28話 良い質問と良い回答
優貴が出かけるための荷物を準備して、就寝した所から始まります!
(30分遅れ、ということが多くありました。ごめんなさい。以後、気をつけていきます。)
「なあ優貴! 何かしたいことあるか? 今、俺暇だからあるなら一緒にやろうぜ!」
彼は、そんな妙なことを言っていた。声で微かに分かるものの、彼の姿は混沌としていた。
何も答えないでいよう、それが正解だ、とか思ってはいたものの、自分の口は意思に反した。
「いや、特に無いな……。だけど、そうなると暇になるな」
「そうだよなー! 暇だな! ……けどな優貴、」
彼の声が途切れた。ふと彼を見ると、彼の姿は徐々に鮮明になっていって、混ざっていた色や光が元に戻っていく。綺麗な絵が、ぐちゃぐちゃになるまでの逆再生を見ているようだ。
目まぐるしく戻る彼……和也はあの時の格好のままで、見慣れた笑顔を浮かべていた。彼は言葉の続きを読み上げた。
「『こっち』はいいぜ。痛すぎて退屈しねえよ……! まあ、そもそも退屈するのは、お前の夢の中だけだからな……! 」
今になって口がいうことを聞いた。俺は声を出さず……『出せず』、彼の姿を目に焼き付けていた。
目の先にいる彼の若々しい笑みは、徐々に禍々しい笑みとなり、服のあちこちに赤いシミを滲ませる。忘れもしない、シミは彼があの時に撃たれた箇所にあった。
これは夢だ。幻だ。理解はしている。が、俺は1歩、また1歩と彼へ近づく。
あと少し……あと、少……
*
俺は身にまとっていた布団を突き放す。嗚咽に近い呼吸、体には計り知れない冷や汗。体の状態とは打って変わって、夢だったという安堵感が、まず第一に感じられた。
徐々に心の余裕が表れてきた。それに伴って、こんなことを考える。昨日やっと決めた目標を、過去が拒否しているのか、と。
全ての罪人に寄り添うという目標。それを成し遂げるには、まず自身が変わらなければいけない。……克服できるのだろうか、過去を。
カーテンを開ける。心身が、眩しいと訴えるほどの、明るい日光が部屋へと入る。それを見てると、まだ無理そうだな、と思ってしまった。
*
支度を済ませた俺は、昨日まとめた荷物を持って部屋を後にした。外に出ると班長が、俺を待っていたかのように立っていた。
「班長、待っててくれたんですか?」
「まあね。一度取締所に戻るのも億劫かと思ってね。確認だけど、俺たちは埼玉に行ったあと、神奈川に行って帰ってくる。経路は調べておいたから、早速向かおうか?」
「あっ、はい……」
俺と班長の2人で向かうのか。あっちは頼渡さんや、今日退院するという、凛さんがいるから不安は無いか。
突然ひょいっ、と彼は俺の顔を覗き込む。
「ん? なんか顔色悪いね。今日は止めとくかい?」
「い、いや! ……大丈夫です」
もしかして、朝のことをまだ引きずっていたのか……。彼に心配はかけたくないな。そう思って、俺は精一杯の笑顔を造った。
*
タクシーに乗っている今、あまり外を見ようとは思えなかった。班長も気分を察してくれたのか、彼からの言葉は無い。
俺が担当した事件の現場となった駅は、整備やらなんやらで立ち入り禁止だ。仕方がないため、少し離れた他の駅に向かうことになった。
電車に乗るのは初めてだ。それ故に、こういうのは慣れてない。『通勤ラッシュ』という言葉を聞いたことがある。まさに、これがそれだろう。人が多く、押しつぶされそうになる。
「大丈夫かい? 離れないようにね」
「はっ、はい……!」
実は俺は、少しずつだがトレーニングをしていた。それが幸をそうしたのか、なんとか倒れずにはいられた。しかし、そう考えると社会人は体幹がしっかりしてるのでは、と感心する。
*
空気がおいしい、という言葉を聞いた当時はあまりピンと来なかった。電車を出て、駅から脱出する今、ようやく分かった。
疲れた顔の俺に対し、班長は涼しい顔でタクシーを拾う。やはり慣れているのだろうか?
