123話 確実な死
ローランはジョニーを呼ぶ。
ローランが声をかけたのは、邪悪が奇抜な格好をしたような男──ジョニーだった。
「ハイ、サーシャ! ユーはトレイターで間違いないですね!?」
サーシャは肩を竦めて表面的な笑みを見せる。
「はは……君たち二人でボクを止められるの? 『ボクは逃げられる』」
能力を発動した。……しかし、何も起こらなかった。
「ああ、そっか。ボクはもうRDBじゃないからね」
「俺様の『略取罪』は、特定の奴らが『発動』と言わずとも発動できるようにする能力。ジョニーの『賄賂罪』は恩を感じさせた奴に『恩返し』という体で命令する能力……って悪ぃ、お前はもう知ってるか」
「ああ知ってるよ、煽ってるのかな? ボクが能力を発動すれば、君たちが死ぬ可能性だって跳ね上げられる。そんな余裕がいつまで続くのかな」
ローランの能力によって、RDBのメンバーは『発動』と言わずとも戦うことができた。
サーシャがレジスタンスだと確定した瞬間、ローランはサーシャを略取罪の対象外にしたのだろう。
「クハハ、余裕がいつまで続くかだと? それはこっちのセリフだ、サーシャ」
「なに……?」
「いいか、お前は死ぬ。絶対にだ」
「……《発動》。『ボクは君たちに殺されない』……っ!?」
サーシャは彼の言葉を信用せず、毅然とした態度で肩を竦める。
しかし言い終わると同時に、サーシャは頭を抑えて蹲った。
まるで頭に釘を押し込まれてるような痛み。頭蓋骨がひび割れて、その破片が脳に突き刺さるような痛み。
(い……痛い! な、にが……!!)
「おいおい、どうした? もちろん、俺たちに殺されない可能性を上げたんだろ?」
ローランの言葉はもう届いていない。痛みの電気信号がガンガンと鳴り響いている。
突然、彼女の眼球の水晶体に『ERROR!』と表示される。その直後、彼女の頭から痛みがひいていく。
彼女はゆっくりと立ち、思考能力が回復した頭で考える。
(ERROR……? 一体何が? ここの部屋には何も無いし、彼らの能力ではありえない。ただボクの能力……を……)
「クハハ、傑作だなあ! その死を察した顔をもっと見せろよ! ほら、その絶望した顔を! このカメラに!」
ローランは大きく開くまぶたから露出する自らの眼球を、『カメラ』と称して指さす。
「ボクに……何をした」
「お前の能力はこうだ。『僅かにある可能性を操作する能力であり、その可能性が零や百のときは発動できない』」
「ありえないだろ……! ならボクは……ボクは、百パーセント君たちに殺されるって言うのか!?」
「クハハ! だから絶対だと言っただろ?」
「イエス! やはりローランのプランはアブソリュート!」
ローランはもはや彼女に興味がないのか、監視カメラが映し出す偽物の画面を見る。
「俺様たちRDBはお前のことをとっくに裏切り者だと勘ぐっていた。野放しにするのも厄介なので、いっそお前を殺すことにした。だがお前は『偽証罪』の能力者。殺るからには百パーセント殺らねえといけねえ。しかも、お前に気付かれずにな」
サーシャは彼の話を聞くしか無かった。ここから彼らの所には行けないのに加え、なぜ死ぬのかも分かってないからだ。
「そこでジョニーの『キャンセル』を使うことにした。存在自体はお前も知ってるだろ」
「……『恩返し』に不備やミスがあれば、不正を働いた者の命を強制的に奪うこと」
「そうだ。そして不備を起こしたのはお前だ、サーシャ」
「ボクが? ボクはまだ一度もジョニーの能力を……」
サーシャの言葉はそこで途切れた。
「お前は『賄賂罪』で、日本中の班長らに『恩返し』させた。お前がアイツらの命を救ったから、警察の情報をよこすようにアイツらに命令した」
「……そこのどこに、不備があるのかな?」
