2話 罪の意識
優貴と和也が作戦前の朝食を食べるところから始まります!
視点変更は
優貴→俊泰→優貴
となります。
亜喜先生の声を聞いた俺たちは、なるべく自然を装うように食堂で朝ごはんを食べた。俺には多少の緊張があり、和也もそうなのだろうか、2人の間に会話は無かった。
*
「よし行くぞ!」
和也は俺にそう念を押す。俺はまた彼に気圧されたように
「あっ、ああ」
と、たじろぎながら答える。張り切った彼の声に血気があったのは、興奮からか緊張からか……。
*
俺たちはまるで、外で遊びに行く元気な少年のように、孤児院の裏の金網に向かう。ここしばらく外に行ってないので、不自然と思われないか、という不安が不安を助長する。
そんな膨れ上がった不安から、辺りをキョロキョロと見渡す。
「じゃあ金網を急いで越えるぞ!」
声の先を見ると、彼はすでに金網を登り始めていた。ガシャガシャと緑色の金網が、どことなく寂しい音を鳴らす。
「今、先生は……居ないか」
未だの不安から俺が辺りを確認している間に、和也はすでに金網の上まで居た。彼の運動神経の賜物だ。
「おーい、優貴なにやってんだ? 早くこーい!」
「……なんでもない、今行くぞ」
俺も彼に習い、金網を越え始めた。そして俺が彼の元にたどり着こうとしたその時……
「おいお前ら! そこでなにやってんだ!」
どんな不運だろう。俊泰先生が目を吊り上げながら近づいてきた。捕まってしまったら確実に、肉体的よりも精神的に壊されかねない。
「やべぇ、見つかっちまった! おい、急ぐぞ!」
彼の焦り混じりの声に急かされる。フェンスの掴む手が冷や汗で湿る。
俺は口より手を動かし、見事和也に追いついた。
そうして俺と和也は、俊泰先生から逃げるように、金網の向こう側へ飛び出した。逃げ出すは悪戯な猿の如く、飛び出すは自由な鳥の如く。
* * * *
「亜喜先生、大変だ! 子供2人がフェンスを越えた!」
俺は向こう側に飛び出した彼らを見るや否や、持ち前の筋力で孤児院の中に逃げ込む。そこには絶やさぬ笑顔で子供たちと遊んでいる亜喜先生が。
周りの子供よりも、あの2人の子供の心配を優先した俺は、切羽詰まって彼女に伝える。
「亜喜先生! フェンスの先に2人の子供が……!」
亜喜先生は遊んでいた子供たちに構わず、目つきをギラっ、と鋭くする。眉もひそめ、暗殺者のような視線が向けられる。
まるで俺が悪いかのようなそれに思わず気後れした。
「……すぐに『報告』しなければ」
彼女は何一つ動じることはなかった。……恐ろしいくらいにだ。
そう言った彼女は、周りにいた子供たちを突き放すように歩いて言った。
一体何処へ報告しに行くのだろうか、と疑念多いことを考える。しかしそれ以上に子供が心配だ、という気持ちが勝り、その考えは一気に蒸発する。
だからと俺が行っても、同じような木々で方向感覚が失われるだけでなく、根っからの方向音痴ですらあるため、俺が迷うのは本末転倒だ。
……2人が無事に戻ってくれるなら、と俺は亜喜先生を信じることにした。
* * * *
俺と和也は、体力を温存する走り方……言わば小走りで移動する。
先程金網を越したときに、俊泰先生は振り返って帰っていくようにも見えたが、今の俺には、彼の行く末を冷静に判断する頭は無い。
「……確かこっちだ!」
なぜなら、和也を案内をするために必死に頭を働かしているからだ。
何より、ここまで来たらもう時間制限付きだ。戸惑い、立ち止まる時間が惜しい。
「よし、任せるぞ!」
彼は隣で、俺に親指を立てる。それに反応する余裕もない。どうしてこのアホは危機感を持たないのだろうか、と呆れを通り越して疑問まである。
*
固そうな枝の木の葉を避けた僅かな日光が、先を急ぐ2人の行先をほのかに、まばらに照らす。
