141話 罪人取締班
過去編の後半です
*
あの後、和葉さんと京之介さんに家まで送ってもらった。これから葬儀関連の手続きがあるらしいが、そんなことを考える余裕なんてなかった。
家に帰ってすぐ、菫と共に寝室に向かった。一度、気持ちを落ち着かせないといけない。
菫はずっと無言を貫き通していた。この子はまだ小さいのに、すぐにでも泣き出しそうなのに、こんなに無理して──。
俺は菫の頭をそっと撫でる。
「っ……?」
「大丈夫。……大丈夫だから、安心して」
こんな薄い言葉しかかけられなかった。自分が『大丈夫だ』と思ってない証拠だ。
俺のせいで、菫に辛い思い出を残してしまった。俺の判断が違ったせいで……何やってるんだ、俺は。
ふと、菫の体が震えているのに気がついた。先程の俺と同じように嗚咽しているのか。俺と二人きりになったことで、安心と共に感情が溢れたのだろう。
「私……ううっ……。ごめん、なさいっ……」
「大丈夫、菫は何も悪くないよ」
「ううん……私が、パパとママの──教えちゃった、からっ……!」
もしかして、菫は『父さんと母さんの場所を教えた』ことを……?
犯罪事情に疎い菫が、あの場面でシラを切ったり嘘をつくことは難しい。でも、それでもこの子は──
「──うそ、つけばよかったのかなぁ……。ねぇ、お兄ちゃんの言うこと、まちがってたの……?」
「っ……」
菫に、『人と話すときは嘘をついちゃダメ』と教えた。だから菫は正直に話した。
でも、もしかしたらそれは綺麗事なのかもしれない。結局人間は嘘をつかないと、大事なものも守れないのかもしれない。
……違う! 俺が、菫のことをもっと見ていれば良かったんだ。菫ともっと話しておけば、犯人の顔も聞いておけば……っ! こんなことにはっ……!
そう思った時──
「っ……!?」
自分の名前から始まる紙切れ……? それがいきなり頭の中に現れた。続きには『あなたは罪人となりました』と書いてある。続きは靄がかかっているように見えない。
『罪人』──それは、人を殺したという強い罪悪感から能力を得た者。その能力は罪悪感の『種類』によって変化する。
「俺が、罪人に……」
「お兄ちゃん……頭、なんかへん……!」
「まさか菫も──どうしたの!?」
「わかんないよっ! なんか、へんな文字がうかんで……!!」
その日、二人の罪人が生まれた。
*
両親の葬式が行われた。家族葬だったため、人も想定より少ない。
とはいえ、突然の死去を受け入れられない人も多かった。まだ俺もそうなんだ、無理もない。
菫は何度も涙をこぼしそうになりながら、必死に前を向いていた。とても力強い眼差しで、とても真っ直ぐで──。
あの時からずっと自分を責め続けている、そんな自分とは大違いだ。なんて──最低で愚かな兄だろう。
それでも、一つだけやりたいことがあった。俺の唯一の『贖罪』を。
あの時の後悔を繰り返さないためにも。
*
葬儀関連が一段落し、気分転換に俺は菫と散歩に出かけた。
アスファルトが橙色に染まる。いくら太陽でも、影を照らすことはどうしてもできないらしい。
突然菫は、握ってた俺の手を振りほどく。そして俺の前に立って、顔をじっと見る。
「……お兄ちゃん、私きめた」
「ん?」
「私……もう、びくびくしない。もう、やさしくなんてならない」
「菫、それはさすがに──」
「だから、お兄ちゃんは私のぶんまで、みんなにやさしくして」
菫は優しく、笑顔でそう言った。
それが、彼女なりの決意なのだろう。彼女なりに考えて、それで出した結果だ。自分に矯正する資格は無い。
「……分かった。じゃあ俺は、これから大切な物ができる度にそれを守るよ。もちろん、菫もね」
「──うん!」
彼女の笑顔がより明るくなった、その時だった。
彼女の後ろの人影が襲いかかろうとしていた。
「ちっ……!」
「くっ!?」
間一髪のところで菫を救い出したものの、俺は左腕を切られてしまった。
その人影を確認すると、俺と同じ年齢くらいの男子がいた。まさか、父さんの反対派なのか?
