129話 救いようのない者に救いを
翔はサミュエルの能力に取り込まれていた。
* * * *
翔は改めてこの空間を見渡す。ここはサミュエルの作り出した空間。なにかされる前に一刻も早く脱出しなければいけない。
「質問する。ここに出口はないの?」
「貴方の後ろの扉です。そこから元の空間へと戻れるでしょう」
サミュエルはそう言うと翔の奥を指さす。そこには確かに木製の扉があった。
ただ、彼が嘘をついている可能性もある。翔は片目を手で隠す。
「《発動》! 全員、能力を口頭で開示しろ! ……話す。僕の能力は『強要罪』。命令を最後まで聞いた者に対し、強制的にその命令に従わせる能力。同義や近しい命令を含め、命令は一日に一回のみ。また、対象者ごとに違う意味で命令を捉えた場合、即座に無効化される」
「っ……私の能力は『自殺教唆罪』。擬似空間に対象を招き、精神的負荷をかける能力です。なお、扉から脱出可能です」
彼の命令に従う二人は、ほぼ同時に能力の詳細を話し始めた。
翔は自分の能力を話しながらも、彼の能力を一言一句聞き逃さなかった。
(不意打ちの命令は『能力を解除しろ』でも良かったけれど、すぐに発動されると意味ない。やっぱり、彼の能力を聞いて正解だった)
「安心した。嘘では無かったんだね、本当にあの扉から出られるんだ」
「……なるほど、それが貴方の能力ですか。では、次は私からお話させて頂きます」
サミュエルはそう言うと、翔の方を見る。なぜか翔は、彼を無視できなかった。
「貴方は、今までもそのように様々な者に命令をしたのですか?」
「っ……そう、だけど」
「命令された者の心を考えなかったのですか? その者は可哀想だと思わなかったのですか? やりたくないことを強制的にやらされた、その者はどうでもよいのですか?」
「っ……そんなこと──」
「命令された者は所詮、取るに足らない命だったと?」
「反論する。どうして命の話になってるの? そもそも命令した人は──」
(待て、なんで僕はこんな反論を? とにかく、話に乗ってはだめだ)
翔は取り乱している心を落ち着かせようとした。だが、未だに心臓の奥が苦しい。なぜか、苦しい。
「命令した人は……? その先を尋ねても良いですか? 貴方にとって不都合だった者? それとも気遣わなくてもよい者?」
彼の質問責めに、翔は何一つ答えようとしなかった。サミュエルは二歩三歩と翔に近づく。
「ならば話を変えましょう。貴方は警察庁長官である菊村茂の孫にあたる人物であるとお聞きしました。しかし、RDBの調査によるとどうやら血は繋がっていないご様子ですね。それは一体どういうことなのでしょう?」
「っ……もう、分かってるんだろう?」
サミュエルは実にニヒルな笑みを浮かべる。
「貴方が命令したのですね。長官の孫という設定は、貴方にとってさぞ好都合でしょう。ですが、随分と酷い話ですね。貴方は自分の都合のためだけに、彼に嘘をつかせたのです」
「っ……僕も、長官には悪いと思ってるよ。でもその嘘がバレても、彼の人生を脅かすこともない。だから──」
「だから自分には大した責任はない……と。しかし、それはあまりに傲慢です」
サミュエルは人差し指を立てる。翔にもよく見えるように。
「では、もし自分の能力で誰かが大きな不幸に見舞われたら、それは自分の責任だと思いますか?」
「っ……僕に、そんなことはないよ」
「しかし残念ながら、『そんなこと』はありますよね? と言っても、希様からお聞きした話ですがね」
希の名前が挙がった瞬間、翔は顔を急激に青ざめさせた。
「なんでも貴方は、『アリス』というお名前の少女の人生を破滅させたらしいですが……?」
「……どこまで、知ってる?」
「先程も申しましたが、あくまでも又聞きですので知識はそれほど。ですが、貴方の懺悔すべき罪は承知しています」
翔の息が荒くなる。心臓が潰れてしまいそうなほど苦しい。黒色に焼き付けた記憶が、鮮明に蘇る。
「ある日、貴方はその少女に能力で命令しました。その結果、彼女は視力を失い、まともな生活ができなくなってしまいました。その後、少女は耐えきれなくなり、自ら命を絶ちました。……これでも、『大した責任はない』とまだ言えますか?」
「……や、めろ」
「しかも貴方は、少女が視力を失うことを分かっていて命令した。お間違いないですね? 貴方は自らの都合ためだけに、一人の罪もない少女を殺したのです……! その子を愛していた者らの希望を、その子が望んでいた人生を、貴方という悪魔が消し去ったのです!」
「やめろっ!」
教会中に響き渡る。その叫びは沈黙を連れて来た。
しかし、サミュエルは沈黙を味わうことなく飲み干した。
「ここで一つ、貴方の最後の希望を打ち砕きましょう。貴方も知らない事実です」
「な、に……?」
「貴方もご存知だと思いますが、その少女は貴方に頼んで命令させました。……しかし少女は、視力を失うことを本当に望んでいたわけではないのです」
翔は目を見開く。それと同時に、彼の瞳孔が震えた。
「少女はある者に家族を、友人を拉致されていました。その者は貴方の命令を聞くように少女を脅しました。そして、貴方に『命令して』と頼むに至ったのです」
「……ある、者?」
「希様です。どうやら彼女はどうしても貴方に命令して欲しかったようです。『自分達が存続しなければこの世界は救われない』と」
「嘘、だ……!」
「嘘と思いたいからその言葉を仰っているのですね。ですが、真実です。だから申したのです、最後の希望を打ち砕くと」
翔はその場で崩れ落ちた。涙も出ないほどの絶望が彼の体内を食い漁った。
サミュエルは翔に近づき、一丁の拳銃を床に置いた。
「ですが私や主は、救いようのない貴方を救います。これが、貴方の救いです。もし貴方が、少女と同じ様に自ら命を絶つとしましょう。その時、主だけでなく全ての者も貴方を許して下さる。その少女もきっと、貴方を許してくれるでしょう」
翔はもはや、まともな判断ができずにいた。右手に握られた拳銃がその証拠だ。
いつの間にか、サミュエルの能力に汚染されきっていたのだ。
「謝る。ごめん、アリス……。どうか、許してくれ……」
銃口は、彼の頭に向けられた。
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