光が落ちている、という感覚に陥ってしまうほどに神秘的な草道を2対の足が通る。
しばらくすると木が無いような不自然に開けた場所に出た。
その中央でより不自然を際立たせていたのは、1階建てでまるで金属製のように鉛色に鈍く光る、ごく小さな建物だった。
泥棒のように様子を伺いながら、建物の全貌を見る。
その建物は、やはり全体が鉄で造られているようだ。また、前方から見る限りだと窓という窓は無く、鉄製の扉が1つあるだけだった。
「……なあ、これってまさか」
和也にそう聞く。もし、ここが噂通りだったなら、俺たちの遺体は残るのだろうか。そんな恐怖と後悔を滲ませながら。
一方、回答者側の彼は、
「噂……本当だったな! これだよ! ああ、絶対これだ! ここで人体実験を……!」
噂が本当らしいことが嬉しいのか、興奮した様子で言う。その姿は本当に小さい子供の様だった。本当に、どうしてこのアホは危機感を持たないのだろう。
幼稚な彼を横目に見て冷静になれたのだろうか、目の前の建物と噂との矛盾を感じることができた。
「施設は確かにあった。だけど人体実験ができる大きさには見えないな。……明らかに狭いぞ?」
自分の憶測に確固たる自信は無かったが、そう思うことで幾分か恐怖が解消された。だからか、半笑いに近い感情で疑問を投げかける。
「うぅーん……じゃあ、入ってみるか?」
恐怖は復元された。先程の倍になって復元された。
彼はそれが非常に恐ろしい提案だということが分からないのか、ありえないほどきょとんとした顔だ。
出したい溜息を何とか呑み込むが、呆れた口調になって反論する。
「いや、さすがにそれはまずいだろ。ここが噂に関係あろうが無かろ……」
俺が言葉を続けようとしたその時、彼は元から大きな眼をさらに大きく見開く。そして何を思ったのか、俺の腕を強く掴むと、建物の横の陰に隠れた。
俺は突然のことに体がついていかなかった。そのため、なすがまま和也に引っ張られた。
「かっ、和也!?」
「しぃっ……静かに。今、人の声がした」
彼の細い人差し指が、艶やかな口の中心と整った鼻尖を結ぶ。
俺には全く聞こえなかったが、珍しくまで強ばって真剣な表情をする彼を信じることにした。
俺はその場で、蝋人形のように音を出さず、動きもせずに停止する。
勢いよく扉が開かれるのはそれから間もなかった。扉の取っ手が壁にぶつかって、存外大きな音を出す。
「逃げたガキは2人だ! 急いで『口封じ』するぞ!」
「バカかお前! ここさえバレてなかったら麻酔だけでいいだろ! それで『逸材』が潰れたらどうする!?」
その扉から、白い服装で黒い銃を腰に携える3人組の男が、声の殴り合いをしながら飛び出す。声はそこそこ低く、体格も大きいことから多分大人だろう。
そんな彼らは、あまりにも理解し難い内容を話しながら、奥の緑へと消えていった。
「……あ、危なかったぁ」
和也は僅かに口角を吊り上げるも、その顔は余裕とは対のものを表す。
動きを止めた俺も冷や汗をかきつつも、危機を逃れたことに安堵した。
しかし、気持ちを裏切るような現実だ。完全には危機を乗り越えていない。
「そ、そうだ! 早くここから逃げるぞ! 会話を聞く限り噂は本当だって分かったろ!」
「そっ、そうだな!」
そう言うや否や、彼は陰から飛び出した。もちろん俺も後に続こうとするができなかった。何故なら、
「先ぱーい! 待って下さいよー!」
入り口からもう1人、同じ恰好の男が来てしまったからだ。
「やっば……!」
和也は小さい声を漏らす。夢なら覚めてほしい、悪夢のような出来事はこれに留まらず、
「お前まだ居たのか! ちっ、早く来い!」
先に林に行っていたと思われた3人が戻ってきたのだ。まさか、先に施設の周辺を探していたのか?
