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「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
3章 彼らが優しい夢から残酷な現実に目を向けるまでの改造譚
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28話 良い質問と良い回答

優貴が出かけるための荷物を準備して、就寝した所から始まります!


(30分遅れ、ということが多くありました。ごめんなさい。以後、気をつけていきます。)

「なあ優貴ゆうき! 何かしたいことあるか? 今、俺暇だからあるなら一緒にやろうぜ!」



 彼は、そんな妙なことを言っていた。声でかすかに分かるものの、彼の姿は混沌こんとんとしていた。


 何も答えないでいよう、それが正解だ、とか思ってはいたものの、自分の口は意思に反した。



「いや、特に無いな……。だけど、そうなると暇になるな」


「そうだよなー! 暇だな! ……けどな優貴、」



 彼の声が途切れた。ふと彼を見ると、彼の姿は徐々に鮮明になっていって、混ざっていた色や光が元に戻っていく。綺麗な絵が、ぐちゃぐちゃになるまでの逆再生を見ているようだ。


 目まぐるしく戻る彼……和也かずやはあの時の格好のままで、見慣れた笑顔を浮かべていた。彼は言葉の続きを読み上げた。



「『こっち』はいいぜ。痛すぎて退屈しねえよ……! まあ、そもそも退屈するのは、お前の夢の中だけだからな……! 」



 今になって口がいうことを聞いた。俺は声を出さず……『出せず』、彼の姿を目に焼き付けていた。


 目の先にいる彼の若々しい笑みは、徐々に禍々(まがまが)しい笑みとなり、服のあちこちに赤いシミをにじませる。忘れもしない、シミは彼があの時に撃たれた箇所にあった。


 これは夢だ。幻だ。理解はしている。が、俺は1歩、また1歩と彼へ近づく。


 あと少し……あと、少……



   *



 俺は身にまとっていた布団を突き放す。嗚咽おえつに近い呼吸、体には計り知れない冷や汗。体の状態とは打って変わって、夢だったという安堵感が、まず第一に感じられた。


 徐々に心の余裕が表れてきた。それに伴って、こんなことを考える。昨日やっと決めた目標を、過去が拒否しているのか、と。

 全ての罪人に寄り添うという目標。それを成し遂げるには、まず自身が変わらなければいけない。……克服できるのだろうか、過去を。


 カーテンを開ける。心身が、眩しいと訴えるほどの、明るい日光が部屋へと入る。それを見てると、まだ無理そうだな、と思ってしまった。



   *



 支度を済ませた俺は、昨日まとめた荷物を持って部屋を後にした。外に出ると班長が、俺を待っていたかのように立っていた。



「班長、待っててくれたんですか?」


「まあね。一度取締所に戻るのも億劫おっくうかと思ってね。確認だけど、俺たちは埼玉に行ったあと、神奈川に行って帰ってくる。経路は調べておいたから、早速向かおうか?」


「あっ、はい……」



 俺と班長の2人で向かうのか。あっちは頼渡らいとさんや、今日退院するという、りんさんがいるから不安は無いか。


 突然ひょいっ、と彼は俺の顔を覗き込む。



「ん? なんか顔色悪いね。今日は止めとくかい?」


「い、いや! ……大丈夫です」



 もしかして、朝のことをまだ引きずっていたのか……。彼に心配はかけたくないな。そう思って、俺は精一杯の笑顔をつくった。



   *



 タクシーに乗っている今、あまり外を見ようとは思えなかった。班長も気分を察してくれたのか、彼からの言葉は無い。


 俺が担当した事件の現場となった駅は、整備やらなんやらで立ち入り禁止だ。仕方がないため、少し離れた他の駅に向かうことになった。



 電車に乗るのは初めてだ。それ故に、こういうのは慣れてない。『通勤ラッシュ』という言葉を聞いたことがある。まさに、これがそれだろう。人が多く、押しつぶされそうになる。



「大丈夫かい? 離れないようにね」


「はっ、はい……!」



 実は俺は、少しずつだがトレーニングをしていた。それがこうをそうしたのか、なんとか倒れずにはいられた。しかし、そう考えると社会人は体幹がしっかりしてるのでは、と感心する。



   *



 空気がおいしい、という言葉を聞いた当時はあまりピンと来なかった。電車を出て、駅から脱出する今、ようやく分かった。


 疲れた顔の俺に対し、班長は涼しい顔でタクシーを拾う。やはり慣れているのだろうか?



