42話 東京VS京都 (中堅戦、副将戦)
予想とは異なり、思ったよりも長くなりました。
美羽の試合が終了したあたりから始まります。
美羽は少し暗い表情でこちらに向かってくる。理由はもちろん、敗北したことだろう。
近づいて間もなく、美羽は言った。
「あはは……ごめんなさい、負けてしまいました」
困った、と言いたげな表情で話す。
班長もつられて、苦笑いになって答える。
「まああれは、なんというか……し、仕方なかったよ」
まあ、これで一勝一敗だ。まだ不利になったわけではない。
ただ、次の凛さんの試合がどうなるか……。それによって、俺の緊張指数が大きく変動するだろう。
凛さんはスっ、と淀みなく立ち上がると、美羽の肩を軽く触って言う。
「大丈夫です。わたくしが美羽さんの意志を受け継ぎます」
絶妙にズレた言葉だろうが、美羽は安堵したのか朗らかに笑って、「はい!」と返事した。
それを受けた凛さんは、彼女に微笑み返してこの場を後にした。
*
凛さんの対戦相手は、あの紳士的な男性だった。確か、あちらの昌也さんにはげん爺と呼ばれていたよな。
その男性は白ひげを伸ばし、黒いスーツを着ている。紳士の中でも特に、英国紳士の装いに見える。
凛さんは彼のその姿を一瞥すると、優雅な佇まいで言う。
「あなたですか……油断はしません」
そう言って彼女は気を引きしめる。げん爺さんは口に軽く手を当てると、それに答える。
「ふむ、可憐な女性の方とお手合わせするのは少々気が引けますな……。もし、お身体に触ってしまったら面目もありません」
「えっ、はっ……はあ。特にお気になさらないよう、宜しくお願いします」
凛さんは、彼の紳士的な言い草に心を乱されたのか、後手に回る返答をした。
挨拶も済み、徳人さんは例のとおりに開始宣言をする。
「両者準備は宜しいでしょうか? では中堅戦……始め!」
凛さんは目線を下に向ける。次に、「《発動》」と唱える。そして、たちまちに透明になった。
対しげん爺さんは、「ふむ……」とあごひげを触る。
そして彼は『胸へ手をあてる』。そして、「《発動》」と、透き通るような声で放つ。
しかし凛さんと打って変わって、外見的な変化は何一つない。
「《暗殺者の独裁》」
少しして、凛さんは彼の真後ろに現れた。そして、彼の背中に手を伸ばす。
あと少し……そう思ったその時。彼は後ろ向きで凛さんの手首を優しく掴む。
俺だけじゃない、凛さんも目を見開いて驚きを顕にした。
「っ!?」
「ほっほ……惜しかったですなあ」
後ろを向いて、凛さんの手首を上に持ち上げる。
そして、彼は流れるような身のこなしで、凛さんの背中の貼り紙を剥がした。
徳人さんは動じず、勝敗を決する宣言をする。
「勝者、京都チーム!」
*
「少々、相性が悪かったですな。心が見えましたぞ?」
げん爺さんは、そのようなことを話している。
凛さんは「っ……」と、驚きつつも自分の行いを恥じているようだった。
こちらに戻ってきた凛さんは、頭を深く下げて話す。
「本当に……申し訳ございません!!」
班長は立ち上がって、凛さんを宥める。
「いや、本当に相性が悪かったみたいだね。多分、あれは心を読む能力者。位置もそれでバレていたんだね」
心を読む……。
どうやら、凛さんの住居侵入罪でも、心までは隠しきれなかったのだろう。
「凛さんを中堅にしてしまった俺にも責任があるよ」
班長は続けざまに、そうフォローした。
彼の能力について、もっと色々と聞いてみたいが、次は俺の番。今はその事を置いておこう。
「凛さん……任せてください。俺が勝利を勝ち取ります」
俺は気を強く持って、彼女にそう伝えた。
凛さんは再び一礼すると、「ごめんなさい」と落ち込んだ。
ここで俺が負けてしまったら、東京チームの敗北が決定する。
今俺が行うのは、負けられない闘いというものだ。
*
