4話 新たな生き地獄での皮肉な歓迎
車の中で優貴が、班員になれと京之介から言われたところから始まります。
俺は否定しようと、必死の思いで尋ねる。
「でも、その罪人取締班は警察の組織ですよね? 僕は18歳ですが、この年齢でも働けるでしょうか?」
京之介さんは笑顔を作りながら答える。これも俺が安心するような笑みで、だ。
「警察官は18歳からなれるものだ。まあ、そもそも罪人取締班は年齢問わずだしな。罪人であれば良いんだ。なんなら、お前より若い奴だっている」
「そうなんですか……」
俺はそのように答えておいた。京之介さんは字が書いてある紙……資料のようなものを読みながら話を続ける。
「今はまだ罪人取締班は……よし、勤務中だな。全員居るから、自己紹介考えておけよ。あそこ、変な奴ばっかだからな」
「は、はあ……」
俺はさっきよりも戸惑ったように答える。語彙力の無さが早速バレただろうか。
「じゃあ、俺で実験してみるか?」
京之介さんは唐突にそう言った。正直めんどくさいが、沈黙が続くのもやるせないので、俺は少し仕方なしにそれにノることにする。
「えぇっと、上浦優貴です。年齢は18歳です。好きな食べ物は……」
「ああ、ダメだダメだ! ベタすぎるぞ! 優貴、自己紹介慣れてないだろ」
京之介さんは首を横に振る。がたいと似合い、首振りまで力強かった。
一体、何がダメだったのだろう? それと、さりげなく俺を名前で呼んでいるのに全く違和感が無い。この人の気性あってのものだろう。
しばらくして、ようやく目的地についたようだ。そこは東京にある警察庁と、隔離される形で設置された建物だった。ちなみに警察庁の外観は、孤児院の図書室で1度見たことある。
「ああ、言い忘れてたな。ここは『罪人取締所』と言うところだ」
彼は頭をかいて伝える。見たところ大きい家、という印象を受けた。俺は思ったことをそのまま口にする。
「意外と小さいんですね」
壮大なことをやっている班にしては、という素直な感想だった。俺の語尾を追うように、京之介さんが短く答える。手はまだ頭にあるままだ。
「まあな」
俺と京之介さんはそんな、まるでぎくしゃくした父と子のような短い会話をした。
そして、罪人取締所の入り口に着いたとき、京之介さんは俺に言う。
「俺たちはここまでだ。優貴は皆の所へ向かってくれ。あいつらは多分事務室だ。居なかったらあちこち探してみてくれ。俺たちはここの所属じゃないから詳しくはないんだ」
「えっ!? 2人はここの所属じゃないんですか?」
俺に、和葉さんは早口のように言う。
「俺たちは一般の刑事だ、訳あってここの班長と繋がりがある、だから罪人取締班の代わりに君を連れに来た」
「繋がり、ですか?」
この班の長と、一般の刑事が繋がりなんて持つものだろうか? と考えていると、京之介さんは俺をチラ見して言う。
「まあ確かに俺たちはここの所属ではないが、ちょくちょく顔見せに行くからな。ちなみに事務室は1階で、まっすぐ奥に行ったらあるぞ」
俺の疑問を打ち消すように、言葉を強めたように話した。畳み掛けるように、和葉さんも続けて言う。
「君は能力者だ、その力を使えないと自分も後悔するし、周りにも被害が出るかもしれない、だから油断はしないようにな」
そう言って京之介さんと和葉さんは俺に背を向け、手を振りながら去っていった。
類を見ない、個性的な2人だった。でも、根拠はないが信用はできそうだ、と2人の背中を見て感じた。
*
俺は2人が警察庁に入るのを見届けると、あたかもお化け屋敷に入るかのように、恐る恐る中に入っていく。
京之介さんに言われた通り、前方に扉が見えた。恐らくそこに班長なる者が居るはずだ。その所まで歩いて近づいて、ゆっくりと扉を開けた。
「あっ、皆さん、新人さんですよ!」
俺を見て、最初に声を発したのは淡い桃色でミディアムウェーブの少女だ。仕草が可愛らしいく、天然な性格が浮き彫りとなっている。
「おっ、来たかい」
次は濃い灰色のショートカットの女性が話す。目は赤に近い色で、肌は少しだけ焼けている。運動神経が良さそうで、活発な女性を彷彿とさせる。
「……」
茶髪の少年は俺に見向きもせず、ゲームをしているままだ。服も全体的に暗く、失礼ながら見た目とマッチしている。
「班長、例の作戦を」