   *



 タクシーで埼玉罪人取締所に向かっているみたいだ。さすがに、ずっと会話が無いのも気まずいため、目標に近づくためにも、班長にこう聞いた。



「……昨日言っていた、『力を使い慣れてない』というのはどういうことですか?」



 彼は一度俺を見る。この質問の真意を探るような目だ。俺はさらに気まずくなって、つい目をそむけた。彼は視界外で話す。



「……使う機会があまりなくてね。練習も何もできなかったんだ。ずっと、班員に頼りっきりで……さ」



 俺は背けた目を、もう一度彼へと戻す。彼は特に何も無いはずの足元を、ただ悲しげな顔で見ていた。



「俺の力はあまり事例が無くてね。どうすれば効率的なのか、とかが『分からなかった』んだ」


「分からなかった? じゃあ今は?」


「昨日、皆が帰った後研究してね。ようやく、実験段階だよ」



 彼は彼なりに強くなろうと、もう二度と過ちを繰り返さないと努力しているのか。俺も、頑張らないといけないな……。



「あ、あなた達は一体……?」



 前から40代後半くらいの、男の震え声が聞こえた。顔から判断するに、タクシーの運転手の声だろう。いくらサービス業とはいえ、罪人を乗せるのは嫌だし怖い。そんな気持ちの表れだろう。


 そんな運転手に班長は答える。



「いやいや、ゲームの話ですよ。もしかして、あの罪人と間違えて……」


「い、いえ! あはは……申し訳ございませんねぇ。うたぐり深い性格なもので……」



 運転手は慌てて撤回した。勘違いとして終わらせてくれたのだろう。ただ……罪人はこうしないと生きられない、というのは非常に虚しく、切なかった。



   *



 ようやく目的地に到着した。埼玉の罪人取締所は、東京の取締所とはまた別の外観をしている。中へと入る班長に続いて俺も足を踏み入れた。


 班長が事務室の扉をノックする。はい、という男性のかすれた声。班長は、ドアノブを捻り、扉を押した。


 奥に座っていたのは、細いフレームのメガネをかけていて、綺麗に切りそろえられた緑の髪、班長と同じく、スーツを着ている男性だった。声の主は恐らくこの人だろう。



「どうぞ、そこに腰掛けてください」



 彼は、丁寧な手振りでそう言った。



   *



 黒いソファーに俺と班長は座る。彼はお茶と茶菓子を用意して、2人と向かい合わせるように座った。先に切り出したのはこっちからだった。



「改めまして、警察庁罪人取締班の班長、叢雲むらくも椿つばきです。こちらは付き添いの班員、上浦かみうら優貴です」



 改めて、というのは、班長が予め電話をかけて、自己紹介をしていたのだろう。顔色1つ変えずに、緑髪の男性も口をけた。



「私は、ここで班長をやらせてもらっている、『薙田なぎた こう』と申します。以後、お見知りおきを」



 彼は座ったまま礼をした。……やはり班長。威厳いげんがあり、自分の心臓の鼓動が聞こえるほど緊張がほとばしった。そのまま、彼は続けた。



「早速本題に入りますが……叢雲さん、あの手紙はデマ、という可能性はいかがでしょうか?」


「無いでしょう。現に自分が、白虎に遭遇しました。彼は決して無駄なところで姿を見せないことはご存知でしょう?」


「となると、どうして今の時期なのか、どう行動するのか……皆目かいもく、見当もつきませんね」



 彼は顎に手をやる。確かに、言い得て妙だ。目的も何も知らないままだと、返り討ちにあいかねない。彼は続ける。



「そもそも、プロ・ノービスというのは大きな組織ですが、日本を全て沈められるのでしょうか? 野良の罪人達も、それなりのプライドがあるでしょうし、完全協力も危ういのでは……?」


「いずれにしても、自分達が今やるべきは、班の補強です。彼らの打つ手を対処しなければならない」


「おっしゃる通りですね。班員に伝えておきましょう」


「感謝します。……優貴くん、君は何かない?」


「えっ……」



 突然の問いかけに、ついたじろぐ。俺はとっさに、



「あの……『罪人は生きるべきですか? 死ぬべきですか?』」



と話してしまった。まずい……! 酷い雰囲気になるのでは、と後悔していたら、今度は口に手をやる彼。そして、



「……くくっ」



と笑った。……笑うんだ、この人。



「随分とユニークな質問だ。いい。とてもいい」


「ご、ごめんなさい……迷惑な質問でしたか?」


「いや。良い質問というのは2パターンある。『相手が予想していた質問』か、『全く予想できなかった質問』か。今回は後者だ」



 彼の表情が少しやわらぐ。実は優しい心の持ち主なのかもしれない。



「確かに、罪人がなくなれば世界はいつもの通り回っただろう。ただ、罪人がいなければ世界は退屈で、つまらないものになっていた」



 彼は趣旨とズレた回答をしたため、何事かと思った。しかし、彼は更にこう続けた。



「罪人は生きる死ぬではなく、醜悪しゅうあくの象徴として、『要るか要らないか』、だと思っている。私の見解は、『要る』だ。生きても死んでも構わない。歴史として、存在すればいいんだ」



 彼の言葉を真似ると、良い回答の後者だ。自分の思考とは雲泥うんでいの差だった。


 要るか、要らない……か。いつか罪人は生きていてもいい、と呼べるような世の中になるのだろうか?

 彼との短い話は有意義で、それでいて深く心をえぐるものだった。

次回は埼玉から神奈川に行くところから始まると思います!


「sin・sense」を宜しくお願いします!


感想やブックマーク等、筆者のモチベーション向上のため、宜しくお願いします!

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