57話 再会
前回の話の、天舞音と白虎の戦闘前から始まります!
白虎は薬のような物を口にする。指の関節を鳴らしながら、水なしでそれを喉に通す。
「俺は最初の作られた能力者でなぁ……こいつを飲まねぇと《発動》できねぇんだよ」
能力を発動した白虎に対し遅れをとった天舞音は、急いで深く呼吸をしようとする。それが彼女の能力の発動条件だからだ。
しかし、その決断が遅すぎたようだ。
「はっ、ノロマが」
天舞音の視界では、白虎が消失したように見えた。
──それくらいの速さで天舞音の懐に潜りこんだのだ。
白虎は手のひらで天舞音の腹を押す。白虎の速度、正確性、体勢。全てが完璧な攻撃は、天舞音を背後の壁まで突き飛ばすには十分だった。
「かはっ……!?」
天舞音は受け身もとれず、壁にもたれかかるように尻を着いた。それは腹から背中まで貫くような衝撃だった。
「……おいおい、こっちは手加減してやってんだ。──死にはしてねぇだろ?」
白虎の言葉に、「はははっ」と笑みを零す天舞音。
「そうだ、そうだった。お前の能力は力を強くするだけだった」
天舞音はゆっくりと立ち上がる。白虎の手加減は常識レベルではないが、まだ致命傷ではなかった。
「そうやって、抵抗できない人達を殺してきたのか? お母さんも妹もそうやって……?」
「命乞いもしねぇ、つまんねぇ奴だった」
「つまん、ない……?」と天舞音は呟く。しかし今は戦いの最中。ぐっと怒りを堪えた。
白虎は彼女の憤りを感じとったのか、より扇情的に話し続ける。
「そうそう、一ついいことを教えてやろうか? てめぇの親父は強かった、俺も楽しかった……だけどな。あろうことか、先に逃げたお前を殺そうとした瞬間、あいつは身を呈しやがった!」
白虎はまるで笑い話のように、面白おかしく喋る。もはや、彼の中では本当に笑い話なのだろう。
「『娘が死ぬのなら、俺が死ぬ。そして娘はいつか、家族を奪ったお前を殺す』ってなぁ! もしお前がいなかったら、俺の片腕は無かったかもなぁ。良かったなぁ……!! 親父の代わりに、お前が生きれて!」
「貴様あぁぁぁぁ!!!!」
天舞音の声が震えながらも空間を揺らす。対し白虎は狙い通り、相手が本気になったことを喜ぶようにうっすら笑う。
天舞音は深呼吸をし、「《発動》!!」と叫ぶ。
直後、天舞音は白虎に向かい、突進の如く駆け出す。
白虎は迎撃のために上半身を時計回りに捻りつつ左足を前に出す。そして左脚を軸に回転し、拳を突き出す。
「っ──!!」
その拳は天舞音の左脇腹へヒットした。何かが数本折れる音がした。
その衝撃は耐え難いものだった。ただ、白虎が手を抜いたのもあり、右に吹き飛びはしたものの一命を取り留めた。
さらに言えば、天舞音にとったらこれは計画通りだった。
「能力……貰ったよ」と、掠れた声で天舞音は言う。
そして、殴られてまだ痛みが残る脇腹を抑えながら、天舞音は立ち上がろうとした。
しかし脚が思うように動かず、よろけたり力が抜けたりするため、立ち膝になりながら天舞音は言う。
「……僕の能力は、相手の能力を奪う能力。これで、お前はもう──能力を使えない」
白虎は力を失い、能力を使えなくなったにも関わらず、慌てる様子は無かった。
天舞音は不思議そうな目を向ける。なぜ落ち着いていられるのか、と。
「はあ──」と、白虎は落胆のため息を一つつく。
「せっかく手加減してやってたのに、それがお前の本気か? つまんねぇなぁ」
「なに? 能力がないのによく……」
「言ったよな? 俺の能力はこの『薬』がないと発動できねぇって。つまり、てめぇは俺の能力を使えねぇ」
白虎は平然と天舞音に向かって歩む。今から何かを終わらせるような、つまらない最後の作業をするかのような重たい面持ちで天舞音を見る。
「つまりなぁ──」と白虎は右足を後ろに引く。
「──俺の能力が封じられただけだ!!」
