最終話② 罪人たちの未来
*
広は、ベンチに座る男の肩をポンと叩く。その男は、半ば不機嫌そうに振り返り、広を睨む。
「……こんな紙で俺を呼んでおいて、ろくでもない内容だったらぶっ殺すからな」
「安心しろ、君が思うよりももっと有意義な話だ」
その男、白虎はメモ用紙をヒラヒラと見せびらかす。
公園のそのベンチは、しばらく誰にも座られてこなかったのか、随分と汚れが目立つ。
白虎の隣に座るように、広はそのベンチに腰掛ける。
「……白虎、埼玉罪人取締班に入らないか?」
「──あ?」
あまりにも飛躍した、突拍子もない話に、彼は目を丸くした。
「今、取締班は人員不足だ。それに君のような人材が入ってくれるのは心強い。だから──」
「おい待て。俺を人を守ることに快感を覚える変態と一緒にすんな。それのどこが有意義なんだ?」
白虎の視線がさらに鋭くなる。
広は全く怯むことなく、淡々と話し続ける。
「……その反応、朱雀と真逆だな。彼女は一度受け入れた」
「あ? 朱雀……? あいつにも話したのか?」
「──さて、どこが有意義か、だったな。利点は二つ、合法的に能力を使える、私たちは君の能力を発動できる薬を持っている……これでどうだ?」
白虎は虚をつかれたような顔をしていた。
「君はまだ暴れ足りないだろう? 病院から起き上がった直後に消えたのがそれを物語っている」
「っ……」
「一つ言うが、私たちは君を『モノ』として扱わないぞ。しっかりとした班員として──『ヒト』として君を扱う」
白虎はじっと彼の目を見た。
まるで虎が獲物を捉えるかのように。
しかし、次の瞬間に笑みをこぼした。
「はっ、雇用期間は?」
「いつでも。君が辞めたいと思った時までだ」
「決まりだ。んじゃ、俺は好きな時に手伝ってやるよ」
白虎はそう言うと、ベンチから立ち上がり……そして、その場を颯爽と後にした。
広はその後ろ姿を見て、鼻で息を吐いた。
*
「まっさか、あんな化け物で最後の闘いだなんてねぇ……ま、あたしらにかかれば余裕だったけどね!」
「嘘をつけ。あの闘いの直後に倒れ込んだのは誰だ。……むしろ、あんな高温な体で生きている方が不思議だ」
「そっちこそ、唇を青くして倒れたって聞いたよ。あー、まさか──あたしより後に倒れたかったのかい?」
「……馬鹿言え」
そんな他愛もない話を、穏やかな表情で話す。
二人は、プロ・ノービスがあった建物、その屋上に座って話していた。
「そんなことより、あんたは良かったのかい? 埼玉罪人取締班に入らなくて」
「ああ。私は──どうやら組織に属するのが苦手なようだ」
「内気な奴だねえ」
「ただ……その代わり、私は別の形で働くことにする」
「働く? 罪人取締班以外に働き口なんて……あ、まさか──」
「ああ。私は元の職に戻り、孤児院の生活担当に戻ることにした」
彩はそう言って真剣な顔で語る。
聖華はそんな彼女を見て──思わず吹き出した。
「ぷっ! あ、あんたっ! 孤児院にそんな思い入れがあったのかい!? ぷははっ!」
「ち、違う! 私じゃなく、子どもたちが『増田亜喜』に未練があるんだ! 別に私はなんとも……!」
彩は顔を真っ赤にして反論する。さながら、子どもの言い訳だ。
聖華は、腹が痛くなる前に笑いをこらえる。
「……ま、でもいいんじゃないかい? あんた、なんだかんだで面倒見がいいしねえ。プロ・ノービスの時だって、こっそり育ててたうさぎを、『なんで私が……』、『バレたらまずいのに……』とか言いながら毎日餌やりしてたからねえ!」
「本当に黙れ……! いいか、今までの会話は全て他言無用だぞ! それ以上言えば、何があってももう助けに行かないからな!」
彩はさらに顔を赤くして、怒ってその場を後にしてしまった。
「……幸せにね」
この聖華の一言は、彼女に聞こえていただろうか……?
