15話 恐怖に向き合う罪人共
『優貴視点』から、椿に報告を受けるところから始まります!
* * * *
しばらくして班長が戻って来た。何かあったのだろうか、血色が良いとは言えない。
そんな彼は目の奥に何かを宿して言う。
「みんな、緊急会議を始めるよ。会議室に来てくれるかな?」
その言葉の一つ一つに強いアクセントがあり、俺たちを突き動かす強制力が働いていた。
*
会議室には初めて入る。しかし思ったより広いなどの感傷に浸る余裕も無かった。彼の雰囲気一つでこうも変わるものなのか、と思うほどにこの場は彼が支配している。
彼は一枚の紙を見せ、彼の険しい顔の理由を話し始めた。
彼の話をそれなりに要約すると、『プロ・ノービスが冬までには一斉攻撃を仕掛ける』ということらしい。
どうしていきなり、とショックを受けたのを隠しきれずに口を一文字に結ぶ。
「今回の任務は今までと違う。……最悪の場合、相手を『逮捕できる余裕が無い』かもしれない」
つまり『最悪殺しても良い』と隠喩しているのだろうか。
彼もそれは望んでいないかのように眉を吊り上げる。
「今回は全員の判断を仰ぎたい。班員を危険に晒したくないんだ」
彼の続けた苦悩の言葉に沈黙が重なる。
そんな中、初めに声を発したのは凛さんだった。
「わたくしたちが辞めると申したら東京は……いや、日本はどうなるのですか?」
「それは……」と班長はどもる。しかしすぐに答えが出たのか、彼女の方を一直線に向いて答える。
「俺一人で闘う。君達が傷つくぐらいなら、俺だけが……」
「班長、あなたは昔から班員を思いやりすぎています。まるで装備を守る兵士のようですよ」
彼女は微妙に分かりにくい例えを示す。ただ言わんとしてることは分かる。
「……わたくしたちを使ってください。装備は兵士を守るための物ですから」
「凛さん……ありがとう」
彼女は眉を下げて落ち着いた笑みを浮かべる。
彼女が参加の意を表明すると、続けざまに聖華さんが、自らの拳と手のひらをぶつける。
表情はどんよりとした空気を一掃する太陽のような笑顔で。
「あたしはプロ・ノービスを潰すよ! ……あんな組織、消えちまえばいいんだ!」
内心で彼女の台詞に取っ掛りがあったが、俺も続けざまに意思表明する。
「自分はここに来て日が浅すぎます。……正直、期待に添える結果を残せるかどうか分からないですが、それでも良ければ」
不安が滲む声色だ、と自分でも分かる。少しカッコ悪いな。
「私、戦闘は無理だから補助役としてサポートできるように頑張るわ。まあ……あまり期待しないで」
菫さんは俺の語尾を追いかけるように淡々とそう言った。
翔さんは全員を見渡す。「はあ……」とため息を一つ零すと、元気を失ったように話す。
「参加する。……僕だけサボるのも気が引けるし」
一体どの口が言ってるのだろう、普段の仕事をあんなにサボっておいて。
それはさておき、班長は頭を下げる。全員の意志を汲み取ったように、自分に覚悟を宿すために。
「みんな……ありがとう。大学から帰ってくる美羽さんにも聞いてみるよ」
美羽のあの性格だ、断る道理は無いだろう。
会議室は一見暗い雰囲気だが、闇の中で光を見つけたみたいな希望が辺りに舞っていた。
*
「優貴、そろそろ本格的な特訓を始めるよ。最悪、自分の身は自分で守れる力がないと……ね」
席に座った聖華さんは隣にいた俺に話しかけた。
今までは能力へ慣れること、基礎筋力を築くことに重点を置いていたが、そろそろ本腰を入れないとまずいからな。
「本格的な特訓とは、具体的には?」
「ここの班員との戦闘演習さ。……最初の方は、しばらくあたしに付き合っておくれよ」
実際、美羽や凛さんなどの能力を知っている相手と闘う訳ではない。そういう意味ではあまり意味がないように見える。
ただ俺はそもそも闘いの基礎も知らないため、まずは罪人との試合に慣れることが重要か。
「じゃあいつも通り、昼を食べた後に特訓をするよ。だけど今回から場所を練習場に変えるからね」
「練習場……分かりました」
前回彼女と闘ったときは無様な敗北を喫した。
自分がどのくらい成長したかを確認できる機会だ、大事にしなければ。
*
午前の事務が終わり、菫さんに作って貰った昼食を食べる。
聖華さんと約束した通り、徒歩で練習場に向かうことにした。
