32話 2人の少女は手遅れを感じる
今回は長めです! 最後まで読んで頂けたら幸いです!
椿視点で、少女を班に勧誘した所から始まります!
「……えっ?」
少女は呆気にとられていた。いや、少女だけではなく、頼渡も、トランシーバー越しの聖華さんまでも。
「僕が……取締班に?」
「うん。そうすれば、仲間として君と協力できる」
一見筋が通っているように見える話だが、大きな問題がある。
頼渡はトランシーバーを切ると、3人だけの話し合いの場にした。そしてその問題点を、しかめ面で指摘する。
「この子、凛さんと聖華さんを危険に晒したんだよ? そんな人を班員にするなんて……どうかしてるの?」
彼の言う通りだ。むしろ彼女を逮捕することすら、何ら不思議じゃないだろう。
「……1つだけ聞きたい。君は本当に、罪人を殺したいと思ってるの?」
俺は少女にそう聞く。彼女はふい、と目を逸らして何も語らなかった。まるで夜の曇り空みたいな、暗い顔を浮かべている。
俺は戦闘前に脱ぎ捨てた手袋を掴み、それを右手に装着する。俺が持っていた髪の束には、菫のものもあった。
「《発動》」
俺は迷うことなく、菫の能力『秘密漏示罪』を使う。
少女は語ろうとしないが、どうしてか俺の手には抵抗しない。覚悟が決まったのか、なすがままと思っているのか。
*
彼女の核心……何故罪人を恨み、プロ・ノービスを壊そうと企むのか。それを鮮明に表す1枚はどれだ?
……見つけた。これに、全てが。
彼女の頭から写真をそっと抜く。俺は頼渡も見れるように傾けつつ、それに目を向けた。
「っ!?」
簡潔に言うと、俺は驚愕した。頼渡も、静かな驚きを迎えている。
『写真の男』の手には、血糊でもわざとらしいほどの量の血がついていた。その男の周りには多くの死体。男は満足そうに笑っている。
場所はデパートの一角らしきところで、写真上では人の気配が無い。既に男によって殺されたか、危険を察知して避難したかは不明だ。
しかし、俺や頼渡が驚いた点はそこではなかった。この男はまさしく……
「罪人取締班なら、分かるでしょ?」
少女には、俺たちが何の写真を見ているか分かるのだろう。先程よりは落ち着いた様子で話を続けた。
この男……写真の中では今の年齢よりかなり若いが、分からない道理はない。
「『プロ・ノービスの幹部、白虎』。突然、デパートに現れて何十人も虐殺した。死体の中には……両親と弟がいた」
「……それで、罪人に?」
俺の問いに、悲しげに首を振る。
「僕の父は罪人だった。母は一般人だったけど、僕は罪人として産まれた」
彼女は稀なケースだ。
謎多き罪人のシステムの内、『およそ二十万分の1』の確率で罪人の子が罪人になることがある。両親ではなく、片親だけなら尚更の確率だ。
実際、伝説のような話だと今まで流していたが、本当に起こりうることだとは……。
「弟は結局、罪人かどうかは分からなかった。何せ、産まれる前だったからね」
「……惨い」
頼渡の声が後ろ側で聞こえた。心の中で共感する。彼女は涙も流さずに話し続けた。
「父が頑張って足止めしてくれたおかげで、救われた人も多い。僕もその1人。だけど馬鹿な話、その時の僕は、自分の能力が何か分からなかった」
通常、罪人は1ヶ月から半年程で、使用許可証の内容を全て読める。彼女はレアな人間ということもあって、全て明かされるのは時間がかかったのだろうか?
