114話 VSレジスタンス 前編
サーシャは戦闘を提案した。
「戦う……って、えっ!?」
美羽は驚いて、自分の脇腹にしがみつくシャイニを見る。そのシャイニでさえも、目をぱちくりさせていた。
「サーシャ……私達、罪人取締班と協力するために来たんだよねっ? なんで、仲間同士で……?」
「シャイニ、君のマネージャーはRDBだ。だけどレジスタンスじゃない。この意味、分かるかい?」
「意味? ええっと……」
シャイニは自分の下唇辺りを人差し指で軽く押さえる。しかし、悩む素振り──実際に悩んでいるかもしれないが──を見せるだけで、一向に答えを出すことはない。
彼女じゃ答えられないと察したのか、聖華は横槍を入れる。
「ま、要するにマネージャーはレジスタンスのように都合よく解釈してくれないってことだろ? マネージャーに『活動する』って言っといて、このまま活動をしないんだったらかなり怪しまれるからねえ」
「そういうことだよ。それに、ボクとバードルードも活動するって言って日本に来たから、このまま帰るわけにはいかないんだよね。それに──」
サーシャの目に、一瞬だけ闘志が灯る。
「──ここで君たちと闘うことで、互いの戦力を知りつつ、ボク達と君達が敵同士だとRDBを誤認させることができる」
「でっ、でもっ! それで闘って怪我でもしたらっ……!」
「もちろん君の言いたいことも分かるよ、シャイニ。ボクも鬼じゃない。だから双方とも、手加減して闘ってほしい──聖華、特に君は肝に銘じておいてね」
短いうめき声と共に、聖華が視線を逸らす。
「あれ、サーシャさんは知ってたっけ? 聖華さんの『実験の後遺症』のこと」
「まあ、あの施設に居た者たちはRDBだったし、そもそもボクがそれを担当していた時もあったから。……正直、聖華はボクのことを恨んでてもしょうがないと思うけどね」
「皮肉なことに、むしろ感謝してるんだ。人を護る力を手に入れて、こうしてここの奴らと出会えて──まあ、結果論ではあれ嬉しいんだ」
「……聖華さん」
椿は安心したような、喜ぶような、そんな優しい笑顔を見せる。
聖華は「それに」と話しつつ、サーシャに指を向ける。
「あんたの顔見りゃ分かる。あんただって、やりたくてやった訳じゃないんだろ? 罪悪感があるならあたしはいいよ」
「……なるほどね。ありがとう」
サーシャはまぶたをゆっくり下げて微笑んだ。
*
「さて、遠慮はいらないよ。来るといいさ」
「……それにしても、本当にいいの? 三対一だなんて」
「当然だよ。勝てるかは分からないけど、少なくとも負けはしないから」
サーシャはそう言って余裕そうに笑う。
対して椿は、手加減するとはいえ一方的にならないか心配だった。
今回の流れは、三組に分かれて戦闘をするというものだ。
サーシャには椿、和也、翔の三人が当てられた。同様に、シャイニには美羽と聖華が、バードルードには天舞音と芽衣がそれぞれ当てられた。ちなみに、菫は取締所に待機している。
戦闘のルールは三つ。必要以上に攻撃しないこと、必要最低限の攻撃をすること、環境に危害を加えず誰にも重症を負わせないこと。
少しややこしいルールではあるが、理解できないほどではない。
「どうしたの? 早く来なよ」
サーシャが三人を挑発する。あえて頭に来る態度をしているのか、それが彼女の性格なのかは分からない。だが、あのクイクイと曲がる彼女の人差し指で、椿はついルールを破りそうになってしまう。
その感情とは裏腹に、彼女からは近寄り難い雰囲気を感じた。不気味というか、威圧的というか──そんな形容しがたい雰囲気を。
椿がそうこうしている間に、和也は自らの足を触れると跳び先であるサーシャを確認する。
