153話 物語の終幕
【戦況】
①
優貴と和也、翔とバードルード、サーシャと眼音は、それぞれノアの所へ向かう。
②
美羽を見張る希、さらにそれを見張る生命体を置いて、菫、ルドラ、シャイニ、アリスはノアの所へ向かう。(サミュエルは行方不明)
③
天舞音と芽衣は、敵同士であるノワルとブランと共にノアの所へ向かう。
④
日本に残った聖華、彩、白虎は、RDBの先鋭であるアダム、アタラ、フローリーと対峙している。
* * * *
「……まあ、こうなると思ってたよ」
彼はそう言って、悲しそうに笑う。椅子越しの背中からでも分かる哀愁だ。
「そう、結局のところは僕のエゴだよ。正義と悪を停滞させたいのも、君たちに諦めてもらいたいのもね。だけど人はエゴを達成するために、『大義』というそれらしい理由で人を切り捨てる。では僕の行為も、普通の人と同じものじゃないか? どう思う──和也くん、優貴」
彼は椅子をくるりと回すと、和也と優貴に向き直る。想像していたよりも、彼──ノアは穏やかで優しい表情をしていた。
和也は呆れたように話す。
「人の親とはいえ、何言ってんのか分かんねえよ。ただまあ、あんたの目的は知ってるよ。あれを呼び起こさないためだろ?」
「おお、もう記憶が戻ったんだね。優貴のお陰かな? ……そもそも優貴がなぜ記憶を戻すことができたか分からないけどね」
「……俺は、お前の目的に理解も納得もしてる。だけど、正しいとは思えないんだ」
優貴の言葉にノアは頷く。
「なるほどね……。じゃあ無粋かもしれないけど、最後の質問してもいいかい? 和也くん、優貴……僕との戦いを避けてくれないかな?」
「無理だ、お前を止めると決めてる」
「俺もいやだね!」
ノアは目線を逸らす。彼らがそう答えるのを分かっていたのだろう。
彼は大きな息を一つ吐くと、二人に向き直る。
「そっか。大丈夫、聞いてみただけだから」
彼は笑った。それが、彼の能力の発動条件だ。
「《発動》」
彼の言葉に合わせ、槍のような形をした石が床から伸びていく。それらの柄の部分が曲がると、優貴と和也へ矛先を向けた。
「【塊槍劣者】」
柄が伸び、一斉に射出された。
優貴と和也は予め能力を発動しており、そのおかげで迎撃することができた。
「【五蕾・災雨】!」
「【堕罪の反抗】」
二人はおのが力で槍を破壊した。
「おい! いきなりかよ!」
「ただの挨拶のつもりだったよ。まあ君たちもこれを警戒してるから能力を発動していたんでしょ?」
「っ!? 和也、後ろに跳べ!」
優貴の言葉を聞き、瞬時に跳ぶ。
「【押窮染血】」
先ほどまで居た床が盛り上がり、天井に勢いよく激突した。
そのまま居れば間違いなく押し潰されていただろう。『暴行罪』の体でも無事ではすまない。
「サンキュー! 危なかったぜ」
「和也、振動だ。あいつの能力を発動する直前、床が一瞬だけ揺れた」
「オッケー!」
「わずかな状況から分析……さすがだね。でも、それだけじゃ証明にならない。あれに勝てる証明には、ね」
**
罪の能力を初めて手にしたのは、七人の学者と一人の少女だった。その元となった『謎の宝石』──それは、ある者……もはや概念から受け取った。
その概念は名を「名も無き風」と話した。名も無き風は、『謎の宝石』を手渡す際にこう言った。
「この宝石はきっと、『無法騒動』を止めることができるでしょう。その代わり、あなたたちを私が支配します」
当然、学者たちは混乱した。そのうちの一人が反抗するように声を上げた。
「ちょっと待ってください。支配ってなんのことっスか!?」
それは、その場の学者の気持ちを代弁した一言だった。
名も無き風はくるりと宙を舞うと、質問に答える。
「なに、簡単なことです。あなたたちには二人の子ども、優貴と和也が居ますね。そのうちの一人をメインヒーローに──まあ、言わば主人公にします。そしてもう一人を、不慮の事故で殺します。」
「な、なんで……まだ産まれてないのに名前を……」
学者の七人中二人は妊婦であった。そして名前をそれぞれ優貴と和也にする予定でもあった。
この話はまだ学者の中でも知らない者もいる。ましてや外部の何かが知るはずもないのだ。
その瞬間、彼らは名も無き風の異質さに気がついた。この世界には居てはいけない存在だと。
「待ってよ……そもそも、主人公って、殺すって──そんなことができるの? そんなのまるで──」
「神のよう、と言いたいのですか? ふふ、確かにそういう概念であることは間違いありません。そうですね、私の目的も話したほうが面白くなりそうなので話しましょう」
「目的じゃと?」
「私の目的は、『バトル物語』をこの世界を舞台に作ることです。主人公が正義として、様々な悪を倒す。そして最後は平和になって終幕です」
「待って。『物語の終幕』って何を意味するの?」
「さあ、そこまでは話しませんよ。ですが、物語のその後を記し続ける訳にはいかないので……まあ、区切りますよね」
それの笑みに背筋が凍った。
「では、私はこれで。ちなみに、この宝石は体内に取り込むことで特別な力が手に入ります。もしかしたら私に対抗できるかもしれませんね」
「ま、待て──」
言い終わる前に、それは姿を消した。
いくらイレギュラーに対応してきた学者でも、しばらくまともに動けなかった。
それほどに、それは威圧感と特別感を放っていた。
学者の一人、ノアはこう思った。絶対に物語の終幕を迎えてはいけないということを。
ご愛読ありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。