「その事件の数ヶ月後にやっと見れるようになって、より一層悔やんだよ。もしかしたら助けれたのかもって」
その時の彼女の心情を感じるのは容易だった。だが、心情の全てを感じることはできない。
罪人殺しの能力。それが分かったからなんだ。もう、全て手遅れだ。
表面だけで言えば、こういう気持ちだったのだろう。
「罪人が一般人を殺す……? 力の無い者が悪いのか……? いや、そんなはずない。そもそも、『この世に居ないはずの罪人』がいるせいだ、って思った。だから……」
「……プロ・ノービスの行為が許せない、か」
全て納得した。彼女が罪人を殺したいかどうかはともかく、彼女はどうして罪人を恨み、プロ・ノービスを潰したいのかが。
「頼渡。これだけ聞いても、まだこの子が『加害者』だって言える?」
「……椿に任せるよ。ボク、優貴くんや凛さんを待たせてるから」
頼渡は帽子を脱いでそう言うと、入口の方へ向かった。
彼の後ろ姿を追うように、俺は歩き始める。1度止まって、背後にいる少女にこう告げる。
「……明日の朝、罪人取締所の奥の部屋に。もし来たら君を歓迎するけど、来るかどうかは君が決めてね」
彼女からの返事は無く、俺は歩みを進めた。
*
入口付近には、頼渡や優貴くん、聖華さん、凛さんがいた。空はすっかり夜の気配を出している。
「班長……捕まって悪かった、恩に着るよ。そして……あの子は?」
聖華さんは、うつむき加減に話した。俺はただ、
「彼女次第だね」
とだけ話す。また、優貴くんと頼渡には感謝の念を込めて話す。
「助けに来てくれてありがとう。まさか来てくれるとは」
「班長が無事で良かったです。あと、菫さんと翔さんは寮に」
既に子供はもう寝る時間だ。良い判断をしてくれた。
「ありがとう。じゃあ、もう帰ろうか……」
「班長、少し」
俺の語尾を斬るように、凛さんはそう言った。俺は頷くと、凛さん以外の3人に言う。
「俺は少し凛さんと話があるから、3人はもう寮に戻っていいよ」
車は計3台もあり、彼らはその内2台に乗って帰っていった。
*
「……話って?」
俺は無言のままでいる、凛さんにそう切り出す。そして凛さんは一礼する。
「助けて頂き、ありがとうございました」
彼女の金色の髪が、月明かりに照らされて揺れる。礼儀正しく見えるその姿に対して、俺はこう言った。
「……大丈夫。みんな帰ったよ」
と。
その一言がきっかけとなり、彼女はメガネを外しながら、目線は下に落とされたまま顔を上げる。
「っ……うっ、ごめんな、さい……。『私』、まだ、何も……変われなくっ、て……」
彼女は泣き出した。今だけは、副班長という鉄仮面を落とす。
気が強く振舞っていた彼女は、実は昔から気の弱い女性だった。そう、昔から……。
* * * *
わたくしには昔、親友と呼べる女性がいました。高校2年生の時でした。その人を含め、わたくしが何もかも失ったのは。
*
「ねえ、友達になろっ?」
目を見開きました。高校に進学して間もなく、彼女はそう話しました。
「……はい」
半ば強引に押されて、わたくしは承諾しました。彼女が、初めての友達でした。
今までなるべく人を避けて生きてきました。裏切られたりするたび、泣き出してしまいますから。気弱な自分には、1人がお似合いでした。
そんな所を彼女に取り押さえられたのです。彼女は何か企んでいるのでは? と感じてていました。
*
しかし、その思いは徐々に払われていきました。穏やかなまま、1年が経過したからです。
その1年、彼女は他の方にも積極的に話し、日光に負けず劣らずの笑顔を振りまいていました。わたくしにとって、彼女はまさに陽だまりでした。
初めは彼女の1番の友達では無い、と思っていましたが、彼女本人からこう言われました。
「ねえ、凛ちゃんは誰が1番の友達? 私は凛ちゃん!」
小学生のような子供っぽさが抜けない彼女でしたが、それ故にわたくしも好感を寄せていました。
「私の1番はあなたですよ、結子」
彼女……輪島結子に。
*
