18話 信頼された彼女
聖華さんが、過去を話し終えたところから始まります。
* * * *
「……とまあ、後は罪人取締班で活動していったって感じだね。ちなみに、当時は班長、菫ちゃん、今は居ない頼渡、そして凛だけだったよ」
全てを話し終えた聖華さんの顔は、どこか蟠りがとけたような風貌で、目を閉じて佇んでいた。
俺はようやく、彼女がなぜそこまで戦いを好むのか、なぜ過去を隠し通したかったのか、曖昧なりにも分かった気がする。
俺はそんな彼女を凝視する。彼女は笑わず、少し和んだ表情を浮かべる。
彼女の『闘争心』の正体は実験の後遺症ということ。朱雀との悲しいすれ違い。
彼女の口調や表情で、それの重さが十分すぎるほど伝わった。
聖華さんは暗い雰囲気を払拭するかのように、無理に笑って話す。
「あたしの話抜きでまとめると、あいつらは『世界中の人間全てを罪人にする』ことを目的としてる。人体実験は一般人を罪人にする技術を確立するため。殺傷も罪人を除いて、普通の一般人のみ」
彼女のその笑顔は徐々に、皮肉を込めた笑顔になっていく。
罪人だけの世界になれば、誰にも罵倒されることなんてない。だけど、そのためにしてはあまりにも、だ。
聖華さんは手を一度叩いて注目を集める。そして次のような提案をした。
「じゃ、あたしが質問タイムを設けてやるよ。何か無いかい?」
手を挙げたのは菫さんと班長、そして俺の三人だ。
実は、俺は話を聞く前から質問したかったことだ。
「順番にね。まず、班長はなんだい?」
班長を当てたのは、恐らく彼女の気まぐれだろう。
当てられた班長は、ひどく落ち着いた表情で口を開く。
「聖華さんの話には、『青龍』が出てないみたいだけど、存在しているのかな?」
青龍。気に留めなかったが、確かに彼女の口から一度も聞いていない。
聖華さんは、記憶を掘り返すためか、特に何も無い天井を見る。
考えがまとまったのか、今度は班長を見て答える。
「存在はしているよ。ただ、組織内で会ったことは一回もないねぇ」
班長は他に何か言いたかったのか、口をもごつかせる。
しかしそれを飲み込むと、
「そっか、分かった。ありがとう」
と答える。
聖華さんでも会わなかった、その青龍はどこで何をしていたのだろうか。
聖華さんは頷くと、俺の方を向いて言う。
「次は……優貴、質問は?」
彼女のその赤い目は、いつもと違う、不思議なハイライトで照らされていた。
先程言った、話が始まる前に聞くべき質問をする。
「……朱雀の、あの能力は何なんでしょうか?」
聖華さんは淀むこと無く話す。
「あいつの能力は、自らに従順な分身を出す能力、『凶器準備集合罪』。分身には何かしらの武具、防具を一種類持たせることができる」
「……それだけですか?」
聖華さんは首を小さく、横に振って言う。
「違うよ。その能力の最も厄介な点は2個ある。
一つ目、分身は『自身や他の分身の周囲10mに配置できるし、生成と解体も無制限』。
二つ目、自身と分身の『位置を交換できる』。まるで美羽の能力だね。それもまた無制限で、使い方によっては瞬間移動みたいなこともできる」
要は、一人だけで軍隊として動ける訳か。聖華さんが『唯一の盾』なら、朱雀は『無数の矛』 ということか。
俺はさらに追求するように聞く。
「……じゃあ凛さんを撃ったのは、朱雀の仲間じゃなく、ただの分身?」
聖華さんは顎に手をあてる。凛さんが撃たれた場面を思い返しているのか、ぼうっとしている。
そして聖華さんは答えた。
「多分ね。あいつのことだ、接触する前から入念に分身を散らしてたんだろうねぇ」
相当厄介な能力だ。まず一人だと勝ち目は無い。
もし俺が一人で接触したときは、逃げに徹して応援を呼ぼう。
聖華さんは菫さんの方を向く。視線を感じたのか、菫さんも凛々しい眼でそちらを向いた。
