132話 殺し屋とアイドル
狩魔とシャイニの過去です。
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私たちは集落で産まれ育った。近代化なんて知らなさそうな、都会と完全に隔離された集落だ。
私が六歳の頃、隣接する集落とで大きな紛争が起こった。家は燃やされ、集落のあらゆるを破壊し合った。
当時の私でも思えるほど、感情的で計画性もない争い。もはや結果すらも残らない、まさに何も生まない争い。
お父さんは紛争に参加し、お母さんは私にこの子を託した。どちらも帰らぬ人となった。
クローゼットに隠れていた私は、目の前でお母さんが惨殺されるのを堪えながら、隙を見て逃げた。
息が苦しい、お腹が空いた、体が痛い、死にたくない。
「誰か、たすけて……!」
私はこの子を抱えて、必死に炎から逃げた。逃げて逃げて、炎とは別の光を求めて走った。
転んでもこの子だけは守った。雨が降ろうとこの子だけは庇った。
お母さんが必死に遺した大切なもの。私が最期まで守り抜きたいもの。
*
「──きろ」
子どもの声? とにかく聞き馴染みのない声だった。
「おい、起きろ!」
反射的に瞼が開いた。
「ったく、やっと起きやがった。おいボス、起きたぞ!」
「……ボス?」
私が目を擦っていると、奥から足音がした。
「こんにちは。いや、君の場合はおはようだったかな? ああいや、どちらでも構わないよ」
「……えっと」
言葉を詰まらせながらも、辺りの状況を確認する。
なるほど、どうやら私は道中で気を失ったようだ。大きいベッドに寝ている私を、この口調の荒い男の子が介抱してくれてたみたいだ。そして、この子が言っていたボスもまた子どものようだ。その割にとても丁寧にしゃべる、不思議な人だ。
私はそう言って状況整理していくうちに、腕にあるはずのものがない違和感を覚えた。
それは辺りを探してもない。ベッドの下にも、布団の中にもない。
「がっ……!?」
「あの子を、どこにやったっ……!」
近くにいた男の子の首を持って床に叩きつけた。自分だとは思えないほどの身のこなしだった。
首を握る力を徐々に増やしていく。じたばたとうるさい足の音がする。
「ストップストップ。そこまでにしときなよ」
「えっ……?」
突然、男の子の周りの床が盛り上がり、私の体を容易く持ち上げる。
「あの子は隣の部屋にいるよ。気になるなら見に行くといい」
私は後先なんて考えずに隣の部屋に入る。そこには赤い着物の女性と共に、可愛らしく寝ている子が居た。
安堵するあまり、その場にへたりこんでしまった。後ろから『ボス』の声がする。
「あの子は?」
「……私の、大事な妹」
「君とあの子の名前を聞いていいかい?」
「私は枕木業、あの子は枕木恵子」
安心から、警戒心は無くなっていた。そんな中、『ボス』はこう言った。
「僕の仲間になってみない?」
*
ここはRDBと呼ばれる団体の仮拠点らしい。仕事は様々あるらしいが、その中で最も請け負っているのが──
「──暗殺?」
「そう。ざっくり言うと、殺したいほど憎まれてる人を、代わりに殺すお仕事だよ」
「でも、人を殺すなんて……」
「……どうしたの?」
「殺す、なんて……」
殺すなんてできない──その言葉が出なかった。自分のために人を殺すなんて、もはや当たり前じゃないか。
それであの紛争が、おかあ、さんが──
「ローランを取り押さえたさっきの動き、凄かったよ。苦労の賜物なのか、天性の才能なのか。とにかく君には才能があるはずなんだ」
「……もし、やらないって言ったら?」
「僕だって完全なお人好しじゃない。そして、この組織はまだ未完成だ。つまり、君をここに置くメリットがなくなってしまうね」
「……大丈夫」
私は立ち上がる。初めから答えは決まっていた。
「どんな奴でも殺す。あの子が幸せに暮らせるなら、私はそれで構わない。──ただ、一つだけお願いが」
「それは?」
「私とあの子、二人が暮らせる家をちょうだい。お金は私が稼ぐから、それまでの間住めるお金も」
「問題ないよ。すぐ用意する」
こうして、私と恵ちゃんの新しい生活が始まった。
*
「お姉ちゃん! これみてぇー」
「ん? お絵かきしてたの! わぁ可愛い、ちっちゃいわんこかな?」
「うんっ!」
あれから三年が経った。恵ちゃんは五歳になって、不自由なく保育園に通っている。
私は恵ちゃんに『色んなバイトをしてる』とはぐらかして、暗殺業を続けていた。
初めて人を殺した時、普通だったら何か感じるのだろうか。私の感想はただ『片付けるの面倒だな』と感じるだけだった。
だから好きに片付けることができる能力、『遺棄罪』を手に入れた。組織内でも重宝され、私もこの能力を気に入ってる。