彼女とは家も奇跡的に近く、通学の際も常に一緒でした。ある帰りのことです。
「っ……」
後ろに、嫌な気配を感じました。臆病なわたくしは、その正体を探ろうとしませんでした。
「そうそう凛ちゃん! こないだの話の続きなんだけど……」
わたくしに構わず話し続ける辺り、彼女は気がついていないようです。
ストーカー。その言葉が思い浮かびました。
彼女と別れた後には、その気配が消えていることから、後をつけられているのは結子だと感じました。
それからというもの、帰り道には必ずその気配がつきものでした。その気配がそうさせているのか、結子との会話は薄くなっていきました。
*
「ねえ、凛ちゃん。ちょっといい?」
彼女の、いつもはありえない怯えた表情を見ると、いよいよかと思いました。
わたくしが頷くのを見ると話し始めました。
「最近、誰かに付けられてるの。ストーカーってやつかもしれない……。ポストにも変なの届くし、変な電話は来るし……」
いくら鈍感な彼女でも、さすがに気がついたようです。そこで今日の帰り、正体を探ろうとしました。
*
何気ない会話を続けて、わたくしはおもむろに鏡を取り出しました。自分の前髪をセットするかのように。
ゆっくりと角度を変え、後ろを見ます。そこにはそこそこ高身長の男がいました。男は気づいたのか、走って逃げていきました。あの人は……
「ど、どうだった? 誰だった?」
「……同じクラスの、大橋くんだと思います」
うっすらとでしたが、髪の色がそうでした。それに、あの人はそこそこ高身長です。
ちなみに、下の名前は忘れました。
*
その次の日、彼女は学校を休みました。同じクラス、というのがショックを生んだのでしょう。
彼女が居ない日。わたくしは虫酸が走る正義感に燃えていました。
昼休み、大橋くんにこう話しました。
「大橋君。これ以上、結子を苦しめないでください」
この時、わたくしは馬鹿でした。本来は大人たちに相談するべきだったのですが、正義感が後押しして、当の本人に静止を求めたのです。
「……やっぱ見られてたか。警察に言うの?」
彼は淡々と話しました。あまり記憶は無いでしたが、高校の彼は、思考の読めない人だった気がします。
「いえ、警察には。これから何もしないのであれば」
「分かった。もう危害は加えないから……」
彼は足早に去っていきました。内心ほっとしたわたくしは尚更馬鹿でした。
彼はその後、具合が悪いと早退しました。
*
わたくしは学校が終わると、急いで結子の家へ向かいました。嫌な予感がしたのです。
「はあ、はあっ……!」
なけなしの体力を使って、結子の家の前に着きました。震えた人差し指でインターホンを鳴らします。しかし、彼女が出ることはありません。
彼女の両親は海外出張が多く、家は彼女1人のことが多い、と彼女自身から聞いたことがあります。不安でもう一度鳴らしても、返ってくるのは無音でした。
「結子!? 返事してください!」
扉を荒々しく叩いてそう叫びました。そして、やっと彼女の声が聞こえました。
「凛ちゃん!! 助けて!!」
と。
わたくしは、身の内側から凍るのを感じました。
「あっ、君か」
大橋くんの声です。悪い予感通りでした。わたくしは叫びます。
「結子に何してるんですか! 開けてください!」
もちろん、開くことはありませんでした。開いたら強盗も苦労しないでしょう。
「大丈夫。両足のアキレス腱を切っただけだから……おい、逃げんなよ」
黒い扉越しでも微かに、生々しい肉の断裂音が聞こえました。何をしているかは考えたくもありませんでした。
「痛い……痛い、よぉ……」
初めて聞く彼女の泣き声が聞こえました。怒りと憎しみで支配されそうでした。
しかし、扉を叩いたとて開くはずはありません。そこで落ち着いて侵入経路を冷静に考えることにしました。
おもむろに窓を叩きました。緑のカーテンで中は見えませんが、窓を割って中に入ろうとしたのです。
