》」と、凛は言葉にした。
「【暗殺の一夜】」