金髪の女性は、隣の男性に話しかけているようだ。長い髪はまとめられていないが、決して無造作ではないストレートヘア。赤淵のメガネと黒いスーツが良く似合う女性だ。
「うん、そうだね。じゃあ、始めようか……!」
前髪の大部分を横に逸らしたような髪型の、青髪の男性が合図をすると、その者達で一斉にあるものを取り出した。まあ、茶髪の少年以外だが。
彼らは、あるものに対しての俺の目を見開く反応も待たずに、それを鳴らした。
パーン、と音が鳴った。その音に被らないように、一拍の間を置いて、歓迎するかのように告げた。
「罪人取締班にようこそ!」
「……」
初めは音に多少驚きはした。しかし驚きはすぐに冷め、次には急な出来事を受け止めきれずにいた。
直後にシーン、という効果音が似合いそうな沈黙の間。
「はあ……ほら、変な空気になったじゃないかい。だからあたしは反対したんだよ」
灰色の髪の女性が、呆れたように話した。声は大きく出しているのか、それとも元からなのか。どちらにせよ、動きやすそうな格好などから、彼女は活発な女性のようだ。
そんな彼女の言葉に、青髪の男性は反論する形で言った。
「……でも、雰囲気は良い感じになったでしょ?」
「なってませんよ?」
あれ、と桃色の髪の少女は首を傾げる。サイドにあるウェーブの髪がふわっと揺れる。声もまるで、音の輪郭がぼやけたようにふわふわとしていた。
女性とは無縁な自分ではあったが、彼女は明らかなほど、美人に分類される人間だと思う。
「……否定する。まず、この計画自体脆い」
茶色の髪の少年はゲームをしながらダメ出しをする。
子供のように見えるが、声はあまり澄んでいない。無邪気、という言葉とは無縁のような印象を受ける。
「あえて、あえてだよ……。少し抜けてる班長なら親しみを持てるかなって……」
青髪の男性は反論に反論を重ねるように答える。低くもなく高くもなく、平均的な音程の声だと思う。
まだ話したことすら無いが、一見すると生真面目そうな若い男性だ。
隣にいた金髪の女性は、1度眼鏡のブリッジを上げると、
「……失礼ですが、班長」
と話しかけた。しっかりとしており、かつどこか色っぽさの抜けない、不思議な声だ。偏見だが、こういう女性は仕事などが完璧、というイメージだ。
班長と呼ばれた男性は、見るからに嫌そうな顔をしつつ、そんな彼女の言葉に耳を傾ける。
「班員の意見も尊重することでより良い班となるのでは……」
「き、君は何の話をしているの……?」
彼は今までの流れとは逸脱している反論に戸惑う。そんな押し問答とは少し違う言い合いは刻々《こくこく》と続いた。
俺の歓迎会だろうけど、俺が除け者のような感じだな、と苦々しい笑みでそう思った。
*
俺の存在が認められたのは少しした後だった。俺はその場の人々から『班長』と呼ばれていた青髪の男性と、1対1でソファーに腰かけていた。
一見するとまるで職員室みたいだな、みたいなことを思っていると、青髪の男性は俺に質問する。
「……さて、気を取り直して。上浦優貴くん、だったよね」
「あっ、はい」
さすがに嘘をつく必要もないので、俺は率直に返事する。彼は俺の回答を認めるように、こくん、とひとつ頷く。
「まず、ここは罪人取締班というところについてだ。……と言っても、途中で会ったあの2人に聞いているかな?」
あの2人とは、恐らく京之介さんと和葉さんのことだろう。車内で色々説明してくれた。
「はい。おおまかは。」
俺はくどくないように、短く返事した。
それに、彼はまたひとつ頷く。
「まずは自己紹介しようか。俺は叢雲 椿。この罪人取締班の班長を務めている。呼び方は何でもいいよ。まあ、班員からは班長と言われているけどね」
「じゃあ俺も班長と。ちなみに俺は……」
京之介さんと練習した自己紹介を、彼は手を横に振って遮る。そして言った。
「ああ、ごめんね。俺は君の事知ってるから大丈夫だよ。班員の皆はまだ知らないけどね」
初めて会う前から俺の事を知られているのは少し変な気分だ。
俺がどこぞの有名人になったようなところで、彼は話を続ける。
「まずは……罪人取締班とはどんな組織か知ってるかな?」
「この世の中で悪さする罪人を対処する組織、と聞きました」
「だけど、相手は厄介な能力持ちの人間だ。一般人ではとても対処できない。そこでクイズ」
と、俺を指差しながら言う。
