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「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
2章 彼が根暗から一人前の罪人になるまでの成長譚
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16話 裏切り者

聖華さんとの戦いの後、練習場を出た所から始まります。



 練習場から罪人取締所までの道のりには少し質素な住宅街がある。

 もしかしたらどこかに俺の家が……なんて、そこそこ笑えないジョークを心に毒吐く。


 もちろん一般のかたともすれ違う。

 彼らの気負い無さそうな表情は、それぞれで日常を謳歌おうかしているんだなと感じる。


 もし俺が普通だったら、喜怒哀楽のある生活ができていたのか……?

 そんな非常識なことを考えては落胆らくたんする。どうせ日常に戻れても全て遅いのだから。



優貴ゆうき、大丈夫かい? 随分と暗い顔して……もしかしてどこか怪我したのかい!?」



 聖華せいかさんが心配そうにこちらを覗き込む。あんなことを思っているうちに、自然と表情まで落ち込んでいたようだ。


 心配させる訳にはいかない、と俺は口の両端を斜め上へと広げるように笑った。



「いえ、少し考え事をしていただけで……」


「部下の世話とは、大層な変わりようじゃないか?」



 俺の声は、突然聞こえた女性の嘲笑ちょうしょうによってかき消された。



   *



「っ!? 誰だ!」



 聖華さんは気を引き締めた声で辺りを見渡す。俺とりんさんも本能的に警戒態勢をとる。

 見る限りは人もいないし、ただ閑静な住宅街が俺らを包んでいるだけだ。


 そんな中、前方の曲がり角から一人の女性が出てきた。

 歩き方は優雅で、黒いスーツに明るい茶色のポニーテールのスタイルが良い女性だ。



「す、『朱雀すざく』……!?」



 冷静な凛さんから、慌てふためく声が聞こえた。まるで俺と聖華さんの、心の変化を代弁するように。



亜喜あき、先生……?」



 長年の付き合いからか、反発的にそう声を出す。

 そして以前にすみれさんが言っていたことが、こんな状況でも頭に再生される。



『組織の名前は『プロ・ノービス』。そこは罪人を多く所有していて、一般人を殺傷する犯罪を繰り返しているの。こいつは組織内では『朱雀』って呼ばれてるわ』



 間違いない。彼女は増田ますだ亜喜などではなく、罪人組織の幹部の朱雀だ。


 彼女はこちらを……俺を刺すように睨む。

 先生としての愛くるしかった瞳が嘘のようだ。今の彼女の目は、身の毛もよだつほどに暗くよどんでいる。



「ままごとの役の名で私を呼ぶな。貴様の言う増田亜喜は幻想だ」



 俺の記憶にいる彼女の顔が塗りつぶされる。結局、あんなに好感を持てた人は演技だったのか。

 俺が九歳の頃に彼女が着任して以来、ずっと優しく接してくれたのに……。

 そんな長年の付き合いだから、彼女のことは家族のようなものだと思っていた。


 そんな人に裏切られた気分を初めて経験した。

 憎しみと哀しみをパレットの上でぐちゃぐちゃにしたような……そんな気分だ。



「私が行きます……《発動》」



 ふと凛さんの声が聞こえた。俺がそちらを確認しようと目を向けても、そこに彼女の姿はなかった。



「《発動》! 優貴、あんたも!」



 彼女は右足を使い、前方に障壁バリアを展開した。そんな彼女の表情は、歯を食いしばって焦っているように見える。


 その景色を最後に、俺は目を閉じる。瞼に力が入っているのは無意識だ。



「ふっ……必死だな。そんなに新人が大事か?」



 活発な女性を連想させる聖華さんの声でも、感情の起伏が少ない凛さんの声でもない。

 暗く低く、そして殺気のある、朱雀の声。


 もう、増田亜喜という人物はいない。ここにいるのは……『敵』だ。



「《発動》!」



 俺は能力を発動させる。何だか、いつにも増して力が強まっている気がする。

 まるで『暴行罪』が俺の怒りに共鳴しているかのように。


 一方朱雀は「はぁ……」と、面倒くさそうにため息をつく。

 乾いた風が彼女の髪を揺らす中、彼女は重い口をひらいた。



「……とんだ勘違いだが、私は戦闘のためにこの場に来ている訳では無いぞ?」


「ど、どういうことだい……?」



 思わぬ言葉に聖華さんはたじろぐ。

 俺も攻撃態勢を半分ほど解き、彼女の言葉の続きに耳をかたむける。



「我らのボス、黄龍おうりゅう様からの伝言を貴様たちに伝えに来ただけだ。

『罪人取締所を敵視していない。邪魔をしなければ、プロ・ノービスも危害を加えないと約束しよう』

とのことだ。ボスのご温情に感謝することだな」



 俺たちを敵視していない……。

 でも、あんな脅迫文を送られたのは今日のことだぞ?



