131話 ただ一人
【戦況】
①美羽・シャイニ VS 狩魔
シャイニと美羽の能力により狩魔は負傷。なお、シャイニは自らの能力で出した枷に繋がれて身動きがとれない。
②サーシャ VS ローラン・ジョニー
ジョニーの能力を使ったローランの策略により、サーシャは致死率100%の状況に追い込まれる。その中、ローランは命を助ける代わりに全てを話す取引を持ちかけた。そしてサーシャはその取引に乗ることにした。
③天舞音・芽衣・菫 VS ルドラ
三名はルドラの能力で表れた触手に苦戦。少しずつ着実に進むも、ルドラの元にたどり着けずにいた。
④椿 VS 頼渡
椿は窃盗罪で頼渡の能力を奪うことに成功した。しかし同時に、頼渡の能力で右手を壊してしまう。
⑤和也 VS ノア・優貴
ノアにより、和也は届称・眼音と分かたれてしまう。ノアに一撃を与えるも、代わりに優貴から一撃を食らう。
⑥届称 VS 有象無象の罪人共 (眼音は出口へと向かっている)
ノアにより、届称・眼音は和也と分かたれてしまう。届称は眼音を撤退させる時間をかせぐため、行き着いた先に居た罪人共に立ち向かう。
⑦翔 VS サミュエル
サミュエルの能力により、翔は能力空間に閉じ込められてしまう。サミュエルの能力により、翔は自殺寸前までに精神を追い詰められていた。
⑧バードルード VS 希
希の能力により、バードルードは能力空間に閉じ込められてしまう。死ぬことのない殺し合いの中で、希はバードルードの多重性格について分析していた。
⑨聖華 VS アダム・フローリー・アタラ
日本に攻め込んできた多くのRDBのうち三名が、聖華に攻撃する。姿を消す能力者のアダム、ドジで人を攻撃するフローリー、京之介と和葉の武器を奪ったアタラに対し、聖華は闘争心を燃やしていた。
複雑化した戦況の中、誰がどのような勝利を掴むのか。
美羽は、身動きを取れなくなったシャイニを庇うように立つ。それが気に入らないのか、狩魔は眉間にシワを寄せる。
「そんなに恵ちゃんを護りたいのぉ? 残念だけど、あなたには護れないよぉ? 何もかも、ねぇ」
「……何も護れないって、前の私なら思ってたよ。でもさ、一回そう思っちゃったからこそ、頑張って強くなったんだよ。もう何も、誰も失わないようにさ!」
美羽の脳裏に、ふと優貴の顔が思い浮かんだ。
「まだ、ごめんも言えてないんだ。だから、ここで終わる気なんてサラサラないからね!」
「そうなのぉ? まぁ、わたしには関係ないけどね」
狩魔がポケットに手を入れるのを見た美羽は、すぐさま地面に両手をつけた。狩魔の投げるサイコロを処理するためだ。
一方の狩魔は、美羽の能力を対策してサイコロを二つ投げた。
「どっちのサイコロと交換するのぉ?」
「っ……」
美羽は能力を発動せず、狩魔が能力を発動するのを待つことしかできなかった。
「いい子だから、大人くしくしててねぇ」
「っ!? あ、れ?」
彼女の『遺棄罪』によって、美羽の座標が固定される。彼女はクスリと笑うと、そのまま歩いて美羽に近づく。
それを見たシャイニは、慌てたような様子で動くはずもない枷を動かす。金属音が鳴り響く。
「ぬぅ、お願い、動いてよぉ! 美羽ちゃんのピンチなんだよっ!」
「恵ちゃん、目を瞑っててねぇ。大丈夫、また私たちはやり直せるからねぇ」
狩魔は懐からナイフを取り出す。随分と使い古されたナイフだ。
「ごめんねぇ。あなたが逃げようとしないから、殺さないといけないのぉ。ボスの命令なんだぁ」
「待って、やめてお姉ちゃん! お願い、美羽ちゃんを──」
「恵ちゃんは、どうして美羽ちゃんにそんなに固執するのぉ? だってぇ、元は赤の他人だったじゃない? そんなに長く一緒にいたのぉ?」
首元に当てられた狩魔のナイフはとても冷たかった。このナイフはきっと、人の体温を知らないのだろう。
美羽は彼女に反抗的な目線を向けている。しかし、能力も発動できない状況である故、ただ死を待つ存在でないことを自覚していた。
ふと、シャイニの声が聞こえた。
「……お姉ちゃん、だよ」
「ん?」
「美羽ちゃんが、昔のお姉ちゃんに似てたからだよ。明るくて優しくて、つい甘えたくなっちゃう人だったからだよ」
狩魔は改めて美羽を見た。彼女の目が、彼女の行動が、過去の自分に重なっていく。
彼女の息が少しだけ荒ぶる。
「どうしてこんなに戦いづらいのか、やっと分かった気がするよ」
「え……?」
「過去の私を殺すことに、躊躇してるからだ。今も、今までも。……あなたが、美羽ちゃんが過去の私に似てるなんておかしい話だけどね」
狩魔は言葉と裏腹に、更に美羽の首へナイフを入れ込む。赤色が一筋流れる。
「でも今の私が、過去の私よりも恵ちゃんを護れるのなら、私は喜んで過去の私を殺すよ。それが、愛だから」
「お姉、ちゃん……!」
「恵ちゃん、目を閉じてて。お願い」
シャイニは両目を瞑る。
