12話 殺伐の十字路
今回はちょびっと長めです!
『優貴視点』から、仕事をしているところから始まります!
途中途中息抜きしながらも書類作成をしていたら、すっかり日が沈んでしまっていた。
その間は決して無言とかではなく、聖華さんや菫さんとたわいもない話をした。
「最近できた店がどうたら」とか「あのアーティストがどうのこうの」とか。まあ、俺はよく分からなかったから相槌だけだったのだが。
こうして見るとまるで同年代の友達が集まっている感覚で団結力があるな、と思う。
*
今日の分はとりあえず終了した。夕食も終わったし今日はもう帰ろうか……
そう思ったその時、「ジリリリリ」と電話が鳴った。これってまさか……。
「はい、こちら罪人取締班」
班長は受話器を耳に当てるとそう応答した。
「はい、はい……」と班長が電話先に調子を合わせる。
少しして彼は受話器を元の位置に置いた。そしてこちらに視線を向けると「事件だよ」と話した。
*
彼の話をまとめると、ある罪人が東京のどこかの地区で暴れているらしい。その罪人は常習犯らしく、女性をたぶらかして拒否されたら能力で怪我を負わせる下劣な者らしい。
通報は実際に軽傷を負わされた一人の女性からだった。
「犯人は鹿山良太、『危険運転致死傷罪』という能力者。乗用車のような物体ラジコンのように自由に動かす能力で、車体の消去と出現は自由だけど出せるのは1台のみ」
長ったらしい能力のわりにはシンプルな能力だな。全員で行くのだろうか……いや、対処メンバーを決めるだろうな。
「じゃあメンバーを決めるよ」
俺が思った通りメンバーを決めるらしい。一体誰になるんだろうか……。
「まずは攻撃役の優貴くん」
「えっ……!」
思わず驚きの声が漏れる。まさかここに来て二日目で罪人の対処に赴くとは……。
「流石に優貴くんも不安だろうから、指導役の凛さん」
「はい」
凛さんは一瞥して承る。凛さんか……副班長の彼女がついてくれるなら安心だな。
班長は眉をしかめ、顎に手を当てる。
「あと一人欲しいところだね。この構成だとテクニカルな能力が欲しいところだけど……」
「だったら私が行きます!」
「ドン」と扉が激しく開く。そこには自信ありげに笑う美羽の姿があった。
*
月明かりよりも眩い光が車窓を染める。後部座席からは運転している凛さんと、隣で窓を眺める美羽の姿が見えた。
運転中でも質問は聞いてくれるのか、という疑念もあったが凛さんに聞いてみる。
「凛さん、どうして聖華さんではなく俺なんでしょう? 犯人の能力を防ぐには聖華さんの障壁の能力が適任だと思ったんですが……」
彼女はバックミラーで俺の顔を確認して、眼鏡のブリッジを上げる。
「この能力に対して、わたくしたち三人のバランスが良いからでしょう。個人で見れば聖華さんの障壁は優秀ですが、逆に味方も通さないために攻めるタイミングを失いかねませんから」
「あの……俺は罪人取締班に来てから間もないですが大丈夫でしょうか?」
続けざまの質問にも嫌な顔をせずに答える。
「問題ないでしょう。あの聖華さんが絶賛していたので。ですよね、美羽さん?」
あの、とはどういうことだろうか。そしてどうして美羽が出てくるのだろうか。
俺は横目で彼女を見る。彼女は見ても取れる程にかなりの緊張や不安の表れる、強ばった表情をしていた。
俺の視線に気づいたのか、彼女はパッチリとしている目を更に開いてこちらを見る。
「……ゆ、優貴くん?」
「少しはリラックスしたほうがいいぞ。少しでも余裕がないと上手くいくこともいかなくなる」
「そ、そうだけど……」
彼女は他に何か言いたげだったが、それを飲み込んだように頷くと頭を軽く横に振る。
「そ、そうだね! うん、リラックスだね!」
そう言うと彼女はまさにリラックスしたように柔らかく朗らかな笑みを見せる。
凛さんも釣られたように微笑むと口を開いた。
「聖華さんは戦闘に関しては特にうるさくて、ことある事に助言する方です。それなのに助言があまり無かったと班長から聞きましたよ?」
「確かに……もっと筋力を上げろとは言われましたが、まあそれだけですね」
「優貴くんすごいね! 私は助言されまくりだったよ……。もっと考えて行動しろ、とかぁ……」
