表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
1章 彼が幸せから地獄に落ちゆくまでの転落譚
2/174

2話 罪の意識

優貴と和也が作戦前の朝食を食べるところから始まります!


視点変更は


優貴→俊泰→優貴


となります。

 亜喜あき先生の声を聞いた俺たちは、なるべく自然を装うように食堂で朝ごはんを食べた。俺には多少の緊張があり、和也かずやもそうなのだろうか、2人の間に会話は無かった。



   *



「よし行くぞ!」



 和也は俺にそう念を押す。俺はまた彼に気圧けおされたように



「あっ、ああ」


 

と、たじろぎながら答える。張り切った彼の声に血気があったのは、興奮からか緊張からか……。



   *



 俺たちはまるで、外で遊びに行く元気な少年のように、孤児院の裏の金網に向かう。ここしばらく外に行ってないので、不自然と思われないか、という不安が不安を助長する。


 そんな膨れ上がった不安から、辺りをキョロキョロと見渡す。



「じゃあ金網を急いで越えるぞ!」



 声の先を見ると、彼はすでに金網を登り始めていた。ガシャガシャと緑色の金網が、どことなく寂しい音を鳴らす。



「今、先生は……居ないか」



 未だの不安から俺が辺りを確認している間に、和也はすでに金網の上まで居た。彼の運動神経の賜物たまものだ。



「おーい、優貴ゆうきなにやってんだ? 早くこーい!」


「……なんでもない、今行くぞ」



 俺も彼に習い、金網を越え始めた。そして俺が彼の元にたどり着こうとしたその時……



「おいお前ら! そこでなにやってんだ!」



 どんな不運だろう。俊泰としやす先生が目を吊り上げながら近づいてきた。捕まってしまったら確実に、肉体的よりも精神的に壊されかねない。



「やべぇ、見つかっちまった! おい、急ぐぞ!」



 彼の焦り混じりの声に急かされる。フェンスの掴む手が冷や汗で湿る。

 俺は口より手を動かし、見事和也に追いついた。


 そうして俺と和也は、俊泰先生から逃げるように、金網の向こう側へ飛び出した。逃げ出すは悪戯いたずらな猿のごとく、飛び出すは自由な鳥の如く。









 * * * *




亜喜あき先生、大変だ! 子供2人がフェンスを越えた!」



 俺は向こう側に飛び出した彼らを見るや否や、持ち前の筋力で孤児院の中に逃げ込む。そこには絶やさぬ笑顔で子供たちと遊んでいる亜喜先生が。


 周りの子供よりも、あの2人の子供の心配を優先した俺は、切羽詰まって彼女に伝える。



「亜喜先生! フェンスの先に2人の子供が……!」



 亜喜先生は遊んでいた子供たちに構わず、目つきをギラっ、と鋭くする。眉もひそめ、暗殺者のような視線が向けられる。

 まるで俺が悪いかのようなそれに思わず気後れした。



「……すぐに『報告』しなければ」



 彼女は何一つ動じることはなかった。……恐ろしいくらいにだ。

 そう言った彼女は、周りにいた子供たちを突き放すように歩いて言った。


 一体何処へ報告しに行くのだろうか、と疑念多いことを考える。しかしそれ以上に子供が心配だ、という気持ちがまさり、その考えは一気に蒸発する。


 だからと俺が行っても、同じような木々で方向感覚が失われるだけでなく、根っからの方向音痴ですらあるため、俺が迷うのは本末転倒だ。


 ……2人が無事に戻ってくれるなら、と俺は亜喜先生を信じることにした。









 * * * *




 俺と和也は、体力を温存する走り方……言わば小走りで移動する。

 先程金網を越したときに、俊泰先生は振り返って帰っていくようにも見えたが、今の俺には、彼の行くすえを冷静に判断する頭は無い。



「……確かこっちだ!」



 なぜなら、和也を案内をするために必死に頭を働かしているからだ。

 何より、ここまで来たらもう時間制限付き(タイムアタック)だ。戸惑い、立ち止まる時間が惜しい。



「よし、任せるぞ!」



 彼は隣で、俺に親指を立てる。それに反応する余裕もない。どうしてこのアホは危機感を持たないのだろうか、と呆れを通り越して疑問まである。