聖華さんは質問を始めようとしない彼女に促す。
「質問、いいよ?」
菫さんの表情は強ばっている。言おうか言うまいか戸惑っているみたいだ。手を上げたのは彼女自身なのだが、急に迷いが生じたのだろう。
菫さんは恐る恐る口を開く。
「……聖華さんは、どうして今まで過去を秘密にしたの? プロ・ノービスの情報に関わることだし、早めに言った方が……いや、やっぱり忘れて」
彼女がいつになく自信が無い理由が理解できた。
聖華さんは過去を言いたくなかったのだが、それでも言った方が敵の情報を知れる点では、菫さんの質問は道理だ。
聖華さんはこれに対して、どのような反応をするのだろう。
「……あははっ! そっか、そうだねぇ」
彼女は、頭を片手で抑えて笑った。予想外の反応に、菫さんの表情がより一層強ばる。
そんな彼女に、聖華さんは表情の明るさを落として答えた。
「……言うのが辛いっていうのは建前さ。本当は、ここを追い出されるのが怖かったんだ。ここが無くなったら、こんなあたしを置いてくれるところなんてないからね……」
これに反応を示したのは班長だった。
「追い出す……? 追い出す訳ないじゃないか……!」
この場を破る、爆弾のような声。恐らく、全員そんな気持ちだろう。
「出てけ」という声が一つもないのが何よりの証拠だ。
驚きを隠せない彼女に対して、班長の声はまだ続く。
「……ごめん、八つ当たりだよ。班員に気が回らなかった自分に苛立ってるんだ。だけど、もっと俺たちを信頼してくれても良かったんだよ……?」
聖華さんはふっと表情を崩す。
「言ってくれるじゃないか……」
聖華さんは、俺たちに背を向けるようにくるっと後ろを向く。
「……あたしを、受け入れてくれてありがとね」
彼女の肩や声はわずかに震えていた。俺は、彼それ以上彼女を見ることはできなかった。
*
それは突然だった。聖華さんの激白が一通り終わった後、静けさが包んでいた。
その静寂を邪魔するかのように、固定電話のコール音が鳴り響く。
それは今の事務室の中で、唯一の音源となっていた。
後ろを向いていた聖華さんも振り向く。その目はほんのりと赤くなっていた。俺と他の3人も音源を見るように視線を向ける。
班長はそれを素早く取ると、そっと耳にあてる。
「こちら、罪人取締班」
彼は短く伝えつつ、皆にも聞こえるようにスピーカーにする。すると、固定電話から外の音声が明瞭に伝わる。
電車だろうか、何かが通り過ぎた轟音と共に、男の命乞いする声が聞こえた。
『……助けてくれぇ! くそ、なんで追っかけてくるんだよ! 変な能力使いやがって! このクサレ罪人が!』
そして次に聞こえたのは、梅雨のようにじっとりとしており、かつ聞き取りにくい女性の声だった。
『あ、あんたが罪人よりも悪人だからよ……。ああ、あんたなんて……生きてる意味も無いわ……!』
轟音があれば聞き取れないほど細々とした声だ。
しかし今は音が無くなったため、しっかりと声が反響して聞こえる。カチリという不自然な音までも。
『……《発動》』
彼女はそう宣言した。言わずもがな、それは能力を発動した証拠だった。
その状況の景色はあまり予想できず、しようとも思えない。まるでミンチをこねるかのような気味の悪い音が、長い時間にわたって嫌でも耳へと入る。
美羽や菫さんにも、それが何の音が理解できたのか、顔を青くして怯えていた。
『ふふ、ふふふふふふ……』
最後は彼女の陰湿で不気味な笑いが反響して、受話器越しで音を出していた。
班長は、目を閉じて終始を聞いていた。そして、そっと受話器を元の位置に戻し、電話を一方的に切った。
班長は顎に手を当てて言う。
「凛さんが居ない時に限って……。いや、逆に凛さんを負傷させたから動き出したのか?」
彼は、これがプロ・ノービスの仕業と言いたいのだろうか。