「さあ、今ここで宣言しろ。貴様たちが、私たちの邪魔をしないと」



 淡々と告げる彼女に、聖華さんは「ふっ」と失笑する。

 そして挑発的な態度を垣間見かいまみせて話し始める。



「そんな嘘、あたし達が信じられるはずないだろ? そもそも黄龍がそんなに温情深かったら、どうして一般人を殺傷する?」


「黙れ……! 貴様に……貴様だけは、ボスを呼び捨てにする、そして語る資格などない!」



 彼女の怒涛の剣幕が、閑静な住宅街に届く。


「いや、あたしに資格はあるさ。むしろ、何であんたが焦って奴を擁護ようごするんだい?」



 聖華さんのさらなる挑発が、火に油を注ぐ形となる……そう思ったのだが、少し予想外なことが起きる。

 彼女は眉を下げて悲しそうな顔をしたのだ。まるで大事な人との別れのような顔を。


 彼女はその顔を無かったことにするように、そっと目を閉じて、そしてまたける。



「……分かった、この話は無かったことにしよう。いつかお前らの心が折れ、気が変わることを願うとしよう。……ただ、」



 彼女は足を安定させて戦闘態勢に入る。反射的に俺と聖華さんも身構えた。



「戦闘不能には、させてもらおう」


「不味いねぇ……ここでやろうってのかい?」



 聖華さんの言う通り、ここは住宅街だ。戦闘をしようものなら被害が出るに決まっている。

 どうするべきか……



「《暗殺者の独裁(アサシン・ルール)》」



 俺が悩んでいると、突然凛さんの緊迫した声が聞こえた。


 声がした方を向くと、凛さんがスタンガンで朱雀の首元に電撃を流していた。

 能力の欠点からか、彼女は息が大きく乱れていた。


 朱雀はそのまま倒れ込んだ。やけにあっけない最後だったな、と俺は一安心を……



「凛、油断するな! そいつは……!」



 聖華さんの声が今までで一番反響する。次の瞬間、「パァン!」という破裂音が聞こえた。

 ……いや、俺も一度聞いたことがあるではないか。これは、『銃声』だと。



「っ!?」



 凛さんは右手を抑える。手の重なるところからは赤い液が伝って地面へと落ちていく。

 その衝撃でスタンガンを落としてしまったことは言うまでもない。


 また目の前で人が撃たれた。またあの時のこと(トラウマ)が蘇る。しかし行動不能にまでは至らなかった。

 理性が俺に『今は倒れるな、今はこらえろ』と言ってくれた。



「くそ……《発動》! 《悩乱のうらん牢乎ろうこ》!!」



 聖華さんがそう叫んだ瞬間、障壁バリアが矢倉のように凛さんを守る。凛さんだけではなく、俺や彼女自身もその矢倉の中に入っている。

 それはわずか二枚だが、恐らく狙撃手スナイパーがいるであろう方向からは狙撃されない形だ。



「『ダミー』を使われたか……ということはまだ……」


 彼女は安心とは程遠い表情をして、意味深な発言をする。

 「ダミーって……」と俺が聞こうとしたが、



「くっ……使いすぎたねぇ」



彼女の体が大きく揺れる。俺は必死に彼女の肩を掴んで支えた。

 原因は彼女の能力の欠点で間違いないだろう。体が熱くなっている。



