54話 甘い香りと白黒の爆弾
今回は埼玉、京都最終編です。
なぜヴィクトリアは死んだのか、勝はどうなったのか。
* * * *
事態は数刻前、京都へ遡る。
その時、恵子と雅人は、謎の──RDBからはヴィクトリアと呼ばれている──女性に殺される寸前だった。
腕を伸ばす女性の、手のひらの数十メートル上では、太陽と見間違うほどの大きさの火球が浮いている。
「灰になりやがれ!!」
女性は勢いよく腕を振り下ろすと、上の火球もそれに伴って恵子と雅人に接近し始めた。そして自分は被害を喰らわないように、二人に背を向け歩き出す。
雅人は恵子に目で合図をする。確認した恵子は、左手の小指を立てると「発動」と言った。そして右手を突き出して放水する準備を整えた。
雅人は恵子の右手に、持ち上げるだけで精一杯の左手でそっと触れる。彼女の手の温もりは火球のせいで感じ取れなかった。
雅人は思い出す。孤児院での実験が成功した後、プロ・ノービスに強制的に働かされ、役に立たない能力だと馬鹿にされたあの日々を。
必死の思いで逃げ、たまたま恵子と出会い、保護してくれたあの日を。
そして、他の埼玉罪人取締班の班員と、切磋琢磨して平和を守ったあの日々を。
雅人は右手を握りしめる。そうして能力の発動条件を満たした。
「いくぞ……発動!」
「任せてちょうだい雅人くん……放水開始!」
恵子の右手から水が放水される。しかし、それはただの液体ではなかった。
その液体は女性の背後にぶつけられる。しかしその勢いは弱く、女性はよろけるまでも無かった。
女性は歩きながら、呆れたため息を「はあ」と出して言った。
「無駄な抵抗よ、残念だけれど。こんな程度で……ん? なに、この水……甘い、匂い?」
彼女の中で予想外のことが起きたのか、思わず足を止め、二人を振り返った。
雅人は彼女の驚く姿を見て、鼻で笑った後、女性にこう言った。
「僕の『飲料水汚染罪』は、純水に液体を溶解させる能力。『C6H6』……液体状のベンゼン。低い沸点故にすぐ気体になるため、遠くにいても反応するような……高い引火性を持つ」
「なっ!? おい貴様、まさか……」
「愚痴は……地獄で聞いてやるよ、クソ野郎」
引きつったような、死への絶望の顔を浮かべる女性を嘲笑する雅人。
また恵子は和やかな表情をしていた。雅人を巻き込んでしまったが、今後脅威になるだろう女性を始末できたことに安心して。
遂に火球は、二人を喰らうように覆い尽くした。そして、火球から一直線に炎が伸び、女性の背中を焦がした。
「ひぎゃああああぁぁぁっ…………!!!!」
覚悟を決めた恵子と雅人と違って、女性は炎の中で醜い断末魔を上げた。
そうして女性、ヴィクトリアはあまりの火力による激痛と、自らの能力で焼き尽くされる決まりの悪さと、格下の罪人に殺される不甲斐なさに塗れて朽ち果てていった。
*
狩魔が来た時には全て終わった後だった。
ヴィクトリアの近くに来たはずなのに姿が見えない。ということは、そういうことなのだろう、と狩魔は目を瞑った。
「……ブランとノワルの所行くかぁー」
そう言って狩魔はサイコロを振った。
* * * *
爆弾を身にまとったノワルとブランは顔色一つ変えずに言う。
「はやくうってよぉ、おにいちゃん」
「じゃないと……どかーん! だよ?」
彼女ら二人の話によると、その爆弾の威力は鉄をも貫き、範囲は半径五十メートルにもなるらしい。
勝だけでなく、後ろで冷静を取り戻そうとしている徳人まで被害が及ぶ。原型は留められないだろう。
しかし引き金を引けない勝。二人を撃てば被害は少なくなるだろう、と思いつつも。
それどころか、手が震えて銃口が一点に定まらなかった。
「あれ、おにいちゃん? てがふるえてるよ?」
「だいじょうぶ? むりしなくていいんだよ?」
双子はクスクスと笑っていた。子供に見合わない、少し見下したような笑みだった。
彼女らの言葉が、勝に届く前に溶けてしまった。処理が追いついてない勝の頭がその言葉を拒否したのだ。
代わりに考えているいることは、『命が惜しくないと思う者を守れなかった、むしろ殺してしまった』ということのみ。
その選択肢は正答か誤答か──、勝は今に至っても分からなかった。
「……なぜ、命を捨てるまねをする? 短い人生の幕を閉じようとする?」
勝は、疑問の終着点を探るように双子に聞いた。彼女らに聞いても、結論は出ないと分かりきってはいるのに。
その質問を茶化すように、双子は首をかしげる。そして、当たり前な事、常識的な事を述べるように話す。
「あれ? それがふつうでしょ? 『自分で死に方を選んだほうが素敵なレディだ』ってかいてあったもん」
「かるまおねえちゃんも、ぼすもそういってたよ? 『人生はいつも美しく儚く始まり終わるべきだ』ってね」
勝にとって二人の言葉は、想像を遥かに下回るほどの回答だった。
彼女らは俗に言う『人間爆弾』。命を惜しまない──むしろ、それが正解だと教育されている。
「それより! うてないならかえしてよ、それ!」
「なっ……!」
ブランは勝に近づくと、銃を取り上げてしまった。
勝は、ブランが近づくことに気づいていたはずなのに、何も反応できなかった。銃を握ろうともしてなかったことに今更気がついた。
もはや徳人よりも判断力が低下した勝に、ノワルとブランはまた二人がかりで銃口を向ける。
小さな指で引き金が引かれる直前、突然女性がその場に現れた。そう、狩魔だった。
「ノワル、ブラン。帰るよぉー。ボスがもう殺さないでって言ってたぁ」
「あっ、かるまおねえちゃん!」
「うん、分かった!」
双子はあっさり銃を下ろすと、上着を持って狩魔の右手を握った。
狩魔はどこか可笑しそうに話す。
「途中から来たからよく分かんないけどぉ……命拾いしたね、お兄さん♪」
そう言ったあと、狩魔は左手でサイコロを振った。
双子は空いた手で勝に手を振ると、無邪気な笑顔を浮かべる。
「じゃあね、おにいちゃん!」
「またあそぼうね!」
サイコロの着地と共に、三人は消えていった。勝も何も言えないほど一瞬で。
*
勝は片膝を立てるように崩れる。あの双子以上に、自分にひどく憤怒した。決断力、意志、そして過去……全ての弱さへの怒りを。
自分は弱い、脆い、儚い──と。
自分がどこかで割り切れば、双子を殺せたかもしれない。自分がもっと現実を見ていれば、狩魔という女性を仕留めていたかもしれない。
それを放棄したのは、紛れもない勝自身だ。
「……俺は、強くなれない。なってはいけない──」
「それでいい……飆原勝さん」
徳人は立ち上がると、勝に声をかけた。
「もう動けるのか?」
「ええ、あの双子が去った途端に。……むしろ、私のほうが何もできてないですよ。庇って頂きありがとうございます」
勝は無言だった。
それを見た徳人は、それ以上話さなかった。勝の過去は知っている。故に、痛みは勝にしか分からないと知っていたから。
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