14話 疑念と不変
何かが爆発したところから始まります!
爆発音と同時に体が吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「うわっ……!」
「きゃっ!」
姿は見えないが、聖華さんと凛さんの短い断末魔が聞こえた。
スタンガンで倒れた女性は『何故か吹き飛ばなかった』。
バリアの内側にいた人質も、何故か被害にあっている。
一般の警察がそこに駆けつけたのはそれから間もなかった。
*
「優貴、どういうことだい? 一体これは……」
聖華さんは立ち直ると俺にそう聞いた。凛さんも聞きたい様子でこちらを見ている。俺を含め大した傷はないようだ。
俺はすぐそこに倒れ込んでいる女性を見て言った。
「……犯人は一人じゃなかったんです。何人かは分かりませんが仲間が居たんです」
「仲間……ねえ。一体どこにいたんだい? 周りは包囲されてるし、遠くからこの現場を見ていたってことかい?」
その可能性が高いが……だとしたら爆弾をこの女性に持たせて会話を盗み聞いていたのか?
ふと外を見れば、負傷した人質が急遽病院に運ばれていく。
その代わり、奇跡的に無傷の人質は三人だった。
*
「事件の成り行きをお聞かせ願いますか?」
一般の警察の人がその三人に事情聴取していた。
俺はそこに近づく。一人は若い女性、もう一人は男の子、そして中年の男性だ。
この中年の男性は……初めに銃口を向けられた人だな。
……何故この三人が無傷だったのだろう?
「わ、私は爆発源の一番遠いところにいたから……」
若い女性が言う。
「マ、ママが! バッて! バッてぇ!!」
男の子が言う。
「運が良かった……としか言えないですね」
中年の男性が言う。
考えるんだ、三人が無傷だった理由を。
女性は爆発の遠くにいた。怪我の可能性は少ないが、本当に無傷で済むのだろうか?
男の子の言うことはイマイチだが、両手を大きく広げているから、母親が瞬時に庇ったのか?
中年の男性は運が良かったと言っている。運が良かっただけで爆発を避けられたのだろうか?
*
「共犯者は……あなたですね?」
「……え?」
俺の言葉に、中年の男性がたじろぐ。運がいいだけで大爆発を凌げるとは思えない。
しかもこの男性は爆発源のすぐ近くにいた。なのによく見たら服すらも汚れていない。
「なるほどねえ。人質の中に共犯者が居たってことかい?」
聖華さんと凛さんもこの場に集まった。彼女へ答える意味でも確認する意味でも話した。
「いくら運が良くてもこの格好の綺麗さは流石におかしいでしょう。考えられるのは、『爆発は能力によるもので、その能力者はそれによる被害は受けない』可能性です」
子供のときから読んでいた推理小説が生きたかどうかは分からないが、今の俺は推理小説の探偵のようだ……。
俺は主人公というタイプではないのに。
中年の男性は薄笑いを浮かべる。彼のそれは、決して快楽や降参の笑みではなく……『安心』の笑みだった。
「お見事、と言っておきましょうか」
「……認めるのですね?」
凛さんの問いにこれも静かに頷いた。そして彼は俺に一枚の紙切れを手渡す。
その紙には住所のようなものが書かれていた。
「……これは?」
彼は答えない代わりに悲壮じみた笑顔を見せる。触れたら壊れる積み木のような、儚げでデリケートな笑顔にも見える。
彼は俺にしか聞こえないように告げる。
「これが、わたくし達の本当の作戦ですよ」
と。
かくして、目が覚め醒めた女性と中年の男性はどことなく『安心しきった表情』でパトカーの中に入っていった。
*
パトカーが見えなくなる。俺たち三人が取締所へ帰ろうとした時、こちらへ来たであろう彼に声をかけられた。
