52話 黒い手記
今回は優貴のパートです!
* * * *
「……これがプロ・ノービスの入口なのか?」
優貴は辺りを探索していた最中、入口が開いている建物を見つけた。警戒を続けたまま中に入ろうとした、その時だった。
「あの、すみません……。罪人取締班の方ですか?」
優貴に接触したのは、高校生くらいの見た目をした女の子だった。
「君は……?」
「あっ、私は……籠宮芽衣です。良ければ、私も連れて行って下さい」
芽衣は三つ編みのツインテールが腰あたりまで伸び、黒髪の所々に赤いメッシュが入っているのが特徴的だった。
戦場に見合わないカジュアルな服装をしている辺り、本当の一般人か、もしくは一般人だと偽っているかだ。
「君、どこかで──」
「……はい?」
「いや、なんでもない。連れて行くにしてもここは危険だ」
「いえ、だからこそです」
優貴は首を傾げた。一般人の可能性が薄れ、今あるのは本当に敵か、それともただの自殺志願者かだ。ただ後者だったら罪人取締班か、と聞かないはずだが──。
ただ不思議ながら、優貴はどこかで彼女を見たことがある。しかし、それがどこだったか思い出せなかった。
仕方なく、優貴は彼女を連れていくことにした。人を疑いすぎるのはいけない、とは思っているが、この戦場でそれが適用されるかは曖昧なラインだ。
入口の先は、長い下り階段になっていた。明かりも何も無い、無味乾燥な建物だ。
さすがに暗いところは危険か、と感じている優貴の傍らに駆け寄る芽衣。そして懐からライターを差し出した。
「これ、使いますか?」
準備の良い芽衣に疑心が募りながらも、「ありがとう」と優貴は礼を言う。
優貴はライターをつけ、階段の終着点を目指して進む。芽衣も、優貴の後を追うようにして片足を踏み出した。
ライターの頼りない火が金属製の壁や天井を照らす。マシになったとはいえ、足元に気をつけなければいけない。
「足元、気をつけてろよ?」
「ありがとうございます。気をつけます」
優貴は芽衣が落ちても大丈夫なように、──さすがに手を握ることは無いが──慎重に芽衣の前を歩いた。
芽衣について少し気になることがある優貴は、コツコツと足音を鳴らしながら芽衣に聞く。
「芽衣、君は罪人か?」
「──はい、罪人です」
芽衣は少しためらいながら答えた。
幾分、罪人だと言うことに抵抗があるらしい。それとも自身の過去でも思い返したのだろうか?
「どんな能力なんだ? 罪名は?」
「えっと、確かここに……あれ? どこかで落としたかも……」
優貴の背後で布の擦れる音がした。恐らく、ポケットの中を手であさっているのだろう。
芽衣を置いて一人で行っても良かったのだが、優貴はそこで探し終わるのを待つことにした。その間、芽衣は必死に衣服のあちこちを手探っていた。それもまるで、誰かからの借り物を無くしたかのように焦っていた。
しびれを切らした優貴は彼女に聞く。
「……何を探しているんだ?」
「えっと、能力が書いてある紙、らしいのですが……どこかで落としたかもしれません」
「使用許可証のことか? それなら記憶の中にあるんじゃ……?」
「──恥ずかしい話ですが私、読み書きがどうも苦手で……漢字はほぼほぼ分からないです」
優貴は「はぁ」とため息ひとつ吐くと、次に頭を抑えた。使用許可証はただでさえ漢字が多い。
漢字が読めないということは、芽衣は特殊な環境で育ったのだろう。それか何らかの持病か……。
とにかく、ここで立ち止まったままも嫌なので優貴は芽衣を宥めるように話す。
「分かった、もういいから進もう。地上に戻ったらまた考えるぞ」
「はい、ごめんなさい……」
芽衣は肩を落とす。なぜだか慰める気にもならず、そのまま歩みを再開した。
優貴は、芽衣がなぜ使用許可証を持っているかという疑問に気づかずにいた。
下に降りると一つの木製の扉があった。金属製の壁に木製という異質なそれに優貴と芽衣は違和感を感じた。
優貴は芽衣を庇うように左腕を伸ばす。芽衣も腕に隠れるように数歩移動した。
内開きの扉をゆっくりと開けた。キキキッと錆びた蝶番が奇声をあげる。
奥の空間に広がっていたのは、洋風小説に出てきそうな書斎だった。
二、三個の本棚には、色とりどりの背表紙が配列していた。しかし──しばらく使われていなかったのか──、どの色も埃やらなんやらでくすんでいた。
木製の椅子は所々ささくれていて、同じく木製の机の上には、銀色の受け皿の上にある溶けきっていないロウソクと、開かれたまま放置されていたであろう手記がある。
優貴は芽衣にゆっくりライターを持たせると、寂れた手記をそっと眺めた。その開かれた所を閉じる。黒い表紙の重厚感がこの手記の重要性を語っていた。
そして一番初めのページを開いた。そのページにはこう書いてあった。
──〇〇〇〇年△月□日
私たち二人は、どうやら望まれない人種になったらしい。しかし憂うことはない。例え望まれなくとも、私たちが死ぬことは許されない。
……辛気臭いと君は言うだろうね。でもね……恵理子、これは決まったことなんだ。
この手記は、私と青泉の精神の成長を記録したものとする──
十数年前に始めた手記らしい。恵理子に青泉……聞いたことも無い人達だ。そもそもこれは誰が書いたものなのだろう。
望まれない人種……まだ確定はできないが恐らく──。
次のページに進もうとした時、優貴はあることに気がついた。それは、始まりのページの上の角が折られていた事だ。
優貴は折られている次のページを開いた。
──〇〇〇〇年△月□日
私はある団体を立ち上げた。望まれない者が集まる団体を。
望まれない者には二種類いる。すでに心が壊れた者と、心を壊された者。
その共通点は、どちらも今の段階で心が壊れていること。
私は、そんな者の心を治せるような団体を創った。慈善活動を中心に、普通の人とコミュニケーションをとり、世界の温かさを知る。
どんな些細なことでもいい。世界が自分を受け入れてくれるという心が芽生えればそれで十分だ。
初めはただの怪しい団体だろう。実際に慈善活動をする者達の素性を隠さねばいけないから。
だから、これから少しずつ大きくしていって、いつか認めてもらおう。私を含め、普通の人としての心を取り戻そう。
そこに何かが優れている劣っているは関係ない。上級者でも初心者でも受け入れる。
私はそのような想いからこの団体を『上級者と初心者』と名付けた。
青泉には気味悪がられたが、その割にはどこか嬉しそうだった。私も父親としてどこか誇らしい。
恵理子、これを私の贖罪としてもいいかな? ──
まさかこれは、黄龍の手記なのだろうか?
いや、途中で代が変わったかもしれないからなんとも言えないが……。
優貴は自分でもなぜ続きを読もうと思ったのかよく分からない。気がつけば、つぎの折れているページへと指が進んでいた。
芽衣は好機と思ったのか、優貴にゆっくりと手を伸ばした。
今回初めての書き方をしてみました。好評だったら嬉しいです!
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また次週もよろしくお願いします!