27話 自分の目標、全員の覚悟
菫が受話器をとったところから始まります。
何卒、宜しくお願いします。
受話器を物静かにとった菫さんはただ一言、
「はい、罪人取締班です」
と呟く。
菫さんも嫌な予感はしていたのだろう。その声に元気など無かった。
ただそれが任務の電話では無いということは、彼女の態度で一目瞭然だった。
始めは驚いた様子を見せた彼女は、その後にため息をついた。めんどくさい、うざったいを体現したため息だ。
彼女はスピーカーにすることで、俺たちにも声の正体を教える。
その声はとても明るく、そして微妙に掠れた女性のものだった。苦しそうな声には似ても似つかない。
その声の主は、
「あらやだ、いやぁ菫ちゃん! またまた大人びた声になっちゃって、おばさん嬉しいわぁ」
と、大声を出す。いや、元から大きな声なのかは分からない。
隣から、頼渡さんのあははぁ……、という苦笑いが聞こえた。そうすると彼は俺に耳打ちで話す。
「あの人は『金山 恵子』さん。『神奈川県の、罪人取締班の班長さん』だよ」
「えっ!? あんな明るい人がですか……?」
「椿の性格とは全く違うけどねぇ。どの班さんも、どの班員さんも十人十色で面白いよぉ」
なら、なぜ菫さんはあんなしかめっ面をしてるのだろう。気分も確実に落ち込んでいる。その理由は2人の会話を聞くほどに理解できた。
「菫ちゃん、最近どうなの? 怪我とかしてない?」
「いえ、怪我も何も事務担当なので……」
「あら、つまり運動してない訳ね? いけない子ねぇ! 可愛い子は運動しないとモテないわよー?」
「いやモテようなんて……」
「おばさんもね、昔は菫ちゃんみたいな美人だったのよ? そのときは運動部で……」
分かった。絡みがうざいのか。
一人称がおばさんだから、年齢もそこら辺だと予想できる。なぜそれくらいの年齢になるとお喋りな人が多いのだろう?
孤児院でもそういう年齢の人は、極端に話すか話さないかの2通りだった。
恵子さんは学校時代の話を終えると、いきなり話を今に戻した。
「そういえば菫ちゃん、今そこに誰かいる?」
という恵子さんの問いを聞いた瞬間、頼渡さんは両手でわざとらしくバツ印をつくる。どうやら居留守をしたいようだ。
そのサインを見た菫さんは、じとっ、と彼を睨む。
「はい、いますよ。頼渡さんと、新人の班員が」
「ちょっ……菫ちゃん!?」
「頼渡くん帰ってたのねー! 新人君は明日こっちに来る子のこと? えっと名前は……」
菫さんは受話器をこちらに向けた。俺に会話しろ、と言っているのか……。
慣れてない咳払いをすると、俺は受話器に向かって言った。
「あっ……はい。優貴と言います」
「そうそう優貴くん! いい声してるわねぇ! 明日来てくれるのよね? 何か食べたいものある? 買ってくるわよぉ?」
「いえ、お気づかいなく……」
菫さんはせめてもの報復と言いたいのか、俺たちを会話に巻き込んだ。ざまあみろ、とドヤ顔をしているのが癪に障る。
この妹といい、兄といい……全く良い性格している。
*
恵子さんが話し終えて菫さんはガチャ、と受話器を置いた。直後その場の3人ははぁ、と重なるため息をついた。
話をまとめると、『明日は雨の予報なので傘を持ってきてください。明日会いましょう』ということだった。
そんな短いセリフを伝えるために1時間半かかったのだ。むしろ、そのトークスキルを恵子さんから分けて欲しいくらいだ。もちろん皮肉だ。
恐る恐る明日のスケジュールを見ると、神奈川県のところで明らかに時間を長めにとっている。どうせ恵子さんのせいだろう。明日もこんなに時間をかけたら次の日の悪夢に出てやる、と思った。
*
班長と聖華さん、そして翔さんが罪人取締所へと戻ってきた。どことなく明るい表情をしていた。
