43話 東京VS京都(大将戦)
遅れてしまい申し訳ございません。
椿が大将戦に赴くところから始まります。
近くに美羽の柔らかい声が聞こえる。
「優貴くん! だっ、大丈夫ですか!?」
「……まあ、な」
不意に上がる口角を下げようとせずに俺は答える。美羽は「よかったぁ……」と胸を撫で下ろした。
班長はこちらを振り向くとこちらに微笑みかけた。しかし、その目の奥には強い意志を感じる。
「俺に勝敗の全部が懸ってるんだよね……じゃあ、行ってくるよ。絶対、勝ってみせるから」
全員が首を縦へ動かす。彼を、班長を信用している証拠だと感じた。
*
班長同士が対面する。余裕を見せるように、互いに退かぬ笑顔を浮かべる。
徳人さんは首をこてん、と倒すと困ったように言う。
「ははっ、随分と仕組まれた大将戦ですね」
班長も答える。
「そちらの方があえて負けてくれなかったら、俺の出番が無くなるところでした」
褒め合いか貶し合いか、いずれにせよ空気がピリつくのを感じる。
張り詰めた空気の中、審判役の凛さんは口を開く。
「準備は宜しいでしょうか? ……では、大将戦を始めてください!」
他の闘いでも分かったが、始まった途端に必ずどちらかが動くのがセオリーになっているのだろうか。
今回先に動いたのは徳人さんだった。しかし、その挙動は気が抜けるほどに静かだった。
「すみません、『能力を使わないで』くれます?」
「……?」
初めに班長は呆気に取られていたが、それを直ぐに流して気を取り直すと、手袋を外して髪の束を触る。
「《発動》!」という班長の声が聞こえた途端、徳人さんはおぞましく笑った。
「がはっ!!」
初めて聞く、班長の苦悶の声。理由は彼の体が物語っていた。
右肩から左腰にかけて、スーツに赤黒い血の線が見えた。
右隣にいた美羽も、
「なに……あれ」
と、青ざめた表情で震える。
また、左隣の聖華さんは、
「あいつ……! 怪我をさせないようにっつったのあいつだろ!?」
と、班長が傷つけられたことに腹を立てた。
当の本人である徳人さんはヘラヘラと笑っていた。
「ふふっ、だから言ったじゃないですか。能力を発動しないで、と」
班長は一動作一動作遅くても、それでも立ち上がった。
痛みから息を切らし、苦しみから体が小刻みに震える。
徳人さんは少々意外そうな顔をして言う。
「通常なら一発だけで痛みで立てなくなるんですが……。まあ、まだ手はあります」
班長は傷を負ったが、代わりに能力を発動できたようだ。
そういえば、徳人さんの発動の挙動が見られなかった。しがない推理だが、恐らく試合前に発動しておいたのだろう。
徳人さんが続けざまに言う。
「では、『僕に近寄らないで』ください?」
「っ……!」
班長は何かを察したのか、寧ろ離れて距離をとった。
徳人さんは、本当に正義をまとめる者なのか、というほどに禍々しい笑みで行動した。
「……まあ、こちらから近づけばいいんですがね」
彼はとんでもないスピードで走る。対して後退っていた班長との距離が縮まる。
それはつまり……。
「ぐわあぁっ!!」
今度は左肩から右腰にかけて赤黒い血が、黒いスーツに線状に滲む。
先程のものと重なった所がさらに抉られたらしく、そこから血が一滴、また一滴と垂れる。
美羽は、いてもたってもいられずに抗議する。
「こんなのフェアじゃないです!! 凛さん、直ぐにこの試合を止めさせてください!!」
審判役の凛さんも、それに賛成して終了させようとしたその時、あちら側の魅風さんが声を上げる。
「まっ、待つんじゃ!! その……班長のは、怪我をさせてるんじゃが、怪我をさせてないんじゃ!」
どういうことだ、と俺が首を傾げた反面、班長はまた苦しそうに立ち上がって言った。
「そういう……ことか。これは……幻覚?」
幻覚……? だが、俺たちは全員班長の血を視認している。
まさか、俺たち全員が幻覚を見ているというのか……!?