美羽はため息の出そうな表情で言う。失礼だが確かに後先考えなさそうだな、と思ってしまう。
「着きました。ここが目的地ですよ」
ちょうどいいタイミングで凛さんの澄み切った声が聞こえた。その瞬間、和やかな雰囲気から一転して緊迫とした雰囲気が漂う。
*
着いた場所は街から少し離れていた。人通りも少なく冷えたコンクリートが取り囲む一車線の十字路だ。
住宅も何も無いが近くには廃工場がある。いかにも犯罪にお誂え向きのスポットだ。
「この辺りに鹿山がよく現れるそうです。あまり音を立てずに慎重にお願いします」
凛さんはそう言うと車から降り、辺りを注意深く見回した後にドアを閉めた。俺と美羽も彼女と同じように扉を閉める。
*
しばらく辺りを歩くと、少し目立つ金髪の男性を発見した。
凛さんは彼が見える範囲で曲がり角に隠れたので、俺と美羽の二人もそれに倣う。つまりあの人物が鹿山らしい。
彼は背後の俺たちに気づいてないのか、ただ前に進んでいる。
凛さんは、沈黙に細かい針を刺しただけの小さな声で、
「わたくしが鹿山と接触します。お二人は、『わたくしが消えた』あとに攻撃を開始してください。気絶程度で大丈夫ですし、いざとなれば手助けしますので」
と話す。
消えるとはワープとかそういう類なのだろうか。
今言えることは、俺と美羽は曲がり角にいたまましばらく待機することになったということだ。
*
凛さんは堂々と歩き出すと、鹿山とすれ違うように進む。すると鹿山は彼女の方をバッと振り向いた。
「そこの姉ちゃん! 可愛いねぇー。どう? これから飲みに行かない?」
「いっいえ……用事があるので」
凛さんは少し声を変え、高い声を出す。そして鹿山は彼女の返答が気に入らなかったのか、ギリッと歯ぎしりをする。
「お前も……お前も俺をフルのか!!」
大声で怒鳴る。凛さんは彼に向き直って戦闘姿勢に入る中、彼は『手でバツ印』を作る。
「《発動》!」
その直後、軽自動車のような大きさの黒い車が鹿山の隣に出現する。ナンバーとかは書いてなかった。
「次の獲物は、お前だあぁぁ!!」
鹿山は豹変し、タガが外れたような怒り顔で彼女目掛けて車を発進させる。
それに対して凛さんは、眼鏡を抑えながら『下を向く』。
「《発動》」
彼女の凛々しい声が辺りに響く。それに構わず車は彼女を轢く。
「あっ、ああああっ!! また、またやっちまったあぁっ……」
鹿山は頭を抑え、急いだ様子で能力を解除する。
しかし俺たちと彼は同時に、急停止した車の先に凛さんが居ないことに気づく。
彼女は……『完全に消えた』のだ。つまりそれは攻撃開始を示していた。
俺は鹿山のたじろぐような声をBGMにして、即座に目を閉じた。
美羽は一人では行けないと判断したのか俺の傍から動く様子がなかった。
「……《発動》」
三秒を心の中で数えた瞬間、俺は静かに能力を発動させた。
ただならぬ力が脊髄から溢れ出てくる。
後のことを考えてあまり力は使わないでおこう、と昨日の反省を糧に
「美羽……行くぞ!」
「う、うん!」
俺と美羽は覚悟を決めて曲がり角から飛び出す。
*
「だ、誰だよお前たち! お前たちは! なんなんだよおぉ!!」
鹿山は相当パニックになってるらしく、俺たちを完全に確認する前に、また手でバツ印を作ると、
「《発動》!」
と悲鳴のように叫ぶ。そして例の通りで黒い車が出現する。改めて見ても完全に見た目は車だった。
「どうなってんだよ、お前らあぁ……! いいから死ねぇ!!」
彼は何故か俺たちに怒気を含む声を張り上げる。
そんな彼に穏便に話す余裕なんてあるわけなくて、そのまま俺と美羽目掛けて車を発進させた。
車とはそこそこの距離があるため、強化中の俺は容易に避けることができる。
しかし美羽の能力を聞きそびれたので彼女に確認する。
「美羽! 避けれるか!?」
「うん!」
美羽は大げさなほどに頷いて答える。避ける自信はあるみたいだ。
その言葉を信じて、俺は美羽を助けずに車を危なげなく躱す。
「《発動》!」
俺の視界の外で美羽がそう声を荒らげる。
俺が体勢を整えて彼女を見ると、彼女は『地面に手を伏せる』ようにしてしゃがんでいた。
あれでどうやって避けたんだ……?
