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「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
3章 彼らが優しい夢から残酷な現実に目を向けるまでの改造譚
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32話 2人の少女は手遅れを感じる

今回は長めです! 最後まで読んで頂けたら幸いです!


椿視点で、少女を班に勧誘した所から始まります!

「……えっ?」



 少女は呆気にとられていた。いや、少女だけではなく、頼渡らいとも、トランシーバー越しの聖華せいかさんまでも。


 

「僕が……取締班に?」


「うん。そうすれば、仲間として君と協力できる」



 一見筋が通っているように見える話だが、大きな問題がある。


 頼渡はトランシーバーを切ると、3人だけの話し合いの場にした。そしてその問題点を、しかめ面で指摘する。



「この子、凛さんと聖華さんを危険に晒したんだよ? そんな人を班員にするなんて……どうかしてるの?」



 彼の言う通りだ。むしろ彼女を逮捕することすら、何ら不思議じゃないだろう。



「……1つだけ聞きたい。君は本当に、罪人を殺したいと思ってるの?」



 俺は少女にそう聞く。彼女はふい、と目を逸らして何も語らなかった。まるで夜の曇り空みたいな、暗い顔を浮かべている。


 俺は戦闘前に脱ぎ捨てた手袋を掴み、それを右手に装着する。俺が持っていた髪の束には、すみれのものもあった。



「《発動》」



 俺は迷うことなく、菫の能力『秘密漏示罪ひみつろうじざい』を使う。

 少女は語ろうとしないが、どうしてか俺の手には抵抗しない。覚悟が決まったのか、なすがままと思っているのか。



   *



 彼女の核心……何故罪人を恨み、プロ・ノービスを壊そうとたくらむのか。それを鮮明に表す1枚はどれだ?


 ……見つけた。これに、全てが。



 彼女の頭から写真をそっと抜く。俺は頼渡も見れるように傾けつつ、それに目を向けた。



「っ!?」



 簡潔に言うと、俺は驚愕きょうがくした。頼渡も、静かな驚きを迎えている。


 『写真の男』の手には、血糊ちのりでもわざとらしいほどの量の血がついていた。その男の周りには多くの死体。男は満足そうに笑っている。

 場所はデパートの一角いっかくらしきところで、写真上では人の気配が無い。既に男によって殺されたか、危険を察知して避難したかは不明だ。


 しかし、俺や頼渡が驚いた点はそこではなかった。この男はまさしく……



「罪人取締班なら、分かるでしょ?」



 少女には、俺たちが何の写真を見ているか分かるのだろう。先程よりは落ち着いた様子で話を続けた。

 この男……写真の中では今の年齢よりかなり若いが、分からない道理はない。



「『プロ・ノービスの幹部、白虎びゃっこ』。突然、デパートに現れて何十人も虐殺した。死体の中には……両親と弟がいた」


「……それで、罪人に?」



 俺の問いに、悲しげに首を振る。



「僕の父は罪人だった。母は一般人だったけど、僕は罪人として産まれた」



 彼女は稀なケースだ。

 謎多き罪人のシステムの内、『およそ二十万分の1』の確率で罪人の子が罪人になることがある。両親ではなく、片親だけなら尚更の確率だ。


 実際、伝説のような話だと今まで流していたが、本当に起こりうることだとは……。



「弟は結局、罪人かどうかは分からなかった。何せ、産まれる前だったからね」


「……むごい」



 頼渡の声が後ろ側で聞こえた。心の中で共感する。彼女は涙も流さずに話し続けた。



「父が頑張って足止めしてくれたおかげで、救われた人も多い。僕もその1人。だけど馬鹿な話、その時の僕は、自分の能力が何か分からなかった」



 通常、罪人は1ヶ月から半年程で、使用許可証の内容を全て読める。彼女はレアな人間ということもあって、全て明かされるのは時間がかかったのだろうか?



