44話 平和を守る受動的正義
京都の五人が帰路に着くところから始まります。
視点変更は
優貴→美羽→優貴
の順です。
斯くして京都の五人衆は、赤く輝く地平線に消えていった。
やはり罪人取締班と言うだけあって、全員それぞれで強かった。これなら京都も安心だろう、と安堵する。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか」
班長の言葉に全員が頷いた。
*
「あっ、おかえりぃ! どうだった?」
天舞音さんが歯を見せて笑う。どうやら、今日の彼女は菫さんと事務作業をしていたらしい。
彼女の問いには、凛さんが優しく語るように答えた。
「全員お強かったです。わたくしは負けてしまいまして、もっとわたくしが……」
「もう! そんなネガティブにならないの!」
凛さんの暗い表情に、天舞音さんはすかさず突っ込む。
そして凛さんに近づくと、天舞音さんにとって高い彼女の頭を軽くチョップする。
驚く凛さんに構わず、天舞音さんは優しげな笑顔で話す。
「副班長なんだから、凛さんは。だって班長がこれだよ? みんなを支えるもう一人がそんなんでどうするの?」
「あはは……これ、か」
引きつった笑みを見せる班長。そして納得したように、朗らかに笑う凛さん。
「ふふっ、そうですね。わたくしは副班長ですからね。班長がこれですしね」
「……頑張るのは凛さんじゃなくて、俺のほうらしいね」
班長の態度に俺はつい、くすっと笑ってしまった。
* * * *
あの合同練習の次の日、私は大学に歩みを進めた。
都会ならではの騒音も、視点を変えればロックなBGMだと詩的に言ってみる。
「強かったなぁ、京都の人達。そしていい人ばかりだったしなぁ。……魅風ちゃんと連絡先交換できたのが嬉しかったかなぁ」
ここだけの話、私にはある癖がある。それが、暇さえあれば昨日起きたことを口に出すというもの。
本来はあまり声に出してはいけない。だから、騒音に紛れ込ませることで上手く誤魔化してる……と自負している。
『戻らないよ。あの日々も、あの私も』
突然そんな音声とともに、けたたましい頭痛が私を襲った。
咄嗟にビルの壁を左手で捉えたけど、腕一本では自分の体を支えきれずに座り込む。
「前までは、こんなの……」
言ってもどうにもならぬ言い訳を言う。ただ、こんな頭痛は本当に初めてだった。
これが病の類ではない、とは瞬時に理解できた。代わりに、どうして今頃こうなるのかが理解できなかった。
色んな罪人に触れて、ちっぽけな自分を再確認させられたから?
笑っていた他のみんなは、自分ほど醜くないと勘違いしたから?
私は痛む頭を抑えながら立ち上がる。
痛みを逃すために、私はつぶやく。
「……もう、戻らないことくらいは分かってるよ。私のせいだもん、あれは」
なぜか、痛みが少し増した。
*
午前中の授業が終わって、大学の食堂の席に友達二人と腰掛ける。
私は機械的に食材を口に運ぶ。
「……か?」
あれ以降、頭痛は再発することは無かった。きっと、本当に、一時的なものだったのだろう。
「おーい。美羽、大丈夫か?」
「っ!? ゴホ、ケホッ!」
右から元気で何も考えて無さそうな声。それに驚いて私は喉を詰まらせた。
左から手渡される水の入ったコップ。私はそれを強引に取ると、中身を喉に通した。
「っはぁ! 危なかったぁ……」
「大丈夫? もう、しっかりしてよ?」
左隣の真理奈が私の背を優しく摩る。メガネの奥の目は不安そうに細くなっている。
右隣の菜々子は不思議そうに首を傾げていた。黄緑色のポニーを揺らして。
真理奈はもう大丈夫そうだと判断すると、私の背中から手を離して言う。
「でも、菜々子が言ってたとおり。今日の美羽、何か変。どうしたの?」
「それは……」
口が裂けても、罪人がどうのこうのなんて言えない。
私はどもりつつもこう答えた。
「……寝不足だったから、かな?」
「なんで私に聞くの」
真理奈はため息一つつく。一瞬、この嘘がバレたのかと思ったが、単純に呆れただけのため息みたいだ。
菜々子は私と対極の笑顔で言った。
「そっか! つまり具合悪いのか! 美羽はあたしとは違って単位大丈夫だから休んでいいんだぞ?」
「なんて言うめちゃくちゃなフォローなの……? 体育だけは満点なのに、勿体ない」
真理奈は、馬鹿なこと言う菜々子にツッコミを入れる。良かった、二人はいつも通りの二人だ。
こんな平和な日常にもし、プロ・ノービスが攻めてきたら……私が守らないと、せめて二人だけでも。
「また怖い顔してる。ホントに具合悪かったら……」
真理奈の声が私を呼ぶ。私は咄嗟に、
「だっ、大丈夫だよ! ほら、早く食べちゃお!」
納得していなさそうな顔をした二人を尻目に、私は再び口に食材をほおりこむ。
(この後、もう一度喉がつまり、水を手渡された。)
* * * *
あの合同練習も少し懐かしく思えるほどに日が経った頃、ついにそのときが来たらしい……。
会議室に集まる中、班長の口から告げられたことは、
「これまで、俺たちの力量を上げて、軍隊の整備を行ってきた。それを使う時はそろそろになりそうだよ」
肌寒くなり、落ち葉がカサカサと音を立てて転がる季節になった。プロ・ノービスが話した季節までは、もう時間はない。
班長が続ける。
「悲しいけど、あちらの攻撃の規模、明確な時刻がない限り、一般市民を避難させるのは至難の業だ」
「確かに、予め避難させたとしても、避難場所を公開してしまったらそこを襲撃され、集めたほうが被害が大きくなりますね」
凛さんは冷静な見解を示す。
全員を道ずれにするよりは、心苦しいが何人かが犠牲になるしかないのか……?
正義は常に受動的だ。何かをされて初めて動く。それは常に働きもしないし、必ず全てを守れる訳でもない。
だが、確かにそれが正しいことなんだ。
そう感じて、俺は唇を噛んだ。
毎回こんな風に短めになると思います。(学事の関係)
こんな作品もこれから、最悪暇つぶしとしてでも読んで頂けるなら幸いです。