120話 緊急作戦会議
全員が執務室に集まった。
今日の昼、レジスタンスがやってくるらしい。当然、シャイニも来るだろう。
美羽はそれを踏まえて、紙袋から顔を覗かせるほど大きなクマのぬいぐるみ──と香水を執務室に持って行った。
「おっ、やっと来たね。あんたが最後さ」
「私が最後だったんだ……お待たせてしてごめんなさい」
「そんなこと言っちゃって。聖華さんもさっき来ばっかりでしょ?」
天舞音の指摘を聖華は笑い飛ばした。心が和むワンシーンだ。
それをもってもなお、執務室は完璧な明るい雰囲気という訳ではなかった。
サーシャは、どこかやるせない表情で口を開く。
「……急に呼び出して悪いね。全員集まって早速で悪いけど──明日の正午辺りで、RDBとの全面戦争を仕掛けたい」
「ちょっと、唐突すぎない? 争うにしても、そのための計画の時間とか必要なんじゃ──」
「組織内に居るにもかかわらず、撤退の予兆を感じ取れなかった。すまない、ボクの失態だ」
気後れした彼女の態度に、菫は口を噤む。
「突然、撤退命令が出た。他のRDBには予め伝えられていたのだろうが、ボクには直前まで出されなかった。バードルード、シャイニも同様にね」
「それって、君たちがレジスタンスだってバレてるから?」
「恐らくね。ただ、どうしてボク達をRDBから追放しないのか分からない。本当に、ボク達にまだメリットがあると思ってるのかな?」
サーシャは冷笑する。
「ん? ちょい待ちな。別にRDBが撤退しようが関係ないんじゃないのかい?」
「というのは?」
「あいつらが本部に帰るタイミングで戦わなくたっていいんじゃないのかい? どちらにせよ、あたしらはRDBの本部に行かないといけないんだ」
「……そうか、まずはRDB本部のシステムについて説明しないといけなかったね」
サーシャは腰辺りのポケットに手を入れる。彼女がポケットから取り出したものは、青白いビー玉のような物体だった。
「これは本部に行くために必要な、いわば通行証のようなもの。これがあれば最大四人まで通ることができる。──確か、班長には一度見せたよね」
「うん。確かそれを持ってフランスの凱旋門を潜ると本部に行けるんだっけ?」
椿は上を見ながら指を動かす。彼は記憶をたどって話しているようだ。
サーシャはその記憶を軽く否定するように話す。
「確かにボクはそう言ったね。だけど、残念ながら一つ訂正しないといけない。というのも、入口の場所はランダムに変わるんだ」
「ランダム?」
「そう、入口の場所がコロコロ変わる。それに、この宝石モドキはノアの意思で無力化できる。つまり、ボク達がレジスタンスとバレてこれが無力化されたなら、レジスタンスの一人を脅しつつ、世界各地でランダムに現れる入口をそいつと一緒に通らないといけない……まあ、ほぼ不可能だね」
サーシャは淡々とRDBのシステムを語った。RDBのボスであるノアにバレた瞬間に通行証が無効化されること、入口が不定であること。どれも取締班にとって初耳の情報だった。
一度に多く新情報が出たせいか、和也は唸り声をあげて口を切る。
「ま、待て! 結局どういうことだ!?」
「まとめると、サーシャ達がレジスタンスとバレる前に戦わないといけないってことでしょ?」
「天舞音くんの言う通り。しかもRDBはメンバーを追放する方法として、撤退時にその場に置き去りにするケースが多い。この宝石モドキの効力を失わせてね」
「なるほどねえ、だから撤退する前じゃないといけないのかい。あんた達の持ってるソレの効力が完全に無くなっちまうから」
「そうだな……和也くんのためにもっと簡単に言うと──戦うなら今しかないってところかな」
和也は納得したように、大きく頷いた。
一方、芽衣はそっと手を挙げる。
「でも、どうやって行くのですか? 確かフランスって結構遠い気が……」
「飛行機で約十二時間だね。間に合わないこともないけど、如何せんリスキーだ。そこでボクの作戦を──話す前に、みんなに聞きたいことがある」
サーシャは今までで一番真剣な面持ちで、一人ひとりの目を見て話し始める。
「まず、レジスタンスの三人がこの宝石モドキを持ってる。そしてこれを持ってなくても、これを持ってる人の近くにいる最大三人までは入ることができる。つまり、レジスタンスを除いて行けるのは最大九人だ」