「すいません、準備に時間がかかっちゃって……」
「おいそれより、そいつは誰だ?」
3人組の中の1人が、俺たちの方を顎で指して言う。
気づかれたと思い、俺は逃亡、延命、人生までも諦めた。
しかし、俺の予想とはかけ離れたことが起きた。話した男はこう話す。
「君、『もう1人と一緒』じゃないのかい?」
どういう意味かは、学校のテストより早く分かった。
……間違いない。それは和也だけに向かって放たれた一言だった。俺は飛び出そうとしたが、まだ建物の陰に居た。だから、気づかれたのは和也だけだったのだ。
彼も状況を把握したのか、頭を軽く下げると
「と、途中ではぐれました」
と話す。
和也は俺を庇おうとしている。そう思うと、塗り固められた正義感から、居ても立ってもいられなくなった。
「かず……」
ついに俺は声を出してしまった。それを、
「ところで! おじさんたちは誰ですか?」
彼は俺の声をかき消すような、大きな声を出すことで対処した。その声に臆した俺は、とりあえずは、建物の陰で身を潜め続けることを決めた。
もし『彼が危険になった時、いつでも加勢できるように』。
「……大丈夫! おじさんたちは怪しい人じゃなくて、孤児院の従業員だから!」
一方男たちは、中学生のような幼い外見の彼をにそう話す。外見で判断したのか、完全に子供扱いしている。
……いや、元々未成年なのだが。
「そうなんだ……! じゃあ帰るよ! あ、でも……友達探さないと」
「じゃあ、おじさんたちが探してあげるから。でも、ここは危ないからとりあえず一緒に帰ろ?」
男はそう言うと、片手をポケットに入れながら和也に近づく。そして、ある一定の距離……和也の『間合い』まで入る。
男がポケットから手を出そうとしたとき、「うらぁっ!」と和也が叫ぶ。叫びながら、男のポケットに入れていた方の手を蹴った。
ドン、と鈍い音がここまで伝わる。
男は思いもよらなかった行動に対する驚きと、彼の蹴りの反動で、持ってたナイフを落とした。草があったため、ナイフが落ちる音は無い。
「はあ!? ……くそガキが!」
ナイフを失くした男は、当然の対抗手段として腰辺りから銃を抜こうとする。しかしそれよりも速く、和也は男の鳩尾を肘で打つ。
「がはっ……!」
男は膝を地面についた後、横になって項垂れる。彼は、その男が地に伏せるのを見届けた後、残る3人を睨む。
先程の子供の面影は完全に消え去っていた。
*
和也は昔から喧嘩に強い。一見あの幼い体型を見ると、強い理由が本当に分からない。強いて言うなら、反射神経や素早さ、攻撃の的確さなどが抜群に良いのだろうか?
それと和也自身が言っていたが、生まれつき訓練をせずとも相手の行動や弱点が大体分かるらしい。
「あいつのそこには、何か傷がありそうだ」とか、「あいつの性格なら、次は多分こうするだろう」とか。
そう、和也は俗に言う、『戦闘の天才』だったのだ。
*
残る3人は慌てて銃を取って応戦しようとしたが、和也はそのうちの1人に殴りかかる。その時には、俺の頭から『加勢』とかいう言葉は泡になって消えていた。
「がっ!」
男が苦悶の声をあげる。それでも彼は攻撃を止めない。
彼が男と密着することで、残りの2人は仲間ごと撃ってしまう。そのため彼を撃つことを躊躇っているのだろうか。
「俺はいいから……行け!」
彼は余裕が無いのか、声を荒げて叫んだ。その声に男は反応しなかった。
それに反応したのは俺だけだ。俺は肉体的、精神的に硬直してひたすらに考える。
これは俺への言葉なのだろうか? でも逃げてもいいのか? 俺が逃げると和也は?
