125話 仲違い
美羽とシャイニは、狩魔と戦闘を始めようとしていた。
狩魔は、美羽とシャイニに見えるようにサイコロを振る。美羽はとっさに、両手を地面にくっつける。
「《発動》!」
狩魔の振ったサイコロと美羽の位置が入れ替わる。サイコロはシャイニの足元に、美羽は足着かずの状態で狩魔の前に。
「何回も見たってぇ、それぇ」
狩魔は平然とした態度で、美羽をより奥へ蹴り飛ばす。
「んぐっ!」
「美羽ちゃん!」
彼女は地面に服を擦り、蹴られた腹を抑えてうずくまる。
「まだまだぁ」
美羽が立ち上がろうとした矢先、狩魔は追い討ちをかけまいと美羽の方へ走り出す。
シャイニは片目を閉じる。いつもの明るいウインクをする彼女は、もうどこにもいない。
「来てっ! 【☆可憐賽☆】!」
彼女の声は虚しく響くだけで、何も起こらなかった。
狩魔は美羽の頭に踵を落とす。
「っ」
脳を揺らされ、美羽は気絶して地面に倒れた。
(なんで発動しなかったの?)
シャイニはもう一度片目を閉じた。しかし、彼女の能力は発動しなかった。
「あぁ、ローランがシャイニにかけてた『略取罪』を解除しちゃったんだねぇ」
「りゃ、くしゅ……?」
シャイニは罪の能力をまだ十分に理解していなかった。
狩魔は、地面に伏している美羽の桃色の髪を優しく撫でながら話す。
「元々罪人はぁ、『《発動》』って言わないと能力を発動できないのぉ。それを言わなくても発動できてたのは、ローランの能力なのぉ」
シャイニは一瞬、黙りこくる。初めて知った驚きや、美羽に対する攻撃の怒りよりも先に、単純に違和感を感じていた。
「なんで、私にそれを言うの?」
「あぁ、確かにぃ。言わなかった方がよかったねぇ。まぁ、これで少しは闘えるんじゃなぁい?」
「……今のお姉ちゃんが何を思って、何を感じているのか。それを知りたかった。ただ、今は……」
日々抑え込んでいた姉への不満や怒りが、美羽を傷つけたことで頂点に達した。
「もう、何も言わないでっ……! 《発動》っ! 【☆可憐賽☆】!」
シャイニは光でできたサイコロを瞬時に振る。
狩魔は『予想通り』と目を細め、走って距離を詰める。
「そう来ると思ってたよぉ。その隙だらけなとこを狙って……あれ?」
狩魔にとって予想外のことが起きた。
「そう来ると思ってたよっ! ずるいお姉ちゃんはその隙を見逃さないってっ!」
シャイニは──狩魔の方へ走り出していた。
「あの時のお姉ちゃんのことが好きだった……! いつもうるさいくらい明るくてっ! いつもありえないくらい優しくてっ!」
狩魔の顔が一瞬淀む。
シャイニはじゅうぶん狩魔に近づくと、両腕を振り上げて思い切り跳び上がる。
思わず脚を止めた狩魔を、シャイニは泣きながら睨む。
「そんなお姉ちゃんに憧れて──
サイコロの結果は……最悪の出目の『六』だった。シャイニの手首に超重量の枷が絡まる。
──私は、アイドルになったんだっ!」
狩魔は目を開き、短い息を漏らす。シャイニの枷が、狩魔の体にのしかかった。
狩魔は耐えきれずに、地面と顔を激突させた。
「はぁ、はぁ……」
そこまで運動もしてないのに、シャイニは息が苦しくなった。心臓が苦しい。
だが、どことなく楽になった。
「……でも、今のお姉ちゃんは嫌い。何も感じずに人を傷つけて、まるで作業のように人を殺して……。ねぇ、なんで、そうなっちゃったの」
答えが帰ることのない質問だとシャイニは思っていた。しかし──
「……ふふっ、私は私、だよぉ?」
「なっ……!」
狩魔はサイコロを親指で弾く。それが地面に着地した途端、シャイニの枷の下に狩魔の姿はなかった。
「まあ、恵ちゃんはそう思うよねぇ。私がそんな人になったってぇ。でもぉ、私は最初からそうだったよぉ」
狩魔は余裕を見せて笑う。しかし、額から血が微量に流れている。
「私があの子みたいに気絶しないで残念だったねぇ。一か八かの攻撃だったのにねぇ」
シャイニは手首を持ち上げようとする。しかし枷は動かない。
「私の『遺棄罪』は、あらゆる人や物の座標を操る能力。固定や移動も思いのまま。だから、今から恵ちゃんを──
狩魔はサイコロを見せびらかす。
──地面の底に埋めてあげる」
サイコロが自由落下する。
「美羽ちゃん……ごめんね」
反射的に、シャイニの両目の瞼が閉じる。
「……《発動》!」
狩魔がその声を認識した時、初めに感じたのは脚に伝わる痛みだった。
美羽がサイコロと自分を入れ替えて、茨星を狩魔の右腿に刺したのだ。
シャイニは目を開き、短い息を漏らす。
「届いたよっ! シャイニちゃんの声!」
「っ……!」
狩魔は左脚だけの力で後ろに跳ぶ。
その隙を逃さず、美羽は茨星を投げて追撃した。茨星は、狩魔の右肩に深く刺さった。
「……多分、あの人の能力にだってできないことはあると思う。もしもどこへだってワープできたら、さっき自分じゃなくてシャイニちゃんをどこかに飛ばせばよかったんだし」
「ふーん、意外と頭は働くんだぁ。寝起きちゃんなのにねぇ」
狩魔は否定しなかった。二つも刺されているのに、まだ余裕そうだ。美羽はさらに一つ茨星を投げる。
狩魔は最小限の動きで避けようとした。
「《発動》! 【雲晴らす道】!」
茨星と美羽の位置が入れ替わる。
美羽は狩魔へ飛んでいき、左手で狩魔を目掛けて茨星を振る。
狩魔のとっさの防御で、左の手首が貫かれる。
「くっ……!」
美羽はそのまま着地して──先程交換したために──地面に落ちている茨星を見る。
「《発動》!」
美羽は位置を入れ替えてその場から退く。
「ここから勝つよ!」
「……うんっ!」
二人は狩魔を見据えていた。
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