……聖華さんの話を聞いてから、それもありえなくはないな、と感じ始めた。
班長は班員の方向へ向き直る。眉間に皺を寄せ、予想外の出来事に戸惑うようにも見える表情をしている。
「今回の相手は能力も分からない。油断はできないから、戦闘慣れしている人を……」
その瞬間、また『コール音』が鳴る。全員が瞬間的に嫌な予感を感じたのは言うまでもない。
班長は先程同様、受話器を取る。
「……こちら、罪人取締班」
班長はスピーカーにする冷静さを忘れてはいない。
しかし受話器を持っていない方の手が焦りを表すように、人差し指で机をパタパタと鳴らしている。
『……ああ、繋、がった……のか? た、助けて、くれ……! 殺、さ……れる。はあ、はあ……』
電話で聞こえたのは疲弊しきった、低い男の声だった。
どうやら、先程の電話よりも反響しやすい場所にいるようだった。
次に聞こえたのは幼い少年のような陽気な声だ。
『あれ? あれれ? もしかして、罪人取締班の人と話してる? だーめじゃーん! 君が僕以外の声を聞いてると……』
少しの沈黙。
少年の声の代わりに、ゼェゼェという呼吸音が聞こえる。それは恐らく電話主の男のものだろう。
『……嫉妬するんだよ。だから、お前も、電話越しのお前も! 『今』! 殺してやるよおぉっ!』
本当に先程の少年の声だろうか。陽気な声色が剥がれ、狂気の一端を見せた。
『《発動》!』
『や、やめて……くれ……! も、う……『耳』が……』
それ以降の音声は聞こえなかった。その理由は、班長が受話器を物凄い勢いで置いたからだ。
「……危ないところだった。多分、今のは……」
全員が訳が分からないといった表情で見る中、班長は額に手のひらをつけて独り言を呟く。
彼の弱りきった表情は、今の状況の深刻さを雄弁に語る。
*
考えをまとめるためだろうか、班長は先程よりも長く黙考して話す。……強ばった話し方で。
「場所は特定しているから後はメンバーだね。女性の方の罪人は、優貴くんと翔くんの二人で。男性の方の罪人は、聖華さんと美羽さん……そして俺の三人で行く」
俺と……翔さん!?
彼が戦っている所を一度も見てない。そんな人と二人っきりで連携なんてとれるのだろうか!?
班長は俺と打って変わって冷静に続ける。
「……いいかい? これはかなり危険な任務だ。だから危険だと判断したらすぐに退散すること」
翔さんは手を挙げ、閉ざしていた口を開く。
「質問する。多分そっちも車運転できないから、運転手が必要」
そっち、とは俺のことだろうか。だとしたら確かにそれは必要だが……。
それに対して班長は答える。
「そうだね、じゃあ今から京之介さんと和葉さんに連絡しよう。菫は京之介さんに、俺は和葉さんを」
彼はそう言うと、慣れた手つきで携帯を操作する。
菫さんは短く、「分かった」とだけ答えて携帯を操作する。
こうして、怒涛の展開はこれで一段落することになった。
*
外は相も変わらず、平和そうに動く。その平和を体に取り込むように、「ふぅ」と深呼吸を一回。
それが気分転換になるのなら望み通りだが、そうはいかなかった。結局胸の、この圧迫感は消えることは無い。
京之介さんと和葉さんが来るまでの時間、少し外に出てみた。しかし、これといってすることもなかった。
暇を持て余して、せめて多少の準備運動をする。
「発見した」
突然、背後から声が聞こえた。
気持ちに余裕が無いからか、つい反射的に距離を置いて声の正体を確かめる。……声色からでも分かったが、それは翔さんだった。
「……翔さん?」
「作戦を立てる。僕の能力教えるから」
まさか翔さんから話を始めるとは思わなかった。……こういう任務については、意外ときっちりしているんだなと感じた。
ご愛読ありがとうございます。
もし良ければ、次回も宜しくお願いします。