142話 解放された若者
【戦況】
①美羽・シャイニ VS 狩魔
シャイニの能力により、狩魔の死亡という形で決着がついた。しかし、和也と優貴の戦闘で発生した瓦礫が降り、シャイニの背中を押した美羽がその瓦礫の下敷きになってしまう。シャイニは美羽を連れてある少女を訪ねる。
②サーシャ VS ローラン・ジョニー
ジョニーの能力を使ったローランの策略により、サーシャは致死率100%の状況に追い込まれる。その中、ローランは命を助ける代わりに全てを話す取引を持ちかけた。そしてサーシャはその取引に乗ることにした。
③天舞音・芽衣・菫 VS ルドラ
三名はルドラの能力で表れた触手に苦戦。少しずつ着実に進むも、ルドラの元にたどり着けずにいた。
④椿 VS 頼渡
椿は突如発現した住居侵入罪の力で、ノアの介入をくぐり抜けて頼渡をナイフで刺した。その後、【暗殺の一夜】の代償で、ノアを殺せずに椿も命を落とす。
⑤和也 VS 優貴(ノアは頼渡の元へ)
優貴の一撃により、下の階にいたシャイニと美羽に被害が及ぶ。和也との話し合いの上、優貴は和也と共に行動することを決めた。
⑥届称 VS 有象無象の罪人共 (眼音は出口へと向かっている)
ノアにより、届称・眼音は和也と分かたれてしまう。届称は眼音を撤退させる時間をかせぐため、行き着いた先に居た罪人共に立ち向かう。
⑦翔 VS サミュエル
サミュエルの能力により、翔は能力空間に閉じ込められてしまう。サミュエルの能力により、翔は自殺寸前までに精神を追い詰められていた。
⑧バードルード VS 希
希の能力空間で混乱したバードルードは、第三の人格を出す。バードルードの能力によって精神崩壊寸前に追い込まれた希は空間脱出とともに、倒れる彼を置いて休息をとった。
⑨聖華 VS アダム・フローリー・アタラ
日本に攻め込んできた多くのRDBのうち、姿を消す能力者のアダム、ドジで人を攻撃するフローリー、京之介と和葉の武器を奪ったアタラの三名が聖華を攻撃する。
聖華が苦戦する中、かつての同僚である彩と白虎が聖華の前に現れた。
複雑化した戦況の中、誰がどのような勝利を掴むのか。
**
「──あの、菫さん!」
「え──な、なに……?」
「ですから、班長が死ぬことで発動するってどういうことなんですかっ!?」
天舞音と芽衣の話の途中で、菫は現実に意識を戻した。
気がつかぬうちに、過去に思いを馳せていたらしい。
問いただす芽衣の前で、小さくため息をはいた菫は説明を始める。
「……正確に言えば、私の本当の能力は『詐欺罪』なの。その能力でお兄ちゃんの『秘密漏示罪』と交換した。その結果、私は記憶操作を持たない『秘密漏示罪』を、お兄ちゃんは対象に触れないと発動できない『詐欺罪』を持った」
「じゃあ、菫ちゃんが元々持ってた『詐欺罪』は、相手と能力を交換する能力? でも、さっきのは──」
「さっきのは『詐欺罪』のもう一つの能力で、『一度見た罪人の能力を使える』の。京都取締班、東魅風の『過失致死傷罪』と埼玉取締班、薙田広の『中立命令背違罪』を使ったの。……体の負担は大きいけど、お兄ちゃんに能力を貸し続けた日々に比べたら平気だから」
菫は脱ぎ落とした手袋を拾い、それをポンポンと払いながら話す。天舞音は顔をひきつらせる。
「それ、かなり強いね……」
「強いよ、だから任せていいって言ってんじゃん。二人はそっち行って」
「うん、気をつけて──いや、気を落とさないでね」
天舞音はどうやら、椿の死亡の件で菫を心配しているようだ。──自分こそ悲しいというのに。
「……大丈夫。私は──お兄ちゃんの死を悲しむほど、優しくないから」
そう言いつつも先程まで泣いてた自分を、菫は心で嘲笑した。
*
進む度に触手が多くなっていく。何度見ても吐き気がする光景だ。
その通路を『過失致死傷罪』と『中立命令背違罪』を使って、いとも容易く突破していく。
