13話 爆炎
任務を終えた優貴が寮に帰るところから始まります!
凛さんの車で寮まで送ってもらった。昨日のことを怒っているのか、美羽の顔は赤く染まっている。……流石に怒るほどのものだろうか?
口を閉ざし続けていた俺はどことなく気まずい雰囲気で部屋に戻る。
部屋に入った後、さっそく着替えようとするが普段着はなかった。袋の中の衣服は全てスーツだったからだ。
まあしょうがないか、と諦めるとスーツのまま布団へと潜った。
*
目がうっすらと開く。今日は悪夢を見ていないようだったが、むしろなぜ昨日は見たのだろう、と答えのない疑問を浮かべる。
思考を取りやめるように首を振ると、他のスーツに着替えたりなど朝の用意を済ませて部屋を出る。
*
事務室の扉を開ける。そこにあったのは、これといった変化はない単調な風景だった。
「おはようございます」
「おはよう、優貴くん。昨日はありがとうね」
班長がこちらに笑いかける。
「なんでも凄い活躍だったみたいだね。凛さんが自分の出番が無かった、と言うくらいに」
「あはは……ありがとうございます」
俺はぎこちない笑顔を見せる。聖華さんは背もたれの頭に手を乗せてこちらを向く。
「いいねぇ優貴。その調子でどんどん強くなって、あたしの練習相手にでもなっておくれよ」
冗談という言葉を具現化したかのように、悪戯な笑顔を浮かべる彼女。
「いや、越しますよ。聖華さんのこと」
「ははっ、言うようになったねぇ!」
俺も冗談半分で話すと彼女は恥じらいもない笑みを見せた。ちなみにもう半分は本当に越したいと思っている気持ちだ。
*
我ながら少しずつキーボードの技術が上達していると思う。と言っても仕事の速さはまだまだ半人前だが……。
そんな時だ、誰かの携帯が鳴ったのは。
「もしもし」
そう言いつつ電話を耳に当てたのは班長だった。
「うん、うん……」と和んだ表情で合いの手をいれる。
「そうか……分かった。頑張ってね」
彼はそう言うと携帯画面をタップして懐へしまった。
「どなたからでしたか?」
凛さんは彼の方向へと振り向く。彼は幸せそうな笑顔で答えた。
「頼渡からだよ。帰ってくるのは結構遅れるってさ」
彼の話を聞いて隣の聖華さんを向く。
「頼渡、という人はどなたですか?」
彼女は俺の後ろ側を指さす。その指は俺の隣の席に向かっているみたいだ。
歪な置物が置いてある机。そういえば一人出張している、と言っていたな。
「そこの机の持ち主かつあたし達の仲間さ。『篠原頼渡』っていうね」
「その人が出張を?」
彼女は腕を組み、そして瞼を落として答える。
「あたしも詳しくは知らないんだけどね? 頼渡は取締班以外にも団体に属していて、要はそっちの手伝いに行ってるらしいよ」
「その頼渡さんという方はどういう方なんですか?」
「強いね。頼渡以外の班員が全員で立ち向かっても勝てるかどうか……」
人柄のことを聞きたかった俺は、彼女を見て少々落胆する。
それとは別に頼渡さんの強さを聞き、驚いて眉を上げる。彼女の表情を見るにとても冗談には思えない。
「だからさ、そいつが帰って来る前にあたしと特訓して強くなって、そして驚かせてやろうよ!」
歯を見せて笑う彼女に微笑み返す。
その人と会うのを少し楽しみにしつつ、俺は作業を再始動させる。
*
彼女から特訓しよう、と言われた日からおよそ一週間程経過したある日のことだ。
ふと電話の着信音が鳴る。一体誰の物だろうか?
その音は、『事務室の固定電話』のものだった。
「……はい、こちら罪人取締班」
班長がその電話を取る。しかし電話は未だに鳴り止まない。
固定電話が壊れた訳では無い。つまり、複数の着信が来たということだろうか?