「例えば、RDBから宝石を奪い取るってのもできないのかい?」
「奪い取っても、本人でないと効力を失ってしまうんだ。だから、九人。そしてボク個人としては、届称と眼音は連れて行きたい」
行けるのはあと七人。一方、この場の班員は八人。
サーシャの言いたいことが分かった。
しかし迷う必要もないと言わんばかりに、聖華は話す。
「じゃあ菫が残ったらちょうど七人かい?」
「……やだ、行かせて」
「菫くん? 君は戦闘向きの能力ではないはずだ。なのになぜ──」
「悪い、みんな。菫も行かせてくれないか? ……俺を信じてさ」
椿は胸ぐらを握りしめて菫を擁護した。菫も顔をしかめてうつむいている。
諦めたように、聖華は息を吐く。
「──班長の命令ならしょうがないね。んじゃ、あたしが残るよ」
「聖華さんが?」
「多分本部を襲うにしても、少なからず日本にも攻撃が来るからねえ。あたしが食い止めてやるから、安心して戦ってきな!」
「……ありがとう」
椿は、優しく悲しい笑みを浮かべる。
「水を差すようで悪いんだけど、東京の取締班だけで七枠を埋めちゃっていいの? 他の県の取締班にも強い人は──」
「大丈夫だよ。なぜなら君たち、東京罪人取締班が最も強いと思っているからだよ。単純な戦闘力だけじゃない、団結力や行動力──これら全てが、どの取締班よりも強い」
天舞音の問いに、サーシャが自信満々に答えた。
「そして、フランスに行く作戦は──
──っていうものだよ。どうかな?」
「うぅん。上手くいくといいんだけど……」
その場の全員が、何とも言えない表情をしていた。その作戦はシンプルながら、破綻しやすいものだったからだ。
「ごめん、これくらいしか思いつかなかったんだ」
「いや、成功させよう。絶対に」
椿のハキハキとした言葉で、班員たちは不安を振り払った。
*
その他にも、レジスタンスの知る限りの情報を話した後、大まかな作戦会議を行った。
目標はノアの接触、及び戦闘勝利。ノアまでの道のりが変化し続けている危険性があるので、状況に応じて最低でも二人以上のグループに分かれつつノアを目指す。
難易度は今までの任務よりも跳ね上がっていた。班員たちはそれぞれで緊張、不安、勇気、希望を握りしめていた。
「美羽ちゃん、お疲れ様っ!」
「わわっ!」
シャイニは両腕を広げて美羽に飛びつく。
「やっぱりああいう大事な場面は言葉が詰まるよぉ……」
「確かに、今日はシャイニちゃん静かだったね」
ああいった大事な場面は苦手な人なんだな、と美羽は思った。
「あっ、そうだ! これ、誕生日プレゼント!」
「えっ、可愛い!! くまさんだ! ありがとうっ!」
シャイニはさらに強く美羽をハグした。その時、紙袋の中からなにかが当たる音がした。
シャイニが首を傾げて、美羽の持つ紙袋の中を確認する。
「他になんか入ってるのー?」
「わっ、ちょっ……!」
「……え? これ、なん、で?」
シャイニは顔を真っ赤にしながら、紙袋から香水を取り出した。
菜々子と真理奈が、『美羽の香りってこれに近いかも』と選んだ代物だ。
ただ、渡す本人も恥ずかしいので、秘密のままにしておこうと思っていた。
「いや、これは……そのぉ……」
「──ね、美羽ちゃんっ! 誰にも言わないでねっ! ……私が、『匂いフェチ』ってバレたら、きっとひかれるから……。って言うより、さすがに美羽ちゃんもひいちゃったよね……。あはは……」
シャイニは悲しそうな、辛そうな顔をしていた。
「いや、ひきはしないよ! ただ、その……私に近い香りらしいから、渡すのが恥ずかしくて……」
「……ありがとう。あれ? そういえば、なんで美羽ちゃんが私のそれを知ってたのっ?」
「っ……!」
「だって、それを知ってるのはお姉ちゃんしか──」
「お、お姉ちゃん!? 狩魔って、シャイニのお姉ちゃんだったの!?」
シャイニは美羽の口走ったことを聞き逃さなかった。その証拠に、わなわなと震えている。
突然、サーシャが後ろから声を発した。
「あれ、言ってなかったっけ? 狩魔はシャイニの実の姉だよ?」
「えっ!?」
「お姉ちゃんのバカあぁっ!!」
シャイニは取締所に響き渡るほどの大声で怒鳴った。
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