──聞こえない方が嬉しいと思う聖華だった。
*
「……よし、これでどうっスか? 頑張ったつもりなんスけど……」
「──お兄、様……」
アリスは少し乱暴に、目を覆う包帯を剥がし始める。そこには、彼女の麗しい紫色の目があった。
本当は桃色だったが、ルドラの寄生体の影響により、青色が濃く混ざってしまったため、紫色になっていた。
ルドラがそんな瞳を悲しそうに見つめていると、アリスのその瞳からぽろぽろと涙が溢れ始めた。
「ぇ、ます……見えますっ! お兄様っ!!」
アリスはそう言って、無邪気な妹として兄の体に抱きついた。
「うえぇん! 見えますよっ! お兄様っ! お兄様の紫が混じった茶色の髪! 茶色い眼! 全部見えますよっ!」
今、この時だけ、彼女は年相応の反応を見せた。
ルドラは安心したのか、不甲斐なく涙を流す。
「良かった……良かったっス。治って、本当に……」
「ううっ……」
ルドラは彼女の背中を、優しく何度もぽんぽんと叩く。
「……本当に、眼音さんのおかげっスね」
そう、眼音がルドラに治療法を教えたのだ。
『言う通りに寄生体を作れば目が治る』と。
なぜ眼音がこれを知っているかと言うと、以前に──これ以上は書けなかった。
「……泣いてばかりもいられません! お兄様、今から色んな所に行きましょう! 今から……色んな景色を見て、楽しみたいのです!」
「──よし、それじゃあ、行くっスよ! 自分たちは、世界一の冒険家になるっスよ!」
「なるっスよ、です!」
二人はそう言って、テキパキと支度を始めた。
*
「っ……」
「……あの、ごめんなさい。気まずい、ですよね」
二人は──バードルードとフローリーは……同じ道で登校していた。
なせこんなことになっているのかというと、原因はサーシャにあった。
元々、二人は孤児院に入る予定だったのだが、それは可哀想だという意見で一致した。
その結果、二人は東京罪人取締班に入り、高校一年生として生活しつつ、班員として事件を解決していた。
しかし、元々接点が全く無かったわけではないのに、一回も話したことも無いため、こんなに気まずいことになっている。
彼女は勇気を出して口を開く。
「…………あの、一つ聞いてもいいですか? バードルードさんは多重人格と聞きましたが、他の人格は自由に出し入れとかできるんですか?」
「あ、えっ、と……で、で、でき、ないです──。僕が、気絶した時くらいしか……」
「じゃあ、普段は今の性格なんですね。なんか、安心しました」
フローリーはそう言うと、ピタと足を止めてその場に静止した。
少し先に進んだバードルードが、恐る恐る振り向くと、そこには俯いたフローリーの姿があった。
「私、今まで半ば操られて生活してたことがあったんです。それこそRDBの時だったんですけど……辛くて、怖くて、でもどうしようもできなかったんです」
「っ……」
「でも、今はなんともないですし、バードさんが大丈夫ならそれで良かったです!」
バードさんという新たな呼び名に、バードルードは首を傾げた。
「あ、ごめんなさい。その──ちょっと長いなって思いまして、あだ名みたいな感覚でつけたのですが……どう、ですかね?」
「あ、う、うん……大、丈夫……」
「良かったぁ! じゃあこれからよろしくお願いしますね、バードさん!」
フローリーはそう言うと、足取りを軽くしてバードルードの前まで歩く。
今度は彼が静止する。
「あ、あの……えっ、と……その、怖かったときっ、て……どうやって、乗り切ったん、ですか……?」
「うーん……もっと話したいですけど、始業式がもうすぐ始まりますし、急がないとですね。なので──」
彼女は体をこちらに向けるように、大きく振り向く。
ふわっとクリーム色の長い髪が舞い上がる。
丸々とした大きな黄緑色の目が、しっかりとバードルードを捉える。
「続きはまた今度、ゆっくり話しましょ!」
桜が咲く季節だ。
花びらが彼女を優しく包み込むように、ヒラヒラと風に乗る。
人差し指を口に当てながら、少し横に体を傾けて笑いかける彼女。
そんな彼女を、美しいと感じた。
バードルードは顔を隠すように俯いた。
赤い顔を、隠すように。
*
そこは家の中、和也は届称と眼音に会いに来た。
「珍しいね、和也。君がここに来るなんて」
「悪ぃ、ちょっとした話だ。すぐ終わる」
「話って?」
「俺は、あなたたちを他人だと思っている。俺を捨てたこと、俺はまだ根に持ってるみたいだ。でも、あんたたちは何も悪いことはしてない、むしろ世界を守るために必死に戦った。こんな人たちが親だと嬉しい、だから──」
戸惑う二人に、和也は面と向かってこう言った──。
そこは牢獄の中、優貴は希に会いに来た。
「ほう、まさか会いに来てくれるとは……予想しておらんかった」
「悪い、簡潔に話す。すぐ終わるから安心してくれ」
「話?」
「俺は、あなたたちを父親と母親だと思っている。どんな時でも助けてくれた、あなたが居なかったら俺は風を倒せなかった。でも、あなたたちは許されないことをした。無関係な人を、罪のない人を殺した。こんな人たちが親だとは思いたくない、だから──」
戸惑う母に、優貴は面と向かってこう言った──。
「──あんたたちを、父さん、母さんと、今から呼んでもいいか?」
「──あなたたちを、父親、母親と、もう呼ばなくてもいいか?」
* * * *
「はい、こちら罪人取締班。………………了解、直ちに向かいます。国道20番線道路で罪人による被害が発生! 優貴、和也、行って!」
菫の号令により、二人は立ち上がる。
「行くぞ、和也。気を引き締めろ」
「任せろ、相棒!」
「だから相棒は止めろって……」
二人は、その場を後にした──。
ここまでのご愛読、ありがとうございました。
『「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜』は、これにて完結となります。
後日、作者の感想をアップします。