   *



 固そうな枝の木の葉を避けた僅かな日光が、先を急ぐ2人の行先ゆくさきをほのかに、まばらに照らす。

 光が落ちている、という感覚に陥ってしまうほどに神秘的な草道を2対の足が通る。


 しばらくすると木が無いような不自然にひらけた場所に出た。

 その中央でより不自然を際立たせていたのは、1階建てでまるで金属製のように鉛色に鈍く光る、ごく小さな建物だった。


 泥棒のように様子をうかがいながら、建物の全貌ぜんぼうを見る。

 その建物は、やはり全体が鉄で造られているようだ。また、前方から見る限りだと窓という窓は無く、鉄製の扉が1つあるだけだった。



「……なあ、これってまさか」



 和也にそう聞く。もし、ここが噂通りだったなら、俺たちの遺体は残るのだろうか。そんな恐怖と後悔をにじませながら。

 一方、回答者側の彼は、



「噂……本当だったな! これだよ! ああ、絶対これだ! ここで人体実験を……!」



噂が本当らしいことが嬉しいのか、興奮した様子で言う。その姿は本当に小さい子供の様だった。本当に、どうしてこのアホは危機感を持たないのだろう。


 幼稚な彼を横目に見て冷静になれたのだろうか、目の前の建物と噂との矛盾を感じることができた。



「施設は確かにあった。だけど人体実験ができる大きさには見えないな。……明らかに狭いぞ?」



 自分の憶測に確固たる自信は無かったが、そう思うことで幾分か恐怖が解消された。だからか、半笑いに近い感情で疑問を投げかける。



「うぅーん……じゃあ、入ってみるか?」



 恐怖は復元された。先程の倍になって復元された。

 彼はそれが非常に恐ろしい提案だということが分からないのか、ありえないほどきょとんとした顔だ。


 出したい溜息ためいきを何とか呑み込むが、呆れた口調になって反論する。



「いや、さすがにそれはまずいだろ。ここが噂に関係あろうが無かろ……」



 俺が言葉を続けようとしたその時、彼は元から大きな眼をさらに大きく見開く。そして何を思ったのか、俺の腕を強く掴むと、建物の横の陰に隠れた。


 俺は突然のことに体がついていかなかった。そのため、なすがまま和也に引っ張られた。



「かっ、和也!?」


「しぃっ……静かに。今、人の声がした」



 彼の細い人差し指が、つややかな口の中心と整った鼻尖びせんを結ぶ。


 俺には全く聞こえなかったが、珍しくまでこわばって真剣な表情をする彼を信じることにした。

 俺はその場で、蝋人形ろうにんぎょうのように音を出さず、動きもせずに停止する。


 勢いよく扉が開かれるのはそれから間もなかった。扉の取っ手が壁にぶつかって、存外大きな音を出す。



「逃げたガキは2人だ! 急いで『口封じ』するぞ!」


「バカかお前! ここさえバレてなかったら麻酔だけでいいだろ! それで『逸材』が潰れたらどうする!?」



 その扉から、白い服装で黒い銃を腰にたずさえる3人組の男が、声の殴り合いをしながら飛び出す。声はそこそこ低く、体格も大きいことから多分大人だろう。


 そんな彼らは、あまりにも理解しがたい内容を話しながら、奥のみどりへと消えていった。



「……あ、危なかったぁ」



 和也は僅かに口角を吊り上げるも、その顔は余裕とはついのものを表す。

 動きを止めた俺も冷や汗をかきつつも、危機を逃れたことに安堵あんどした。


 しかし、気持ちを裏切るような現実だ。完全には危機を乗り越えていない。



「そ、そうだ! 早くここから逃げるぞ! 会話を聞く限り噂は本当だって分かったろ!」


「そっ、そうだな!」



 そう言うや否や、彼は陰から飛び出した。もちろん俺も後に続こうとするができなかった。何故なら、



「先ぱーい! 待って下さいよー!」



入り口からもう1人、同じ恰好かっこうの男が来てしまったからだ。



「やっば……!」


 和也は小さい声を漏らす。夢なら覚めてほしい、悪夢のような出来事はこれに留まらず、



「お前まだ居たのか! ちっ、早く来い!」



 先に林に行っていたと思われた3人が戻ってきたのだ。まさか、先に施設の周辺を探していたのか?