凛さんがそれに対応する。
「……はい、こちら罪人取締班です」
彼女が取った子機が母機から離れた瞬間、着信音は鳴りやむ。
班長も凛さんも落ち着いた声色だったが、焦りを感じとったらしくて目つきは鋭い。
*
「俺のほうは立てこもりだった。罪人が銀行で人質をとっている」
「わたくしはとある店同士の衝突です。罪人に関係するかどうか分かりませんが……」
班長は頭を抑えて「どうしようか……」と項垂れる。
彼は最終的にこう結論づけた。
「とりあえず銀行は凛さんと聖華さん、そして優貴くんで。店は俺と菫で。翔くんは事務室の電話が鳴ったとき俺に連絡を」
翔さんは口を開かぬままコクンと首を動かした。
もう何も起きないことを願うばかりだが……。
それはそれで、俺は聖華さんとの特訓で少しだけこの能力に慣れた。
しかし銀行の犯人の素性は不明らしい。特訓で自信がついたと言えど、今回は相手の能力が分からない不安が心臓を掴んだ。
*
周りでは一般の警察が包囲網を展開している。その中心には取締所の数倍ありそうな大きさの銀行があった。
俺と凛さん、そして聖華さんがそれに近づくと
「こら君たち。ここは危ないから近づかないで」
と警察服の、年配の男性が俺たちを優しく制止した。彼に対し、代表して凛さんが言う。
「わたくし達は罪人取締班の者です。通報を受けまして、この度対処に参りました」
「ああ……君たちか。じゃ、とっとと行って」
年上も年下も関係なく、ただただ酷い冷遇を受けた。そのことが悲しくて、つい眉尻を下げたまま中へと入っていった。
*
中には数十名の男女がいた。銃を持って立っているのは、白いロングヘアに黒い眼の女性一人だった。
その他の人間は手を後ろで結ばれて座っていた。中には子供もいたし、高齢者の方もいた。
こちらにはまだ気づいていない様子だ。まだどういう能力か分からない以上、接触は避けたほうがいいだろう。
周りをみてもこれといった変化はない……いやそもそもこの状況が普通ではないのだが。
「そろそろ時間ね。予告通り、あなたを犠牲にさせて貰うわ。恨まないでね」
彼女は笑いも泣きもせず、無という感情で中年の男性に銃口を向ける。
彼は目を固く閉じ、口をギュッと結ぶ。体は震えているようにも見える。
もう、接触がどうのこうの言っている場合ではなかった。
「《発動》……!」
凛さんは後ろで密かにそう呟いた。
「凛、能力が分かるまで隠れてておくれよ……!」
聖華さんの声が聞こえたか否かは分からなかった。事実として凛さんがその場から消えたことは確かだ。
こちらも行動しなければいけない。聖華さんは大きく踏み込んで声を張り上げる。
「待ちな! その銃口はこっちに向けな!」
「……なるほど、罪人取締班の方々ね?」
女性は今の一瞬で察したのか、驚く素振りを見せないままそう言い放つ。
「そこを動かないことね。さもなくば、ここにいる方々の命を保証しかねるわ」
「目的はなんだ! 要件は!?」
凛さんのことは勘づかれてなさそうなので、俺はより一層注意を引きつけようとした。
「そうね。今の目的なら……包囲網の解除と脱出用の車ですわね。……そうですわ。あなた達、警察にそう伝えてくださる?」
「はっ、随分と肝が据わってるじゃないか。もしや常習犯かい?」
「あら、そういう風に見えますの? 実はまだ二、三回目なんですの」
かなり落ち着いている。元から冷静な人物なのだろうか。ボロは出さず、油断もしない。
「まあ、こんなやり取りも虚しいだけですわね。まずは一人目……」
彼女は冷ややかな眼差しでそう言った。
焦った聖華さんは右足で地面を叩いて、「《発動》!」と叫ぶように言う。
障壁が一気に展開されると、それは女性を撥ねるように突き飛ばす。
女性と人質との間には大きな障壁が敷かれた。
女性は隙を見せずに、すぐさま体勢を持ち直す。
「っ……! なるほど、そういう能力なんですの? ……だとしたら、不思議だわ?」
「ど、どういうことだい……?」
聖華さんは女性の言葉に虚をつかれる。
「あなた達が単純に出てきた、ということが少し気がかりでしたの。隠れて私の隙をつくこともできたはずなのに。……ということは、あなた達は陽動。そしてどこかに本当の作戦がある、と考えるのが自然ですわ」
「そんなものは……ない! 俺たち二人でお前を止めに来た!」
ここで怯んではいけない、と俺は強気に反論する。
女性は柳眉を逆立てると、こちらに銃口を突き出す。
「黙ってくださいまし。……この壁を作る能力があるとするならこれを隠すはず。つまり今隠しているのはそこの少年の能力か、『もう既に隠れている』のか……ね?」
語尾に至ると同時に彼女は薄笑いを浮かべた。
この察しの良さはなんだ、と思わず目の下がピクっと動く。
「ちなみに、私の能力は突然攻撃されても関係ないですわ。なのでここは退いてくださる?」
ハッタリなのかどうかすら分からない……。俺は、一体どうすれば……
「そこまでです」
凛さんの声とほぼ同時に女性は膝をつく。凛さんの手にはスタンガンが握られていた。
「かはっ……」
女性は何もせずにそのまま地面へと伏せた。彼女の言ったことはやはりハッタリだったのか……?
「能力解除っと……。やったね、凛! よく踏み込んでくれた!」
「ふぅ……ええ。とりあえず彼女を捕獲して……」
……いや、そんなはずない。あそこまで頭の回る彼女がこんなことを想定していない訳がないじゃないか!
「凛さん! 聖華さん! まだ、終わってません!」
「ゆ、優貴!? 終わってないって、どういう……」
「彼女は陽動だったんです! 本当の作戦は……!」
その時、周りは爆炎に包まれた。
もし宜しければ、次回もよろしくお願いします!