118話 将来の夢
和也は郵便物を受け取った。
* * * *
美羽が部屋で友人と通話していた頃。和也は、とある郵便物を開封しようとしていた。
差出人は、かつての孤児院の先生である俊泰先生だ。中身には、孤児院で保管していた和也の思い出があった。
同封の手紙にはこう書いてあった。
『君がこれまで孤児院で暮らした証拠を送る。六歳の時に書いた似顔絵、小学一年で書いた将来の夢、その他色々入っている。特に、君のことはよく覚えている。君はとてもやんちゃで、私が何度厳しく叱ろうと懲りない子だった。ただ、君のことを嫌がったことはない。君の底抜けた明るさ、誰よりも他人を助けようとする姿に、私も影響されたことある。君はこれからも変わらずに生きていてほしい。』
変わらず生きる……少なくとも、和也自身に『今も変わってない』と言える理由は分からなかった。今の自分が、本当に昔の自分であると言いきれないのだ。
「昔の俺って……誰なんだよ」
──和也は二枚目に目を移す。
『それと、君個人には謝らなければいけない。むしろ、こっちが本題だ。すまなかった、君に、酷い怪我を負わせてしまった。増田亜喜は怪しいと感じていた。なのに、それを無視していた自分がいた。私が彼女をどうにかしていれば、きっと君も優貴くんも罪人にならなくて良かったのだ。きっかけが自分だと思うと、胸が張り裂けそうになる。』
「……もう、遅いんだよ」
思わず出た言葉に続く言葉を飲み込みながら、和也は三枚目を見る。
『本当は直接会って謝りたかったが、犯罪が多い中で新しい孤児院で子どもたちを守り続けるので精一杯で、君には手紙しかあげられない。もし罪人として生きていく中で辛いことがある度、私を恨んでくれ。それでも足りないくらいなんだ。もう一度書くが、変わらないで生きてほしい。君がいれば、周りも明るくなる。』
和也はその手紙を引き出しにしまう。彼が悪いとは一度も思ったことはない。むしろ彼が罪悪感を覚える度に、自分がますます惨めになっていく。
何よりの原因は……あの馬鹿みたいな提案をした自分なのだから。
ふと、自分の下手くそな似顔絵が視界に入る。
「ははっ、なんだこの絵。まず人じゃねえだろ」
思ったよりも笑えなくなっていた自分がいた。
その似顔絵を手に取ると、奥から二枚の紙が覗いてきた。その紙には『将来の夢』が書かれていた。
「俊泰先生……優貴のも入ってんじゃねえか。ったく、仕分けぐらいちゃんとしろよ」
ため息混じりに呟いて、内容を確認する。
そこには習字の先生が卒倒しそうなまでに下手くそな字で、『みんなをたすけるひーろーになる』と書いてあった。
もう一つは打って変わって丁寧な字で、『ふつうにくらす』と書いてある。
一つ目は和也、二つ目は優貴が、それぞれ小学一年の時に書いたものだ。
「皆を助けるヒーロー……? じゃあ俺は、なんで今──あいつを助けられてねえんだよ……! むしろ、あん時に洗脳解いて助けてくれたのはあいつだろ! 俺には……誰かを救うこともできねえし、ヒーローにもなれねえ!」
和也の中で何かが爆発した。
異変後の優貴が話した内容への疑念。
記憶にない自分の出生への恐怖。
過去に起こした自分の数々の過ちへの怒りや後悔。
それらが自然と、彼の心に導火線を繋いでいた。そしてそれが、自分の『将来の夢』で発火してしまった。
「……なあ、優貴。お前はここを出ていく直前、主人公は誰だって言ってたよな? ……主人公に成ったら、きっと、みんな助けてみんな守れる、ヒーローみたいなことができるよな。──じゃあその主人公って、誰がどうやって認めてくれたら成れるんだ? 俺はいつまで……迷惑かける脇役なんだよ?」
返答など来るはずもない疑問を吐き出し、ベッドに沈む。
* * * *
そこから約一週間が経った。椿はある予想を立てていた。
『RDBは正義と悪のバランスを保つ組織なのではないか』と。
彼がそう思った理由は三つある。
一つ目はRDBが活動した時期。彼らはちょうど、プロ・ノービスとの戦争が終わったタイミングで活動を始めた。言い換えれば、戦争で正義が勝利したため、日本の犯罪率が著しく低下していた時期だ。だから彼らが犯罪を始めたとすれば筋は通る。そうすることで、必然的に日本の犯罪率は増加するからだ。
二つ目はRDBが罪人取締班に言った戦争の反対。もし正義である取締班と悪役のRDBが全面戦争したとしたら、また正義と悪のバランスが取れなくなってしまう。そうなれば、彼らの目的が果たされないからだろう。
三つ目は昨今のRDBの行動頻度だ。特に最近、RDB以外の犯罪者が増加している。恐らく彼らに触発された犯罪者予備軍らが覚醒したのだろう。まるでシーソーのように、RDB以外の犯罪が多くなるにつれて、RDBの犯罪が少なくなっている。
椿はこの考えから、焦りを感じている。なぜならこの一週間で──犯罪数に変化はなくとも──RDBの犯罪率はゼロだ。
つまり、彼らの目的は既に果たされているのだ。
「……まずいぞ。彼らは恐らく、逃げる気だ」
椿はこのことを伝えるために、サーシャに電話をかけることにした。
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