49話 三つの『弾』
今回は東京以外での出来事を書いています
東京では状況が変化し続けて、プロ・ノービスと拮抗している。他の県でもそれは同じように見えた。
……彼女らが来るまでは。
* * * *
「あら、その程度なんですの? 神奈川の罪人取締班の方々は」
彼女の言葉の先には、全身が火傷で覆われた楠木雅人、金山恵子が居た。
(なんだこの人は……? 『RDB』……? 恵子さんも知らないって言ってるし……プロ・ノービスの傘下に、そんな団体が居るのか……?)
雅人は聞きなれぬ団体、『RDB』に混乱していた。目の前の、ブロンズヘアのウェーブがかかった髪の女は、自らをそう名乗ったのだ。
(優貴くんは無事だろうか。化け物だらけっぽいこのRDBから逃げれるといいんだけど……まあ、少なくとも僕は、無事と正反対だけど)
「終わりですわ、虫けら共」
そう言った彼女は、手で掴んでいた貨幣をグシャ、と握りつぶした。その瞬間、貨幣を握りつぶした手から光が漏れる。
彼女が手を開いた瞬間、その光が火の弾となって宙に浮かんだ。
雅人は微笑んだ。死を悟ったからか、圧倒的な力を恐れたからか、それとも、直前に優貴を心配するくせに、自分は生を諦めているのが滑稽だったからか。
彼女は手の平を雅人に向けた。雅人が目を閉じたその時近くで、獣が吠えたような大きな放水音が聞こえた。
反応しきれなかった彼女は、水圧で五mほど吹き飛ばされた。
「がっ……!?」
「ふ、ふふ……水臭い、じゃない。おばさんとも、遊んで、欲しいわ」
瀕死の恵子が多量の水を、手から噴出していたのだ。
(無駄だ恵子さん……! あなたの能力は……水を出すだけの能力じゃないか!)
雅人の叫びは声にならなかった。恵子へ声を届けようとしても、大きな音は喉で消え失せてしまった。
雅人は、恵子さんが女性の怒りを買うことを危惧していたのだ。いくら火の弾を消火できようと、恵子は水を継続的に出せる訳でない。実際、恵子は手数で女性に負けて瀕死になっている。
「くっそ……このババア!!」
(っ! まずい!)
雅人は庇ってくれた恵子を助けようと、まともに動かない体を必死に動かして恵子の元に駆けた。
女性は怒りをぶつけるように、札束を思い切り握りつぶす。世界が白一色になったような眩い光が辺りを包んだ。
「消火できるならやってみろよババア!! 根絶の浄火!!」
女性が天へ伸ばした腕よりさらに上に浮かぶのは、街一つを余裕で焼き尽くせるほど大きな炎。
圧倒的だった。これが運命だと思えるほど、これで死ねるのがもはや誇らしく思えるほど。
しかし、恵子はそれに驚かなかった。最初から、これほどの炎を出せるのを悟っていたのだろう。
恵子は出会ったその数瞬で、すでに女性との実力差を察していたのだ。
恵子は、必死に駆け寄ってきた雅人に言った。
「雅人くん、逃げなさい。おばさん達で勝てる相手じゃないわ」
「……嫌です」
雅人の返答に恵子は、怒りや悲しみ、驚きや落胆……様々な感情が入り交じった声で言った。
「雅人くん! お願いだから! おばさんは、若い子を失いたくないの!!」
決して大きな声ではなかった。しかし、雅人は全身を震わせた。恵子の心からのその言葉に、一瞬従いそうになったのを必死に抑えたからだ。
雅人は首を振ると、恵子に神妙な面持ちでこう話した。
「……僕に、考えがあります。僕と恵子さんの命と引き換えに、あの人を持っていく考えが」
恵子はまた口を開いた。しかし恵子の返答より先に、女性は舌打ちした。
「さっきから何話してやがる……その減らず口もろとも、灰になりやがれ!!」
天に浮く火球が動き始めた。大きい分、速度は遅いのだろう。
