24話 病院が満たすのは、安心か不安か 前編
優貴が身支度を済まして、凛と美羽の見舞いに行くところから始まります。
あまり時間が取れず、短くなりました……。この埋め合わせは必ずや!
プロノービスによる危機が迫っているというのに、外は和やかに動いていた。まあ、公表されていないことだから致し方ないだろう。
本当に、俺に、この『平和』を背負う覚悟があるのか……。滑稽なことに、それは自分でも分からなかった。
事務室に入ると、5人全員がこちらを振り向いた。どうやら俺が最後の1人だったようだ。班長は、俺に席に座ることを促すと、
「……さすがに、ここを空にする訳にもいかないから、3人ずつで行くことにしよう」
と話した。その提案に誰も何も言わなかった。賑やか、とは対極な、心がずんと重くなるような朝から、今日が始まる。
そうして、俺と頼渡さん、そして菫さんの3人で行くことになった。頼渡さんは車の運転ができるようなので、彼の運転で病院へと向かう。
「……2人はさぁ、『昨日の』椿と聖華ちゃんのこと、正直どう思うのぉー?」
運転席から彼に問いかけられた。「昨日の」、と強調したのに意味はあるのか無いのか……。
問いの対象である俺も菫さんも、彼の真意が図り知れなかった。俺と彼女は互いに目を合わせ、首を傾げ合う。いつもなら思わず笑ってしまっただろう。しかし、今だけは違った。
代わりに、行動が合致したことに恥ずかしくなったのか、先にあちらが顔を逸らして話し始めた。
「……お兄ちゃんも聖華さんも、昨日のこと後悔してるけど、2人のせいじゃないと思うわ。むしろ2人がいなかったらもっと酷いことになってたんじゃない?」
「ははっ、変わったねぇー。昔は『誰も傷つけちゃだめ!』……なんて、可愛く言ってたのにねぇー」
「なぁっ……! そっ、そういうのいいから!」
彼女は顔を真っ赤にして怒鳴った。彼女のその態度がおかしいのか、頼渡さんはケラケラ、と笑みを零す。
「2人は昔からの仲なのですか?」
自分でも驚くほどに、自然と疑問を口にしていた。雰囲気に似合わないことをした、と口元をぱっと隠す。対し頼渡さんはあっけらかんと言う口ぶりで答える。
「そうだよー。班員No.っていうの、覚えてる?」
「あっ、はい。確か俺は『8』だったと思います」
「うんうん。ちなみに椿は『1』、ボクが『2』、そして菫ちゃんが『3』なんだよ。これは入った順に付けられてるからねぇ」
つまり、班長と頼渡さん、そして菫さんが当初のメンバーだったわけか。彼女はてっきり遅い方かと思っていたけど、実は聖華さんや凛さんよりも先輩なのか。
「じゃあ、どうして凛さんが副班長に?」
「ああ。ボクはそういうの苦手だし、菫ちゃんもその時ちっちゃかったからねぇ。『4』の凛さんに頼んだんだー」
「ちっちゃかった……いくつだったんですか?」
「確か4歳だったっけなー。いやぁ、無邪気で天然な子で可愛かったよー」
「は、はぁっ!?」
無言で話を聞いていた菫さんは、また顔を赤くした。……菫さんが天然だったとは、これまた縁遠い。
「しょうがないじゃない! 確か……12年前のことなんだから! そ、そもそもその時の私のことなんて、もう覚えてないわよ!」
「ちなみに、『5』は聖華ちゃん、『6』は翔くん、『7』は……美羽ちゃんだっけ?」
「はい。美羽で合ってます」
「無視すんなぁー!!」
菫さんは涙目になって、今日イチの怒声を浴びせた。そんなに自分を美羽のような天然と間違えられたくないのか……?
そう考えると、菫さんにも子供らしい部分があるものなんだな、となぜか安心した。『罪人』という括りにも、こんなに明るい人がいると思えたからだろうか?
頼渡さんから始まった一言のおかげで、3人の雰囲気が明るくなったのは言うまでもない。
病院に着き、美羽と凛さんの病室を探した。先に見つけたのは凛さんの方だった。3人はノックして中に入る。
「……どなたですか?」
仰向けになっていた彼女は、眉間にシワを寄せ、こちらをじっと見つめた。いつもの、赤い眼鏡をしていない彼女を見るのはなんとも新鮮だった。
「やっほー! 具合はどーお?」
「その、人を小馬鹿にしたような声は……頼渡さんですか?」
「判断基準があまりにずさんだけど……そうだよ!」
「凛さん、怪我の状態はどうですか?」
「その声は優貴さんですね? 心配をおかけしました。軽傷だったので、すぐ退院できますよ」
そう答えながら、すぐ近くの棚にある眼鏡をとり、モダン(眼鏡のパーツ)を耳にかけた。
「あら、菫さんもいらして下さったのですね」
「……まあ、全員来る予定だから」
「お気持ちは嬉しいのですが……軽傷なので、そこまでご心配は無用ですよ」
「実は、もうひと……むぐ!?」
菫さんの口を頼渡さんの手が塞ぐ。菫さんの言葉は物理的に遮られた。そんな彼は続ける。
「まあねぇ! でも、やっぱり怪我が心配だし、何より仲間だからさー?」
「仲間、ですか。あのサボり魔の頼渡さんの口から、そんな綺麗な言葉が出るなんて思いませんでした」
「ねえ、ボクの評価低くない?」
彼は菫さんの口元から手を離すと、自分を指さして嘆いていた。
凛さんとの話を切り上げて3人は病室から出る。頼渡さんは俺たちに向き直って、
「美羽さんの話はボクたちがすべきじゃないよ」
とのみ告げた。そんな彼が自然な笑顔を見せて先に足を運ぶのを、俺と菫さんは追いかける形でついて行った。コツコツ、という廊下でのリズムが微妙に心臓と同期していた。
次回は美羽の病室に行くところから始まります。