「お前は嘘をついた。『自分が命を救った』とな」
「嘘? それは本当だろう? 彼らは致死率90パーセント、一時間後に効果が出る遅効性の毒ガスを吸っていた。だからボクが可能性を変えて、彼らが死なない可能性にしたんだ」
人を小馬鹿にしたような笑い声が、ローランの口から聞こえる。
「本当にお前は扱いやすい馬鹿だな。あの場には、毒ガスなんて流れてなかった」
「っ……」
サーシャはついに言葉を失った。なぜ『偽証罪』にERRORが生じたのか、ようやく分かったからだ。
「アイツらを殺そうとしたのは、茶に紛れ込んでいたルドラの寄生虫だ。アイツらが死にかけて生き返ったのは、ただルドラが能力を発動しては解除をしただけだ」
「ザッツタイムはとてもファニーでした! サーシャが彼らの命をセーブしたなどとカンチガイして、『ワイロザイ』をユーズしようと!」
「……なるほどね。ボクは彼らの命を救ってもないのに、『賄賂罪』を使った。だからジョニーがキャンセルさえすれば、ボクは百パーセント死ぬってことか」
サーシャはため息を一つつく。
ローランは監視カメラ映像を見るのを止め、サーシャの方を見た。
「さっきまで絶望してた奴がやけに落ち着いてるな?」
「痛みで冷静さを欠いてたよ、ボクとしたことがね。にしても、皮肉だね。嘘つきのボクの死因が、無意識についていた嘘だなんて」
サーシャは不思議と、死を受け入れていた。まだ死ぬわけにはいかないのに、足掻くことが馬鹿らしく思えてしまった。
そんなサーシャを見たローランは、ジョニーもサーシャも驚くようなことを口にした。
「……生かしてやろうか?」
* * * *
「天井も壁も床も敵だと思って!」
「にしても、本体はどこにいるの!?」
「ですが、段々と……」
菫、天舞音、芽衣は一度立ち止まって、今いる通路の奥を見た。
そこには、予測できない動きをする触手が蔓延っていた。
芽衣はそれらを指さしながら、くるっと二人の方に振り返る。
「ほら、触手が多くなってます。ということは、あちらに本体が──」
「っ! 芽衣!」
天舞音は芽衣の袖を掴み、彼女の体を自分の方へ引き込む。
数秒後、触手が天井から振り下ろされる。芽衣が先程まで居た床に激突すると、水を飲む喉のように脈打った。
三人はそれを避けて奥へ進んでいく。
「ボクたちの能力は本体に触れないと発動できないんだよ! 油断したらおしまいなの!」
「ご、ごめんなさい……!」
「……わざと当たろうとした?」
菫はそう言って芽衣を見る。疑念と不安が交わっているような目だ。
「わざと当たって自分の痛覚を共有しようとしたの? あの触手に?」
「っ……」
「それなら試したでしょ? 二人の能力は触手には効果がない。触手と本体は別なの、何度も言わせないで」
「菫ちゃん、言葉が強いよ。芽衣ちゃんも焦らなくていいよ。今は敵の隙を──芽衣ちゃん?」
先頭を走っていた芽衣が突然立ち止まる。肩を震わせている。止まったのは触手のせいではないようだ。
「……菫さんは、なんで来たんですか。戦いもできないのに、人の戦いには文句言ってばっかで……! 菫さんは……菫さんはっ! どうやってRDBを殺せるんですか!?」
「芽衣……ちゃん?」
天舞音の顔がひきつる。彼女からそんな言葉が出ると思ってなかったのだ。
「それは、そっちも一緒でしょ? 痛覚の共有だけじゃ、RDBを殺せない」
「……もう! 二人とも喧嘩しないで! 今がどんな状況か分かってるの!? 今ボクたちのやるべきなのは本体を探すこと! ……いい?」
天舞音の言葉で、二人は口を閉ざした。
「……行こう」
菫の言葉をきっかけに、三人はまた奥に走り始めた。
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