47話 ためらいの戦士たち
美羽以外の飛ばされた二人から始まり、聖華と朱雀、そして椿と凛の順に焦点を当てていきます。
全員の感情を共に味わいながらお楽しみください。
* * * *
優貴は突然のことに戸惑う。気がついたら狩魔が居て、気がついたら別の場所に居たのだから。
一体ここがどこなのか……皆目、彼は検討つかなかった。
「……とりあえず、歩くか」
そう呟くと、優貴は前進した。
* * * *
「ここって……」
天舞音がそう言って目撃したのは、明らかに頑丈そうな建物だった。色や形は周りの建物と大差ないが、窓や扉が少なく、侵入を拒む構造をしていた。
「僕、一人だけだけなのに……」
彼女の望まぬ形となってしまった。その時彼女は焦っていたのか、リスクを無視して建物の入口と思われる扉のノブに手をかける。
「ガチッ」と鳴る。しかしそれが下がりきることは無かった。隣に電子板があるのに彼女はようやく気がついたようだ。
「……無理、か」
電話を通信画面にすると、呼出音を聞き流す。
『……もしもし、どうしたの?』
応答したのは疲労した少女。後方支援中の菫だった。
天舞音は声をなるべく弱めて状況を伝える。
「敵の本拠地に着いた。だけど、電子ロックがかかってる。そっちで解除できる?」
『……ハッキングは厳しいわ。リスクがあるし』
「じゃあ……どうするの?」
『私の能力で、敵から情報を抜き出してみる。それでも無理だったら、最終手段でハッキングするわ。それまでバレないように待ってて』
彼女はそう言うやいなや一方的に通話を切った。
「はぁ……」と緊張を紛らわすような溜息を吐く天舞音。そんな彼女は敵から逃れるように、近くの建物に息を潜めることにした。
* * * *
銃声とそれを弾く障壁の音が、人のいない商店街に鳴り響く。
「くっ……」
聖華のうめき声が滲む。汗が一滴、また一滴と落ちる。それが止まる頃には決着がついてるだろう。
「はぁ、はぁ……っ」
一方の朱雀も顔が青ざめ、体を小刻みに震わせる。しかし、体も心の芯も温める方法を彼女は知らなかった。
性格も信念も、能力すらも正反対の二人。それでも、昔は確かな友情があったはずなのだ。
「パリッ」とひび割れる。そして、音をたてて崩れていった。
「……《発動》!!」
聖華は、壊れた障壁の代わりを作る。それと同時に、彼女の体はまた一段と熱くなった。
「……っと」
彼女は倒れ込みそうな体を必死に支える。銃弾は留まることを知らず、ほぼ無限に撃ち込まれていく。
朱雀は悟ったように目を閉じると、「もう終わりにしよう」と話し始めた。
「抵抗しないでくれ。お前が苦しむ姿は何も楽しくない」
「あんた……馬鹿だねぇ」
苦しそうに口角を上げる聖華。朱雀は震えた眼差しでそちらを見やる。
「あんた、本当は迷ってんだろ? プロ・ノービスが正しいかどうか」
聖華の言葉が核心に突き刺さる。
図星をつかれた朱雀は目を見開く。対して聖華は、見下した笑みを浮かべて続ける。
「あんたが、一般人を憎んでるとしても……傷つけたりはしたくないはず。なんせ優しいあんただ。心を殺してまで欲しいのは、本当に罪人の世なのかい?」
「…………黙れ」
「非情を演じて、拠り所を絶って。……それでもあんたが望むのは多数の死なのかい?」
「黙れ! 黙れよ!!」
彼女の最大の怒声に、聖華は笑顔をしまう。
苦しみを掘り起こされて、苦しそうに頭を抑え、鋭く聖華を睨む朱雀。
聖華は憎たらしい相手を見るような、真顔に近い表情で話す。
「……殺せよ、あたしを。それであんたが正しかったって証明できるなら」
「ああ、殺して……やるよ! 《発動》!」
朱雀は分身を一体呼び出す。それにはロケットランチャーが。
「発射!!」
朱雀の合図で、それが撃たれた。それは真っ直ぐ、聖華の障壁に向かっていった。
* * * *
「聖華さん……どこにいるんだ!?」
椿と凛は聖華を探すために奔走していた。
「ここにも居ない……もしかしたら、遠くに向かったのかもしれません!」
その時、「ドゴォン!!」という大きな音と立ち上がる爆煙が奥のほうで起こった。
「あれは……向かいましょう!」
「うん! 無事だといいんだけど……」
二人が急ぐ足を踏み込んだ瞬間、二人は大きく転倒した。
「なっ……!」
「きゃっ……」
二人は何が起こったのか理解できなかった。辺りを見回すと、白いスーツとシルクハットの人物が後方で笑っていた。
「行かせないよ……?」