頼渡さんは彼らに、
「どうだったぁ? 凛さん驚いてたぁ? 美羽ちゃん怒ってたぁ?」
と聞く。班長はすぐさま首を横に振る。
「いや。凛さんは初めは驚いてたけど、無事で良かったって。自分を咎めることは無い、と言ってくれた。美羽さんも、未熟なのは自分だった、と謝ってくれた。本当に……皆、優しいね」
彼の声は震えていた。それは怒りか、自責か、はたまた悲しみか……知るのは彼だけだった。
そんな彼に、頼渡さんは抑揚の無い声で言う。
「それで? 皆が優しいからどうすんの? その優しさを守るためにこれからどうすんの? 特に椿と聖華さんは……さ」
彼の冷酷な声は、決して大きく無くとも、事務室に隈無く響いた。本当は自分の心に響いたのかもしれない。とにかく、彼の言葉が深く刺さったということだ。
班長は強烈な眼差しで頼渡さんを見る。一方頼渡さんはそれに動じず、じっと見つめ返している。
班長は口を開いた。
「俺はもう……二度と繰り返さない、失態を二度と。ここを守るためなら、俺の能力を全力で使う」
とても強く大きな声だった。彼が少しも迷っていないことが良く伝わる。
そして声を落とし気味に続ける。
「今はまだ、この能力に慣れてない。だから使えるように努力するよ。……絶対」
最後に彼は俯いた。美羽が怪我した時のことを思い返しているのだろうか?
それより、能力をまだ使いこなせていない、というのはどういうことなのだろうか?
……まだ彼の素性についてはわからないことだらけだ。
頼渡さんは班長の隣にいた聖華さんに目線を移す。彼女はその目線に気がつくと、次は自分の番だ、と理解したのかぽつぽつと話し始めた。
「あたしは、ここ最近、動揺してたんだ。まだ、心の奥では信じてもらえてないかも……ってね」
彼女が敵の組織だった、ということを彼女自身まだ不安に感じていたのか。いつもとは様子が異なる彼女。彼女が見せた弱さを見ると、まだ過去に囚われたままなんだな、と他人事のように思った。
班長とは打って変わって、彼女は力を強めて続ける。
「でも、その結果がこれだよ。……あたしはもう、迷わないさ。例え信じてもらえなくても、いつか胸を張って皆を守れるような奴になるよ」
彼女は、全員を見渡す。その時の彼女の赤い目は、炎よりも熱くたぎっているかのように見えた。
疑問を投げかけた頼渡さんは2人の決意を聞いてどう言うのだろう。
そう考えている中、まさにその彼はこう言った。
「それ、絶対に忘れないで。椿や聖華さんだけじゃない。ここにいる全員、戦場に行く時はそのくらい……いや、それ以上の覚悟を持って」
彼はトレードマークの白の帽子を深く被る。それによって、彼の紫色の目は完全に見えなくなった。
彼は続ける。
「後悔してももう遅い、なんてこと感じるのも見るのも、もう沢山なんだよ……」
彼が話し終わる。陰から見える口では、ギリッと歯を食いしばっていた。
*
異様な空気感のまま、仕事を再開して寮へと戻った。部屋で、書類や筆記用具をバックに詰めるなど、明日の準備を済ませながら俺は決意する。
俺も、覚悟を決める時だ。分からないことも、分からないで済ませれば犠牲を出すかもしれない。……全て知って戦えるようになって、班だけじゃない、惨い罪人から市民を守れるようにならないといけない、と。
全てを知ることは無駄にはならない。だからか俺の目標は、『全ての罪人の凄惨な過去を知り、寄り添ってあげること』となった。
ただこれが生きる目標になるか、活力となるかは自信が無い。
なによりもまずは俺自身の過去を克服しないとな、と皮肉りながら布団を被った。
次話は神奈川と埼玉に向かうところから始まります。
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