115話 VSレジスタンス 中編
美羽は聖華と共に、シャイニと対面していた。
シャイニは光でできたサイコロを、人差し指と中指で挟む。それを誇張するように前に突き出すと、彼女は得意げに笑う。
「このサイコロは『五』の目が出れば大アタリ! だけど、『六』の目が大ハズレだよっ!」
「なんか変わってるサイコロだねえ。そういうのって、大きい数ほどいい効果が出るんじゃないのかい?」
「うーん……私に聞かれてもわかんないっ! とっ、とにかくそういうものなのっ!」
シャイニは聖華の言葉に頬を膨らませると、サイコロを下に落とす。
正直どうなるか見てみたかった美羽であったが、シャイニの思惑通りにさせるほど油断はしていなかった。先程まで親交を深めていたとしても、大人気アイドルだとしても、今はRDBなのだから。
サイコロが落ちる前に、美羽は両手を地面に貼りつける。
「《発動》! 私とそのサイコロの位置を──あれ?」
「どれどれ、サイコロの目は……BINGO! 『五』だよっ! やったぁ!」
シャイニがサイコロを覗き込んで確認した。
直後、そのサイコロがみるみるうちに帯状に変形していく。その光の帯が舞い上がったと思うと、シャイニの華奢な腕を優しく抱擁する。
「さあっ! 近づけるなら──」
シャイニの腕に絡みつく光の帯が、腕ごと膨らんで変形する。滑らかな円柱だった彼女の腕は、徐々に角張って展開されていく。
「──近づいてみてっ!」
彼女は腕だったものを、美羽と聖華に突きつける。
三段に連なる、重機と見紛うほど巨大な機関銃を。
*
「えっとね? 何回も言うけど、一応ルール上は戦わないといけないんだよね……」
「そ、そそ、そう、ですよね……ごめんなさい」
「うーん、さっきからずっとあんな調子ですね」
天舞音と芽衣は戦闘態勢をとらず、ずっと呆れた目でバードルードを見ていた。
「……ねえ、芽衣ちゃん。サーシャさんも彼の能力知らないって言うし──もしかしたら彼、一度も闘ったことないのかも?」
芽衣は、その可能性もあると思った。少なくとも彼はきっと、RDBの前で闘ったことがないのだ。
「あっ、あのっ! えっと、もし自分が闘わなかったら……困り、ますか?」
「うーん……ボク達は困らないけど、さっきの話なら確かレジスタンス側が困るんじゃないの?」
「そう、ですよね。あは、は……。自分が、やらないと……ですよね。……ひとつ、お願いがあるんですけど……自分を、殺す寸前まで追いやることはでき、ますか?」
「……っ? 何考えてるのか分からないけど、ルール上は無理って話じゃ──」
「いえ、できますよ」
芽衣はそう言うと、しっかりとした足並みでバードルードに近づいていく。天舞音は見守り、バードルードは怯える。
道中で風にたなびく自分の髪を触り、「《発動》」と呟く。
情けなく座り込むバードルードの両肩を、芽衣はトンと叩く。尻をつけたまま後ずさりするバードルードをじっと見下ろしながら、数歩後ろに下がる。
「私の能力は他人と『傷』を共有するんです。例えば──」
芽衣はジャンバーのポケットから錐を取り出す。そして突然、自分の首の真後ろにそれを浅く刺す。
さらに、自分の胸に錐の先を向ける。
「──こんな感じです。なので当然私の心臓を貫けばあなたは死にます」
バードルードがこの世の終わりみたいな顔をしている。芽衣の能力も、首の微痛からすっかり信じ込んでいるみたいだ。
実際、芽衣の能力は『傷』を共有するものではない。ただ、『感覚』を共有するだけだ。心臓を刺したとしても彼が死ぬことはないだろう。
「ちょっと芽衣ちゃん? それはさすがに──」
「天舞音さん、私は自分の命の使い方を知ってます。なのでここで使ってもいい、と判断しているのです。……正直に言えば、レジスタンスだろうとRDBは全員許せないですし、刺し違えてでも殺したいんです」
それは半分本音でもあった。あの日、RDBが起こした騒動が父と母を殺したのだから。
あの時に流した涙は心の傷を癒すためのものではないし、あの時に発した叫び声はトラウマを乗り越えるためのものではない。
芽衣は、この恨みがこれからもずっと絡みついて離れないことを病室で察してしまった。
美羽と交わした話では『罪人として生きるのを後悔しない』ことを学んだ。しかし罪人の最期が無惨なものなら、その最期で仇敵をまとめて葬れるなら、それはなんと素晴らしいことだろう。