彼女の奇妙な能力は置いておくとして、俺は鹿山に特攻した。
『気絶程度で大丈夫』という凛さんの言葉を思い出し、スピードは少しずつ抑えている。
そして鹿山はまたバツ印を作る。
「《発動》!」
という彼の声が静寂にこだまする。しかし車の突進はすでにできない距離だ。
彼は車を発進しない代わりに、車を横向きに配置したのだ。
車を防御用として用いたとは……激情家だと思っていたがそうでは無いらしい。
進んだ勢いは止まらず、仕方なく俺は目の前の車を殴る。
いくら力が五倍になったと言えど、車の先の鹿山に衝撃を届かせることはできなかった。車体が大きく凹んだだけだ。
ダメか、と思って俺が一度退こうとしたその時……
「《発動》! 優貴くん、お願い!」
突然なことに美羽の切羽詰まった声が俺の後ろから響く。振り向くと、彼女はしゃがんだ状態で『両手を地面につけて』いた。
「っ!?」
刹那、驚くべきことに『車と彼女の位置が入れ替わった』のだ。鹿山だけじゃなく俺までも目を見開く。
また彼女は俺の攻撃を受けないためだろうか、必死に縮こまっていた。
凛さんが言っていた通りだと、車は一台しか出せない。背後の車体の分解と再構築も間に合わないだろうし急な移動もできないはずだ。
俺は引いた拳を、無防備となった鹿山の右頬へと突き出す。これで終わりにする、という意志のもとに。
手加減はしたが威力が五倍となっているのも相まって、鹿山は漫画のように前方へ飛ばされた。
彼はぐったりと寝転んで動かなかった。死ぬほどではないだろうから、恐らく気絶したのだろう。
*
「や、やったぁ!! 優貴くん、いぇーい!」
美羽はぴょんぴょん、とはしゃいで喜ぶ。そして俺に手のひらを見せた。
達成感からか、それとも彼女を見てか、口角が勝手に上がる。
「ありがとな、美羽」
俺は彼女の少し汚れた手のひらを軽く叩く。
まだ暴行罪の効果が切れてないため、『軽く』でようやく普通のハイタッチとなった。
*
「優貴さん、美羽さん。任務達成おめでとうございます。まさか五分で終わらせてしまうとは……少し予想外でした」
口元を抑えて笑う凛さんは、いつの間にか俺たちの近くにいた。彼女の『息があがっている』のはどうしてだろうか?
それはそれとして……笑みを戻した彼女の表情は曇っていた。その原因はすぐに知らされることになった。
「ただ指摘するなら、犯人に手錠も付けないところ。そして鹿山の仲間の存在を警戒せずに油断するところは、些か問題がありますね」
とのことだ。
正論を前に、俺たちが「「うっ」」と声を漏らす間に凛さんは鹿山に手錠をかけた。
*
凛さんの手配したパトカーが来たのは十五分ほど経った頃だった。俺と美羽は再び凛さんの車に乗る。
「そのまま寮に送りますね」という凛さんの言葉に、二人は共に頷く。
*
「あの、お2人の能力は何ですか?」
車が闇に染まっていく街を走る中、俺は唐突にそんなことを聞いた。
美羽は俺に能力を言ってなかったことに気が付いたのか、はっと息を詰まらせた。
「ご、ごめんね! すっかり忘れてた……!」
美羽は機嫌を見るかのように、隣から俺の顔を覗きこんで話し始めた。
「私の能力は『背任罪』なの。……私もまだ使いこなせないんだけど、『生物以外で地面と独立している物体と自分の場所を交換する能力』なんだって!」
車と場所を交換した、という表現は正しかったようだ。
「強い能力だな、本当に助かった。ありがとう」
と美羽を称えた。
すると美羽は不意に外を見る。足をモジモジとさせていて、まるで恥ずかしがっているみたいだ。
そうだとすると、もしかして褒められ慣れてないのか、と思わず苦笑いする。
凛さんの和いでいる表情がバックミラーにまた映る。
「わたくしの能力は『住居侵入罪』というものです。簡単に言えば『自身を透明化して物を透過する』能力です。音も消すことができるので偵察員として班長からの評価を頂いてます」
「さっき息が切れてた気がするんですが、それは?」
俺の問いに凛さんは頭を悩ませるようにため息をつく。
「それは……わたくしの能力の欠点なんです。『体力の大幅な低下』なので、立っているだけでも疲れてしまって。ただでさえ無けなしの体力なのに……」
自分の体力を恨んでいるようにも、能力の欠点を恨んでいるようにも見える。
そんな彼女が少し可愛らしく見えて、思わず「くすっ」と笑ってしまった。
┏ ┓
天ノ川 美羽 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『背任罪』の使用許
可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、生命以
外で、地面と独立している、あなたの視
認できる物体と自身の場所を逆転させる
能力です。
『発動条件』:両手の手のひらを地面に
付けること。
『発動中、あなたが有する利点』:身体
能力の上昇。
『発動中、あなたが有する欠点』:抵抗
力の低下。
┗ ┛
┏ ┓
湯島 凛 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『住居侵入罪』の使
用許可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、自身を
透明化、無音化にし、物体の透過を行え
る能力です。
『発動条件』:視線を下に逸らすこと。
『発動中、あなたが有する利点』:判断
力の上昇。
『発動中、あなたが有する欠点』:体力
の大幅な低下。
┗ ┛
今度は二名の使用許可証を公開します!
どんどん能力が明らかになっていきますね……!
もし宜しければ、次回もよろしくお願いします!