「ら、頼渡……!」
こんなことができるのか、と椿は目を丸くする。しかし、その驚嘆の余韻に浸っている場合では無い。
「頼渡……! お前は、何でこんなことをするんだ!?」
「君たちを邪魔するだけ。そこに理由はないよ?」
椿と凛が立ち上がろうと、地面に手を添える。しかし、手が地面に弾かれてしまって立ち上がれなかった。
頼渡の能力は対象の受ける力を数倍にして返す能力。対象が地面でも可能なのだろう。
手をついては弾かれ……その連続だった。
「君たちが倒れる瞬間だけ能力を解除したのは……ボスからの命令だからだよ? 本当は、殺したいんだから」
彼の言う通り、もし倒れる時に能力が発動していたら……無限に高く跳ね続けるトランポリンのように悲惨なことになる。
「頼渡、お前は……」
「ああ喋んないで。理性で何とか保ってるんだから、この安寧は」
椿は、何故自分たちを憎んでいるのだろう、と悲しい気分になった。これじゃあ、まるで、昔の頼渡のよう……
椿がそう考えようとしたその時、凛が頼渡に聞こえないような声で話し始めた。
「班長……助けを呼びましょうか?」
「……いや、俺が隙をつくっている間に逃げてくれ」
「えっ……でも、どのように?」
彼女の疑問に答えずに、椿は毛の束を素手で掴む。そして、片目を隠して「《発動》」と言う。
「全員、能力を五分間解除しろ!」
そして、強要罪を発動。その瞬間、地面も何もかも通常通りになった。
「ちっ……抵抗しないでって言ったよね?」
頼渡は不愉快そうに顔をしかめる。
そんな彼に答えることなく、椿は凛に合図する。
凛は察して、爆音の場所へ駆けていこうとする。しかし……
「動くな、椿、凛」
頼渡は拳銃を突きつける。銃口は真っ直ぐ、彼らの頭を行き来しながら。
「ボクが対策してないと思う? 二度も同じ手は喰らわない」
「っ……」
先程殺したいと言った彼だ。下手な動きをすれば本当に頭を射抜くだろう。
「一つ、聞かせてよ」
突然頼渡は、二人に話しかける。抵抗できない彼らはそれを聞く他なかった。
「どうして……君たちは正義を誇張すんの? 人を正義の下に守ろうとすんの? だって面倒じゃん、そんなの。正義の形も人それぞれなのに、君たちの正義を国家総出で押し付けてさ」
彼の言葉はトゲトゲしく、椿と凛が喋る隙をつくらないまま言葉は続く。
「確かに救われる人も多いよ? だけど、救われない人もいる。そんな人を見て見ぬふりして、『はい自分が正しいです』って……それが君たちの平和なの?」
しょうがない、で済ませてしまえばそれまでだった。
しかし、彼の悲しそうな、怯えたような顔から発せられる疑問は特殊な説得力があった。
椿は、今の状況を忘れたかのように答える。
「確かに救われない人もいるさ。だけど、それと俺たちが居なくなるのとは無関係だろ? お前に昔何があったかは、俺が一番知ってるんだ……そんな辛い質問しないでくれ」
「頼渡……くん」
久々に聞いた彼女のその口調。それに耳を傾ける二人。
「わたしだって、……あの子だって本当は救われたかった。もっと、もっと速く。ただ、この日本でわたし達が正義って名乗らないと、誰が名乗れるの? 全員が持ってる正義感に頼ったら、絶対みんな幸せになるの?」
彼女は過去に、自身の正義感のせいで人を殺してしまった。そんな彼女から送られるこの台詞は……重かった。
黙りこくる頼渡に、凛は続ける。
「頼渡くん個人の過去の感情は分からないし、わたしのも分かるとは思ってない。だけど、罪人としての苦しみは痛いほど分かる。そう思うこともあるから……わたしですらも」
「……ダメだ、ダメだダメだ…………」
頼渡はそう言うと、頭を横に振ってその言葉を聞かんようにする。
「やっぱり、君たちに聞いたのが間違いだった。君たちと話してると……ボクがボクじゃなくなる」
頼渡は銃を、より前で構える。その行動に、椿と凛は後ずさった。
「……もう五分だよね? 《発動》」
頼渡はシルクハットを手で抑えると、能力を発動させた。
「殺さない程度に、二度と喋れないようにしてあげよっか……?」
椿と凛は、地面も彼の能力がかかっていることを察した。同時に、二人は頭の中の警鐘を鳴らし始めた。
*
「見つけたぞ、頼渡。次こそは、お前を……」
そこに一人の男性が、何の影響もなく歩み寄った。
ご愛読ありがとうございます。次回は椿と凛の続き、神奈川、京都、辺りを書いていきます。気長にお待ちください。