160話 ある学者らの話 前編
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「……確証はないよ。安全っていう」
リアムの言ったことに対し、ノアは柔らかく首を振る。否定という意よりは、仕方ないと言わんばかりの様子だ。
「元より、これ相手に確証を取れると思ってないよ」
そう言って彼は、ビーカーをワイングラスのように回す。液状の宝石がそれにつられて中で踊る。
「飲んだ後の僕を見てから、君たちは飲むかどうか決めるといい。ただ──僕は、子どものために生き続けないといけないんだ」
ビーカーに張り付く包装を取り、それを顔に近づける。液体に目を奪われているそのとき、視界の外から液体を注ぐ音が聞こえた。
「待てノア──乾杯がまだじゃろ?」
「君がそう言うんだ、信じるさ」
希と届称は、予備の宝石を一部分使って液体にした。
その液体を注いでいたのはルドラだった。注がれたビーカーを、眼音とリアムは受け取る。
「……まあ、アリスには安全のためにまだ飲ませないっス。だけど──不思議と死なない自信があるんスよね」
「皆さんが危険を冒すなら、私もそうします。死なば諸共、ってやつです」
「……サーシャは飲まないの?」
唯一、それを簡単に取らなかったのはサーシャただ一人だった。
最後まで渋っていた彼女だったが、六人がビーカーを持っている光景を見て諦めがついたようだ。
「っ……あぁはいはい! 飲みますよ! はぁ……もう、どうなっても知らないから!」
ルドラから乱暴にビーカーを奪うと、そう言って輪に入る。
七人の学者がビーカーをグラスに、液体をワインに見立て、平和そうに輪になっている。
何も知らない者がこの光景を見れば、無法騒動の影響で気が狂ったように思われるだろう。
「みんな……」
「ん? ああ、腹の子のことは気にするな。名も無き風の言うことが真実とすれば、子を今殺したりせんじゃろう」
「──うん、そうだね。……それでは、この世界の明るい未来に──乾杯」
ノアは、とっくにその事に気づいていた。主人公が産まれる前に死ぬことはないと。
彼の言わんとした問いは別にあったが、この光景がその問いの解だった。
なので彼は、液体と共に言葉を流し込んだ──『自分を信用していいのか』という問いを。
*
液体を流し込んだ数秒後、他とは明らかに違う高揚感が体全体に染み渡った。その高揚感は次第に、『自分は特別な力を持っている』という自覚に変わっていく。
液体そのものが能力になっているのか、それとも元々──自分が産まれた時からそういった能力の素質があったのか。飲んだ本人にも分からなかった。
兎にも角にも、これは間違いなく常識改変のような力だ。ノアの仮説通り、この液体──基謎の宝石は『非常識な』力で『常識』の力にするものだったらしい。
「能力の概要、発動条件、利点、欠点──なにこれ、頭の中に流れてくる……」
「ちょっと、誰か──能、力? みたいなの発動してみてよ。ボクのは──うん、なんか難しそうだし」
「いや、自分のも……よく分からないっス。生命体を……創る?」
「……僕がやろう。上を見てて」
ノアは貼り付けたような作り笑いを浮かべ、天井に意識を向ける。
全員が注目する中、まるで氷柱のようなものがゆっくりと伸びていく。
「これが……能力」
「これは──無法騒動を止められると言うのも過言では無いかもしれないな」
「……操作が、難しいな」
疲労困憊といった様子でノアは話す。研究よりも集中力が試される代物かもしれないと思った。
「……とにかく、新たな可能性だ。各自、自分の能力を使いこなせるようにしておこう」
ノアの言葉に、全員が頷いた。
*
その日から二ヶ月。経過期間に様々なことがあった。
眼音が和也を、希が優貴を出産した。まだまともな助産師が居て良かった、とノアは思った。
眼音と希は妊娠中に液体を飲んだ。胎児に影響があるかどうかまでは確認できないが、ひとまず学者らは無事に産まれたことを喜んだ。
次に、学者らは『青いマフラー』を作った。それもただのマフラーではなく、繊維にあの液体を染み込ませたものだ。
眼音曰く、そのマフラーは『能力増幅』の効果があると予測した。首に巻くことで細胞と液体が過剰反応を起こし、能力を後押しするらしい。
最後に、学者らは能力を実用範囲まで操れるようになった。眼音がマフラーの効能を言い当てたのもそのおかげだ。
ただ──無法騒動で暴れる者らとの戦闘を想定したとき、まだ戦闘は難しいと判断した。
ノアは、決断することにした。
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