さながらクイズ番組の司会者みたいだ。
「問題?」
「この班に所属する俺たちなら、悪い罪人を対処できる。じゃあ、ここの人は何を条件に集まってると思う?」
「一般人では罪人の相手になれない。……まさか『この組織のメンバーは全員罪人』、とかでしょうか?」
班長は口角を僅かに吊り上げて言う。顔をまとめてみたら、優しい笑みだ。
「正解だよ。罪人取締班のメンバーは全員罪人だ。だから、君も仲間に加えたんだ」
彼は俺を『良い罪人』という前提で話をしている。なので俺は、少し意地の悪い質問をする。
「もし、俺が悪さする罪人の傾向だったらどうしたんですか?」
彼は少し考えるかのように顎に手を当てる。そして答えがまとまったのか、うっすらと笑みを見せた。
「万が一そうだとしたら……『対処』していたよ」
「……!」
彼のその笑顔に、少しゾッと背筋が凍る心地がした。その笑顔は、俺の心の中の何かを見透かしている気がしたからだ。
その笑顔は、『俺の過ち』をあざけている気すらしたからだ。
しかし彼は、すぐ自然な笑顔に戻す。
「でも君は、悪人じゃないと判断したから大丈夫だよ。……それとも、自分が悪さしようと?」
「いえ、決してそういう訳では……」
この人は悪い人じゃない。だけど得体が知れない。敵に回すと怖いタイプだ、と思った。
「次の問題だ。少し難しいよ」
彼は人差し指を、天井を差すように立てた。俺は、何故か知らないが少し身構える。
そんな中、彼は俺を真っ直ぐとした瞳で見つめていた。
「優貴くんは、『罪人になる条件』って何だと思う?」
「条件?」
俺が、どうして罪人になったか? そんなもの、俺が聞きたいくらいだ。
……だが、思い当たる節があるのもまた事実だ。
彼の濁った瞳をしっかりと受け止める。
「俺が罪人になったのは、目の前で、和也……いや、友人が死んだ頃です。つまり罪人になる条件は、人が目の前で死ぬのを見たこと……?」
自分なりの解答をぶつけてみる。それを受けた彼は顎に手を当てる。しかしその目はまだ、俺を捉えていた。
「うーん。半分正解かな」
「半分?」
「罪人になる条件は、死と深く繋がりがある。それは間違えていないけど、死ぬ姿を見ることが条件じゃないんだ」
「じゃあ、その条件とは?」
彼は俺を真っ直ぐ見て告げる。続けようとする彼の両目はやはりまだ濁っていて、そして何かしらを憐れむものだった。
「単刀直入に言うよ。条件は、『自分が誰かを殺したことを、強く思い知ること』……。つまりは罪悪感さ」
「……っ!」
「思い当たる節はあるはずだよ」
不意に『あの悲劇』を思い出す。和也の、血1滴1滴が宙で踊るあの光景を。その光景が捻じ曲がるようになるまで狂ってしまったあの心情を。
*
確かにあの時、俺が和也を殺したと自覚した。いや、実際そうだ。俺は闘いもせずにただ見ているだけだった。
いっそ、共に死んだ方が……。
*
「……」
俺は何も言えずにいた。言い負かされたとかではなく、単純に己が憎かったから。
「ここにいる人は全員罪人だ。故に、目を背けたくなる過去を持っている。君の目の前にいる俺だって」
無言になった俺をどうにか起動させようと、彼の試行錯誤する様子がぼやけて見えた。
俺を慰めたいのだろうか。しかし、慰めは無用だ、と言いたげに彼を睨んだ。
彼がその視線を知ったかどうかは知らないが、彼は話を進めた。
「さらに、『そのときに強く思ったものに対応した能力が手に入る』。君も多分そうだよ」
あの時、俺が強く求めたものは、『力』だった。
もし、あの時に力があるならば、和也が死ななかったかもしれない。俺の無力さを思い知らずに済んだかもしれない。
だが、俺の能力はまだ分からない。頭の中の手紙は、何故か靄がかかっていた。
彼の言うとおりだと、俺の能力は増強する能力になるが……。
思考中にも彼は言った、
「だから、この班の掟の1つとして、『絶対に互いの過去は詮索しない』こと。……了承してくれるね?」
と。
自分も、自らの過去をさらけ出して、辱めを受けられるほどのゆとりはない。
恐らく、ここにいる人達だってそうだ。先程は明るい表情で、和やかな会話をしていた。
しかし心の内側は、俺のように禍々《まがまが》しい黒色で蠢いているはずだ。
彼の言葉に、俺は肯定の意味で強く頷いた。
もし宜しければ、次回もよろしくお願いします!