*
タクシーで埼玉罪人取締所に向かっているみたいだ。さすがに、ずっと会話が無いのも気まずいため、目標に近づくためにも、班長にこう聞いた。
「……昨日言っていた、『力を使い慣れてない』というのはどういうことですか?」
彼は一度俺を見る。この質問の真意を探るような目だ。俺はさらに気まずくなって、つい目を背けた。彼は視界外で話す。
「……使う機会があまりなくてね。練習も何もできなかったんだ。ずっと、班員に頼りっきりで……さ」
俺は背けた目を、もう一度彼へと戻す。彼は特に何も無いはずの足元を、ただ悲しげな顔で見ていた。
「俺の力はあまり事例が無くてね。どうすれば効率的なのか、とかが『分からなかった』んだ」
「分からなかった? じゃあ今は?」
「昨日、皆が帰った後研究してね。ようやく、実験段階だよ」
彼は彼なりに強くなろうと、もう二度と過ちを繰り返さないと努力しているのか。俺も、頑張らないといけないな……。
「あ、あなた達は一体……?」
前から40代後半くらいの、男の震え声が聞こえた。顔から判断するに、タクシーの運転手の声だろう。いくらサービス業とはいえ、罪人を乗せるのは嫌だし怖い。そんな気持ちの表れだろう。
そんな運転手に班長は答える。
「いやいや、ゲームの話ですよ。もしかして、あの罪人と間違えて……」
「い、いえ! あはは……申し訳ございませんねぇ。疑り深い性格なもので……」
運転手は慌てて撤回した。勘違いとして終わらせてくれたのだろう。ただ……罪人はこうしないと生きられない、というのは非常に虚しく、切なかった。
*
ようやく目的地に到着した。埼玉の罪人取締所は、東京の取締所とはまた別の外観をしている。中へと入る班長に続いて俺も足を踏み入れた。
班長が事務室の扉をノックする。はい、という男性の掠れた声。班長は、ドアノブを捻り、扉を押した。
奥に座っていたのは、細いフレームのメガネをかけていて、綺麗に切りそろえられた緑の髪、班長と同じく、スーツを着ている男性だった。声の主は恐らくこの人だろう。
「どうぞ、そこに腰掛けてください」
彼は、丁寧な手振りでそう言った。
*
黒いソファーに俺と班長は座る。彼はお茶と茶菓子を用意して、2人と向かい合わせるように座った。先に切り出したのはこっちからだった。
「改めまして、警察庁罪人取締班の班長、叢雲椿です。こちらは付き添いの班員、上浦優貴です」
改めて、というのは、班長が予め電話をかけて、自己紹介をしていたのだろう。顔色1つ変えずに、緑髪の男性も口を開けた。
「私は、ここで班長をやらせてもらっている、『薙田 広』と申します。以後、お見知りおきを」
彼は座ったまま礼をした。……やはり班長。威厳があり、自分の心臓の鼓動が聞こえるほど緊張がほとばしった。そのまま、彼は続けた。
「早速本題に入りますが……叢雲さん、あの手紙はデマ、という可能性はいかがでしょうか?」
「無いでしょう。現に自分が、白虎に遭遇しました。彼は決して無駄なところで姿を見せないことはご存知でしょう?」
「となると、どうして今の時期なのか、どう行動するのか……皆目、見当もつきませんね」
彼は顎に手をやる。確かに、言い得て妙だ。目的も何も知らないままだと、返り討ちにあいかねない。彼は続ける。
「そもそも、プロ・ノービスというのは大きな組織ですが、日本を全て沈められるのでしょうか? 野良の罪人達も、それなりのプライドがあるでしょうし、完全協力も危ういのでは……?」
「いずれにしても、自分達が今やるべきは、班の補強です。彼らの打つ手を対処しなければならない」
「おっしゃる通りですね。班員に伝えておきましょう」
「感謝します。……優貴くん、君は何かない?」
「えっ……」
突然の問いかけに、ついたじろぐ。俺はとっさに、
「あの……『罪人は生きるべきですか? 死ぬべきですか?』」
と話してしまった。まずい……! 酷い雰囲気になるのでは、と後悔していたら、今度は口に手をやる彼。そして、
「……くくっ」
と笑った。……笑うんだ、この人。
「随分とユニークな質問だ。いい。とてもいい」
「ご、ごめんなさい……迷惑な質問でしたか?」
「いや。良い質問というのは2パターンある。『相手が予想していた質問』か、『全く予想できなかった質問』か。今回は後者だ」
彼の表情が少し和らぐ。実は優しい心の持ち主なのかもしれない。
「確かに、罪人がなくなれば世界はいつもの通り回っただろう。ただ、罪人がいなければ世界は退屈で、つまらないものになっていた」
彼は趣旨とズレた回答をしたため、何事かと思った。しかし、彼は更にこう続けた。
「罪人は生きる死ぬではなく、醜悪の象徴として、『要るか要らないか』、だと思っている。私の見解は、『要る』だ。生きても死んでも構わない。歴史として、存在すればいいんだ」
彼の言葉を真似ると、良い回答の後者だ。自分の思考とは雲泥の差だった。
要るか、要らない……か。いつか罪人は生きていてもいい、と呼べるような世の中になるのだろうか?
彼との短い話は有意義で、それでいて深く心をえぐるものだった。
次回は埼玉から神奈川に行くところから始まると思います!
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