「貴様らの意志はよく分かった」



 突然、朱雀の声が聞こえた。

 声の方向はすぐ分かったため、俺たち三人はその方向をキッと睨む。


 視界の先では乾ききった風でポニーテールを揺らす朱雀が、一軒家の赤い屋根の上に立っているのが見えた。

 彼女は冷酷な目でこの惨状を見下ろしている。


 いつあんな所に移動したのだろう。もしかして瞬間移動する能力だろうか?

 不可思議なことはもう一つあり、それは凛さんが攻撃した朱雀もその場で倒れていることだ。



「今は殺すな、とボスからのご命令に従うとしよう。だから今回は見逃してやる。ただし次に邪魔した時は、一人残らず()()



 殺す、という言葉に強い殺気を感じる。

 ただ、彼女はどうしてか、『体を震わせて』いる。何かにおびえてでもいるのだろうか?


 ……しかし凛さんを怪我させ、聖華さんを疲労させた奴を、みすみす見逃しなんてできない。

 そう思った俺は、一か八か思いっ切り跳ぶ。すると、屋根の上にいる朱雀を真正面に捉えることができた。


 俺は拳を後ろに思いっきり引く。もはや、女性だからとかいう理由で手加減なんてできない。



「だああぁぁっ!」



 俺が振った拳はそいつの頭を捉える。

 対象は隣の家の塀目掛け、大きく飛ばされていった。その塀に、僅かにひびが入るほどの威力だった。



   *



 俺は捕らえるため、倒れているそいつの元へと急いで駆け寄る。

 しかし近づいた途端にフワッと、まるで幻のように消えた。凛さんが攻撃した朱雀も気がついたら居なくなっていた。



「……くそっ!」



 俺は悔しさを滲ませるように台詞せりふを捨てる。


 その場に残ったのは四つだけ。

 それは凛さんの弾痕だんこん、塀に入った小さな罅、拳が人を殴った感覚、そしていまだ閑静な住宅街を丸ごと包むような、どろどろした寂寥感せきりょうかんだった。



   *



「……お二人は、一度戻って班長に連絡してください。わたくしはとりあえず病院で手当してもらいます」



 朱雀すざくに撃たれた右手からは血がつたっている。

 いつの間にか、持っていたタオルで止血をしている。しかし痛みからか、彼女は苦悶くもんの表情を浮かべている。



「……はい」



 俺は凛さんの提案を受け入れた。しかし、聖華せいかさんは頷くだけで、決して口は開かなかった。


 ……正直なところ、俺は聖華さんに『不信感』を持っている。

 それを持ったままで、これから彼女と付き合うことに我慢ならず、正鵠せいこくを射るように聞く。



「……聖華さん、教えてください。あなたは一体、何者なんですか?」


「……」



 黙りこくる聖華さんは、ただ俺を見ている。

 彼女の目はどこか悲しげで、それでいて誰かへの『嫌悪』を宿している赤い目だ。強く、強く宿している。


 成り行きを見守っていた凛さんは、俺の不信感に共感するかのように告げる。



「取締班の班員は基本的に、すみれさんの能力で過去を見てました。……しかしあなたは、それを『拒否した』と聞きましたよ。朱雀に会ってからというもの、あなたの口ぶりは不自然でしたが……?」