「お姉ちゃん! わたしね、わたしね!」
「うん、どうしたの?」
「将来、お姉ちゃんみたいになる! 優しくて楽しいから!」
「……そう、嬉しいなぁ」
正直言って、なってほしくない。恵ちゃんの人生を、こんな血みどろなもので染めたくない。
恵ちゃんは何も知らなくていい。自由に、幸せに生きてくれればそれでいい。
*
さらに年月が経って、恵ちゃんは高校生になった。
「お姉ちゃん、相談してもいいかな?」
「んー? どうしたの?」
恵ちゃんのいつになく神妙な面持ちに、私は皿を洗う手を止めていた。
机を挟んで恵ちゃんの前に座る。するとバッグから何かチラシみたいなものを取り出して──
「私、アイドルになりたいのっ! ……でも業界は厳しいって聞くし、何よりお姉ちゃんが不安、だよね?」
「わあ、いいじゃん! 色んなことに挑戦してみなよ!」
「いい、の?」
「もちろん! 恵ちゃんのやりたいことやってくれた方がお姉ちゃん嬉しいよぉ! 私も応援するからさ!」
私がそういった途端、恵ちゃんはぱあっと明るい表情になった。
「良かったあ、ありがとう!」
「でも、恵ちゃん今までそんなこと話してたっけ? アイドルに興味あるなんて初めて知ったよぉ?」
「う、うん! でも、なんでなりたいかは内緒!」
「えぇ? お姉ちゃん知りたいなぁ」
「イヤイヤのイヤーカフだよっ! ……だって、照れくさいし」
なんにせよ、私は恵ちゃんの全てを認めるつもりだった。こんなに幸せに育ってくれたから、これ以上の幸せはなかった。
「それで、オーディションに付き添って欲しいんだよね。その日程なんだけど……」
その日って確か──
*
近くで恵ちゃんのオーディションがやっている。だから早く──
「くそっ! 捕まるかよぉ!」
「往生際が悪い人は嫌われるよぉ……」
この人を殺さないと!
「はあっ、はあっ……待ってくれよ! なあ、頼むよ」
「ちゃんと、楽に殺してあげるからぁ。だからぁ、静かにお願いねぇ」
……仕事完了。あとはオーディション会場の近くに戻って──
「お姉、ちゃん……? その人、えっ、しん、で」
「恵ちゃん! 待ってっ!」
焦りすぎて失念していた。ここは、オーディション会場のビルの真裏だった。
こんな失態は初めてだった。
*
「……ねぇ、お姉ちゃん。説明してよ」
「え? 何の話かな、お姉ちゃんわから──」
「そういうのいいからっ!」
家の中はどろどろで重たい空気が漂っていた。私は、すでに決心していた。……縁を切る決心を。
「ふふっ。だってぇ、人を殺すとお金が沢山もらえるんだもん。つい最近始めたんだけどねぇ、どんなバイトよりも稼げるのぉ」
「……え?」
「いい? 恵ちゃん、世の中は『生きやすいこと』が正義なの。善行とか過去の私みたいな人とかは、全く正しくないの。楽しく暮らせれば勝ち組なのよ?」
恵ちゃんの声は震えていた。彼女にとってそれほど意外な台詞だったのだろう。
つい最近と言ったのは、今までの暮らしを『汚いお金』で暮らしていたと思って欲しくなかったから。せめて、今の、そしてこれからの私を嫌いになって欲しかった。
「最低だよ、お姉ちゃん……。なんで、急にそうなっちゃったの?」
恵ちゃんはそう言って家を飛び出した。いつかはこうなると思ってた。
むしろ私から離れてくれたら、縁を切ってくれたら、恵ちゃんの人生に枷は無くなる。
だから、私はこの終わり方で正しいと思う。私から離れてくれてありがとう。
……ありが、とう。
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お姉ちゃんが人を殺すのを見た時、私はこう思った。『なんで止められなかったんだろ?』、『もし偶然見つけられたら殺さずに済んだのかな?』って。
実際、私があの人を殺したようなものだ。運があれば私が殺す必要がなかった。
考えすぎだって分かってる。けど、あんなに優しかったお姉ちゃんがそんなことをやったのは、きっと私のせいだ。
その証拠に『賭博罪』って能力も手に入っちゃった、罪人になっちゃったんだし。
「……絶対にお姉ちゃんの考えが間違いだって分からせてやる! 優しくて面白いアイドルとして私が大成功したら、そういう生き方が正しいって、前のお姉ちゃんみたいな生き方が正しいって分からせてやるからっ!」
私はそうして、アイドルとして活動することをより強く決心した。
でも、それでも止まらなかったら、いっそお姉ちゃんの入ってる組織に入ろうと思った。
それが、沢山愛してもらったお礼だと思ったから。
ご愛読ありがとうございました。
次回も宜しくお願いします。