「終わったみたいだね。遠くからでも爆発音が聞こえたけど……怪我は?」
「班長……怪我はかすり傷程度です」
彼は安堵の笑みを浮かべる。横には菫さんがツインテールをフサフサと揺らして辺りを見ている。
少し周りが崩壊しているからな、物珍しいんだろう。俺もこんな光景はドラマぐらいでしか見ない。
「班長、そっちはどうなったんだい?」
「大したことなかったよ。店長の記憶を菫の能力で見て、あとは成り行きで解決したよ」
「はあ……その為だけに呼んだということは、また罪人を奴隷と勘違いしている連中の仕業だね」
聖華さんに怪我がないかを気にしながら彼は話す。
一方の彼女は薬を口に含めたような苦々しい表情をする。
彼は聖華さんを手でなだめつつも続ける。
「そして、ここで何があった?」
「わたくしが話しましょう」
怪訝そうな表情をする彼に、凛さんはことの経緯を話す。
*
「なるほど、人質の中に仲間がね。盲点になりやすいところだけど、それでも優貴くんの目はごまかせなかったね」
「はは……運が良かっただけですよ。……あっ」
謙遜していると、ふと思い出したかのように紙を班長に手渡す。
「これ、犯人から手渡されたものです」
「これは……住所が書いてあるね。渡したとき犯人はなんて言ってた?」
「『これが、わたくし達の本当の作戦ですよ』と」
「……罠ではなさそうだね、少し行ってくるよ。菫、ついてきてくれる?」
呼ばれた菫さんは、束ねられた片方の髪束を弄りながら班長の方を見る。
「正直疲れたんだけど……はあ、分かったわ」
そして二人は車に乗り込んでそこへ向かっていった。
見送るように彼らの車の後ろを眺める。
「さて、わたくし達も帰りましょうか」
「はい」
凛さんの呼び掛けに頷き答える。そして俺と聖華さんは車に乗って来た道を戻っていった。
*
班長の向かった住所の所には、少し痩せている複数人の子供を見つけ、こちらで保護したらしい。
刑事たちの取り調べで何もためらうことなく自白し始めたという。
自白の内容は悲しいもので、それは『銀行で金を盗んで子供に食べ物を買うというのは陽動。本当の作戦は子供達を保護してほしかった』とのことだ。
後に分かったことだが、その子供達も罪人であり、餓死寸前のところで女性と男性二人が保護したという。
しかしその女性と男性もまた罪人で、働き口がなかった。また、罪人の子供達も普通には保護してくれない。
そこで銀行強盗を決意し、成功してもその金で子供達に食べ物を与えられ、失敗しても罪人である自分たちの騒ぎとなれば、ほぼ必ず罪人取締班が出向く。
取締班なら事情を理解して保護してくれるだろう、と言う皮肉な策戦だった。
彼女が持っていた銃はエアガンで、人質役の彼の血糊で死んだふうに見せかけようとした所に俺たちが駆けつけたという。
能力の爆破も威力は弱くしたらしい。そのおかげか死者は誰もいなかった。
彼女の能力は『私戦陰謀罪』。
一定時間、思考力を凄まじく向上させる能力。
『電子計算機損壊等業務妨害罪』、それが彼の能力だ。
触れた計算能力がある機械を任意で爆破させる。逆に触れた人間には爆破の影響を受けさせない能力。
俺は改めて、罪人の差別の現状を知って反吐が出そうになる。
同時に悩む。罪人は生きるべきなのか死ぬべきなのか、を。
*
事件から数日、俺はあまり楽とは言えない気持ちで働いていた。理由は言うまでもあるまい。
何の前触れもない、そんなものだ。危機に陥るのも、電話がなる理由も。
「……はい、こちら罪人取締班」
班長が電話を取る。あまりにも意外だったのか、声を上げる。
「きょ、京之介さん……?」
どうやら事件では無さそうだ、と胸をなでおろしていると、電話を切った班長がスっと立ち上がる。