……だけど俺は、和也の意思を汲み取って逃げることしかできないんだ。俺が出ても力になれるどころか、必ず足手まといになる。
『俺には力が無い』のだから……と。
まとめた思考に従って、恐る恐る逃げようとした途端にパァン、と耳を劈くほどの銃声が鳴る。
「……うっ!」
和也は苦悶を明確に表す声を出す。彼の右手の甲からは幾筋もの血が流れる。
痛みをこらえるためか、ゼェゼェと息を荒らげる彼は2人を睨み続けるものの、利き手の負傷で抵抗は全くできる状態では無い。
俺は、彼が目の前で撃たれたのにも関わらず、陰で目を見開いて口をパクパクとしていた。
両の目からは、彼の手の甲の血と同じ……もしかしたらそれ以上にもなる量の涙を浮かべたかもしれない。口は渇き、声帯が削がれたように音も発しなかった。
*
心の奥底で自らの非力を呪う。同時に奥底では黒い何かが、腐敗するリンゴのようにじわじわと心を内部から蝕む。
傍から見れば、俺のその様はさぞかし滑稽だったろう。さらに言えば、弱者の俺が助かり強者の彼が傷つく。そんな皮肉すら感じる。
*
そんな腐敗装置に構わずに、2回の銃声が静寂な林に鳴り響いた。
2発目は左足の脛周辺に。血が四方八方へと飛び散る。彼の痛覚の限界なのか、後ずさりして倒れ込む。
3発目は腹に。彼は撃たれたと同時に体を仰け反らせる。血は先程の俺の心のように、じわじわと服を赤黒に侵食していく。彼は反応を示さず、遂に動かなくなった。
*
俺は怒り叫んだか、何もせずに無言でいたか……いっそ笑ったか、それすら判断つかない程に心は限界に達していた。
実際は、膝を地面につけて小さく呟いていたようだ。さながら壊れたオーディオのように。
*
死んだのか?
……いや『殺したのか』?
俺が、殺したのか?
そうだ、俺が殺した。
俺が殺した。
俺が……。
*
その後も幾度か呟いていると、俺の頭に手紙のようなものが入力された気がした。それはまるで、いつかのどこかで見たかのような、一種の既視感を画鋲として脳裏に貼りつく。
┏ ┓
上浦 優貴 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『暴行罪』の使用許
可証です。
この能力の詳細は……
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┗ ┛
いくら不可思議な現象が起きたとしても、今の俺には関係無かった。和也が生きているという1滴以下の希望を抱かずにはいられなかった。
頭が吹雪のように真っ白になる。寒さまで伝わってきた。
そんな中でも、1つの目標だけは明確に認識できた。
『和也を助ける。急いで孤児院に届ける』
という目標が。
「……《発動》」
そんな聞き馴染んだ声が聞こえたのを最後に、俺の頭は思考という現象を忘れた。
*
俺は何をしているのか自覚できない。ただ彼を助ける、そんな目標を元に俺は動いているのか。
唯一感じ取れたのは手からの感触のみだ。その感触は、生暖かい何かと温い液体のようなもの。
しかし、それまでだ。
俺は催眠にもかかったのか。はたまた、まさに人体実験で頭が壊れたのか。そんなことが信じられるほど、俺は俺ではなかった。俺の体が勝手に動いていたのだ。
*
1度だけ、我に返ることがあった。腕に違和感。つまり、重い何かが乗ったことでなのか。
夢見心地で腕を見ると、先程までの怪力が感じ取れない和也がいた。
彼の手と足は、物理の実験でよく見た振り子みたいにぶら下がっている。
まだ醒めきらなくて辺りを見やると、銃弾を和也に撃ち込んだ2人は首が折れていた。さらに和也が戦闘不能にしたはずの残りの2人も、頭部が潰れていた。
もし宜しければ、次回も宜しくお願いします!