表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
3章 彼らが優しい夢から残酷な現実に目を向けるまでの改造譚
25/174

25話 病院が満たすのは、安心か不安か 後編

30話も是非お楽しみください!


美羽の病室に向かうところからスタートです。

 人の気配はあるが、会話をする音が感じられない廊下。これが病院なのか、と実感する。

 これは余計だが、孤児院の外では目新しいものが多かった。人を殺して、初めて分かることは多いようだ。


 3人は無言だった。決して、気分や機嫌が悪いわけでもない。この施設の雰囲気がそうさせているのだ。

 その沈黙は、美羽みうの病室の前だとしても、変わりなかった。前にいた頼渡らいとさんは扉をスライドさせる。



 彼女の病室は、りんさんのよりも一回り広かった。ベットには桃色のウェーブヘアの人が、ベッドの上半身を傾けて本を読んでいた。言わずもがな美羽だ。



「えっ……だっ、誰ですか!?」



 彼女の言葉を聞いて、心臓が飛び出る心地がした。いや、寒気だろうか? とにかく、悲しい気持ちになったのは確かだ。

 しばし、音の無い状態が続く。俺と菫さんは、あまりのことに病室に踏み出せないでいた。


 ま、まさか、彼女の記憶は……、と思った矢先、美羽は病室の入口をひょいと覗き込む。



「あれ? 優貴くんとすみれちゃん? ……この人は?」



 どうやら、物語でよくある、記憶喪失ではなかったみたいだ。いきなり、面識のない頼渡さんを見た発言だったのだろう。

 恥ずかしいことに、俺の考えは多少早とちりだった。


 菫さんも同じ気持ちだったのか、意味を理解した途端、安堵あんどの表情で、



「もっ……もうっ! 驚かせないでよぉ!」



と震えた声で怒鳴る。そんな彼女の青い目はキラキラ、とうるおっていた。もし自分を忘れてしまったら、と思ったのかもしれない。

 美羽はさらに混乱した、と言わんばかりに首を傾げる。また、菫さんの声が響いた廊下から、ナースがこちらへ来るのは必然のことだった。



 菫さんは美羽に、頼渡さんのことを、俺はナースに異常無いことをそれぞれ説明した。その後になって、ようやくここは4人だけの空間となった。



「あっ、菫ちゃんが怒ったのってそういうことだったんだ! ふふっ」


「笑い事じゃない! 美羽が、私のことを忘れちゃったかと思ったんだから……」



 その後も、2人の会話に花が咲く。それを見ていた頼渡さんは俺にこう耳打ちした。



「ねっ? 菫ちゃんもまだまだ可愛い子供でしょ?」



 菫さんは本当に、楽しそうに話している。それを見ると、彼の言葉は妙に納得できた。



「聞こえてるわよ!」



 そんな彼女はこちらをキッ、と睨む。次には、隣にいた頼渡さんの腕をつねった。



「あいててて!」



 俺と美羽の顔には、思わず笑みが零れた。賑やかで、静かな笑い声がこの部屋を満たす。


 声が過ぎ去った後、菫さんが話を切り出した。



「そういえば、怪我の具合は? 見た感じ元気そうだけど……」


「うん、奇跡的に軽傷だって。これにりて、これからは失敗しないように気をつけようと思う!」



 美羽は自分のせいで怪我をした、と思っているらしい。実際のところ、どうなのかは誰にも判断できないが……。



「……本当に?」


「ふぇっ……!?」



 突然菫さんはずいっ、と顔を美羽へ近づける。物理的な距離が接近したことで、美羽は少し顔をひきつった。そんな彼女に、菫さんはたたけるように話す。



「美羽、いっつも都合の悪いことは言わないから。本当に軽傷なの?」


「……うん」


「じゃあ、なんで目をらすの? ……分かった、体見せて。」


「え」


「美羽に聞くより見た方が早いわ。だから、見せて」


「いやいや! それは……なんというか、その……」



 美羽の逸らした目は、何故か俺の方を向く。オドオドしている彼女の赤面が目に映る。