「じゃあ行くぞ! 《発動》!」
「あっ、ちょっと待──」
時は既に遅く、和也は一直線にサーシャへと飛び跳ねる。
「『怪我をしない』」
彼女はとぼけるように肩をすぼめると、そう言い放つ。直後──
「っ!? 和也くん、危ない!」
「うおっ! か、看板!? 上から落ちてきたのか!」
和也は看板を間一髪で避ける。だが、サーシャへの攻撃はそこで止んでしまった。
「……サーシャ、ルールを忘れたの?」
「何が?」
「『何が』じゃないだろっ! 危うく俺、死にかけたし!」
「──和也くんは能力があるからあれで死なないどころか重症は負わないと思うんだ……。いやそっちじゃなくて、看板を壊したのは『環境に危害』を加えてるんじゃないの?」
和也が一人で納得する中、サーシャは首を振る。
「ボクの能力『偽証罪』は、発動時に少しでも有り得る可能性を好きに変動させることができる。だけど、可能性を変動させたときに併発して起こる事までは操作できないんだよ」
「じゃあつまり……和也くんの攻撃を防ぐ方法の中からランダムに選ばれたのが看板を壊す行為だったから、自分は危害を加えたつもりは無い……って言いたいわけじゃないよね?」
「いや、言いたいわけだよ。もしそれ以外の方法があって、それをボクが選んで使うことができたなら迷わずそれを使ったさ。──まあ、看板が壊れる可能性が少ない中あったわけだから、遅かれ早かれ壊れたわけだ。だったら今壊した方が怪我人はゼロでしょ?」
「説明する。サーシャは、元々あんな奴」
翔はこれでもかという程に冷たい視線をサーシャに送る。
「そういえばリアム──いや、翔。君はこの戦闘に参加しないのかな?」
「答える。参加してもいいけど、すぐ終わるからやめておく」
「すぐ終わる……か。面白そうだからやってみてよ」
「っ……後悔しないでよ」
翔は片目を手で隠す。
緩やかな風が吹く中、叙情的に「《発動》」と声に出す。
しかし彼女はまたしても肩をすぼめると、「『最後まで言えない』」と呟いた。
「全員、これ以降能力をはつど──コホッ、ゴホッゴホッ……!」
彼が命令しようとした瞬間、急に咳込み出す。苦しそうに地に手をつく彼を見て、とっさに椿と和也が駆け寄り始める。
「ダメじゃないか翔。最後まで言わないと、君の『強要罪』は発動できないんだから」
「しょ、翔くん! 大丈夫!?」
「おい大丈夫か!? 何があった!?」
「ゴホッ……何か、喉に、ゴホッゴホッ……」
「さあ、なんだろうね。風も吹いているし、塵とかでも舞い上がったのかな?」
椿は彼女の能力を、つくづく厄介だと感じた。
*
「よしっ! 闘いたくはないけど、負けたくもないから頑張るよっ!」
シャイニはそう言って、キラキラと光り輝くような笑顔を見せる。
太陽が地面に落ちてきた。彼女はそのくらい明るい人間だということを美羽は改めて感じる。
「──って言っても、実はあんまり闘ったことは無いんだけどねえ……。でも、ここで頑張ったら美羽ちゃんにも認めて貰えるよねっ!」
「う、うんっ!」
美羽は思わず返事してしまった。しかし美羽は既に彼女の人間性は認めているし、例え戦力にならなくとも彼女を認めるつもりだった。
「よぉしっ! なら私、頑張っちゃうよっ!」
彼女はそう言って片目を閉じて笑うと、腕を伸ばして手のひらを天に向ける。
その時、彼女の綺麗な手のひらに光が落ちてきた。これは比喩ではなく、本当に光の塊が落ちてきたのだ。
「……いでよっ! 【☆可憐賽☆】!」
その光は、よく見るとサイコロのような直方体のように見えた。
一時間遅れてしまい、申し訳ございません。
ご愛読ありがとうございました。次回も宜しくお願いします。