127話 着火
聖華は外に出た。
罪人取締所の外は騒然としていた。派手な祭りが開催されているように。
「おお、聖華か!」
「京之介じゃないか。それに和葉も……一体どうしたんだい?」
「緊急事態だ、RDBが日本に攻めてきた、君も対応してくれ!」
和葉はいつも以上に早口で聖華に言った。
「なるほどねえ。ま、おかげで退屈はしないさ」
「それじゃ退屈なあの世まで行こっか? 行こうね!」
聖華はとっさに後ろに跳ぶ。首に鋭痛が走る。
首元を手のひらで押さえつつ着地する。聖華を切った男の手には、刃が赤く染まったナイフが握られていた。
「っ……」
「今の回避できるなんて、やっぱり日本ってすごい! ねえねえ、オレと闘おっか? 闘おうね!」
聖華はその男を見る。見た目は高校の制服を着ている、至って普通の高校生だった。その邪悪な笑顔を除けば、だが。
聖華は首から手を離す。鮮血が手にこびりついている。
「回避が間に合わなかったら……とは考えたくないねえ」
「悪ぃ、ちと痛がってくれ」
銃声が二回。それは聖華の後ろで聞こえた。
弾は彼の両脚を貫いた。
「おっとっと! 日本でも法を破って銃は使っていいの?」
「悪いが、正義の心なんざ、椿を救えなかったあの日に落として来た。だが……この場で銃を引けねえ奴は、もはや正義すら語れねえ」
「俺たちは法すら牙を向けてやろう、もう二度と何も失わないように」
男は応急処置で止血をしながら話を聞いていた。
「法を守らない警察って面白いね! ねえ、オレの仲間にならない? なろうか!」
「あんた、どういう能力だい? 両脚を銃で撃たれてんのに、何で立ててるんだい?」
「ああ、オレは無痛病なんだ。痛いって思えないから立ててるんだよ!」
聖華は神経切断などといった話は置いておいた。生産性の無い話だ。
「ねえ、痛みって何? 何をもって痛みとしてるの? 教えてくれない? 教えようね!」
瞬間、彼の姿が消えた。聖華は考えを巡らせながら右足で地面を踏む。
(凛みたいな能力か……でも、姿を消したまま攻撃はできないみたいだねえ)
「《発動》! 【激昂・掌底】!」
障壁は前方へ一直線に伸びていく。短い声とともに、塀と障壁に挟まる彼の姿が見えた。
京之介と和葉は、彼の頭に狙いを定める。
「まずいまずい! 死んじゃうね!」
彼は笑いながら冷静に言う。直後──
「残念だったな、おっさんども!」
低い女性の声と共に、二人の手から銃が消えた。塀の入口から入ってきたのは、パンクな格好と人形のようなドレスを着ている女性二人だった。
「にしてもアダム、お前先走りすぎだっての。お前だって不死身ってわけじゃねえんだから」
「まあまあ、喧嘩しないでよ。ほら、お手製のぬいぐるみあげるから」
ドレスの娘はそういって、ポーチの中から小さな熊のぬいぐるみを手渡す。
その娘は、京之介と和葉のほうに駆けていく。そして、純粋無垢な笑顔でこう言う。
「あなたがたもどうぞ。ちゃんと、みんな平等です」
「悪いが、そういうのは趣味じゃないんでね」
一瞬戸惑った京之介はそう言って、彼女の首に手刀しようと振りかぶる。
するとその時、彼女の額に雨粒が一滴当たる。
「きゃっ!」
彼女は驚いてその場にしゃがみ込む。奇跡的に、彼の手刀を躱した。
直後、辺りに強い雨が降る。
「そうだ! 皆さん傘は──ぎゃっ!」
「がっ……!」
彼女は心配そうな表情で立ち上がる。その彼女の頭が、京之介の顎を砕いた。
彼女はより一層心配そうな顔をする。
「ご、ごめんなさい! 私ドジで……いま急いで手当てを──」
「必要ねえよ、フローリー。死にはしねえさ」
「アタラ、でも──」
「それより、アダムを助けにいこうぜ。ほら、争いを止めるために」
明後日の方向を見る『アタラ』と呼ばれたパンク風な彼女の言葉に、『フローリー』と呼ばれたドレスの娘はひとつ頷く。
「あ、あの……アダムが怪我をさせてしまったことは謝ります。なので、アダムを離して頂けませんか? 私たちの、大事な仲間なのです」
「……あんたら、RDBなんだよな?」
「はい、私はRDBのフローレンス。気軽にフローリーで構いません」
聖華は、フローリーをつくづく変な奴だと思った。全くもって敵意のない立ち振る舞いが、むしろ怖かった。
「と、とにかく手当てさせてください! 首の出血は危険ですから!」
フローリーは、包帯を前面に突き出しながら走ってきた。聖華は警戒して、右足を踏み鳴らす。
『《発動》』と言って、フローリーの進行方向に障壁を設置した。
すると、アタラは二本の銃を構えて障壁めがけて発砲した。フローリーを防ぐことができないまま、それは破壊された。
「おいおい、ちゃんと手当てはしてもらったほうがいいぜ?」
「アタラの言う通りですよ! 少し乱暴ですが、手当てを──きゃっ!」
先程の通り雨で濡れた地面に足を取られ、フローリーは聖華の眼前で転んでしまった。
聖華の首にあてがわれた包帯は、未だフローリーが持っていた。
「ぐあっ!」
聖華は包帯に引っ張られ、後ろへ体勢を崩す。そして後頭部を壁に激突させた。
意識が飛びそうになるのを必死にこらえた。
「わ、私また……! ごめんなさい! そこも手当てするのでそのまま居てください──あれ、上手く起き上がれない……?」
包帯に力がこもる。呼吸が上手くできない。
それでも右足を地面に打ちつける。
「っ……! は、《発動》!」
「きゃっ!」
障壁で彼女の体を吹き飛ばす。彼女は宙を舞ったあと、地面に背中をつける。
「けほ、こほっ……危ないねえ。ドジなんてレベルじゃないよ」
「ホント、フローリーはドジだなあ」
「ご、ごめんなさい……」
気がついたら『アダム』と呼ばれた男の拘束が解かれていた。聖華はそこまで意識を向かせることができなかったのだ。
「和葉、京之介は大丈夫かい?」
「俺は何とも言えない、しかし状況的には退いた方が良さそうだ、銃もあの女に奪われた」
「奪われた……? あいつの握ってる銃って──」
「当たりだ、あたしがおっさん共の銃を奪ったんだよ」
アタラは慣れた手つきで二丁の銃を操る。
「にしても、日本の警察は随分と使いにくい銃を持ってるんだな」
「それに、そっちは大丈夫? あの人達居なくなったら三対一だけど」
「アダム! 私は戦うつもりないよ!」
聖華は口角を上げる。
「余裕だねえ。むしろ、まだハンデが足りないならもっと足してやれるよ?」
聖華の闘争心には、もうとっくに火がついていた。
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