前回の付き添いは班長だったが、今回は代わりに凛さんが付き添うことになった。
これから班長は色々やることがある、と凛さんが言っていた。
練習場の中に入ると聖華さんは戦闘態勢に入る。
「あたしはもう優貴を初心者なんて思わないからね! こっちも練習っていう形で本気出すよ!」
彼女が発した大きな声が瞬く間に周囲に反響した。
彼女のギラギラとした目を必死に睨み返す。
「俺も、本気で行きます!」
彼女の強力な気配に呑まれないように、こちらも大きな声で答えた。
能力発動のために目を閉じる。視覚が遮断されることで聴覚などが少し鋭くなる。
そのおかげで、「タン」というあっさりとした効果音を聞き逃さなかった。
「《発動》! 《激昴・掌底》!」
次には彼女の声が聞こえた。つまり先程の効果音は地面と足をぶつけたものなのだろう。
少し奇妙な言葉が聞こえた気がするが……まあ気のせいだろう。
結局は俺の特攻を封じるため、予めバリアを張ったといったところだと思うが……。
その間約1秒。飛び出すタイミングが遅くならないように、頭で残り秒数を数える。
しかし能力の発動は叶わなかった。
原因は頭より体で理解できた。何かで腹をすごい勢いで押されるのだ。
手ではない、まるで角材のように固くて辺のある物だ。
慣性が働いて、俺の体は後ろへと投げ飛ばされる。
「ぐっ……!」
俺は背中と壁とで生じた突然の衝撃に耐えきれず、思わず目を開ける。
俺を押した物のの正体は、正しく障壁だった。
「ほら! 敵は三秒なんて待っちゃくれないよ!」
俺の予想に反し、彼女は障壁で守ってなどいなかった。
そういえば銀行の事件でもあの女性の犯人を飛ばしていたな。すっかり頭から抜け落ちていた。
彼女は同じ手は通用しにくいと判断したのか、俺を押した障壁を片付けて様子を見ているようだ。
彼女の能力は攻撃から身を守るだけでなく、あらゆるものを押し出すこともできる。
「さあこの状況、優貴ならどうする!?」
煽る彼女を無視しつつ、俺は頭を働かせる。どうやって能力を発動させようか、と。
もちろん目を閉じて避けるなんてフィクションみたいなことはできない。
それに彼女の言う通り、これからの敵は三秒の隙を見逃してくれる程甘くない。
敵の攻撃の弱点を見抜いて隙をついて発動するのが打開策か?
「だったら……これしかないか」
そう呟いた俺は、再び目を瞑る。
ただ先程の二番煎じにならないように、ある工夫をして。
「はっ、相変わらず考えることが鋭いねぇ! 『壁に背を付かれちゃあ』こっちはどうしようもないよ……!」
先程は背を壁へと打ち付けられた。そして彼女の能力は押すだけ。
要は吹き飛ばされないようにしてしまえば、どうってことはないのだ。
「《発動》!」
三秒を脳内で数え、発動を宣言。
力が有り余るような、腕や足が張るような、そんな独特の感覚が俺を包む。
「考えたのか、たまたまなのか……どちらにせよ、いい判断だねぇ!」
彼女は好奇心を昂らせたように、口角を上げる。どうやら俺の背中と壁を接する行動は正解だったようだ。
しかし聖華さんは、まだ余裕と言った振る舞いだ。
その余裕さに少し苛立ったが、能力の適用時間がもったいない。
「行くぞ!」と俺は叫ぶ。怒気が含まれたその声を体に染み込ませるように、俺は前へ飛び出す。
「だったら……もう一度くらいな!」
彼女は右足を鳴らしやすくするためか、既に右足を地面スレスレに上げていた。その右足を真っ直ぐ、力強く踏み下ろす。
「《発動》! 《激昴・掌底》!」
彼女がそう言うと、先程と同様に障壁がまた俺を襲う。これが彼女の技、《激昴・掌底》なのだろう。
俺は当たらないよう、とっさに屈む。反射神経も能力で良くなっているのが幸いだった。
「……ちっ」
「舌打ちはちょいと行儀が悪いねぇ……ふぅ」
俺の失敬な行動を指摘しつつ、少し辛そうに息を吐く。
彼女の肌のあちこちで汗という水滴が艶めかしく光り、服も所所透けている。
これは彼女の能力の欠点である、体温の上昇が原因だろう。
障壁が出っぱなしだと上昇は止まらないため、彼女は俺の頭上のそれを消した。これは前に彼女自身が言っていたことだ。
ただ前回と違うのは、彼女が攻撃のために障壁を積極的に使用している。
ということは、先に限界が来るのは聖華さんなのではないか?