「……ここ、かな──あ、そうだ」
通路の終着は、一つの扉だった。扉を開けようと、ドアノブに手をかける──しかし、そこを捻る前に、頭に手を乗せる。
「《発動》。……あれ、なんで──ああ、そっか」
『公務執行妨害罪』は発動しなかった。頼渡の死亡の証拠だ。
菫はそれを察すると同時に、『もし兄と闘った結果だとしたら』と悲しい想像をした。
椿は彼のことを気にかけていた。自分を殺そうとした相手に対しても、『あの子には良心がある』という理由だけで仲間にした。
一方で頼渡は彼に感謝していた。普通なら生き場所すらないのに、取締班という生きる理由を彼から貰った。
……もし椿が、良心を失った頼渡を殺したなら──ここまでの皮肉は無い。
「……はあ、何考えてんだか」
神経質になったからなのか、へんな妄想をしてしまった。こんなことを考えてもどうしようもないのに。
ずっと握っていたドアノブを、ようやく捻る。
その部屋の中には、触手同士がハグし合って重なっているような、そんな巨大な複合生命体が心臓のように蠢いている。
それは雑音を発する。
「その扉を明けるです、ます、ガ? オマえは惨燃な死抗の喪ちぬしです、ます、です、ます、でス」
「……気持ち悪」
菫は目をひそめる。
さすがにナイフ一本でさばける量ではない。そう判断して、『過失致死傷罪』を解除する。代わりに目を瞑り、深く深呼吸する。そして──
「《発動》。悪いけど、じゃれる時間ないから」
天舞音の『窃盗罪』と、優貴の『暴行罪』を発動した。
『中立命令背違罪』を含め、彼女は今三つの能力を発動している。さすがに負担が大きいのか、息が少し荒くなる。
「惨燃です、まス。なぜオマえらですらこの縮覆を除まなイ? 馬禍でまス? ワレらはオマえらを掬うなのに、なぜ離界できなイ?」
「救おうとする態度が見えないからに決まってるでしょ? 学者って頭悪い人ばっかなの? 悪くないなら、もっと分かるように言って」
菫は勢いよく跳び出すと、ナイフを生命体に振り下ろす。すんなりと刃が入る──気持ち悪いくらいに。
「それができないんだったら黙って」
「ガぎギがギ」
断末魔と共に、全ての触手が菫に襲いかかる。彼女は回し蹴りで触手を破壊していく。
「あんたの本体に触ったらそれで終わる。……でも聞いた限りだと、あんた他の学者から好かれてるらしいね」
「ガが? 白ないです、ます、ガ?」
「──本当に元に戻りたいなら、一秒でもいいから抵抗してよ。こんな気色悪い触手にじゃない、あんたに言ってんだよ、ルドラ」
菫がその気になったら、すぐに本体にたどり着いて殺せるだろう。しかし──もし本体が善人だとすれば、味方についてくれるかもしれない。
彼女はそう考えていた。決して兄の考えを踏襲した訳じゃない──本人はそう思うことにした。
「じゃあ、いくよ」
菫は生命体に思い切りナイフを突き立てる。触手は──容赦なく菫を攻撃しようとする。
『やっぱりダメか』と菫が思ったその時、触手は動きを止めた。
その後も攻撃しようとしては離れてを繰り返している。
決断を下した菫は本体を傷つけないように、丁寧に触手をさばいていく。
生命体の奥には、二十代前半くらいの男性が居た。これこそが、本物のルドラだろう。
「……楽になりなよ、いい加減」
菫は彼に触れて、能力を奪った。
*
その男性はかなり時代遅れな服を来ている。……というより、着替えられるはずもなかったため、仕方ないのだが。
紫のインナーがある茶髪に、長い年月暴走していたとは思えないほどの穏やかな寝顔。
茶色の目をあける。
「イテテ……あれ、ここは──研究室っスか? てか、自分は何を……?」
彼──ルドラは菫の存在に気がついたみたいだ。そして苦笑いで言った。
「お嬢さん──自分が何してたか、分かりますか?」
ご愛読ありがとうございました。次回も宜しくお願いします。