「すいません、準備に時間がかかっちゃって……」


「おいそれより、そいつは誰だ?」



 3人組の中の1人が、俺たちの方を顎で指して言う。

 気づかれたと思い、俺は逃亡、延命、人生までも諦めた。


 しかし、俺の予想とはかけ離れたことが起きた。話した男はこう話す。



「君、『もう1人と一緒』じゃないのかい?」



 どういう意味かは、学校のテストより早く分かった。

 ……間違いない。それは和也だけに向かって放たれた一言だった。俺は飛び出そうとしたが、まだ建物の陰に居た。だから、気づかれたのは和也だけだったのだ。


 彼も状況を把握したのか、頭を軽く下げると



「と、途中ではぐれました」



と話す。


 和也は俺を庇おうとしている。そう思うと、塗り固められた正義感から、居ても立ってもいられなくなった。



「かず……」



 ついに俺は声を出してしまった。それを、



「ところで! おじさんたちは誰ですか?」



彼は俺の声をかき消すような、大きな声を出すことで対処した。その声におくした俺は、とりあえずは、建物の陰で身を潜め続けることを決めた。


 もし『彼が危険になった時、いつでも加勢できるように』。



「……大丈夫! おじさんたちは怪しい人じゃなくて、孤児院の従業員だから!」



 一方男たちは、中学生のような幼い外見の彼をにそう話す。外見で判断したのか、完全に子供扱いしている。

 ……いや、元々未成年なのだが。



「そうなんだ……! じゃあ帰るよ! あ、でも……友達探さないと」


「じゃあ、おじさんたちが探してあげるから。でも、ここは危ないからとりあえず一緒に帰ろ?」



 男はそう言うと、片手をポケットに入れながら和也に近づく。そして、ある一定の距離……和也の『間合い』まで入る。

 男がポケットから手を出そうとしたとき、「うらぁっ!」と和也が叫ぶ。叫びながら、男のポケットに入れていた方の手を蹴った。

 ドン、と鈍い音がここまで伝わる。


 男は思いもよらなかった行動に対する驚きと、彼の蹴りの反動で、持ってたナイフを落とした。草があったため、ナイフが落ちる音は無い。



「はあ!? ……くそガキが!」



 ナイフを失くした男は、当然の対抗手段として腰辺りから銃を抜こうとする。しかしそれよりも速く、和也は男の鳩尾みぞおちを肘で打つ。



「がはっ……!」



 男は膝を地面についた後、横になって項垂れる。彼は、その男が地に伏せるのを見届けた後、残る3人を睨む。

 先程の子供の面影おもかげは完全に消え去っていた。



   *



 和也は昔から喧嘩に強い。一見あの幼い体型を見ると、強い理由が本当に分からない。強いて言うなら、反射神経や素早さ、攻撃の的確さなどが抜群に良いのだろうか?


 それと和也自身が言っていたが、生まれつき訓練をせずとも相手の行動や弱点が大体分かるらしい。

 「あいつのそこには、何か傷がありそうだ」とか、「あいつの性格なら、次は多分こうするだろう」とか。


 そう、和也は俗に言う、『戦闘の天才』だったのだ。



   *



 残る3人は慌てて銃を取って応戦しようとしたが、和也はそのうちの1人に殴りかかる。その時には、俺の頭から『加勢』とかいう言葉は泡になって消えていた。



「がっ!」



 男が苦悶の声をあげる。それでも彼は攻撃をめない。


 彼が男と密着することで、残りの2人は仲間ごと撃ってしまう。そのため彼を撃つことを躊躇ためらっているのだろうか。



「俺はいいから……行け!」



 彼は余裕が無いのか、声を荒げて叫んだ。その声に男は反応しなかった。

 それに反応したのは俺だけだ。俺は肉体的、精神的に硬直してひたすらに考える。


 これは俺への言葉なのだろうか? でも逃げてもいいのか? 俺が逃げると和也は?