「君は、誰!?」
「……お前、警視総監の子だろ?」
「そうだけど、それが何?」
「僕は、ただ──やり返すだけだ」
その子はまたナイフを構える。異常なまでの殺気が滲み出ている。
「落ち着いてくれ! 俺は君と戦う意思はない! せめて話し合いたい!」
「僕には戦う意思がある。僕はただ──正義を殺したいだけ、悪の生きる場所が欲しいだけ、やり返したいだ……け──」
彼は言い終わる前に、その場に倒れ込んでしまった。
「なに、あの人……」
菫は彼に嫌悪感を抱いていた。
*
病院に連れていった結果、栄養失調とのことだ。ここ何日間も食べていないようだった。
彼は一日後に目が覚めた。その時はちょうど俺がいた。
「──おはよう」
「君は……。ん、ここは?」
「ここは病院、栄養失調で倒れたから連れてきた」
「……なんで、見捨てなかったの? 僕は、あんなにも酷いことしたのに」
「君にも何か事情がありそうだったから。だけど、事情は聞いていい?」
しばらく悩んだ後、彼は頷いた。
「……僕は、篠原頼渡。僕の家族は、大事な家族は、正義に殺された」
「正義に、殺された?」
「僕の家族は、みんな暗殺者だった。ここだけの話だけど、みんなは『国が黙認していた』、合法な暗殺者」
「合法な……」
噂には聞いたことある。法の下ではどうしても裁けない悪人などを、断罪という名目で暗殺する者たちがいると。
まさか、彼の家族が──
「だけど、僕が生まれてからはみんな足を洗った。順当に生き始めた。それを──アイツらは……!」
布団越しに、頼渡は自分の脚を殴る。
「アイツらって?」
「……この世に蔓延る、ゴミみたいな正義感を持ったヤツら──警察だよ……! アイツらは、僕の家族が生きてることが『不都合だ』と判断して……それでっ……!」
簡単に言えば口封じだ。だから彼は警察を、『正義』を憎んでいたのか。
父さんは関係してたのだろうか? ……いや父さんの性格だ。暗殺者を雇ってた人達が父さんに知らせたら、父さんは即座に彼らを退職させるだろう。
「君は逃げれたの?」
「母さんに逃がして貰った──くそ、僕がもっと力を、『アイツらにやり返すほどの』力があれば……! 母さんを、父さんを、兄さんも見殺しにしなくて良かったのに……!」
「頼渡くん……」
「『公務執行妨害罪』を持った罪人になれた今なら、君たちを殺せると考えてた。……でも、さすがに冷静じゃなかった。謝って済む訳じゃないけど……ごめん」
初めは、こんな殺そうとしてくる悪人を許す気は無かった。だが、この子にも理由があって、良心もちゃんと残っていたのだ。
「……一つ、話がある」
俺は彼に耳打ちした。
* * * *
あれから一年が経過した。その頃には、使用許可証の靄はとっくに晴れていた。
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叢雲 椿 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『秘密漏示罪』の使
用許可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、対象の
頭部から情報を現像して抜き出す能力で
す。なお、記憶操作も可能です。
『発動条件』:手袋をつける。
『発動中、あなたが有する利点』:色彩
感覚の上昇。
『発動中、あなたが有する欠点』:動体
視力の低下。
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能力が罪悪感に影響するなら、あの時、俺は『菫の記憶を見ることができれば』と思ったのか?
確かにこの能力を菫に使えば、未然に事件を防げたのだろう。──とんだ皮肉だ。
まあ、そんな皮肉に付き合っている暇は無い。なぜなら俺は今──
「ほら、早く入りなよ。班長」
「……うん、そうだね」
父さんが作った『罪人取締班』の班長になった。菊池総監は父さんと『取締班の維持』について約束していたらしい。
詳しいことは知らされていないが、今この取締班があるのは菊池総監がいるおかげだ。
しばらく空席だった班員の席に、二人の体温が伝わる。
菫はあれから人が変わったように見える。……まあ、素は変わらないが。
「にしても、なんで頼渡を班員にしたんだか。私には分からないんだけど」
「まあまあ、仲良くお願いね。まだ三人しかいないんだし、喧嘩したらいけないから」
「……ねえ、あいつが来る前にやりたいことがあるんだけど。こっち来て」
「ん? どうしたの?」
俺は菫の傍に近寄る。菫は手袋を外して《発動》と言うと、俺の体を触った。その瞬間──俺の使用許可証が『詐欺罪』となった。
「これは……? 何したの?」
「私の『詐欺罪』の能力。一つ目の効果は『一度見た罪人の能力を、利点欠点を無視して発動できる』。二つ目の効果は『触れた相手との能力を、それぞれ弱体化して交換する』。今のは二つ目の能力だね」
菫は自分の能力を言った。今まで、靄が晴れても言おうとしなかったのに……。
「なんでこんなことを……?」
「班長なんでしょ? ……組織の長は強い能力を持ってないとなめられるよ?」
「それにしたって──」
「それに! ……罪人を認めさせたいんでしょ? この世界に」
俺の……自責の終着点はそこに辿り着いた。父さんがしたかったことを、俺が継承するべきだと。
「……分かった。使いこなすのに時間はかかりそうだけど、それでもやってみるよ」
ふと扉が開くと、そこには引きつった笑顔の男が居た。三人目の班員、頼渡だ。
罪人取締班は、ここから始まる。どんな組織になるか、楽しみな自分がいる。
ご愛読ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。