137話 一人で背負い込むということ
【戦況】
①美羽・シャイニ VS 狩魔
シャイニの能力により、狩魔の死亡という形で決着がついた。しかし、和也と優貴の戦闘で発生した瓦礫が降り、シャイニの背中を押した美羽がその瓦礫の下敷きになってしまう。
②サーシャ VS ローラン・ジョニー
ジョニーの能力を使ったローランの策略により、サーシャは致死率100%の状況に追い込まれる。その中、ローランは命を助ける代わりに全てを話す取引を持ちかけた。そしてサーシャはその取引に乗ることにした。
③天舞音・芽衣・菫 VS ルドラ
三名はルドラの能力で表れた触手に苦戦。少しずつ着実に進むも、ルドラの元にたどり着けずにいた。
④椿 VS 頼渡
椿は突如発現した住居侵入罪の力で、ノアの介入をくぐり抜けて頼渡をナイフで刺した。その後、【暗殺の一夜】の代償で、ノアを殺せずに椿も命を落とす。
⑤和也 VS 優貴(ノアは頼渡の元へ)
優貴の一撃により、下の階にいたシャイニと美羽に被害が及ぶ。
⑥届称 VS 有象無象の罪人共 (眼音は出口へと向かっている)
ノアにより、届称・眼音は和也と分かたれてしまう。届称は眼音を撤退させる時間をかせぐため、行き着いた先に居た罪人共に立ち向かう。
⑦翔 VS サミュエル
サミュエルの能力により、翔は能力空間に閉じ込められてしまう。サミュエルの能力により、翔は自殺寸前までに精神を追い詰められていた。
⑧バードルード VS 希
希の能力空間で混乱したバードルードは、第三の人格を出す。バードルードの能力によって精神崩壊寸前に追い込まれた希は空間脱出とともに、倒れる彼を置いて休息をとった。
⑨聖華 VS アダム・フローリー・アタラ
日本に攻め込んできた多くのRDBのうち、姿を消す能力者のアダム、ドジで人を攻撃するフローリー、京之介と和葉の武器を奪ったアタラの三名が聖華を攻撃する。
聖華が苦戦する中、かつての同僚である彩と白虎が聖華の前に現れた。
複雑化した戦況の中、誰がどのような勝利を掴むのか。
以前、優貴は瓦礫から少女を救った。しかし今は、皮肉なことに瓦礫で人を殺してしまった。
それも、赤の他人ではない。かつて共に仕事をこなし、共に笑い合った友だ。
ほんのわずかだが、感情や記憶が全て喪失したような時間を過ごした。
次第に頭に継ぎ足されていく感情が、どす黒い液体となって体の中を呑み込んでいく。
何回、自分の目の前で、自分のせいで死ぬのだろう。これが自分の求めていた結果なのか。自分はこのために──
「【五蕾・災雨】!!」
和也の声で、優貴は少し目が覚める。
彼は瓦礫の山の上方を多数回蹴り飛ばしている。
「くそっ……! 瓦礫が邪魔で近づけねえ! おい、優貴も手伝え! 美羽は──まだ生きてる!」
「っ……!?」
なぜあんな大量の瓦礫の下敷きに、しかも美羽の能力の欠点である『抵抗力の低下』があっても生きているのか。
優貴にはその疑問を言語化できる精神的余裕がなかった。
「美羽ちゃん! ねえぇっ! 私……美羽ちゃんまで、失いたくないよっ!! 一人に、しないでよっ……!」
シャイニは非力ながらも、素早く確実に瓦礫を取り除いている。時折、服の袖で目元を拭っている。感情が荒ぶるほど、彼女は美羽のことを求めている。
優貴は和也とシャイニの必死な姿を見ているうちに、彼の心に『苦しい』という物が現れ始めた。
気がつけば、彼の体は救助のために動いていた。
*
美羽の様態は、素人から見ても明らかに深刻であった。両脚は再起不能なまでに壊れ、呼吸は弱々しくなり、瓦礫の角で身体の至る所から出血している。
奇跡的にもこれといった致命傷はないように思えるが、このままでは出血多量で死ぬのも時間の問題だ。
「くそっ、どうすりゃいいんだよ! このままじゃ……っ、そうだ! 今からこの施設を抜け出して俺の脚で──」
「匂いで分かるんだけど、多分この施設──とにかく、それは無理だと思う。それより私に任せて」
問答している余裕はないことは和也にも分かっている。だから尚更、彼女の言葉、眼にある確固たる意思に賭けるしか無かった。
「……分かった。任せたぞ」
和也がそう言ったと同時に、シャイニは両目を閉じて「《発動》」と呟く。そこから時間をかけずに『三』の目を出すと、足元にジェットのようなものが装着される。
美羽の体を刺激しないように抱えると、ジェットで自身の体ごと浮かせ、狭い通路をかいくぐるようにその場を一瞬で後にした。