「その事件の数ヶ月後にやっと見れるようになって、より一層()やんだよ。もしかしたら助けれたのかもって」



 その時の彼女の心情を感じるのは容易だった。だが、心情の全てを感じることはできない。


 罪人殺しの能力。それが分かったからなんだ。もう、全て手遅れだ。

 表面だけで言えば、こういう気持ちだったのだろう。



「罪人が一般人を殺す……? 力の無い者が悪いのか……? いや、そんなはずない。そもそも、『この世に居ないはずの罪人』がいるせいだ、って思った。だから……」


「……プロ・ノービスの行為が許せない、か」



 全て納得した。彼女が罪人を殺したいかどうかはともかく、彼女はどうして罪人を恨み、プロ・ノービスを潰したいのかが。



「頼渡。これだけ聞いても、まだこの子が『加害者』だって言える?」


「……椿に任せるよ。ボク、優貴ゆうきくんやりんさんを待たせてるから」



 頼渡は帽子を脱いでそう言うと、入口の方へ向かった。

 彼の後ろ姿を追うように、俺は歩き始める。1度止まって、背後にいる少女にこう告げる。



「……明日の朝、罪人取締所の奥の部屋に。もし来たら君を歓迎するけど、来るかどうかは君が決めてね」



 彼女からの返事は無く、俺は歩みを進めた。



   *



 入口付近には、頼渡や優貴くん、聖華さん、凛さんがいた。空はすっかり夜の気配を出している。



「班長……捕まって悪かった、恩に着るよ。そして……あの子は?」



 聖華さんは、うつむき加減に話した。俺はただ、



「彼女次第だね」



とだけ話す。また、優貴くんと頼渡には感謝の念を込めて話す。



「助けに来てくれてありがとう。まさか来てくれるとは」


「班長が無事で良かったです。あと、菫さんとしょうさんは寮に」



 既に子供はもう寝る時間だ。良い判断をしてくれた。



「ありがとう。じゃあ、もう帰ろうか……」


「班長、少し」



 俺の語尾を斬るように、凛さんはそう言った。俺は頷くと、凛さん以外の3人に言う。



「俺は少し凛さんと話があるから、3人はもう寮に戻っていいよ」



 車は計3台もあり、彼らはその内2台に乗って帰っていった。



   *



「……話って?」



 俺は無言のままでいる、凛さんにそう切り出す。そして凛さんは一礼する。



「助けて頂き、ありがとうございました」



 彼女の金色の髪が、月明かりに照らされて揺れる。礼儀正しく()()()その姿に対して、俺はこう言った。



「……大丈夫。みんな帰ったよ」



と。

 その一言がきっかけとなり、彼女はメガネを外しながら、目線は下に落とされたまま顔を上げる。



「っ……うっ、ごめんな、さい……。『私』、まだ、何も……変われなくっ、て……」



 彼女は泣き出した。今だけは、副班長という鉄仮面を落とす。


 気が強く振舞っていた彼女は、実は昔から気の弱い女性だった。そう、昔から……。










 * * * *





 わたくしには昔、親友と呼べる女性がいました。高校2年生の時でした。その人を含め、わたくしが何もかも失ったのは。



   *



「ねえ、友達になろっ?」



 目を見開きました。高校に進学して間もなく、彼女はそう話しました。



「……はい」



 半ば強引に押されて、わたくしは承諾しました。彼女が、初めての友達でした。



 今までなるべく人を避けて生きてきました。裏切られたりするたび、泣き出してしまいますから。気弱な自分には、1人がお似合いでした。



 そんな所を彼女に取り押さえられたのです。彼女は何か企んでいるのでは? と感じてていました。



   *



 しかし、その思いは徐々に払われていきました。穏やかなまま、1年が経過したからです。

 その1年、彼女は他の方にも積極的に話し、日光に負けず劣らずの笑顔を振りまいていました。わたくしにとって、彼女はまさに陽だまりでした。


 初めは彼女の1番の友達では無い、と思っていましたが、彼女本人からこう言われました。



「ねえ、凛ちゃんは誰が1番の友達? 私は凛ちゃん!」



 小学生のような子供っぽさが抜けない彼女でしたが、それ故にわたくしも好感を寄せていました。



「私の1番はあなたですよ、結子ゆいこ



 彼女……輪島わじま結子ゆいこに。