 つられて菫さんも俺を見た。……どういう訳か俺を睨む。



「大丈夫。この2人は外に行かせるから」



 そう言うと、菫さんは俺と頼渡さんを外まで押しやった。俺たちはなすがまま、と抵抗せずに出口へと足を向かわせた。


 追い出された2人は、扉の前で、あたかも門番のようにたたずむ。



「あははー……。追い出されちゃったねぇ、ボクたち」


「……みたい、ですね」



 苦笑くしょうという顔をして言葉を交わした。追い出されるのは当たり前か、という思いも、その表情に込められている。



「うっわ……。よくこれを『軽傷』って言ったものね。普通にするのもつらいでしょ」



 病室から菫さんの声が漏れる。ここの病院の防音性は高くないようだ。

 頼渡さんは、俺に手でジェスチャーする。耳を当てて会話を盗み聞きする、ということだろうか? ……その笑顔、悪人がする顔だろ、と思うほどに、彼の笑顔はひどいものだった。

 ……やましい気持ちなどないが、俺も美羽の状態が気になるため、渋々頷いた。


 扉に耳を近づけると、布が何かにこすれるような、こと細やかな音まで聞こえてきた。会話など、より鮮明に聞くことができた。



「まあ、見た目は少し酷いけど、完全回復は近いって言ってたし……」


「まあ、これの治りは早いだろうけど……軽傷よりかは酷いわよ」


「あはは……あ、でも頑張って、プロノービスが来るまでには治すから!」


「この怪我は頑張って治るものじゃないわ」



 パチン、と1つ音がした。恐らくデコピンだろう。



「痛っ! 怪我人にはもっと優しく!」


「とりあえず服着て。……どうせ、あの2人は耳すましてるんだから」



 慌てて耳を離す。もちろん、図星だからだ。頼渡さんもほぼ同時に元の姿勢となった。

 俺には、こういう日常がいとおしくてたまらなかった。この時だけ、自分の罪を忘れることができるから。


 俺と頼渡さんはようやく病室へ入ることができた。美羽はこう伝える。



「……ま、まあいづれにしても、早く退院できるので気になさらず!」



 3人は病室から出ると、駐車場まで足を運ぶ。道中、頼渡さんがこんなことを言っていた。



「いやぁー、ユニークな子だったねぇ。罪人取締班に、第2のムードメーカーが来てくれて良かったぁ」



 和やかな笑顔の彼に、俺は聞く。



「第2? 第1は?」


「ん? ボクじゃないの?」



 その言葉は聞き捨てならない、と言わんばかりに、菫さんが口を挟む。



「そんな訳ないでしょ。トラブルメーカーの間違いじゃないの?」


「酷いなぁ! 問題なんて1つも起こしてないよぉ!」


「嘘ばっかり!」



 2人の押し問答もんどうとどまることを知らない。俺はそんな2人のやり取りを、後ろから微笑ほほえましく眺めていた。


 車を発車して、来た道をなぞるように進んでいく。助手席にいた菫さんは、



「凛さんも美羽も大事じゃなくて良かったわ。……仲間が傷つくのはやっぱり嫌だけどね」



と話す。頼渡さんは茶化ちゃかすような台詞せりふを放つ。



「その仲間にはボクは入ってるのかなぁ? 入ってなかったら悲しいなぁ」


「……まあ、入ってるんじゃない?」


「どうしたの?」



 彼は、菫さんの素っ気ない態度に疑問を感じたのだろう。いつもの掴みどころのない態度が感じられない口調でそう聞いた。



「いや、これからもっと傷つく人が増えるから……不安で」


「大丈夫。そのためにボクが帰って来たんだ。ボクの前で、2度と仲間を死なせない。……絶対に」



 頼渡さんの声ではないように思えたその声色は、時計の針をじっと眺めるように寂しかった。俺は、まだ決意をあらわにできなくて口を一文字に結んでいた。

次回も宜しくお願いします!


次は3人が罪人取締所についてからのスタートにする予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