消去法で、まあこうだろうなとは思っていた。ただ、目の前にすると……圧巻の肉体だ。
そう思った相手は、あちらのチームの筋肉質の男性だった。
タンクトップ一枚にハーフパンツ。露出している腕や足には、通常ではありえないほどに筋骨隆々としている。
俺は恐る恐る挨拶をする。
「えっと……宜しくお願いします」
対し彼は無言で頷いた。一言で言うと……怖い。冗談抜きで殺されるかもしれない、と感じた。
俺は少し距離を取ると、目を瞑る。試合開始と同時に発動できるように。
右側で、徳人さんの魅力ある声が聞こえる。しかし、その声は開幕宣言ではなく、班長に向けてらしいものだった。
「ごめんなさい、『窓と扉を開けて』くれますか?」
「窓と扉……分かりました」
班長は戸惑うような声質で言った。
俺は緊張しているのか、目を開けて確認や手伝いをする余裕は無かった。
*
少しの時間で準備が完了したらしい。証拠に、より一層新鮮な空気が辺りを立ち込めた。
次は開幕宣言のため、徳人さんが声を出す。
「では改めて……両者、準備は宜しいでしょうか? では副将戦……始め!」
勢いよく俺は目を見開くと、「《発動》!」と宣言した。
全身の血流が活性化しているように、身体が熱くなり、力が混み上がってくる。
相手は、『指をパキポキと鳴らす』と、初めて聞く図太い声で「《発動》」と言った。
先程のげん爺さん同様、外見的な変化は無いようだが……。
「……行くぞ!」
俺は自分を鼓舞するように宣言した。
相手がどんな能力でも、自分ができることを……!
地面を蹴りあげる。正面からではなく、一度相手の右横に向かって。
さらに相手の後ろに回り込むように、右足に力を入れて左側へと跳ぶ。
着地寸前で体の向きを変え、相手の背を睨む状態にする。この間約一秒。
これが練習した技の一つ……
「《免罪の闊歩》」
間も隙も空けず、突進するかのように背中へと飛び込む。貼り紙へと手を伸ばす。
「……甘い」
彼の声が聞こえた。刹那、飛び上がって勢いづいたはずの、自分のスピードが弱まる感覚。
伸ばした手については、全く前へ進まずに貼り紙の手前で静止した。
「ぐっ……ぐわあっ!!」
さらに、俺の体は宙へと投げ飛ばされた。
曖昧な受身をとり、何とか外傷を作らずに済んだ。
今の感覚は何だ……? まるで磁石の同極が近づくような……あの独特の力は。
相手は俺の方を振り向く。そして、ゆっくりと近寄ってきた。
「くっ……!」
俺は嫌な予感がして、一度距離を取る。しかし……
「《疾風》」
彼は、俺の退く速さよりも速く近寄ってくる。
彼が俺に近づくほど、俺は奥へ奥へと押しやられる。反発し合っているような感覚だ。
「ま、まずい……!」
もうすぐ背後には壁。俺は空中で体の体勢を整える。足を壁の方向へと向ける。
もう、やるしかない……。
相手の押しのける力を用い、足と壁が接する瞬間、足で壁を蹴り飛ばすイメージで跳ぶ。
そして、熱がこもったように全力に近い力で拳を振りかぶる。
「《伏罪の進行》!!」
相手は手を開いて、こちらの拳を受け止めるように構える。
「来るか……《突風》!」
俺の拳はやはり、彼の手の平に届くことは無い。
俺と彼との間には何らかの力が働いているからだ。しかも、先程より圧倒的に強く。
「「くっ……」」
声が重なる。これに負けたのは、
「がっ……!」
やはり俺だった。
俺は壁に叩きつけられるように吹き飛ぶ。受身を何とかとり、地面に着地する。
ただ、姿勢を逸らしたのが功を奏したのか、貼り紙は剥がれないことを確認できた。
そして、彼自身も後退りしていたことに気づく。
彼の力の正体は風力……いや違う。だったら彼も影響は受けないはず。
では磁力……でもない。今の俺に磁力を持つものはない。
どこかに手がかりは、答えは……!
──『ごめんなさい、窓と扉を開けてくれますか?』──
あの時、何故徳人さんは……待てよ、そういう事か?