   *



 彼女とは家も奇跡的に近く、通学の際も常に一緒でした。ある帰りのことです。



「っ……」



 後ろに、嫌な気配を感じました。臆病なわたくしは、その正体を探ろうとしませんでした。



「そうそう凛ちゃん! こないだの話の続きなんだけど……」



 わたくしに構わず話し続ける辺り、彼女は気がついていないようです。

 ストーカー。その言葉が思い浮かびました。


 彼女と別れた後には、その気配が消えていることから、後をつけられているのは結子だと感じました。



 それからというもの、帰り道には必ずその気配がつきものでした。その気配がそうさせているのか、結子との会話は薄くなっていきました。



   *



「ねえ、凛ちゃん。ちょっといい?」



 彼女の、いつもはありえない怯えた表情を見ると、いよいよかと思いました。

 わたくしが頷くのを見ると話し始めました。



「最近、誰かに付けられてるの。ストーカーってやつかもしれない……。ポストにも変なの届くし、変な電話は来るし……」



 いくら鈍感な彼女でも、さすがに気がついたようです。そこで今日の帰り、正体を探ろうとしました。



   *



 何気ない会話を続けて、わたくしはおもむろに鏡を取り出しました。自分の前髪をセットするかのように。


 ゆっくりと角度を変え、後ろを見ます。そこにはそこそこ高身長の男がいました。男は気づいたのか、走って逃げていきました。あの人は……



「ど、どうだった? 誰だった?」


「……同じクラスの、大橋おおはしくんだと思います」



 うっすらとでしたが、髪の色がそうでした。それに、あの人はそこそこ高身長です。

 ちなみに、下の名前は忘れました。



   *



 その次の日、彼女は学校を休みました。同じクラス、というのがショックを生んだのでしょう。


 彼女が居ない日。わたくしは虫酸むしずが走る正義感に燃えていました。



 昼休み、大橋くんにこう話しました。



「大橋君。これ以上、結子を苦しめないでください」



 この時、わたくしは馬鹿でした。本来は大人たちに相談するべきだったのですが、正義感が後押しして、当の本人に静止を求めたのです。



「……やっぱ見られてたか。警察に言うの?」



 彼は淡々と話しました。あまり記憶は無いでしたが、高校の彼は、思考の読めない人だった気がします。



「いえ、警察には。これから何もしないのであれば」


「分かった。もう危害は加えないから……」



 彼は足早に去っていきました。内心ほっとしたわたくしは尚更なおさら馬鹿でした。


 彼はその後、具合が悪いと早退しました。



   *



 わたくしは学校が終わると、急いで結子の家へ向かいました。嫌な予感がしたのです。



「はあ、はあっ……!」



 なけなしの体力を使って、結子の家の前に着きました。震えた人差し指でインターホンを鳴らします。しかし、彼女が出ることはありません。


 彼女の両親は海外出張が多く、家は彼女1人のことが多い、と彼女自身から聞いたことがあります。不安でもう一度鳴らしても、返ってくるのは無音でした。



「結子!? 返事してください!」



 扉を荒々しく叩いてそう叫びました。そして、やっと彼女の声が聞こえました。



「凛ちゃん!! 助けて!!」



と。

 わたくしは、身の内側から凍るのを感じました。



「あっ、君か」



 大橋くんの声です。悪い予感通りでした。わたくしは叫びます。



「結子に何してるんですか! けてください!」



 もちろん、ひらくことはありませんでした。ひらいたら強盗も苦労しないでしょう。



「大丈夫。両足のアキレス腱を切っただけだから……おい、逃げんなよ」



 黒い扉越しでも微かに、生々しい肉の断裂音が聞こえました。何をしているかは考えたくもありませんでした。



「痛い……痛い、よぉ……」



 初めて聞く彼女の泣き声が聞こえました。怒りと憎しみで支配されそうでした。

 しかし、扉を叩いたとてひらくはずはありません。そこで落ち着いて侵入経路を冷静に考えることにしました。


 おもむろに窓を叩きました。緑のカーテンで中は見えませんが、窓を割って中に入ろうとしたのです。

