53話 疑いと信用
今回はボスと頼渡中心の話です!
* * * *
狩魔は他のメンバーを連れ戻してくる、といってその場を後にした。つまり、今ここにいるのは頼渡とボスだけ。
ボスが付けているフードと伊達眼鏡は変装だと主張している。そこまで変わりはしないし、変装する理由も見当たらないのだが……。
そんなボスは──退屈なのか──頼渡に話しかけた。
「少し歩こうか、頼渡。いや、君が疲弊しているならいいんだけれどね」
「いえ」と頼渡は首を横に振った。可愛い部下だと思ったのか、ボスは口元を綻ばせる。
頼渡は広に会ったことを話さずにいた。特に理由とかはなく、別に話しても良かったのだが。
ボスが通路の奥に歩もうとするのを、頼渡は背中を追いかけるように付き添う。
頼渡は緊張していた。もしかしたらどの戦場よりもずっと。激しく強い鼓動が、身体の神経を強ばらせている。
さらには無機質な足音と雰囲気が、頼渡の神経を何十回、何千回とつまはじく。
それを少しでも和らげるために集中を逸らそうとした頼渡は、ボスにこう話しかける。
「そう言えば……ここの、プロ・ノービスの調査はどうなりましたか?」
「実はね、その調査はすでに終わっていたんだよ。ただね、少し楽しくなってしまって長引かせていたんだ」
「ははっ」というボスの幼げな笑い声が、プロ・ノービスの本部に響き渡る。まるで新しいおもちゃを見つけたような──。
頼渡は話を続けることを試みる。
「楽しくなって……ですか?」
「プロ・ノービスの幹部の可憐な女性がね、僕に名前を付けてくれたんだ。ああ、太郎とか花子とか……そういう類の名前じゃないよ?」
ボスは立ち止まると、振り返って頼渡を見上げた。大きな丸ぶち眼鏡を外し、フードをとる。
くりくりとした紫色の目には、頼渡を飲み込んでしまいそうな闇がある。無造作な黄緑色の髪がフードと擦れてふわっと揺れる。
「……『伝達係』っていう名前さ。役職を名前にするなんて、彼女は最高のセンスを持っているよね」
……それは頼渡がボスと呼ぶのとどう違うのか、頼渡は分からなかったが指摘はしなかった。それで機嫌を損ねたくないからだ。なので頼渡は「なるほど」と相槌した。
歩いている先は外に繋がる場所なのだろう、と頼渡は察した。なんとなく、空気が晴れていく気がしたからだ。
その時、背後から頼渡とボスへと声をかけられた。
「おまえら何者だ! これより、侵入者と見なし射殺する!」
見回りのプロ・ノービスの配下だろう。銃は頼渡とボスに向かっている。
頼渡はボスへ、気づかれない程度に話す。
「ボス、ここはボクが……」
「いや、いいよ」とボスが、頼渡の提案を静止した。対して頼渡は、それ以上何も口出ししなかった。
振り返る頼渡とボス。そこには二人の黒服の男性がいる。
ボスは、あたかも久々に会った旧友のように、和やかな表情で話し始めた。
「やあ、僕たちは怪しいものじゃないよ。ここの配下の者さ」
「見たこともない顔だ、嘘をつくな!」
「ダメか」というボスの声。頼渡は遊んでいるな、と確証づいた。
黒服の引き金にかける人差し指が動いた。しかし、銃口から弾が出ることはなかった。
「「ぐああぁぁっ!!」」
黒服二名の銃が両方暴発した。彼らは倒れ込むと、血まみれになった利き手を反対の手で抑える。
そこにゆっくりとボスが近づいた。
「君たちは、何を思ってここに所属を? 過去からの因縁、譲れない意志、未来への執着……」
「黙れっ! 《発動》!!」
黒服の一人が、自らの血を舐めると彼の能力が発動した。
ボスと頼渡の立つ地面には、不可思議な紋章が刻まれ、うっすらと光っている。
「恐らくこれは、印章偽造罪かな? いい能力だね」
ボスは楽しそうに笑っている。頼渡はどんな能力か分からないが、とりあえず自らの能力を発動させておいた。
そして、描いた紋章の上にある地面が急に迫り上がった。
黒服は安堵して笑みを零す。
「はあっ、はあ……これで、侵入者を……」
「中々いい能力だね。常人なら天井と挟まって死んでしまうだろうね」
頼渡は地面の迫り上がる力を反射して防ぎ、ボスにはそもそも当たらなかった。
「なっ……」
黒服はもう一度能力を発動しようと、利き手から流れる血を舐めようとした。
しかしボスの、「あのね?」という言葉にその舌が止まる。
「君たちは自らの信念に気を取られて、忘れてしまったことがある。それは何か……そう、疑うことだよ」
ボスは絶望する黒服の顔を眺めながら、楽しそうに話し続ける。
「例えばどうして僕や頼渡に、君の能力が有効ではなかったか、そもそもどうして銃が暴発したか……そして、その銃はどこにいったか」
ボスの言葉に我を取り戻したのか、黒服たちは近くにあった銃を探す。しかし、それはどこにも見当たらなかった。
ボスはまだ話す。
「そしてそんな疑う心が行き交う中で、信じて貰える努力も必要だ。しかし、君たちはそれを怠った。紋章の君は逃げに徹して仲間を呼ぶべきだった。もう一人は戦闘向きの能力ではないらしいね。だったら紋章の彼をサポートするために武器を多めに持っておくべきだった」
ボスはいつもおしゃべりだ。どんな相手に対しても、話すことが楽しいらしい。早く終わらせてほしい、と頼渡は思った。
一方の黒服はそんな穏やかな気持ちではなかった。死ぬことへの恐怖、覚悟……そんな感情が粘土のようにぐちゃぐちゃになっていた。
「……それが、君たちの敗因だ」
その瞬間、黒服二人の脳天を貫く銃弾が発砲された。なぜ銃が浮いているのか、なぜ銃が直っているのか……黒服たちにはもう、疑うこともできなかった。
外に出たとき、既に狩魔がそこにいた。そして、ノワルとブランも近くで蟻を見ていた。しかし、狩魔はどこか浮かない表情だった。
ボスは顔色ひとつ変えずに話す。
「あれ? 狩魔、ヴィクトリアはどうしたんだい?」
「……それが、どこにも……」
ボスはスマホを取り出すと、電話をし始めた。その間、狩魔と頼渡は話す。
「狩魔、本当にどこにもいないの?」
狩魔の能力の性質上、間違いはないのだろう。
「いないよぉ。まあ、ヴィクトリアの通貨偽造罪のせいでお金が無駄になってたからぁ……少しお金は溜まるかもねぇ」
狩魔は悪い笑みを浮かべていた。そもそも、ヴィクトリアと狩魔は犬猿の仲だった。
しかしいくら犬猿と言えども──。
「……うん、そっか」
ボスは通話を終えると一言。
「ヴィクトリア……死んだらしいね。彼女の『紙幣を炎に変える能力』は強かったはずだけど……何があったんだろうね」
ボスはあっけらかんとしていた。対して狩魔は笑みを浮かべたまま硬直していた。
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