そこに取り残されたのは優貴と和也の二人だった。
下敷きになる美羽を見て以来ずっと無言の優貴に、和也はどこか優しい表情を浮かべている。
「優貴──お前が例えRDBでも、やっぱり俺たちの敵じゃねえよ。じゃねえと、美羽を救ったりしないだろ」
「……俺は、お前の敵だ。これは、俺一人の問題なんだ」
和也は優貴の毅然とした態度に、徐々に怒りを募らせていく。
「またそうやって一人で──なあ、これがお前が求めてた結果なのかよ? お前が皆を守りたいって言ってたのは、嘘だったのかよ?」
「それは嘘じゃ──っ……!」
「お前が今まで何も言ってくれなかったから、美羽が傷ついたんじゃねえのかよ? もう、話してくれ。これが最後だ」
先程から目を逸らし続けている優貴は、そこで初めて彼の顔を見た。昔から顔に出やすい性格だ、怒りや悲しみ……色々なものを感じ取れた。
同時に感じ取れたのは、それら感情の奥にまだ優貴への信用があったことだ。
優貴は和也のように近くの瓦礫に腰掛けると、自分の過去であり、和也の失われた記憶でもある話を始めた。
*
優貴の話は三十分ほどに渡るものだった。和也は終始驚いた顔をしていた。だが、納得できないという素振りは一回もなかった。
「……思い出したか? 和也」
「まだ全部じゃねえけど……ああ、なんか頭が晴れたっつうか……」
和也はおどおどしながらも、優貴の問いに肯定した。その後、頭を思い切り振ると、次はハッキリとした口調で話し始めた。
「とにかく、お前がなんで敵側のほうに行って、あんなこと言ったのか──何となく分かった気がする。だから言うぞ、お前は──やっぱりバカだ!」
「バカ、か……」
「ああ! やっぱりお前一人で背負い込む必要ねえし、最初から俺や仲間に相談しとけばもっと何とかなったかもしれねえだろ! いいか、一人で背負い込むってことは、極端に言や仲間を信頼しねえってことなんだよ! 一人で背負い込むこと自体はなんも偉くねえんだよ!」
「……そう、だな」
優貴は終始俯いていた。一方、和也は立ち上がると腰に両手をあてる。
「よし! これでとりあえず、次にやることがハッキリしたな! お前の父さんに、会いに行くぞ!」
「っ、ああ」
優貴は和也に感謝しながら、ゆっくりと立ち上がった。
* * * *
シャイニには一つだけ、美羽を助ける術を持っていた。しかし、それは確実では無い。それどころか、自分の身に何が起きるかも分からない。
『噂で聞いたんだけどぉ、恵ちゃん知ってるぅ? この施設のいっちばん下、地下のさらに地下に、一人の女の子が居るんだってぇ』
『……そうなんだ、知らなかった』
『その子も罪人らしいんだけどぉ、他の人のどんな傷だろうと治したり、なんなら不老不死みたいにもできちゃうんだってぇ』
『……へえ、すごいね』
生前の姉、狩魔と話した会話だ。その時は姉の嘘だろうと思っていた。しかし──
「信じるからね、お姉ちゃんっ……!」
もはや嘘だろうと関係がなかった。助ける方法がそんな噂話だけしかないのだから。
和也にも言いかけたが、この施設の壁の隙間から僅かに土の匂いがする。最上階ですら、だ。
──つまり、この施設は地中に埋まっているのだ。
ただでさえこの施設がどこの地面の下にあるかも分かってないのに、その土を掘ってから近くの病院を探して連れていく時間などない。
「お願い……頑張って、美羽ちゃん……!」
シャイニは繊細な操作で下へ下へ進んでいく。いつもは最下層の閉じている扉も何故か今は開いている。
最下層を素早く進んでいく。美羽の息が、もう無くなってると勘違いできるほどに弱くなっている。
重要な資料の部屋、何かの研究室、恐らく最下層にはそんな部屋がある。しかし、全てを確認する時間などない。
もはや博打だ、この最下層で最も奥の扉を開けることにした。
『どんな傷も治せる』、『不老不死になれる』、そんな能力はこの組織におけるトップシークレットに等しいだろう。
美羽を片手と身体で支えながら、もう片方の手で扉を開けた。そこは──
「しょく、ぶつ……? ここじゃないの……?」
シャイニの心からどうしようもない絶望感が染み出してくる。シャイニがその場で諦めかけたその時──
「あら、お客様ですか?」
彼女の声が聞こえた。
遅れました、申し訳ございません。
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