55話 成り代わり
今回の話は、13、14話の内容と関係します。
そして今回は、優貴と芽衣の話です
* * * *
「……何を、している?」
優貴は、近づく芽衣の手の気配に気づき、間一髪でそれを避けた。
そして優貴の問いに、芽衣は焦ったように手を縮めて答える。
「あっ、えっと、私の能力はどんな感じかなぁ、と思って……」
「どういうことだ? 字が読めないとさっき言ってたよな?」
「漢字の『手』とひらがなは分かるので、多分手でふれたら何かが起こる能力かと思って……ご、誤解させたのなら謝ります!」
これをきっかけに、優貴の芽衣への疑念はピークと化した。
優貴は積もり重なった、気になることを全て質問した。
「それで、もしその能力が『触れた人間を殺す』ものだったらどうしたつもりだ?」
「はっ!! かっ、考えていませんでした……ごめんなさい」
「あと、俺とどこかで会ったことはないか? 俺だけじゃない、罪人取締班の誰かと。……君のことを知りたい」
芽衣は、「あっ」と声を漏らす。どうやらようやく、自分についての話をしてないことに、今更気づいたようだ。
優貴が頭を抱える中、芽衣はなんと、頭を丁寧に下げて話す。
「あのとき私たちを助けていただき、ありがとうございました。それに、私の父と母の気持ちを汲み取ってくれたのも……」
「待て待て。君の父と母に会ったことはないが……?」
「えっと、血は繋がってないのですが、私を助けてくれた恩を忘れないように父と母って呼んでます。……以前二人は銀行強盗を計画し、計画失敗の代わりに、私たちの保護をしてくれたのが罪人取締班です」
その瞬間、優貴の頭の中で点が線になった。同時に、芽衣の既視感の正体も判明した。
彼女──籠宮芽衣は、凛、聖華、そして優貴の三人と関わっていた。
三人は、銀行強盗である男女二人組の罪人を逮捕しに、玄蕃で遭遇した。男の能力は『電子計算機損壊等業務妨害罪』、女の方は『私戦陰謀罪』。
結局二人の表向きの計画は、銀行から金を盗むことだった。しかし本当の目的は、『餓死寸前の子供達を保護してほしい』と要請することだった。
その子供達は全員罪人で、育児放棄や様々な理由で路頭に迷ったところを二人が助けた。
しかし、就職不可な罪人では資金的に厳しくなる。罪人取締班なら事情を把握し、子供達を保護してくれると願っての犯行だった。その子供達の中に芽衣がいたのだ。
その子供達は、戦争が始まるまで、罪人取締班の二つ目の寮に住んでいた。そのため、優貴も何度か見かけることがあった。
戦争が始まってから、子供達は警視庁の監視の元に避難していたが……芽衣は恐らく抜け出したのだろう。
そんなことを思い出し、優貴は彼女への疑いが少し晴れた。ただ、優貴の疑問は他にもあった。
「……俺も今、君のことを思い出した。だけど、どうして戦場に足を踏み入れた? 能力が使えない自分でも役に立てるとでも思ったのか?」
少しきつい言い方だったが、能力が使えない芽衣に今撤退させることで、想定しうる最悪の最期を回避しようとした、優貴のはからいだった。
しかし芽衣は退かなかった。
「確かに、足でまといになるかもしれないです。罪人取締班に任せるというのが、最善かもしれないです。でも、両親に助けてもらったこの命が、より多くの命を救えるのなら……こんな汚い命でも、守れるために使えるなら。──私は、囮になって死んでもいい」
芽衣の燃えるような赤い目を見て、優貴は感じた。この真っ直ぐな意志を、曲げたり折ることはできないと。
強情と言うべきか、頑固と言うべきか……とにかく、悪者でないことは理解できた。
「……分かった。ただ、命は無闇に捨てないようにしてくれ。いざとなったら逃げろ、いいな?」
「──はい!!」
優貴は初めて芽衣の笑顔を見た。素直で明るい、向日葵のような笑顔だった。
*