彼の力の正体、それは……
「……気圧?」
「ふっ、見事だ」
彼は言う。俺が彼の方を見て、そして彼は続ける。
「俺の能力、『審判妨害罪』は、周囲の気圧を変動させることができる。窓や扉を開かなければ、窓が割れたりここが破壊されかねない」
気圧……要は、空気そのものの力。
一体どれほどの力をコントロールできるかは分からないが、それなら……全力でやれば彼に届くはず。
俺は再び彼を睨む。そして戦闘態勢に入り、いつでも突撃できるようにした。
最悪届かなくても、先程のように彼に圧力を返すことができるかもしれない。
「……行くぞ!!」
「ああ、来い……!」
自分を再び鼓舞する。今回は彼も返答した。
「《免罪の闊歩》!」
先程と同じ手段、しかし反対側から回り込む。
そして背後を睨む。彼も予測していたのか、こちらを振り向いている。
もう俺は怯まない、そんな意気込みで飛び上がる。彼の斜め上で俺は拳を引きしめる。
「《断罪の拳》!!」
「させるものか! 《暴風》!!」
彼の周囲のみの気圧が高まる。それでも俺は拳を全力で前へと突き出す。
「っ!?」
彼は目を見開く。俺が気圧を押し込むように、少しずつ近づいているからだ。
「はああぁぁぁっ!!」
「くっ……《突風》!!」
彼は手をこちらに向ける。そこから、さらに強い気圧が押し寄せる。
「ぐあぁぁっ……!」
俺の力が限界を迎え、大きく弾き飛ばされた。向こう側の壁の手前で着地するだろう。
俺は、最早めちゃくちゃな受身をとるが、それでも衝撃を逃しきれなかった。
「っ……!」
俺は床を転がるように、壁の手前に落ちる。これはさすがに……紙は剥がれたか?
ゆっくりと立ち上がり、背中を確認する。貼り紙は……まだついていた。
「よし。もう一度……攻、め……!?」
俺の体勢は大きく崩れた。
気絶した訳ではなく、ただの能力の時間切れだ。
立っていられるのもやっとだ。
これはもう厳しいか、と思いあちらを向く。
彼はこちらへ歩いてくる。そして、俺の前に立った。
次に手を差し伸べる。俺は倒れ込んでいないため、恐らく握手の手だろう。
俺は彼の、もう一方の手を見て驚愕した。
彼が、自ら貼り紙を剥がし始めたのだ。
「とても……楽しませてもらった、ありがとう」
引き続き、徳人さんの声が響く、
「勝者、東京チーム!」
と。
*
俺は差し伸べられた手を取り、精一杯の笑顔で握手を交わした。
しかし、すぐに冷静になり、疲れながらも俺は真意を聞く。
「何故、自ら貼り紙を?」
彼は愚問だ、と言いたげに鼻で笑う。
「久々にここまで楽しめたのだ、こんなルールに則った勝敗は面白くない」
聴いている最中でも、俺は立っている足から力が抜けていく。
思わず倒れ込みそうな俺の体を、彼は支える。
そして彼は続けた。
「それに、そちらの班長の闘いも見たい故だ。お前のような強者を束ねる長だ、期待しないはずがない」
彼は俺を支えながら、東京チームの方へと向かう。どうやら、俺を運んでくれるらしい。
*
足を進めながらも、彼は続ける。
「お前、というのは失礼だな。名は何と言う?」
「か……上浦、優貴です。そちらは?」
「飆原、飆原勝だ。……着いたぞ。また会おう、若き芽よ」
東京チームの場所に着くや否や、他の班員には目もくれずに、勝さんは力強い足取りでその場を後にした。
俺は意識して初めて気がついた。先程からずっと、俺の口角が上がっていたことに。
二人の能力の詳細です。
┏ ┓
竹内 源五郎 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『信書開封罪』の使
用許可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、対象の
心情を文章化し、それを把握できる能力
です。
『発動条件』:胸に手をあてる
『発動中、あなたが有する利点』:適応
力の上昇
『発動中、あなたが有する欠点』:視力
の低下
┗ ┛
┏ ┓
飆原 勝 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『審判妨害罪』の使
用許可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、自身の
周囲の気圧を変動させる能力です。気圧
の変動差の上限は、あなたの体脂肪率に
よって変化します。
『発動条件』:関節を鳴らす
『発動中、あなたが有する利点』:能力
の範囲の上昇
『発動中、あなたが有する欠点』:自然
治癒力の低下
┗ ┛
今回は、自分でも胸を張れるような完成度となりました。これからも、この完成度を維持して参るので、これからも宜しくお願いします。