128話 無視して全力で
和也、届称、眼音はノアの居るだろう部屋の扉を開く。
予想より重い扉を開ける。向こうには、人間が余裕で入れそうなほど大きいカプセルが数個ある。
それは正しく、以前に和也が洗脳されたカプセルだった。
「……アレには良い思い出無いな」
「そんな嫌な顔をしないでくれ、和也。ああいや、君が忘れてるだけならいいんだ」
声の主はカプセルの裏から現れた。こちら側からだと隠れて見えなかったようだ。
届称と眼音の言う通り、そこには彼が居た。
「いつか、こうなると思ってた。君もそうだろう? ノア」
「少し違うよ、届称。僕はこうなると確信していた。悲しいけれどね」
和也の目には、二人とも強がっているように見えた。色んな感情があるものの、それを隠すように笑っているように。
その中、眼音はやるせない顔をしていた。
「私は……本当は誰とも戦いたくありません。それだけは、言っておきますね」
「誰とも戦いたくないの? じゃあどうしてここに来たのかな?」
「誰とも戦いたくないからです」
ノアは首を傾げる。
「分からないな、君の言うことは」
「私はこの戦いを止めたい、ただそれだけです」
彼は皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「残念ながら、どう転んでも止まらないよ。どっちかが倒れない限りね」
届称は舌を鳴らす。彼の敵意に気がついたのだ。
「《発動》」
「おや」
届称の展開した壁を、床から生えた金属の手が握っていた。壁が少しでも遅れていたら、それで終わりだったろう。
壁は筒状に展開されている。上も下も閉じられているようだ。
「これがノアの能力、『外患罪』だ。あらゆる無生物を自由に変形、操作できる。かなり厄介な能力だ」
「会った時は戦いたくないって言ったけど……いいよ、戦ってあげようか」
ノアはまだ笑っている。彼のその笑顔を見て、和也はどこか怒りを感じていた。
もしRDBが無かったら、皆は、優貴は苦しまなくて良かったのではないかと。
壁から出ようとする和也の肩を、届称は強く掴む。
「ここから出れば死ぬぞ」
「じゃあどうすればいいんだよ。このまま待ち続けるのか?」
「この日のために、こんなプログラムを用意したんだ。展開するぞ」
届称の言葉と共に、壁内の空間が一気に広がる。それによって、ノアは届称のと部屋の壁に挟まれた。
ノアはとっさに部屋の壁を変形し、彼が通れる穴を作り出すことで圧死を防いだ。
「このプログラムは壁や内部の空間に対する、能力とそれに影響する物体を無効化する。また人は内部に侵入できず、任意のタイミングで膨張する」
「あー、何言ってんのか分からないけど、分かった!」
和也は届称の説明を半ば無視する。今はただノアがどうなったのか気になっているようだ。
穴から姿を覗かせて、ノアは嬉しそうに言う。
「さすがは届称、僕の能力を完全攻略してるじゃないか。だけど、こうなったらどうするんだろうね」
ノアは腰から拳銃を取り出した。
「物体は貫通するんでしょ? 例えば銃弾とかね」
「対策してるに決まってるだろう。膨張後は物体も侵入できないようになってる」
「へえ。だったらこれはどうかな?」
ノアは届称達の上部に狙いを定めた。
「物体は侵入できないけど……元からあるものはどうだろうね」
「なに……?」
「和也も能力を発動できないでしょ? ねえ、その壁の中にいたら誰が皆を庇うのかな?」
彼はそう言って引き金を引く。その銃弾は針状に変形し、天井に突き刺さった。エネルギーを一点に受けた天井は、ひび割れて崩壊した。
瓦礫の雨は、壁の内部にも降り注いだ。
「っ……!」
届称は壁を解除する。とっさに準備をしていた和也は、「《発動》」と能力を発動する。
「【五蕾・災雨】!」
足を上向きにすると、瓦礫を一つひとつ的確に蹴り飛ばしていく。
しかし、全ては捌ききれなかった。いくつかのものは届称や眼音に直撃した。
その二人は動けるものの、大きな傷を負った。
「じゃあね、皆」
床に大きな穴が開く。ノアは三人を下の階に落とすつもりなのだ。
「っ……ノアぁ!」
届称の叫びは下へと吸い込まれていった。
ノアは穴へ近づいていき、覗きこもうとした。瞬間、ノアにとって予想外の攻撃が急襲した。
「俺は……落ちてねえぞ!」
「うっ!」
和也の蹴りはノアの腹に直撃した。『暴行罪』の影響もあり、彼は大きく吹き飛んでいった。
穴が開いた直後、和也は端にしがみついていたのだ。
「まだいくぞ!」
和也は大きく跳び、ノアの胸を狙った一撃を食らわせようとした。
「がっ……!」
次は和也の体が大きく弾かれた。強い打撃を受けた和也の脇腹は悲鳴を上げていた。
これはノアの能力ではないことを瞬時に理解した。この打撃が誰のものかも、理解した。
「っ……覚悟は、できてるんだよな。優貴」
「できてなかったら、今頃ここには居ない」
優貴に倣って、和也も体勢を整える。
「今度こそ、聞かせてもらうぞ」
「……ああ」
拳に汗が染みる。心臓が怖いくらい動いている。
知っている、お互い様だ。
「【五蕾・厄燕】!」
「【堕罪の反抗】……!」
風のような出来事だ。和也の脚と優貴の拳がぶつかる。
「くそっ……!」
力負けした和也の脚が弾かれた。隙を逃さない優貴は脚を振り上げる。
その脚は和也の顎に直撃し、彼の体は後ろに仰け反る。
「悪いが、負けられないんだ」
優貴の言葉を聞きながら、和也は再び体勢を整えた。
*
「……ここ、は」
届称と眼音は穴から落ちた後、辺りを見渡した。そこはやけに広い空間だった。
先程の部屋の真下はこの部屋ではなかった。建物の構造を把握している二人は、そのことを知っている。
「ノアに誘導されたか。……いざとなれば私たちを殺せたはずだ。そんなチャンスがあってなお、まだ戦う気が無いのか、ノア」
「……ねえ、あなた。本当に、本当に私たちは戦わなくてはいけないの? 確かに彼らRDBは命を奪いすぎた。だけど、善悪を維持することも必要なことじゃ……」
「眼音、君はその場に居なかった。だけど、これはノアとの約束なんだ。だから私も、リアムもサーシャも、ノアに対抗するんだ」
『僕はこれから作戦を実行するつもりだ。だけど、もし──』
『──もし僕がやりすぎてしまったら、僕の言う事を無視して全力で止めてくれ』
届称がそんなことを考えていると、壁だと思われた箇所が扉のように縦に開く。
そこには、無数の罪人が居た。恐らく、RDBの下っ端だろう。
「眼音、君は先に行ってくれ。私は、彼らを食い止めよう」
眼音は何か言いかけたが、口を閉ざして出口に向かっていった。
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