 無言を貫き通していた彼女は鼻で空気を吸い、口で「はぁ」と吐き出す。

 そして観念したのか、口をスローモーションのようにゆっくりとひらいて音を発する。



「……分かった、話すよ。凛、救急車呼ぶけどいいかい? あんたには後で話してやるさ」


「……宜しくお願いします」



 彼女の空元気に疑念を持ちつつも、凛さんは首で一礼してそう言った。



   *



 救急車が来たのはわずか5分後のことだ。すぐ近くに病院があったのが要因だろう。

 救急車の中にいた人によれば、凛さんの対処が適切だったおかげで、幸い大事には至らないだろう、との事だ。


 それから少しして、彼女が救急車に乗せられ、そして運ばれていった。

 俺はサイレンを鳴らして運ばれていく彼女に対して一抹いちまつの不安を持ちながらも、聖華さんの行動をうかがっていた。



「じゃあ優貴ゆうき、行こうか」



 凛さんの怪我が不安なのか、それとも正体を明かすことが不安なのか、悲しげな表情で言う。

 それに俺は、「……はい」と返事をしておくことにした。



   *



 罪人取締所に向かっている途中の彼女はとても無口だった。

 とてもじゃないが、いつもの口うるさい彼女と同一人物とは思えない。


 彼女は罪人取締所に着くと、一直線に事務室に向かい、そして扉をひらく。俺も彼女に続くようにして中に入った。



   *



 中には美羽みうを含め全員がいた。

 後々に聞いた話だと、美羽は学校の都合で早めに切り上げることができたらしい。


 作業をしていた班長は、下げていた顔を上げて言う。



「あっ、やっと帰ってきたね。時間はしっかりと……」



 彼の声がぐっ、と詰まる。

 彼にとっては凛さんが居ないこと、そして聖華さんが暗い表情をしていることがあまりにも予想外だからだ。


 彼は先程の間の抜けた声とはかけ離れた、気を静めた声を出す。



「……何があった?」



 彼の声には微量に焦燥が混ざっている。

 それに対して聖華さんは、全員に何があったかを洗いざらい話した。



   *



「まさかプロ・ノービスが、予告前に行動アクションを起こすとは……」



 班長は予想外の出来事に、比喩ひゆ通り頭を抱えて呟く。

 そんな彼とは裏腹に、すみれさんは胸を撫で下ろしている。



「でも凛さんが無事で何よりね……良かった」



 確かに、敵と接触して大事に至らなかったのはかなり幸運だろう。

 そして美羽は切羽詰まった表情で俺に聞く。



「ゆ、優貴くん! 優貴くんは大丈夫だよね!?」


「あ、ああ……」



 彼女の焦ったような声に気圧けおされて、俺は言葉を詰まらせながら返事する。


 しょうさんは目を閉じていた。何も言葉を発さず、そして表情も何も無かったため、彼の心情は彼のみぞ知ることになった。



「……もう一つ、聞いておくれ」



 聖華さんは自信が無さそうに、弱い声で言う。

 俺を含めた五人は、彼女ただ一人を見る。彼女はそんな期待を見ないように、目をつむる。



「……プロノービスが接触してきて、そのせいで仲間が怪我した。これ以上はもう嫌だから……白状するよ」



 目をひらく。その目線は誰にも合わせず、ただおのれの足元を睨む。

 前までの威厳は感じられない彼女の態度。そんな彼女の口から何が発せられるのか……それは思ったよりも、あっさりと聞くことができた。



「あたしは……プロ・ノービスの幹部だったんだよ」


「……っ!?」



 俺は声を出せずに驚愕した。……いや、薄々思っていたのだが、やはり驚きはしてしまうのだ。

 俺以外の人も見るまでもなく、静かな驚きを迎えた。


 全員の反応を確認すること無く、彼女は拳を握りしめて続ける。



「『玄武げんぶ』っていう渾名コードネームだったよ。特にアイツ……朱雀とは腐れ縁さ」



 彼女はポツポツと、自らの過去を話し始めた。悲しいのか後ろめたいのか、いまだに誰とも目を合わせないまま。

ご愛読ありがとうございます。


宜しければ、これからもよろしくお願いします。

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