班長は、無言になる徳人さんに告げる。
「……俺が、幻覚から目を醒ませば、俺の……勝ちでいいですね?」
徳人さんは余裕そうに頷いた。彼がそんなに自信があるということは、これはそうそう破れないのだろう。
班長はゆっくりと目を閉じる。しかし、これは勝負。
徳人さんは大人げなくも、こんなことを発した。
「ごめんなさい。僕、セコい人間なので勝たせてもらいますね。なので、『抵抗しないで』ください?」
そうして彼は走り出す。多分、背中の紙を剥がすために。そして悲しいことに、これを卑怯とは呼べない。
これがもし敵との闘いであるならば、○○で勝利でいいか、なんて頼みがまかり通るわけが無いからだ。
そう考えると、寧ろ徳人さんのほうが現実的に見えてしまう。
かくして、徳人さんが班長の背中に手を伸ばす。班長は未だに目を閉じたままだ。
「「「班長!!」」」
俺と美羽と、聖華さんの声が重なる。
それに反応したかどうかは定かではないが、班長は目を見開く。
班長は耳に手を当てると、「《発動》!」と、瞬間的に移動した。
これも抵抗の一つらしく、班長の背中から血が飛び散る。ただ……
「……どうして痛がらない? まさか、幻覚が解けたでも言うのか!?」
徳人さんの動揺する声に、班長は笑う。子供らしく、無邪気に笑う。
それにつられて、徳人さんも笑う。呆れたように、困ったように笑う。
徳人さんは称賛するように語る。
「今まで一度しか破られてないのに……。バレたらもう、この能力は通用しないので、これで降参とさせてもらいます」
まさにお手上げというように手を上げる。凛さんは安堵した表情で決着を告げた。
「勝者、東京チーム!」
と。
*
「いやー、負けてしまいました。完敗です」
徳人さんは悔しそう……ではなく、あっけらかんと言った。
それと同時に能力を解除したのか、班長の血もみるみるうちに消えていく。やはり全員が幻覚を見ていたらしい。
班長は言う。
「京都罪人取締班の方々は強いと認識できる、有意義な時間でした」
二人は握手を交わす。それは始まりの握手よりも固く、そして美しく見えるものだった。
*
練習場から退出し、外はすっかりと赤く染まっていた。
もうすぐ夜の気配がする中、それぞれで会話を交わしていた。
先鋒同士では、
「あんた、絶対強くなるよ! あたしが保証するさ!」
「ほっ、本当ですか!? ですが、もっと精進します!」
「おっ、その意気だよ! あたしも負けちゃいられないね!」
という、聖華さんと昌也さんの元気そうな声が。
次鋒では、
「その……すまんかったのう。よっ、良ければその……連絡先を、交換せんか?」
「連絡先ですか? もちろん! また会って、今度はどこかに出かけましょう!」
という、美羽と魅風さんの可愛らしい声が。
中堅では、
「相手にもなれず、申し訳ございませんでした……」
「ほっほ。まだまだお若く、戦闘の知識もあまりござらないでしょう。年を重ね、日々精進してくだされ」
「いつか、対等に渡り合えるその時まで、お元気で」
という、凛さんとげん爺さんの優雅な声が。
大将では、
「こちらの班員の能力を東京のほうに送りますね」
「これは丁寧に。こちらも京都へと送らせて頂きますね」
という、班長と徳人さんの業務的な声が。
そして……
「改めて、良い試合だった」
と、勝さんの声が聞こえた。そちらを振り向いて、俺も答える。
「はい、とても熱い闘いでした。ありがとうございます」
「次は味方として、プロ・ノービスに健闘しよう」
「勝さんがいれば心強いです。共に、自分の地域を守りましょう」
という、俺と勝さんの熱い友情のこもる声が交わされたのであった。
新能力者、長谷川徳人の使用許可証です。
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長谷川 徳人 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『脅迫罪』の使用許
可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後一時間、
対象に禁止事項を押し付け、対象がそれ
を破った場合に、深い切り傷を追わせる
幻覚を見せる能力です。また一度使用し
た禁止事項は、その日はもう使えませ
ん。
『発動条件』:頭を抱える。
『発動中、あなたが有する利点』:判断
力の上昇
『発動中、あなたが有する欠点』:痛覚
の上昇
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ご愛読ありがとうございます。次回も宜しくお願いします。