「京之介さんから呼ばれた。少し行ってくるよ」
彼はそう言うと神妙な面持ちでここを後にした。
京之介さん……懐かしいな、と心でクスッと笑う。しかしそれなら班長の携帯で良かったのでは、と少し疑問を感じつつも仕事を再開させた。
* * * *
京之介さんが指定した所は、昔よく行っていたある広場だった。そこには張本人の彼の他に和葉さんも居た。
「よっ、元気そうだな!」
京之介さんのどこか懐かしく感じる笑みに安心して微笑み返す。
「ええ、そちらもお変わりなく」
「この機会だ、時間があれば無駄話でもしようか? それとももう本題に入るか?」
和葉さんの問いに、「どうせですし、無駄話でも」と答える。
俺たちは近くにある大きなベンチに腰掛けた。
人通りも多く、昔と変わり映えのない広場、だからこそ好きだ。俺がまだ、何も変わってないことを再確認できるから。
「昔、よくここで雑談したなぁ……。昨日のように感じます」
「……本当に、そうだな」
和葉さんは口角を上げつつも目は悲しげに遊ぶ子供を追っている。
こういう時に限って京之介さんは何も言わない。相も変わらず、調子を狂わされる人だな。
「どうだ、罪人取締班。上手くいってるか?」
急に京之介さんがそう聞く。やれやれ、と鼻から息を大袈裟に吐く。
「はい、お陰様で。あの時は本当にありがとうございました」
「礼を言われる筋合いはねぇよ。……『救えなかったお詫び』だ」
俺はあの時をふと思い出す。そうしたらまるで『その時』に居るかのように言葉が聞こえる。
『……何が悪かったんでしょうか!? 誰が……いけなかったんでしょうか……? あの子も! 菫も! ……誰も悪くないのに。悪いのは判断した俺だけなのに……』
赤のパトランプが水溜まりに反射する。
泣きながら京之介さんと和葉さんに叫ぶ自分の姿が水溜まりに反射する。
その姿が自分じゃないように思えて止まなかったんだ。今でも鏡の向こうの自分が偽物のように思えるんだ。
目頭を押す。意識をこちらに引き寄せるために、俺は目頭を押す。
「……もう本題に入りましょう? 俺のせいで辛気臭くなってしまいました」
「お、おう、そうだな……」
京之介がたじろぐ。しかしすぐに改まった顔をすると、手紙のような一枚の紙をまたもや渡された。
その手紙に書かれていた最初の一文は、『罪人取締班へ……プロ・ノービスの長より』だった。
俺は荒らげそうになる声を喉の奥にしまい込んで目を動かした。
『ただ今の季節、夏が終わりて秋へと移行する。秋は紅葉が美しく見える季節。
しかしそれらの朱は手に届かない。
故に、冬までに紅を地平へ咲かそう。
さすれば、その緋に手が届くだろう。
これは手記の始まりである。互いに健闘を祈り合おう』
遠回しな表現だが、要は『一斉攻撃を始める』という予告だ……。
「何故……どうして急に……?」
「これが各都道府県の警察本部に届いていたらしい、始まるぞ、『最大の国内戦争』が」
和葉さんの早口に拍車がかかる。京之介さんは立ち上がるとこちらへ頭を下げる。
「きょ、京之介さん……」
「すまない……! 能力のない俺たちは太刀打ちなんてできないんだ! だから……だから!」
彼は震えた声で話す。何もできないという怒りから、というのは聞かなくても分かった。
和葉さんも素早い身のこなしで彼の隣で頭を下げる。
「頭を上げてください。……分かりました、東京の罪人はこちらで対処します。ただ……他の取締班はどう感じるか分かりません。なので、神奈川県と埼玉県の取締班に行ってきます」
「宜しく……頼む」
京之介さんと和葉さんの二人はしばらく頭を上げることはなかった。
ご愛読ありがとうございました!
宜しければ、次回もよろしくお願いします!