 ……だけど俺は、和也の意思をみ取って逃げることしかできないんだ。俺が出ても力になれるどころか、必ず足手まといになる。

 『俺には力が無い』のだから……と。


 まとめた思考に従って、恐る恐る逃げようとした途端にパァン、と耳をつんざくほどの銃声が鳴る。



「……うっ!」



 和也は苦悶くもんを明確に表す声を出す。彼の右手の甲からは幾筋いくすじもの血が流れる。

 痛みをこらえるためか、ゼェゼェと息を荒らげる彼は2人を睨み続けるものの、利き手の負傷で抵抗は全くできる状態では無い。


 俺は、彼が目の前で撃たれたのにも関わらず、陰で目を見開いて口をパクパクとしていた。

 両の目からは、彼の手の甲の血と同じ……もしかしたらそれ以上にもなる量の涙を浮かべたかもしれない。口は渇き、声帯ががれたように音も発しなかった。



   *



 心の奥底で自らの非力を呪う。同時に奥底では黒い何かが、腐敗するリンゴのようにじわじわと心を内部からむしばむ。

 はたから見れば、俺のその様はさぞかし滑稽だったろう。さらに言えば、弱者の俺が助かり強者の彼が傷つく。そんな皮肉アイロニーすら感じる。



   *



 そんな腐敗装置に構わずに、2回の銃声が静寂な林に鳴り響いた。

 2発目は左足のすね周辺に。血が四方八方へと飛び散る。彼の痛覚の限界なのか、後ずさりして倒れ込む。

 3発目は腹に。彼は撃たれたと同時に体をらせる。血は先程の俺の心のように、じわじわと服を赤黒に侵食していく。彼は反応を示さず、遂に動かなくなった。



   *



 俺は怒り叫んだか、何もせずに無言でいたか……いっそ笑ったか、それすら判断つかない程に心は限界に達していた。


 実際は、膝を地面につけて小さく呟いていたようだ。さながら壊れたオーディオのように。



   *



 死んだのか?


 ……いや『殺したのか』?


 俺が、殺したのか?


 そうだ、俺が殺した。


 俺が殺した。


 俺が……。



   *



 その後も幾度か呟いていると、俺の頭に手紙のようなものが入力インプットされた気がした。それはまるで、いつかのどこかで見たかのような、一種の既視感を画鋲がびょうとして脳裏に貼りつく。



┏                  ┓

      上浦かみうら 優貴ゆうき 様         


    貴方は罪人となりました。


 これは貴方の能力、『暴行罪』の使用許

 可証です。


 この能力の詳細は……


          ・

          ・

          ・

┗                  ┛



 いくら不可思議な現象が起きたとしても、今の俺には関係無かった。和也が生きているという1滴以下の希望をいだかずにはいられなかった。


 頭が吹雪のように真っ白になる。寒さまで伝わってきた。

 そんな中でも、1つの目標だけは明確に認識できた。



『和也を助ける。急いで孤児院に届ける』



という目標が。



「……《発動》」



 そんな聞き馴染んだ声が聞こえたのを最後に、俺の頭は思考という現象を忘れた。



   *



 俺は何をしているのか自覚できない。ただ彼を助ける、そんな目標を元に俺は動いているのか。

 唯一感じ取れたのは手からの感触のみだ。その感触は、生暖かい何かとぬるい液体のようなもの。

 しかし、それまでだ。


 俺は催眠にもかかったのか。はたまた、まさに人体実験で頭が壊れたのか。そんなことが信じられるほど、俺は俺ではなかった。俺の体が勝手に動いていたのだ。



   *



 1度だけ、我に返ることがあった。腕に違和感。つまり、重い何かが乗ったことでなのか。


 夢見心地で腕を見ると、先程までの怪力が感じ取れない和也がいた。

 彼の手と足は、物理の実験でよく見た振り子みたいにぶら下がっている。


 まだめきらなくて辺りを見やると、銃弾を和也に撃ち込んだ2人は首が折れていた。さらに和也が戦闘不能にしたはずの残りの2人も、頭部が潰れていた。

もし宜しければ、次回も宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