 しかし、防犯の関係で防弾ガラスになっていて、割ることはできませんでした。その皮肉が、わたくしを嘲笑あざわらっているみたいで、涙がこぼれました。



湯川ゆかわさん、今どんな気持ち? 入れないって気がついてどんな気持ち?」



 彼のうきうきとした声が聞こえました。わたくしは悲しみ以上に、怒りが体の中心から込み上げてきました。



「あなたは……! 何がしたいんですか!?」


「だって、輪島さんってすごく明るくて素敵でしょ? ……そんな彼女が苦しんだらどうなるんだろうな、って思っただけだよ?」



 彼のその言葉で、わたくしは鳥肌が立ちました。それと同時に彼への印象が、ストーカーという言葉から、サイコパスという言葉へと塗り変わっていきました。



「実はもうすぐ少年法が危うくなるから、そろそろ誰か殺したいな、って思ってて……輪島さんにしようって決めたんだ」


「やめ……てよぉ……。許し、て」



 彼の声が遠くなりました。そして結子の元気ない声が再び聞こえました。わたくしは、無我夢中で扉を叩いて精一杯叫びます。



「やめて! ……ここを、開けろおぉぉ!!」



 叩く手の痛みは全く感じませんでした。むしろ、心が痛いぐらいです。


 その時、ふとサイレンが後ろで聞こえました。近所の方が不審に思って通報したのでしょう。


 しかし、わたくしは気がついてしまいました。もし彼が殺す気なら、例え警察が来ようとわたくしが中に入ろうと、結子の死期が早まるだけだと。既に何もかも手遅れなのだと。

 わたくしはもう、気力も使い果たしてその場に座り込んでしまいました。



   *



 念願の扉がひらいたのは、『全て終わった後』でした。彼は得意げな笑みを浮かべていました。

 彼はこちらを見やると、さらに不敵な笑みを見せてこう話しました。



「湯川さんに指摘されて焦っちゃった。警察に通報されたらどうしようって」



 その瞬間、わたくしはさとりました。悟ってはいけないことでした。



 もし彼に指摘しないで、警察に通報していたら? もし自分が『誰にも気付かれずに、家の中に入れること』ができたなら?



 ……彼女は、結子は今も笑えていたのでは?



 その時はよく覚えていません。今になって思い返すと、自分が求めた物である『潜入能力』にちなんだ能力『住居侵入罪じゅうきょしんにゅうざい』をその時手に入れたのでしょう。


 その時は絶望のどん底、という言葉でさえ生ぬるいほどの気持ちになっていました。涙がぽろぽろと、とめどなく溢れていました。



   *



 わたくしには父や母、そして妹と弟がいました。わたくしが罪人になったことを伝えると、必死に世間から守ってくれました。

 凛は誰も殺していないんだ、と。違うんです。確かにこの手では殺していません。ですが、間接的に殺したのです。


 これ以上家族に迷惑をかけたくない、とわたくしは家出しました。家族が寝静まっている真夜中に。



   *



 わたくしは、とりあえず警察に行きました。せめて自分が捕まらないと、この心が晴れる気がしなかったからです。


 わたくしが罪人だと警察中に知れ渡ると、同い年くらいの少年2人がわたくしに会いに来ました。

 この2人こそ、後の班長の椿さんと、あの頼渡さんだったのです。


 後の班長は、白い手袋をした右手をこちらに言いました。



「行く場所がないなら、罪人取締班においでよ」



と。



   *



 罪人取締班というのは、叢雲むらくも兄妹と篠原しのはら頼渡の3人で創設した新しい警察の団体らしい。どういう経緯で班を創ったかは語ってくれなかった。


 そこに入ってきた泣き虫を、彼らはアシストしてくれました。わたくしも、それに応えるように必死でした。まさか副班長になるとは思いませんでしたが……。


 そして、後輩が新しくここに来る、その時わたくしの一人称は『私』から『わたくし』にして、昔の『私』は捨てました。

 いや、完全には捨てきれずにいます。なぜなら、後輩のいない所で、今もひそかに泣いているのですから。

最後まで見て頂き、誠にありがとうございました!


また、湯川凛のプロフィールを更新しようと思います!


気に召して頂けたらご感想、ブックマーク等宜しくお願いします!

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