白虎は立ち膝状態の天舞音に向かって一つ蹴りを入れる。能力が無いとはいえ、元々の力が強い白虎の蹴りは、天舞音の胸にかなりの衝撃を響かせた。
「ぐっ──!」
「立てもしねぇ非力なてめぇに、俺が負けるわけねぇ──だろ!!」
「がはっ!」
倒れた天舞音の腹にもう一回の蹴り。天舞音は口から血を吐く。
「てめぇの親父は、いつかてめぇが俺を殺すと言った。だから俺はあえててめぇを逃がした! だがとんだ──期待外れだ!!」
「ぐあっ!! ううっ……」
更に力を込めた容赦ない一撃。天舞音の体からは、日常じゃ聞かないような音が鳴る。
もう一度蹴るかと思いきや、白虎は引き返して後ろに歩く。
朦朧とした意識の中、天舞音は「どこにいく……」と悔しさを顕にした声で言う。
白虎は振り返りもせずに言う。
「てめぇの能力は奪う能力。だが、だいたいそういうのには『効果範囲』ってやつがあるのが関の山だ」
「どうして……それを──」
「長年闘った勘だ」
少し歩くと、白虎は能力が戻ってきたことを感じとる。そしてまた薬を飲み込むと、指の関節を鳴らす。
「《発動》。じゃあな、つまんねぇ罪人」
白虎は天舞音に飛びかかる。
その瞬間、天舞音は何故か、時が遅く流れていると錯覚した。
死が近づく瞬間、時がゆっくりになるのは本当だ、と天舞音は笑った。
(お母さん、お父さん……。不出来な娘で──ごめんなさい……)
そうして天舞音は目を閉じた──。
「天舞音さんに……なにやってんだ……!」
「お前……おもしれぇじゃねぇか」
天舞音は目をゆっくり開けると、白虎が誰かに食い止められているのを見た。
白虎は一度その場を離れると、その誰かは天舞音に言う。
「大丈夫か、天舞音さん!」
「その声──」
天舞音はゆっくり上を見上げる。そこには天舞音を庇うように構える優貴の姿があった。
「あっ、息があります! 少し危ういですが……まだ間に合いそうです!」
天舞音が見知らない少女がそう言いながら天舞音に駆け寄る。その少女が芽衣だった。
優貴は芽衣の言葉に頷くと、再び白虎を警戒した。
「お前も増強系だな? ……俺が一番好きな相手だ」
「あいつが白虎……気を緩めるな」
白虎が優貴の腹目掛けて跳ぼうとしたその時「白虎様」という声を、白虎は耳にした。
その声の正体は白虎の部下だった。この部屋の後ろ側には通路があり、恐らくそこから来たのだろう。
部下は白虎に報告する。
「彼の準備が整いました。命令でいつでも」
「……あぁ、もう放て」
白虎は心を踊らせながら答えた。部下は一礼すると言う。
「了解です。それと……援軍を呼びますか?」
「ちっ」と白虎は嫌悪感だらけの舌打ちをする。
「例えばてめぇは、空腹の俺から飯を奪うのか?」
「……はい?」
「分からねぇか、言ってること。邪魔なんだよどっか消えろ。それより早くあれを起動させろよ」
「もっ、申し訳ございません! ただちに!」
部下はそう言い残すと、その場を足早に撤退した。白虎は戦闘態勢を緩めると、優貴にこう言った。
「今からおもしれぇもん見せてやるよ」
「それを……待つとでも?」
「さっき俺が退いたあと、てめぇは追撃しなかった。俺の能力を警戒して、そいつを庇うことを優先したからだろ? だから、てめぇからは攻めねぇ」
意外と鋭い意見に、優貴は何も言えなかった。
しかし少しも待つこともなく、それは後ろの壁から現れた。
それとは、人が一人入りそうな大きいカプセルだ。実際、誰かが入っているのが、優貴たちは確認できた。
カプセルは大きな音を立てて開く。そこに入っていたのは──。
「な、なんで……お前が、いるんだよ……! なぁ……和也!!」
『再会の喜び』や『生きていたことへの安堵』以上に、『白虎の支配下にいるという絶望感』がより、優貴の心を深く抉った。
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