「私はもう、無駄に死のうとしません。だけど、この恨みを果たすためなら、私は喜んでこの命を差し出します」
「……あー、芽衣ちゃんって、あれだね。なんというか、その──いい意味でキマってるね」
「なので……私の恨みを果たすために、一緒に死んでください。バードルードさん」
「っ……!?」
芽衣の言葉に嘘が混じってない。そのことをバードルードは肌で感じた。
バードルードが言ったこととはいえ、芽衣は精神的に死の間際まで追い詰めた。
「死、ぬ?」
「はい、死にます。それも確実に」
「っあ…………」
バードルードは芽衣の言葉を聞いた途端、糸がプツンと切れた人形のように気絶した。
あまりに予想外の出来事だった。
「気絶、したね……」
「気絶って……え、バードルードさん!? あの、私が言ったことは全て本当じゃ──」
「……うるせえよ三流ども。おかげで、目ェ醒めちまった」
確かにバードルードの声だ。なのに──。
「ったくよお、誰が俺様を殺したがってんだぁ? 寝起きは気分ワリぃんだわ、マジでひき肉にしてやりてぇ」
バードルードのような男は気だるそうに立ち上がる。ボリボリと頭を掻いては下から睨むように二人を見ている。
「……なんか、変になったね?」
「あ? そんなに俺様が『多重人格』っつうことが珍しいのかよ? いいからとっとと言えっての──ああ、もういい。ムカつくし、ガキだろうと女だろうと二人まとめて惨殺してやる」
「ま、待ってください! ルールのこと忘れたんですか!?」
「ルールだぁ? 知るか、んなもん。殺し合いに秩序なんてねえだろ」
何かに気がついたバードルードはふと、首の後ろに手を当てる。そしてその手のひらを確認する。
「んだ? 血は出てねえのに針で刺されたような感じがすんな」
先程話した内容なのにも関わらず、まるで覚えてないかのような素振りを見せる。不思議に思った芽衣は、思い切って質問してみることにした。
「……あの、もしかして覚えてないんですか?」
「あ? 何が?」
「その首、私の能力のせいです」
「知るわけねえだろ、あいつの記憶が引き継がれるわけじゃねぇんだしよ」
『あいつ』とは恐らく、とても臆病だった昔のあの人格のことだろう。どうやら人格ごとで記憶が管理されているようだ。
つまり今彼は、芽衣の能力やルールのことも何も知らない状態になったのだ。
「でしたら、今からルールを説明──」
「必要ねえわ。なんでんなもん守らんといけねえんだよ」
「すぅっ……はぁ……《発動》。芽衣ちゃんの手、借りるね」
気がつくと、先程まで後方にいた天舞音が芽衣のすぐ近くまで近づいていた。
芽衣が困惑する中、天舞音はそっと彼女の手を握る。
「──『外国国章損壊罪』。自身の血液を触った人・物に任意に『紋章』をつけ、相互破 壊を促す能力……?」
「あ? あいつが能力をバラした……わけじゃねえな? 何したんだ、貴様」
「うんと──話すと長くなるから結果だけ言うと、君は能力をボクに奪われたことになってる」
「能力も使えねえんだな? じゃあ──とっとと解除しろや」
バードルードは怯むことなく、むしろ天舞音に近づき始める。
「ちょっと、能力がなくても闘うの!?」
「たりめぇだろ。てめぇらを殺すまでは、死ぬつもりも逃げるつもりもねえ」
彼は大きな跳躍の後、左手で天舞音の首を掴む。その後、慣れた体さばきで天舞音の腹に膝を入れる。
「かはっ……!!」
「天舞音さんっ! このっ……!」
芽衣は、自身の左手の甲に錐を突き刺す。貫通はしなかったものの、それなりに深い傷だ。
バードルードは反射的に、首を掴んでいた左手を離した。
「天舞音さん! 今です!」
「う、うん! ありがとう!」
天舞音は安全な距離まで後退した。バードルードは無言で、芽衣の血が溢れる左手の甲を見ている。
「……痛覚の共有か。実際に傷はねえが、人間の反射は痛覚を刺激されれば自動で起こる。反射が出ねえように常に気張らねえとな、くそめんどくせえな」
バードルードはブツブツと独り言を言っていた。
その間、芽衣はこれがルールに違反するのかどうか、ひたすら頭を悩ませていた。
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