雅人は恵子に、慌てて考えを話した。
すると突然周囲が明るくなった。火球が迫っていたからだ。
雅人と恵子は覚悟を決めた。
数刻後、周囲の全ては全て炎に包まれた。
* * * *
その数分前の京都、罪人取締班班長の長谷川徳人は悶え苦しんでいた。
「はぁ、はぁ……」
「うまくいってるね、ブラン♪」
「うん! いってるね、ノワル♪」
RDB所属のブランとノワルの能力によって、徳人は判断力が落ち、痛覚が跳ね上がっていた。
(駄目だ……意識が朦朧として……)
徳人は、今自分が何をすれば良いか、何が起こっているのか考えられない状態にあった。
「じゃあとどめさしちゃおっか!」
「うん! そうしよっか!」
そうするとブランは、持っていたバッグの中から拳銃を取り出した。
ブランは安全装置を外し、トリガーに指をかける。そしてブランの白く透き通った手を、ノワルは後ろから支える。
「しっかりねらってね、ブラン!」
「しっかりおさえてね、ノワル!」
ノワルの指にか弱い力が込められる。ゆっくりとトリガーが押し込まれていき、そして、火薬が破裂する音が辺り一帯に鳴り響いた。
徳人を撃ったと思っていた二人は目を丸くした。
「あれ? あのひとは?」
「あっ、あっちにいるよ! あのおおきなひと、だぁれ?」
徳人を危機一髪で助けたのは、同じく罪人取締班の飆原勝だった。
危ないと思ったのか、勝は冷や汗を何滴か流した。
「おい、大丈夫か」
「あなたは……えっと、助かりました」
勝は徳人の受け答えに違和感を感じた。いつもの徳人は優柔不断とは真逆と呼べる人間だった。そんな男の口調とは思えなかったからだ。
(確かに、俺の能力も異変が生じているな……。あの二人の能力か?)
勝は徳人をそっと地面に寝かせると、油断なく立ち上がった。
(先程の銃弾、狙いがズレていたな。おかしくなっている能力を使わずとも、急所を守りさえすれば銃など怖くない)
「ねえおにいちゃん、なにかしゃべってよぅ……」
「こわいかおしてこっちみないでよぅ……」
勝はゆっくりと、観察しながら怯える二人に近づいた。
(二人で拳銃を構えているな……。力が弱い故に、反動を抑えようとしているのか?)
「も、もういっかいおさえててね、ノワル!」
「ち、ちゃんとあたまとかねらってね、ブラン!」
再びトリガーの指に力がこもる。ゆっくりと押し込まれ、そして弾が飛ばされた。
しかし、勝は横に回避して弾をかわす。かわされたのが初めてだったのか、二人は先程よりも目を丸くして驚いた。
その隙に、勝は一気に距離を詰め、二人から拳銃を奪った。
その間わずか七秒。幼い二人が反応できるはずもなく、無様にも拳銃を手放してしまった。
「あっ! とらないで!」
「それわたしたちのだよ!?」
勝は距離をとり、二人に銃を向けた。さすがに撃つのに抵抗はあるものの、敵かどうかを今一度だけ判断することにした。
……場合によっては殺すことも考えて。
(最近はこんな幼げな子供までもが、罪人となり戦わなければいけないのか……? いや、見た目に惑わされるな。そうして俺は何人殺した?)
その瞬間、二人は上着を脱いだ。勝はそれに動じた。
正確には、上着の下にある物に動じた。
「ふふーん、これがおくのてだよ、おにいちゃん♪」
「どう、まいった? それかえしたらゆるしてあげる!」
「……おまえら、何やってるんだ?」
彼女らに巻かれたものは、大量の爆弾だった。
勝は自分の手が震えているのを感じた。彼にとって、『自殺』というのは最も心を抉るものだったからだ。
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