163話 想像しうる限り最悪な
【戦況】
①
優貴と和也はノアと交戦する。
眼音は身体強化の遺伝子情報(未完成)を優貴と和也に預けて撤退、サーシャはその場に残り、ノアと交戦する。
その後、ノアルとブラン、天舞音はノアの能力で犠牲になった。芽衣と翔、バードルードはノアに立ち向かう。
②
美羽を見張る希、さらにそれを見張る生命体を置いて、菫、ルドラ、シャイニ、アリスはノアの所へ向かう。
その途中、交戦中の届称を見つけ、援護することにした。
(サミュエルは行方不明)
③
日本に残った聖華、彩、白虎は、RDBの先鋭であるアダム、アタラ、フローリーに勝利した。その後、元レジスタンスのリーダーである広と出会い、東京を守るため奮闘する。
* * * *
芽衣の首に錐が食い込む。
肌がちぎれたような感触と共に、温かい血が一筋流れる。
「ダメ、だよっ!」
誰の声だろう、と芽衣は手を止める。どこかで聞いたような声だ。
どうでもよかった、誰かなんて。今更、RDBの罪は消えるまで止まらないのだから。
一度止まった手を、スイッチを入れるように、再び動かす。
「けほっ……ダメだってば! 芽衣は──何かになる必要ないんだ……! 最初から、君は芽衣でしょ!?」
「……だれですか?」
誰の声かどうでも良いはずだ──それなのに、その声を聞くと、手が止まってしまうのだ。
「っ……芽衣、この声は──」
「邪魔しないでください、翔さん。声の主に訊いています」
「君には──RDBのせいで失ったものがある」
声の出処を突き止めた。先程ノアが出した岩の柱の上だ。
「──でもね、得たものだって、あるんだ」
……嘘だ。押しつぶされたのに生きてるはずがない。きっと幻聴だ。
「……もし、芽衣がRDBの──ノアの罪になるなら、ボクは芽衣の罰になるよ。『勝手に死ぬことができない』って罰にね」
岩の柱の上から、小石が流れ出る。それと同時に布が擦れたような音が聞こえる。
柱と天井の隙間から、彼女の右手が見える。
✻ε⋖《生きてるはずがない》₂งθδ
「だって、押しつぶされたのに……生きてるなんて……」
感情を出すことに疲れた──そのくせに、視界が潤んでいく。
ああ、この感情はなんて言うのだろうか。
泣いているから哀しみ?
それとも、口から疑問が出たから驚き?
それとも──
「なぜか、死ななかったみたいだね。ほんと──なんだかんだ死ねないね、ボクたちは」
声の主は、柱と天井の間から顔を覗かせる。
彼女──天舞音は、苦しみながらも歯を見せて口角を上げていた。
──そうだ、彼女と感情を共有しているんだ。
──だから、『苦しみ』と『喜び』だ。
*
ノワルとブランが持ってた手榴弾が爆発して、天井と隙間が生まれた。そのおかげで、天舞音は──爆発のダメージは大きいとしても──即死することはなかったのだ。
生存を確認したのもつかの間、どちらにせよ彼女はそう長くは持たなさそうだった。
ふと、数名が走る音と共に聞いた事のない男性の声がした。
「これは……? 皆さん、大丈夫っスか!?」
「っ、この声──まさか」
「ルドラ!? 君、戻ったの!?」
「リアムにサーシャ、久しぶりっス。ノアも──居るっスね」
その場に、ルドラ、シャイニ、届称、菫、アリスが到着した。
アリスはリアムとサーシャの声を聞いて、思わず口角を緩めた。
「──アリス」
「その声は……ノアですね! リアムとサーシャもいらっしゃるみたいなので、もしかしてあの時のメンバーが集合したのですか!? ふふっ、懐かしいですねっ!」
「芽衣? 天舞音は──ああ……アリス、治療できる?」
今の状況を察した菫は、天舞音を指さしてアリスに問う。
アリスは苦笑いで首を傾げた。
「えっと──すみません、どなたを治療すれば良いでしょう?」
「……あ、そっか。ルドラ、触手でアリスをあの柱の上くらいに持っていける?」
「了解っス。アリス、こっちおいで」
二人は協力して、天舞音の治療に励むだろう。
そう思った菫は、ノアに向き直る。
「……覚悟はいい? って言っても、この人数差じゃあんたに勝ち目ないと思うけど」
「──確かに。僕の味方は僕しかいないけど、君たちは十人近くいる。僕の負けではあるよ……」
そう言ってノアは立ち上がる。ゆっくりと、ゆっくりと。
「彼女に言われて気がついたんだ。確かに僕は、正義と悪の闘争を演出するにしては、犠牲を多く出してしまった。許容範囲を大幅に越してね」
「っ……」
芽衣は話をする彼から目を逸らした。
「僕はね、こう思うんだ──最後も、悪役らしく散らせてほしいと」
ノアは優貴の方に歩みより、途端に両手を広げる。
「ああいや、ハグを要求してる訳じゃないよ。──悪は正義に殺されるべきだ。それも、優貴を育んだノアが優貴に殺されるなんて、なんて滑稽的展開じゃないか」
彼の顔には、子どもを救いきれなかった父親の哀愁が孕んでいた。
「僕の最期は──物語の最後は、優貴の手で終わらせてくれ」
罠の可能性はない。
なぜならとっくに、ノアと感覚を共有した芽衣に、『窃盗罪』を発動した菫が触れているからだ。彼は能力を発動できない。
「……やるのか?」
「──ああ。《発動》」
和也の問いかけに、優貴は覚悟とともに返事した。
再び『暴行罪』を発動させると、ノアの正面で構える。
ほぼ全員がその光景を見守る中、優貴は一つ大きな呼吸して言う。
「じゃあな──父さん。【堕罪の反抗】」
ノアの顔目掛けて、中段突きをしかける。
──しかし、それが当たることはなかった。
ただの風圧が、ノアの顔に直撃しただけだ。
「……どういうつもりだい?」
「…………『悪の想像しうる限り最悪の結末を迎えないといけない』──お前が言ったことだ。お前が悪役で、内心で死を望んでいるなら──死なずに正義の仲間になることが『最悪の結末』だと思わないか?」
優貴はそう言って、親に嘘をつく子どもみたいな──そんないたずらな笑みを浮かべていた。
ノアの想定していなかった結末。それが故に──
「──最悪だよ」
そう言って彼は能力を発動せずに、ただ呆れて笑った。
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