狩魔はそれを見て笑みを浮かべる。そしてナイフを握る手を──
「《発動》っ! 【☆可憐賽☆】!」
「えっ……?」
狩魔は手を止めた。狩魔が気がついた時には、彼女の枷が無くなっていた。彼女の顔ばかり見ていて気がつかなったのだ。
シャイニが落としたサイコロの目は『五』を指し示していた。それは、彼女が望んでいない出目だった。
「なんで!? こんな時に限ってっ!」
腕に絡みついた機関銃の威力は凄まじい。なので狩魔にそれを撃ったら、間違いなく近くにいる美羽を巻き添えにしてしまう。
そう、彼女は『二』や『三』のように特定の人物を狙える武器を狙っていたのだ。当然、振り直す時間はない、一発勝負の賭けだったのだ。
「シャイニちゃん、お願い」
座標を固定されてシャイニの方を向けないはずなのに、それなのに美羽はまるで、自分ごと撃てと言わんばかりに優しい言葉をかける。
シャイニに、思いとどまる時間はなかった。涙を堪えて、罪悪感を押し込めて、こう言った。
「……ありがとう、美羽ちゃん。大好きだよ」
シャイニは、二人に向かって機関銃を撃った。
──狩魔は微笑みながら、ナイフを床に落とす。
*
白い光が辺りを覆い尽くす。まるで光が集まって空間中に溶け出したようだ。
撃った本人にも、何が起きているか分からなかった。シャイニにとって、初めての『五』の砲撃だったからだ。
全てが終わった後、シャイニはボロボロになった空間を目に焼き付けながら膝から崩れ落ちていた。
「美羽、ちゃん……」
これで正しかったのか。
美羽は狩魔に殺される寸前だった、それよりは二人とも殺したほうが──しかし、狩魔は能力を発動できる暇はあった。もし彼女のみが逃げて美羽だけを撃ってしまったとしたら。
シャイニの頭の中で、そんな後悔が詰め込まれていった。
「シャイニ、ちゃん?」
美羽の声が聞こえた。そちらを向くと、そこには戸惑った様子の美羽がこちらに近づいて来ていた。
後悔が臨界点に達してしまったのか、とシャイニは自分の頭を疑った。ついにおかしくなってしまったのだろうと。
しかし、シャイニは自分のいる位置が違うことに今さら気がついた。それに、美羽の居た方向も全く違うのだ。
考えられる可能性は、一つしかなかった。
「お姉、ちゃん?」
数段にも重なった穴の向こうに、転がっている狩魔の姿があった。考えるより先に、シャイニは彼女の元へ走っていた。転びかけながらも、足を取られながらも、必死に走っていった。
シャイニは血が流れ出ている彼女の姿を見た。
「っ! お姉ちゃんっ!」
先程まで敵だった、そして攻撃したのは自分なのに、シャイニは狩魔の体をゆする。
「ふふっ、いた、いよ。恵ちゃん」
まだ生きていた。しかし、その息はとても弱かった。
「なんで、なの? なんで、お姉ちゃんが……」
言葉が上手く見つからなかった。見つかっても、多分口から出てこない。
「……座標固定してるものは、座標移動できないの。そして、座標移動は自分を含まないといけない。だから私と恵ちゃんを、移動させたの」
「違うっ! そんなことを聞いてないよ! 最後の最後で、なんで……美羽ちゃんを、私を守ったの? なんで、お姉ちゃんだけがこうなったの?」
シャイニがそう言うと、狩魔はうっすらと笑う。
「……美羽ちゃんはあなたに殺されるのも構わないようだった。あなたも、彼女を大好きだった。……私に、それを奪うことはできなかった」
「じゃあ、なんでお姉ちゃんは逃げなかったの!?」
「固定してる美羽ちゃんを動かすことはできないの。だから、恵ちゃんと私を同時に動かさないといけなかったの。私一人だけ動くと、恵ちゃんが美羽ちゃんを撃っちゃうでしょ?」
狩魔の呼吸が弱々しくなっていく。体もろくに動かせないはずなのに、シャイニの頭に手を置く。
シャイニはまだ体温のあるが優しくて、つい涙を零してしまう。
「幸せに、生きて。大事な人を、護って。……なんて、身勝手でごめんね」
「……お姉ちゃん、やだよ。私、お姉ちゃんを、殺しちゃったなんて」
狩魔は不思議そうに彼女を見つめる。
「確かに、大嫌いって言ったよ。今のお姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃないって思ってたよ。……けど、私のお姉ちゃんは、一人なんだよ? 大嫌いでも、大好きでも、一人なんだよっ!? 大嫌いだけど、大好きなんだよっ!」
自分でも何を言ってるか分からなかった。気持ちが次から次へと溢れて留まらない。
狩魔は目を見開く。そこから僅かに水滴が流れる。
「……そっか。ごめんね、不器用なお姉ちゃんで。ごめんね、こんな……お別れで」
狩魔の手が、シャイニの頭からするりと落ちる。
「や、だよ。お姉ちゃん……」
今更着いた美羽には、彼女の嗚咽を見守ることしかできなかった。
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