しかし、防犯の関係で防弾ガラスになっていて、割ることはできませんでした。その皮肉が、わたくしを嘲笑っているみたいで、涙が零れました。
「湯川さん、今どんな気持ち? 入れないって気がついてどんな気持ち?」
彼のうきうきとした声が聞こえました。わたくしは悲しみ以上に、怒りが体の中心から込み上げてきました。
「あなたは……! 何がしたいんですか!?」
「だって、輪島さんってすごく明るくて素敵でしょ? ……そんな彼女が苦しんだらどうなるんだろうな、って思っただけだよ?」
彼のその言葉で、わたくしは鳥肌が立ちました。それと同時に彼への印象が、ストーカーという言葉から、サイコパスという言葉へと塗り変わっていきました。
「実はもうすぐ少年法が危うくなるから、そろそろ誰か殺したいな、って思ってて……輪島さんにしようって決めたんだ」
「やめ……てよぉ……。許し、て」
彼の声が遠くなりました。そして結子の元気ない声が再び聞こえました。わたくしは、無我夢中で扉を叩いて精一杯叫びます。
「やめて! ……ここを、開けろおぉぉ!!」
叩く手の痛みは全く感じませんでした。むしろ、心が痛いぐらいです。
その時、ふとサイレンが後ろで聞こえました。近所の方が不審に思って通報したのでしょう。
しかし、わたくしは気がついてしまいました。もし彼が殺す気なら、例え警察が来ようとわたくしが中に入ろうと、結子の死期が早まるだけだと。既に何もかも手遅れなのだと。
わたくしはもう、気力も使い果たしてその場に座り込んでしまいました。
*
念願の扉が開いたのは、『全て終わった後』でした。彼は得意げな笑みを浮かべていました。
彼はこちらを見やると、さらに不敵な笑みを見せてこう話しました。
「湯川さんに指摘されて焦っちゃった。警察に通報されたらどうしようって」
その瞬間、わたくしは悟りました。悟ってはいけないことでした。
もし彼に指摘しないで、警察に通報していたら? もし自分が『誰にも気付かれずに、家の中に入れること』ができたなら?
……彼女は、結子は今も笑えていたのでは?
その時はよく覚えていません。今になって思い返すと、自分が求めた物である『潜入能力』にちなんだ能力『住居侵入罪』をその時手に入れたのでしょう。
その時は絶望のどん底、という言葉でさえ生ぬるいほどの気持ちになっていました。涙がぽろぽろと、とめどなく溢れていました。
*
わたくしには父や母、そして妹と弟がいました。わたくしが罪人になったことを伝えると、必死に世間から守ってくれました。
凛は誰も殺していないんだ、と。違うんです。確かにこの手では殺していません。ですが、間接的に殺したのです。
これ以上家族に迷惑をかけたくない、とわたくしは家出しました。家族が寝静まっている真夜中に。
*
わたくしは、とりあえず警察に行きました。せめて自分が捕まらないと、この心が晴れる気がしなかったからです。
わたくしが罪人だと警察中に知れ渡ると、同い年くらいの少年2人がわたくしに会いに来ました。
この2人こそ、後の班長の椿さんと、あの頼渡さんだったのです。
後の班長は、白い手袋をした右手をこちらに言いました。
「行く場所がないなら、罪人取締班においでよ」
と。
*
罪人取締班というのは、叢雲兄妹と篠原頼渡の3人で創設した新しい警察の団体らしい。どういう経緯で班を創ったかは語ってくれなかった。
そこに入ってきた泣き虫を、彼らはアシストしてくれました。わたくしも、それに応えるように必死でした。まさか副班長になるとは思いませんでしたが……。
そして、後輩が新しくここに来る、その時わたくしの一人称は『私』から『わたくし』にして、昔の『私』は捨てました。
いや、完全には捨てきれずにいます。なぜなら、後輩のいない所で、今も密かに泣いているのですから。
最後まで見て頂き、誠にありがとうございました!
また、湯川凛のプロフィールを更新しようと思います!
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