「また何か企んでいやがるね……?」
彼女が俺を見定めるように眉をひそめる。俺はそれに対して何も答えずにただ深呼吸する。意識が目の前に集中すると俺は飛び込む。
彼女は三度、右足で地面を叩く。
「さあ、来い! ……《発動》!」
目の前には障壁が。またもや俺の拳は彼女に届くことなく、「カン」と無機質な音を鳴らす。
その後も攻撃を当てていくのだが……
「はぁ、はぁっ……何故、攻めてこないんですか?」
俺はこんな状況でも思わず口に出てしまった。気の恐れからか、一度身を引いた。
もし彼女から攻めてもらわなければ、先程の予測すら元も子もない。
「明らかにあたしが不利になるからさ。あたしの能力の欠点は極端だから、節約しないとねぇ」
俺の狙いが読まれた……くそ、浅かったか! 苦肉の策、苦渋の決断をするしかない。
俺は歯を強く噛み締めて無念を実感する。眉尻が自然に吊り上がる顔で言う。
「……このままだと俺が確実に負けます。なので、降参します」
「なっ……!?」
彼女は驚いた顔をしていた。……戦闘好きの彼女の事だ、何もせずに諦めた俺を怒るだろう。
「……勝敗が決しましたね。これにて終了とします」
試合の成り行きをずっと見届けていたであろう凛さんが、抑揚のない声でこの悔しさ滲む試合を締めくくった。
*
試合が終わると、聖華さんは能力を解除して俺の元へ歩み寄る。
「……なんで、試合を降参したんだい?」
聖華さんの言葉には、怒りか失望かが垣間見えそうだった。ただ、どこか楽しそうな声色でもあった。
「万が一で聖華さんが敵と想定すると、能力の相性が悪いので戦況的に不利になります。なので逃げに専念して応援を呼べるように攻めを解除しました」
俺の能力は攻め続けると反動で動けなくなる。
そんなときに敵が攻めたら味方の戦力を欠くことになりかねないのだ。
彼女は俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。まるで小説で出てきた、気前の良い姉のように。
「ははっ、そうかい! まあ、その通りだね。……もし諦めたとか言ったらぶん殴るところだったよ」
つくづく俺の頭が回って良かった、と思う。彼女の腕の力も強そうだからな……。
「あ、ありがとう、ござい、ます」
俺は撫でられて声が途切れながらもお礼を告げる。
聖華さんはやっと撫でるのを止める。
「あたしの能力は力を防ぐからね。空中の物を飛ばしたりすることはできるけど、物を挟んだりはできないんだよねぇ……」
彼女は少し残念そうに肩を落とす。もし挟むことができれば、より汎用性が高い能力となっただろう。
……俺もあの時、壁と障壁に挟まれたらどうしようもなかった。
それもそうだが、少し気になることがあって質問する。
「聖華さんが言っていた、《激昴・掌底》とは聖華さんの技ですか?」
「まあそうだね。技名を言って仲間との連携もとれるし、反射的に技を出せるし……まあ悪いものでは無いさ」
連携、そして咄嗟に発動……なるほど。
技を覚えてしまえば色々な恩恵があるのか。ただ、俺には技名を考えるセンスが無いからな……。
そうだ、俺もゲームキャラクターの技を盗って使ってみようか。どうやるかは……おいおい考えるか。
「お2人とも、そろそろ戻りましょうか」
凛さんに促された俺たちは、特に不自由無く練習場を後にした。
ご愛読ありがとうございました!
(ここから先はノベプラ対象外です。内容がぐちゃぐちゃになりかねませんが、ご了承のほどよろしくお願いします)