優貴は芽衣との会話の後、再び手記の中にある、折れているページに目を通し、最後のページを開いた。最後のページは折られていなかった。
その中で、優貴が気になったことがいくつかあった。
まずこの手記の持ち主には、妻の恵理子とその子供、青泉がいる。妻とは死別、持ち主と青泉は罪人になっているらしい。
そしてこの持ち主は、罪人らによる組織プロ・ノービスを立ち上げた。しかし、昔のプロ・ノービスは慈善活動を中心に活動していた。
そして日が経つにつれて、青泉の様子が変化していることに気づいたらしい。企みまでは分からないが、嫌な予感がするという。
また、ページを折っているのは自分がまた見返して思い出に浸るためらしい。
そんな手記の最後のページを開くと、目を疑う事実を知った。
──〇〇〇〇年四月□日
私は、青泉と話すことを、心のどこかで恐れていたのかもしれない。故に、こんな事態となってしまったのだ。話し合いを恐れた、私の不手際だ。
……我が子を恐れるなど、本来あってはいけないのだが。
もし、この手記を読んでいる者が居たら、その者に伝えたい。
【プロ・ノービスは我が子、青泉に乗っ取られるだろう。】
どこで私と気持ちが違えてしまったのか。しかし、我が子に手を出す訳にもいかない。
このまま気付かぬふりをして、青泉に舵をきらせるのが親心というものだろうか。
恵理子、すまない。私は君との約束を果たせないまま、君の元に逝くことになるね……。──
優貴は驚きの声を、手記と共に懐へと仕舞った。優貴の驚きを例えるなら、推理小説の犯人が主人公の探偵の助手だったというくらいのものだった。
手記が本当だとすると、今のプロ・ノービスのボスは、この手記の持ち主ではなく青泉という人物になる。
優貴は振り返り、芽衣の方を見た。
目が合った芽衣は、悪いことしたのかと不安になりながら首を傾げた。
芽衣はあの一件以降、優貴が読み終わるのをじっと待っていた。字があまり読めないため、近くの書物を見ることもできなかった。
優貴は芽衣に一言「行くぞ」と言った。
「あっ、読み終わったんですか? なんて書いてました?」
「歩きながら話す。そろそろ行かないと、役にたたないままだ」
優貴の言葉に、芽衣はくすっと笑った。
*
「なるほど。プロ・ノービスは青泉という人によって、慈善活動をするいい組織から、殺戮を繰り返す悪い組織になってしまったんですね」
「ああ。その青泉が今のボス、黄龍ということになるはずだ。それか……」
「それか?」
「いや、考えすぎだな。何でもない」
階段を上り終わると、四つ折りくらいになっている紙を見つけた。
芽衣はそれに駆け寄り、拾って広げると優貴に紙を渡した。
「これ、私の能力の紙です! あっ、そっか。ライターを出すときに落としたんだ……」
優貴がそれを受け取り、内容を確認した。文字の読めない芽衣の代わりに、その内容を伝えた。
「なっ、なるほど。少し扱うのが難しそうですが……頑張ります」
芽衣は少し引きつった笑みを浮かべた。
二人は、どこに向かおうかと考えたその時、あまり遠くないところで機械の扉が開く音が「ギギギッ」と聞こえた。
優貴と芽衣は互いに顔を合わせて頷くと、音の方へと向かった。
┏ ┓
籠宮 芽衣 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『重婚罪』の使用許
可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、手で触
れた人物に、自分の感覚を与える能力で
す。
『発動条件』:自分の髪を触る。
『発動中、あなたが有する利点』:俊敏
性の上昇。
『発動中、あなたが有する欠点』:出血
量の増加。
┗ ┛
ご愛読ありがとうございました!
良ければ感想、アドバイス等宜しくお願い致します。