154話 正義と悪の戦い
【戦況】
①
優貴と和也、翔とバードルード、サーシャと眼音は、それぞれノアの所へ向かう。
②
美羽を見張る希、さらにそれを見張る生命体を置いて、菫、ルドラ、シャイニ、アリスはノアの所へ向かう。
その途中、交戦中の届称を見つけ、援護することにした。
(サミュエルは行方不明)
③
天舞音と芽衣は、敵同士であるノワルとブランと共にノアの所へ向かう。
④
日本に残った聖華、彩、白虎は、RDBの先鋭であるアダム、アタラ、フローリーに勝利した。その後、元レジスタンスのリーダーである広と出会い、東京を守るため奮闘する。
**
「……本当は、和也くんが死ぬ予定だった。でも生きているということは、あれにとって何か不都合なことが起きたということ」
「どうしたんだ、急に」
「ああいや、ただボクは君たちに振り返って欲しいだけなんだ。なぜそんなことが起きたのか、それを考えてもらうためにさ」
ノアはそう言いながら優しく笑う。その笑みは、本当に我が子を愛しく思っているようにも感じた。
──この状況でその笑顔を浮かべる意味は分からなかった。
「優貴も、物語に異変が起きたって思ったんでしょ? だから、この物語をもっとめちゃくちゃにするために、主人公の君が悪側──RDBに寝返った。物語の結末をねじ曲げるために」
「……俺の目的に気づいてたのか?」
「当然。我が子のことは何でも分かるんだよ」
「……確かに、物語を破綻させたかったのは本当だ。それが原因で、世界の破滅が起こらないことに期待したのも本当だ」
優貴の表情に影が落ちる。
「……だけどそれ以外に、もしこれがバトル物語だったら、俺なんかよりも和也の方が主人公っぽいと感じたんだ。俺とは違って活発で、優しくて、少し抜けてるところがさ」
「優貴……そんなの関係ないだろ? そもそも主人公がどうとか思ってる時点であれの思うつぼじゃねえか。そんな理由で取締班を離れたのは許せねえけど、でも、俺たちのことを考えてくれてありがとな」
「確かに、関係はないよ。そもそも主人公を二人の間から決めるのが間違いなんだよ。だからこそ、僕は君が生きていて嬉しかったんだよ、和也くん」
その言葉に和也は一瞬たじろぐ。その一瞬が、この戦いでは命取りであった。
「【斬剣芯剛】」
「っ、和也っ!」
剣の形をした岩が次々と頭上から伸びると、和也めがけて無数に振り下ろされた。
「うっ……!?」
とっさに反応したはいいものの避けきれず、背中に大きな裂傷を負ってしまう。
「っ……悪ぃ、油断した!」
「人の感情を……それが、大人のやることかよ……! いい加減にしろよ!」
「子に叱られてしまうとは、親失格だね。ああいや、そもそも親とは試験によって決まるものじゃないから、失格をもっと広く捉えてもらう必要が──」
「【断罪の拳──罪滅雷】!」
不意はついた。加速も力も十分だった。青いマフラーもある。
じゃあどうして──
「……【蝶蹂偽牙】」
「っ……!」
──どうして防がれるどころか、反撃されているんだ……?
「ゆう……き!」
鋭く太い牙が、容赦なく優貴の腕を刺し締める。まるで猛獣が噛みちぎろうとするように、彼の腕を──肉をプチプチと引きちぎろうとする。
無理に離そうとすれば片腕をもってかれる。左腕で殴ってもでも壊せない強度。
故に優貴は、その痛みに耐え続けることしかできなかった。声を出さなければ気絶してしまいそうな激痛に。
「ぐっ……ああぁっ!!」
「ふふっ、まさか、親だからと手加減してくれると思ってたのかな?」
牙越しに、ノアの声が聞こえる。表情は見えないが、どうせ穏やかな表情なのだろう。
「確かに、僕は君たちを愛しているよ。だけどね、『家族への愛』と『殺せない』は無関係なんだよ」
「だからって……実の子どもにする仕打ちかよ!!」
「僕の覚悟を、甘く見ないでほしいね、和也くん。僕が世界最大の悪となるために、どれだけ罪無き者を殺したか知らないだろう?」
その声は──その声だけは、なぜか悲しそうに思えた。
「そう、僕はこの世界を滅ぼしたくないだけなんだ。だから僕は、正義と悪を拮抗させ続ける。この物語が終わらないように、世界が延命できるようにと願いながら」
「……それが、RDBの──お前の、掲げる……ヘイワ、か」
「そうだよ。最後の質問は終わったから、次は命令だ。早く降参しろ、罪人取締班……! 優貴、特に君が降参しない限りこの苦しみは続くぞ! ──だから、どうか……」
そう彼は命令──懇願してきた。
「……確か、名も無き風、だったよな。元凶は」
「和也くん、安静にしておくべきだ。その傷は浅くは無いだろう?」
「俺たちが本当に相手しないといけねぇのは、名も無き風だよな……? あんた──ノアに聞いてんだよ」
「っ…………うん、この物語を作ったのはね」
ノアは気圧されて答える。その返答を聞いた和也は、フラフラになりながらも立ち上がる。
「じゃあそんな難しい話するなよ。答えはもっとシンプルだぞ?」
和也は自慢の脚力で飛び上がり、優貴の腕に当たらないように脚を振る。
「【五蕾・凶鐘】!」
牙はボロボロになり、優貴の腕を横から抜くことができた。彼を抱えて、和也は一度後ろへ退く。
優貴の血を付けたノアの姿が見える。
「要は……その名も無き風をぶん殴ればいいんだろ?」
「そんな簡単なことじゃないんだよ……! 君たちは直接会ってないから分からないと思うけど、対面するだけで勝てないと思えるほどの存在だよ!?」
「……確かに、直接会ってないし、実力も不明だな」
優貴は岩槍が刺さったままの腕をぶら下げて、和也の背から降りる。
「だが、名も無き風がいつ気分を変えるか分からないんだろ? あまりに物語が進まなかったら、それこそなんの前触れもなく世界が破滅するかもしれない。だから、俺は──俺たちは、あれに真っ向勝負を仕掛ける」
「……本気なんだね」
「あれは、『能力を持てば私に勝てるかも』と言ってるんだろ? そう考えれば、むしろ直接勝負を望んでるはずだ。だから……俺たちはお前に勝って、あれを呼び寄せる。物語の終盤──正義が悪に勝った時に出てくるあれを」
ノアは数秒目をつぶった。そして飲み込むように、ひとつ頷く。
「……なら、僕は──僕は、君たちをなぶり殺してやる! 正義なんて……この世界に要らない! 悪こそが、風を飲み込むことができるんだ!」
優貴には、彼の発言の意図を汲み取ることができた。
(……演じてくれるのか、悪を。悪として俺たち──正義を皆殺しして、自分一人であれに立ち向かおうとしてるのか……? そんなの、阻止するしかないだろ……バカ野郎)
正真正銘、正義と悪の戦いが始まる。
少し遅れてしまいすみません。
ご愛読ありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。